第13話 マギーのお家(Maggie’s House )-告白-

文字数 3,018文字

 ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド
 New York Manhattan Upper West Side
 マギーの住む超高層ビル
 The skyscraper where Maggie lives

 マギーの住む超高層ビルの邸内(ていない)、広々としたビング ダイニングに二人だけが残された。たくさんの荷物を2台のスチール製台車に乗せて、シェフ、スーシェフ、ソムリエ、二人のウェイターがビルから引き揚げて行った。

 料理やもてなしの名人は、去り(ぎわ)も美しい。まさにそのような感じだ。

 ダイニングテーブルにはアイスクリームとフルーツの盛り合わせが並べられていた。その中央にはチョコレートフォンデュマシーンが置かれている。金串の先に大粒の苺を差し込んだマギーが、夢中でフォンデュマシーンと格闘をしている。ジャックは愛らしいマギーの姿を見ながら、エスプレッソコーヒーを楽しんでいた。

「ジャック。貴方の優秀な頭脳は、月の極地より自在に、そして火星の赤道へと精密にロケットを飛ばすことが出来る。そして、貴方は既にそのプログラムを完成させている。そうでしょう!?
 流れ落ちる温かいチョコレートに次の苺を浸しながら、マギーがジャックに質問をする。

「発射地点、発射時間、発射角度、脱出速度、推力(すいりょく)、ロケットの重力比、燃料比、比推力、抵抗率、その他諸々(もろもろ)の条件を入力するだけで、正確にロケットは目指す地点に到達する。それを既に完成させている」
 ジャックは鋭い表情を見せて答えた。

「そしてもう一つ。ジャック。貴方は地球周回軌道にロケット群を射出し軌道上に待機をさせ、地球が火星と接近した時に合わせて、火星の赤道にロケットを送り込もうと計画している。そうね?」

「そう。第一の方法は月面からの火星へのアタック。第二の方法は地球周回軌道を利用し、直接宇宙空間からロケットを火星に放つアイデアだ!」
 ジャックは答えた。

「楕円軌道を描く火星との大接近は、2035年9月11日。それまでは小接近のタイミングで放出しなければならない」
 ジャックの話を聴くマギーは真剣な表情をしている。既にチョコレートフォンデュマシーンの電源は落とされていた。

「いいかい。簡単にはハンマー投げのワイヤーの先に付いている砲丸を想像してほしい。地球周回軌道に待機するロケット群がそれだ。しばらくはそのまま地球周回軌道を回っていれば良い。そして火星が地球に近付く時期を見計らって、ロケットの軌道を、地球の公転軌道の外側にふくらんで行くように加速脱出させる。遠日点(えんじつてん)、つまり地球の重力の中心に最も遠ざかる位置で、火星と出会って加速するようにロケットを飛行させる。たったそれだけの事で、ロケットは260日で火星の赤道に到着する」
 ジャックはシャンパンクーラーに入れられたスパークリングワインを、フルート型のグラスに注ぎ飲み干した。

「今日、某国の諜報部員に私達が狙われた(わけ)が多分それなのね!?
 マギーが呟いた。

「僕も同感だ。彼等は地球周回軌道に打ち出したロケット群を、何時でも都合の良い時に空から脱落させて大気圏に突入、地球上の目標に墜落させる積りなのだろう。大気の摩擦で燃え尽きないような特殊なコーティングをして他国に墜落させる。そんな軍事兵器を造り出す積りだ」

「その程度の事なら、あなた以外にも適任の方はたくさん居るのにね!?
「まったくだ!!

「ジャック。私達が貴方に依頼したいこと。話の核心に入るわ!」
 マギーは姿勢を正し、ジャックの瞳を見詰めた。

「ライズ ゴールド ムーン コーポレーション、私はこの会社の部長をしているけれど、本当はもっと大きな組織の一員なの。勿論、その巨大な組織の中では、私クラスなんかは精々一つの課の課長程度の存在でしかない。そしてライズ ゴールド ムーン コーポレーションでさえ、組織の中では一つの歯車にしかすぎないの。ジャック、私の言っていることが解る?」
 マギーがジャックに尋ねる。

「解るよ。君達は世界を裏から動かす程の力を有した企業体。そんな所かな?」

「ええ。そうよ! その解釈で良いわ。唯、私達には傑出(けっしゅつ)した存在、偉大なるオーナー(owner)が居る。そして、その方の意思で世界をある方向に導こうとしている」

「宗教では無くて?」
「宗教ではない!」

「貴方には理解できるかしら。私達のオーナーは不死、1500年を超える時間(とき)を生き続けている。それも若く美しい肉体を有したままで」

「それは、簡単には信じられない。それには何か裏がある。たとえば君が(だま)されているとか、信じ込まされてるとか。大抵はそんな事だ!」
 ジャックは応えた。

「いいわ。それではそれは置いておきましょう」
「それが賢明だ」
 ジャックは、マギーにも冷えたスパークリングワインを勧めた。

「ヨーロッパ中世初期の暗黒時代。そう言っていいかしら⁉ あの残酷な時代を… 私達の組織はその時代を生き抜いてきた。広大な領地を治め、オーナーは大ブリテン(現在のイギリス)の地から、ヨーロッパ大陸に侵出をした。そして新大陸アメリカに渡り、現在の繁栄があるの」
 マギーはジャックから注がれたスパークリングワインを飲みながら話す。

「凄い話になって来たね。心して聴くとするよ」
 ジャックはそう答えた。

「私たちのオーナーに与えられた仕事は一つ。人間の科学力を高度に結晶化させ、人類を天空(宇宙)に上らせる事。月面基地の建設、火星のテラ フォーメーション(地球化)計画はオーナーの悲願でもある。いずれオーナーは自在に天空を翔けぬけ、黄道十二宮さえも支配する。ジャック。私達のオーナーは貴方と同じ事を考え、同じ事を目指している存在、貴方とは最高に話が合う方なの」
 マギーは力説する。

「出来ればオーナーに会って貰いたい。その方が、私が話すより何倍も説得力があるわ。唯、私達のオーナーに会った後には、貴方は(ふるい)い既成概念を捨て去り、総ての価値観、更には神の存在さえも否定することになる」

「怖い話だ」

「ジャック。聖書の創世記に何が書かれていたの? ルシフェルは何故天界を追放されて、堕天使と呼ばれているの? そして大天使ミカエルにより地上に落とされた竜の一族が、悪魔と呼ばれ、醜く陰惨なイメージを(もたら)されているのは何故? 貴方にはそれを考えて貰いたい。天使も悪魔も、もとは同じ神的存在、ヒエラルキア的存在なのだから…」
 マギーは寂し気に話した。

 ジャックは、何だか脱線してきたこの話を、マギーの酔いの所為(せい)だと考えていた。

(大事な話は明日改めて話し合おう)
 そう感じていた。

 そんな時だった。

 訪問を知らせるベルが室内に鳴り響いた。

「お洗濯が出来たのよ」
 マギーはスマートフォンで、インターフォンのテレビモニターを確認する。

「やっぱりそうだわ。でもホテルマンの後ろに二人、誰か別の人間が居る?」
 マギーはスマートフォンの通話をスピーカー仕様に切り替えて、話を始める。

「ホテルマンの後ろに居る、お二人はどなた?」
 ランドリーサービスを届けに来たホテルマンの後ろに佇む二人の男に向かいマギーが尋ねる。

「国防総省です。ジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授は御在宅ですか?」
 来客はそう話した。

ペンタゴン(The Pentagon)
 マギーはその言葉を口にした。

ペンタゴン(アメリカ国防総省の本部庁舎)には、頼まれごとはされたくはないな⁉」
 ジャックは、頬を膨らませてみせる。

「予想より早い御出ましね!」
 ジャックと視線を合わせたマギーが呟いた。
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登場人物紹介

ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド。 

世界一の都市にそびえ立つ超高層マンションに住む。

しかもこの若さで一流企業の部長(general manager)様だ。

クッキー&クリームと世界規模で展開するチェーン店コーヒーを

こよなく愛する魔女。

マギー・ロペス(Maggi.Lopez)。

ジャックの最愛の恋人。

十七年前に突然とジャックの前から姿を消した。

アクエリアス(Aquarius)。

若き俊才、ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教室教授。

ジャック・ヒィーリィオゥ・ハリソン(Jack.Helio.Harrison)。


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