三 小山絵里

文字数 1,140文字

「気がついて、よかった・・・」
 女が僕の右手を握った。右手はギブスに包まれている。握ったのは右手の指だ。右手の指を握られただけで、ギブスの中の腕と右の鎖骨と肋骨が痛んだ。胸もギブスで固定されている。どうなっているかわからない。
「骨折したとこは全部ステンレスの金具で留めてあるわ。
 完治したら金具を取りだすそうよ」
 女が僕の胸のギブスを叩いた。振動で骨折部位が疼いた。
 なんて女だ!骨折している患者の状況を判断してないのか?配慮のないアホだぞ・・・。そう思うと、なぜか、今日が何曜日か気になった。長岡さんから説明されたけど、曜日を思いだせない・・・。

「今日は何曜日?今、何時?」
「金曜日、午後六時」
 大学の授業はどうなるのだろう?
「大学には病院から欠席届が出てるわ。大学の付属病院だから、特別扱いみたい」
「そうか・・・。今は早く回復するしかないな・・・」
「ごめんね。私が無理を言ったから・・・」
 女はそう言って頭を下げた。僕は、何があったか全く記憶していなかった。

「僕のバッグは・・・」
 ショルダーバッグに入れていた大学の教科書が気になった。
「バッグは傷ついたけど、教科書は無傷よ。
 何かほしい物、ある?」
 女はベッド右手横の戸棚にあるショルダーバッグと僕を見ている。顔に巻かれた包帯の量とギブスを考えると、僕の顔はミイラ男だろう。
「何もないよ。眠いな・・・」
 女がスタンドの点滴を示して、痛み止めが効いているらしいと言った。
「しばらく眠るといいわ。私、ここにいるから」
 女の方を見ると簡易ベッドが置いてあった。
「ずっとここにいたのか?」
「完全看護だから夜は帰ったわ。
 看護師さんが、いつでも休めるようにとベッドを用意してくれたの。
 洗濯物が出たら、洗うから、言ってね」
「ありがとう。アンタも休んで・・・」
 僕は女の名がわからなかった。
「うん・・・」
 女は僕の右手の指を撫でた。指に心地よさを感じたまま、僕は眠った・・・。

『あの人は小山絵里。親しくなろうとして省吾が近づいて、警戒された女だよ。
 省吾が助けたからって、今は親切にしてるけど、関わっちゃダメだよ。
 なぜって、彼女、すっご~く、自己中だよ。
 前回は関わって、その後の人生が狂ったんだからね!
 その事、何度も省吾に話したよ。
 だけど省吾が、全然、聞かなかったから、事故にあったんだよ!
 こんど、この事、忘れると、取り返しがつかないよ!』
『わかったよ。玲。玲でよかったよね?』
『うん、玲だよ~。
 あの人の名前、憶えてなかったでしょう。
 それだけ、縁が薄いんだよ~』
『わかりました・・・』
 夢の中か、それとも心の中か、わからないまま、僕は玲と呼ぶ、ぼんやりした靄のような存在と話していた。僕は玲の言う事を全面的に信頼していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み