第5話 イタリアン レストラン(Italian Restaurant) 1F

文字数 2,392文字

 ニューヨーク マンハッタン コロンバス アベニュー
 New York Manhattan Columbus Avenue
 イタリアン レストラン1階
 Italian Restaurant ground floor

 スマートフォンを使ったマギーの予約で、二人は街角に建つ小さなイタリアンレストランに、夕食の席を確保した。

 店に着くと、まだあどけない表情をした若いウェイターが、二人を店内奥の座席に案内してくれた。

「ここに来るのは、初めて?」
 ウエイターに椅子を引かれ、窓際の席に先に腰掛けたマギーがジャックに尋ねる。

「うん。これまで色々なレストランには行ったけれど、ここには初めて来た!」
 ジャックがモダンなインテリアで統一された店内を見渡す。

「イタリアンレストランは、好き?」
 両手をテーブルの上に出した姿勢でマギーが尋ねる。まっすぐに伸びた背筋、美しい姿勢で、マギーはジャックに正対する。

「うん。大好きだよ! バルサミコ酢、ワインビネガー、エキストラバージンオリーブオイル、生レモン… イタリアンは一度食べると癖になる!」
 ジャックは、テーブルの上で両手指を組み合わせる姿勢でマギーに答えた。

「そう良かった。私も大好きなの。でも気を付けないと、ついつい食べ過ぎてしまう」

「僕もそう思う。イタリア人は愛情や食欲も旺盛な種族のようだ。ジュリアス シーザー然り、ポンペイウス然りだ」

「そうね。ローマの英雄は欲望も桁外れね。ジャック、貴方も野心家なの?」

「まさか僕が!?
 ジャックが優しく笑う。

「貴方は野心家のように見えて、実はとてもナチュラル?」
 マギーのグラマラスな瞳が、ジャックの瞳を覗き込む。

「どうかな? 自分のことは良くわからない。My Lady(お嬢様)、食前酒は何にいたしましょう?」
 ジャックは目の前に座るマギーに紳士的な振る舞いで尋ねた。

「私はミモザをいただくわ。この店はとても美味しいミモザを作るの。新鮮なオレンジと最高のスパークリング ワインを使っているみたい」

「それは素晴らしい。僕にも味見させて貰いたいくらいだ」

「いいわよ、一緒に飲みましょう。それで、貴方は何を頼むの?」

「僕はビール!」
 ジャックは、待ちきれず砂漠で咽を涸らした人間のようなリアクションを見せる。

「ビールが好きなのね!?
 マギーが微笑みながら尋ねた。

「そう。けれども日が暮れなければ飲みはしない」

「それは好い心掛けね。でも当然よ! 貴方はジャック ヒィーリィオゥ ハリソンなんだから」
 マギーの何気ない一言が、繊細な男心をくすぐる。

 食前酒を楽しみながら… 勿論ジャックはマギーに届けられたミモザもソムリエに注文し(たのみ)試飲したのだけれど… 二人はまるで恋人のように、とても楽し気な様子で料理のセレクションをはじめた。

「ワインは料理に合わせてグラスで頂くわ。良いのをセレクトして頂戴!」
 マギーは目の前に立つソムリエの力量を高く評価して、そう頼んでいるのだ。

 二人は前菜に鮪のカルパッチョと牡蠣のオリーブ炒めを注文する。

 ソムリエはミモザのグラスを下げて、フルーティーな赤ワインをマギーに注いでくれた。

 カルパッチョの鮪はとても新鮮で、そこにレモン汁、オリーブオイル、バルサミコ酢が交わり、旨味が更に増して二人の舌をよろこばせる。

 ジャックは香ばしく炒められた牡蠣をほおばりながら、二杯目のビールをさも美味しそうに飲んで見せた。

「ねえジャック。このお店の料理は、貴方のお口に合うかしら?」
 マギーが尋ねる。

「とても美味しいよ。今日、君と出逢えたのはとても幸運な出来事だよ。僕は誰に感謝したら良い?」 
 ジャックは嬉しそうに話した。 

「そうね、誰にかしら!?」 
 マギーは微笑みで返す。

 (誰に感謝したら良い⁉ オーナー、セラヌ様に? それともお母様に?)
 マギーの脳裏には二人の姿が(よぎ)るが、それは目の前に座るジャックには黙っていた。

 テーブルには風味豊かな海の幸煮込みパスタが運ばれてきた。仕上げにパルメザンチーズとパセリのみじん切りが掛けられている。

 大きな平皿に盛り付けられたパスタを嬉しそうに見詰めるマギーの前で、フォークとスプーンを器用に使い、ジャックが二人の皿に料理を取り分ける。

「たっぷりの魚介とトマトと生クリーム。とても美味しいわよ!」
 マギーは料理を見ただけで話した。

「贅沢な味だね! 君はこれを食べたことがあるんだ?」
 取り分けた海の幸煮込みパスタを嬉しそうに頬張るジャックがマギーに尋ねる。

「ええ、そうよ。濃厚な魚介の旨味がパスタに絡まり、一口食べると又食べたくなる味でしょう!?

「君の言うとおりだ。とても美味しいよ。これは癖になる!」

 ソムリエは料理に合わせ、二人に辛口の白ワインを添えてくれた。

 真新しさはないが、pizzaはマルゲリータを注文した。トマトソースのうえにモッツァレラチーズとフレッシュバジルをのせオーブンで焼き上げた一品。マギーはこの店の香ばしくパリパリな薄生地がお気に入りだと言った。これも絶品だった。

 肉料理と魚料理も、二人は仲良く取り分けて食べあった。

 ジャックはマギーの唇のふちに付いたトマトソースを、やさしくナプキンで拭きとってみせる。舌平目カツレツ トマトバジルのソースだ。上質な白身魚のカツレツを、マギーが美味しそうに味わっていた…

 そして甘いドルチェが運ばれてきた。

 マギーはウェイターに頼み、ナッツとクリームのたっぷり詰まったズコットに甘く冷たいジェラードを添えてもらった。

 ズコットとジェラード、エスプレッソを交互に唇に運んでゆくマギーの向かいで、ジャックは唯コーヒーを飲んで、美味しそうにドルチェをいただくマギーの容姿を見詰めている。

「二階に行きましょう。ゆっくりとお話しをするの…」
 食事に満足したマギーが、ジャックを店の二階へと誘った。
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登場人物紹介

ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド。 

世界一の都市にそびえ立つ超高層マンションに住む。

しかもこの若さで一流企業の部長(general manager)様だ。

クッキー&クリームと世界規模で展開するチェーン店コーヒーを

こよなく愛する魔女。

マギー・ロペス(Maggi.Lopez)。

ジャックの最愛の恋人。

十七年前に突然とジャックの前から姿を消した。

アクエリアス(Aquarius)。

若き俊才、ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教室教授。

ジャック・ヒィーリィオゥ・ハリソン(Jack.Helio.Harrison)。


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