第12話 マギーのお家(Maggie’s House ) -もう1つのエデン-
文字数 3,036文字
ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド
New York Manhattan Upper West Side
マギーの住む超高層ビル
The skyscraper where Maggie lives
「僕の最近の研究論文を読んでくれたんだね?」
ダイニングテーブルをはさんでマギーと向かい合うジャックが静かに話した。
「ええ。ネイチャー に掲載 された貴方の素晴らしい論文を読んだわ」
マギーがジャックを見詰める。
「人口密度と化石燃料消費の増加により、地球温暖化は更にその速度を増し、二十一世紀初頭の予想を遥かに超え加速を強めている。君が読んだのは、この言葉から始まる論文だね」
「そう。それ故に地球外に生存圏 を広げる、火星のテラ フォーメーション(地球化)計画に、人類の希望が懸けられているのだ」
マギーがジャックの執筆した論文の冒頭を続けて暗唱した。
「ジャック。貴方は本気で火星のテラ フォーメーション(地球化)計画を成し遂げられると信じている。そうなのね?」
「そうだ。火星は必ず地球化が出来る惑星だと僕は信じている!」
ジャックが答える。
「火星 は、蠍座 の1等星アンタレスのような赤い惑星、赤錆 のような風化した砂が表面を取り巻いている。その大地を、貴方は月から、そして地球周回軌道から植物の矢を打ち放ち、地球のように水と緑に覆われた大地に変えようとしている」
「火星の極地方 には、水の氷と二酸化炭素が固化したドライアイスが厚く堆積 している。それに薄いけれども火星には大気があるんだ」
「火星の大気圧は0.7~0.9kPa(㌔パスカル)。極地方に日光が当たる季節になると、二酸化炭素の氷は昇華して強い風を呼び、火星に大量の塵や水蒸気を発生させ雲を形成する。そうよね!?」
「その通りだ。マギー、君は充分に調べ上げているんだね⁉」
「ええ。貴方が植物の矢を放とうと考えている火星の事は、少しは勉強してきた。火星の平均気温 は−43℃、二酸化炭素 95.32%、 窒素 2.7% 、アルゴン 1.6%、 酸素 0.13%、一酸化炭素 0.07% 、水蒸気 0.03%。そこには季節があり、南北極地の氷河の面積は拡大と縮小を繰り返している…」
「火星には先ず磁場を取り戻す。磁場で覆われた火星は、宇宙に大気を放出する事を止め、大気は大地に留まることを知る。そこに植物の矢を撃ち放つ。植物は寒冷地原産のものを遺伝子操作し、特殊なゲル状の養分とともに水の中に植えて置く。これには乳児のおむつや生理用品に使われてる技術が役に立つ。火星の大地に植物が根を張り水辺が形成されれば、今度は珪藻 を撃ち放つ。珪藻は光合成を繰り返しながら水中で爆発的に繁殖し火星に大量の酸素を排出する」
ジャックは話し続ける。
「何時か火星に行けたら素敵ね!」
マギーはそう呟いた。
食卓にはグリーンアスパラと栗のスープが運ばれて来た。スープ皿の中央に立つアスパラの穂先が、二人には飛び立つロケットのように見えた。
「ロケットは火星上空で破裂し、中からたくさんの包装植物が落下傘を付けて舞い降りる。これもロマンティックな光景だ」
ジャックの咽はアスパラと栗のスープの味を楽しんでいる。
「夜間にゲル状の水は凍り付くが、日中に氷は融 け、植物は水と養分を補充する。火星に打ち出した包装植物が、太陽の光を受け、光合成を行い酸素を排出するんだ。環境に順応した植物はやがて大地に根を張る」
「ジャック。何年にも渡り火星の大地にパラシュートが降り行く光景は、想像しただけでも素晴らしいものだわ」
見詰め合う二人の間にシェフが次の料理を運んできた。
「ミジョテドレギュームです」
キャスター付きワゴンに乗せられ運ばれた料理は、二人のウエイターによりテーブルの上に並べられる。
やや深みのある皿に香りのよいスープが注がれ、その中には色とりどりの野菜が並べられている、野菜の上からは細切りの生ハムとトリュフ が豪勢に盛り付けられていた。満足と幸福を感じさせる豪華な一品である。
二人のグラスには、ソムリエが厳選した上質でエレガントなスパークリングワインが注がれていた。
「スパークリングワインは音も楽しむもの」
マギーは指先で持つフルート型のグラスを耳元に近づける。
「ジャック。火星の大地に聞こえる砂嵐の悲鳴を止めるのも、貴方の使命ね」
マギーが呟いた。
「火星の大気にオゾン層が形成され大地に熱が蓄 まると、極地方に厚く堆積しているドライアイスが溶かされる。溶け出した濃厚な二酸化炭素と水蒸気が、火星の大気圧を更に上昇させて行く。火星に温熱効果のサイクルが回り始めるんだ」
ビールをやめたジャックが、辛口のスパークリングワインを咽に流し込む。
「もう一つのエデンの完成!」
マギーはジャックの持つフルート型グラスに自分のグラスを重ねた。
「もう一つのエデンに乾杯!」
ジャックが言葉を繋いだ。
「人類はあと数年のうちに必ず月に宇宙進出の為の前線基地を造りだす」
ジャックは断言する。
「膨大なロケット燃料を節約できる利点!?」
「君の言う通りだ。地球の重力の1/6の重力である月では、地球の1/6の推力 でロケットを打ち上げる事が可能だ。人類が月面に核融合炉 を建設しレゴリスを利用出来れば、火星の地球化計画は更に加速する」
「レゴリス 。太陽から吹き寄せられたヘリウム3を多く含む宝石ね!?」
「いずれ人類はヘリウム3を利用した核融合エンジン搭載のスペース シップを完成させる。月面に滑走路が建設されれば、人類はそこから火星へと進出する!」
シェフがオマール海老のアメリケーヌソースを運んできた。二人はそれを良く冷えたブルゴーニュ地方の白ワインで頂いた。濃厚なアメリケーヌソースに、個性的な酸味とフレッシュな果実味を併せ持つシャルドネとの組み合わせは絶品だった。
「美味しいソースね!」
「マギー様のお口に合い光栄に存じます」
シェフは余ったアメリケーヌソースをパックに入れ、マギーの冷凍室に保存してくれた。
次にシェフが料理してくれたのが、小鳩 のロースト、リゾット添え。黒くて細長いワイルドライスが加えられたリゾットの上に、香 ばしい香 りの小鳩が乗せられている。ブロッコリーとミニキャロットと小玉葱の付け合わせが、上手に皿を飾っていた。小鳩の皮はパリッとして肉はジューシー、茶色いソースは鳩をさばいた後のくず肉や骨でとったフォンドピジョノー、旨味を逃がさず、シェフは小鳩を無駄なく使っている。
「如何でしょうか?」
小鳩のローストリゾット添えを食べ終えた二人の前に、シェフが再び訪れる。
「最高に美味しいわ。とても幸せよ!」
マギーがそう答えた。ジャックも素晴らしい料理の御礼をシェフに伝えた。
シェフは後ろを振り向きスー シェフを呼び寄せる。
「もし、まだお腹に余裕がありましたら、この後に松坂牛フィレ肉のステーキを用意しておりますが、如何いたしましょう?」
シェフは、スー シェフが大皿の上に持つ牛フィレ肉の塊を二人に見せ尋ねる。
「是非いただきます!!」
二人は即座に答えた。
柑橘系 のシャーベットで口直しをした二人の前に運ばれてきた松坂牛のフィレステーキは、まるで口の中でとろけるかのようであった。ジャックはレアで、マギーはミディアムレアで、最上の肉を焼いてもらった。
ソムリエより二人に運ばれたのは、メドック第2級ボルドー産の赤ワイン。
最高に美味しい晩餐であった。
New York Manhattan Upper West Side
マギーの住む超高層ビル
The skyscraper where Maggie lives
「僕の最近の研究論文を読んでくれたんだね?」
ダイニングテーブルをはさんでマギーと向かい合うジャックが静かに話した。
「ええ。
マギーがジャックを見詰める。
「人口密度と化石燃料消費の増加により、地球温暖化は更にその速度を増し、二十一世紀初頭の予想を遥かに超え加速を強めている。君が読んだのは、この言葉から始まる論文だね」
「そう。それ故に地球外に
マギーがジャックの執筆した論文の冒頭を続けて暗唱した。
「ジャック。貴方は本気で火星のテラ フォーメーション(地球化)計画を成し遂げられると信じている。そうなのね?」
「そうだ。火星は必ず地球化が出来る惑星だと僕は信じている!」
ジャックが答える。
「
「火星の
「火星の大気圧は0.7~0.9kPa(㌔パスカル)。極地方に日光が当たる季節になると、二酸化炭素の氷は昇華して強い風を呼び、火星に大量の塵や水蒸気を発生させ雲を形成する。そうよね!?」
「その通りだ。マギー、君は充分に調べ上げているんだね⁉」
「ええ。貴方が植物の矢を放とうと考えている火星の事は、少しは勉強してきた。火星の平均気温 は−43℃、二酸化炭素 95.32%、 窒素 2.7% 、アルゴン 1.6%、 酸素 0.13%、一酸化炭素 0.07% 、水蒸気 0.03%。そこには季節があり、南北極地の氷河の面積は拡大と縮小を繰り返している…」
「火星には先ず磁場を取り戻す。磁場で覆われた火星は、宇宙に大気を放出する事を止め、大気は大地に留まることを知る。そこに植物の矢を撃ち放つ。植物は寒冷地原産のものを遺伝子操作し、特殊なゲル状の養分とともに水の中に植えて置く。これには乳児のおむつや生理用品に使われてる技術が役に立つ。火星の大地に植物が根を張り水辺が形成されれば、今度は
ジャックは話し続ける。
「何時か火星に行けたら素敵ね!」
マギーはそう呟いた。
食卓にはグリーンアスパラと栗のスープが運ばれて来た。スープ皿の中央に立つアスパラの穂先が、二人には飛び立つロケットのように見えた。
「ロケットは火星上空で破裂し、中からたくさんの包装植物が落下傘を付けて舞い降りる。これもロマンティックな光景だ」
ジャックの咽はアスパラと栗のスープの味を楽しんでいる。
「夜間にゲル状の水は凍り付くが、日中に氷は
「ジャック。何年にも渡り火星の大地にパラシュートが降り行く光景は、想像しただけでも素晴らしいものだわ」
見詰め合う二人の間にシェフが次の料理を運んできた。
「ミジョテドレギュームです」
キャスター付きワゴンに乗せられ運ばれた料理は、二人のウエイターによりテーブルの上に並べられる。
やや深みのある皿に香りのよいスープが注がれ、その中には色とりどりの野菜が並べられている、野菜の上からは細切りの生ハムと
二人のグラスには、ソムリエが厳選した上質でエレガントなスパークリングワインが注がれていた。
「スパークリングワインは音も楽しむもの」
マギーは指先で持つフルート型のグラスを耳元に近づける。
「ジャック。火星の大地に聞こえる砂嵐の悲鳴を止めるのも、貴方の使命ね」
マギーが呟いた。
「火星の大気にオゾン層が形成され大地に熱が
ビールをやめたジャックが、辛口のスパークリングワインを咽に流し込む。
「もう一つのエデンの完成!」
マギーはジャックの持つフルート型グラスに自分のグラスを重ねた。
「もう一つのエデンに乾杯!」
ジャックが言葉を繋いだ。
「人類はあと数年のうちに必ず月に宇宙進出の為の前線基地を造りだす」
ジャックは断言する。
「膨大なロケット燃料を節約できる利点!?」
「君の言う通りだ。地球の重力の1/6の重力である月では、地球の1/6の
「
「いずれ人類はヘリウム3を利用した核融合エンジン搭載のスペース シップを完成させる。月面に滑走路が建設されれば、人類はそこから火星へと進出する!」
シェフがオマール海老のアメリケーヌソースを運んできた。二人はそれを良く冷えたブルゴーニュ地方の白ワインで頂いた。濃厚なアメリケーヌソースに、個性的な酸味とフレッシュな果実味を併せ持つシャルドネとの組み合わせは絶品だった。
「美味しいソースね!」
「マギー様のお口に合い光栄に存じます」
シェフは余ったアメリケーヌソースをパックに入れ、マギーの冷凍室に保存してくれた。
次にシェフが料理してくれたのが、
「如何でしょうか?」
小鳩のローストリゾット添えを食べ終えた二人の前に、シェフが再び訪れる。
「最高に美味しいわ。とても幸せよ!」
マギーがそう答えた。ジャックも素晴らしい料理の御礼をシェフに伝えた。
シェフは後ろを振り向きスー シェフを呼び寄せる。
「もし、まだお腹に余裕がありましたら、この後に松坂牛フィレ肉のステーキを用意しておりますが、如何いたしましょう?」
シェフは、スー シェフが大皿の上に持つ牛フィレ肉の塊を二人に見せ尋ねる。
「是非いただきます!!」
二人は即座に答えた。
ソムリエより二人に運ばれたのは、メドック第2級ボルドー産の赤ワイン。
最高に美味しい晩餐であった。