十 初体験

文字数 1,764文字

 夕食がすんだ。僕は夕飯のトレイを片づける大原まり子の後ろ姿を見ていた。
 この前、彼女に会ったのは入院するずいぶん前だったと思う。その時より、大原まり子の腰の周りが太ったように見える。
 大原まり子は片づけを終えると、ベッドの横の棚からタオルを取って、
「すぐ戻るね」
 と微笑んで病室から出ていった。

 僕は大原まり子を見送りながら、玲に尋ねた。
『さて、どうやったら、玲のお母さんを探せるだろう。三ヶ月もここに釘付けなら、玲のお母さんを探せない。ここにいる理由はなんだろう?』
『そうだね。お母さんをさがす前に、かたづけることがあるんだよ。
 午前中、看護学科の女子学生が見舞いに来たでしょう。省吾にはたくさん女がいるから、縁を切るんだよ。
 しょうご~。わかりましたか?』
『なんと!そんな記憶はないぞ!事故で忘れたんじゃない!親しかったのは大原まり子だけだ!特定な相手はいなかったはずだぞ!』
『アハハッ、たくさんの女は、ウソだよ~ん!
 省吾の記憶を確認したんだ~。
 親しいのは大原まり子だけだよ~』
『まったく、脅かすんじゃないよ・・・。
 もしかして、ここにいるのは大原まり子と親しくなるためか?そんな事はないよな?
 良き人生を歩めるように、ここに戻してもらったんだから、ここにいるのが良き人生なんだろう?
 玲。ここでできる事って何だ?』
『ねえ、大原まり子を見てて、胸がキュンとなるの?ならないの?どっち?』
 玲が妙な事を尋ねている。
『ならないよ。それが、ここに釘付けになっている理由に関係するのか?』
『そうじゃなくって、キュンとなるのは、省吾が、相手の心と身体に、僕を満たしてほしい、と思ってるときだよ』
『僕は大原まり子に、僕の心を満たしてほしいとは思っていないのか?』
『うん。省吾は、大原まり子を恋愛の対象だと思ってないよ。
 だけど、大原まり子は、省吾を恋愛の対象だと思ってるよ。
 だから、看病してるんだよ』
『玲は、彼女がお母さんだと思うか?』
『うーん、まだわかんないよ。
 彼女、戻ってきたよ。
 うわっ、決心したんだ!』
『何だよ。大原まり子が、何を決心したんだ?』
『どうするか決めるんだよ・・・・』
『何だよ、それ・・・・』

 大原まり子が、濡れタオルを持ってベッドサイドに戻ってきた。
「身体を拭いてあげるから、閉めるね。うふふっ」
 大原まり子が微笑みながら、ベッドの周囲のカーテンを閉めた。僕は首と肩のあいだや手足を拭くだけと思っていたら、大原まり子はパジャマのズボンに手をかけた。
「えっ?」
「左手だとうまく拭けないよ。目をつぶっててね・・・」
 僕の下半身から、大原まり子はいっきにパジャマとパンツを剥ぎとった。
 左腕は点滴されている。上半身と右腕はギブスで固定されている。顔は包帯が捲かれて首から顎はギブスが捲かれている。
 僕はまぶたを閉じた。意識が戻って二日だが、ベッドに横になって五日目だ。冷たい濡れタオルで拭かれるのは気持ち良かった。

「うふふっ」
 大原まり子から、彼女特有の含み笑いが聞える。こういう笑い声は、大原まり子が何かに興味を示している時だ。興味の対象は・・・。
『玲!どうしよう?』
『こまったね~。あたし、おんなのこだよ~。う~ん、なにも考えないでね。
 あっ、そうだ、スキーしてて、谷に落っこちそうになったこと、あったよね。
 あのとき、緊張で心臓がドキドキしてて、オシッコもできなかったよね~』
『うん、恐ろしさで縮みあがってたな・・・。
 十メートルくらいの深い谷だよ。地面に積った三メートルくらいの雪が谷に向ってオーバーハングだった。落ちたら助からないし、怪我しなかったとしても、這い上がってくるのは不可能だった。
 独りで山スキーなんかするもんじゃないね・・・』
『どう?タオルで拭かれて、変化した』
『だいじょうぶみたいだぞ・・・』

「うーん、緊張しなくていいよ・・・」
 大原まり子の指が這いまわった。いたずらしてるぞ。ちょっと反応し始めてる。
「うふふっ」
「いたずらしないでよ」
「ごめんね。初めてなんだ、私・・・」
「僕も、初めてだ・・・」
「はい、拭けました。お疲れさん」
 下半身が衣類に包まれた。
「ありがとう・・・」
 僕はまぶたを閉じたままだった。昏睡から目覚めて二日目だ。疲れてる。そう思ったら、そのまま眠りに落ちた・・・。
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