八 母

文字数 1,667文字

「まり子さん。すみません。すっかり二人の好意に甘えちゃって。
 小山絵里さんにもよろしく伝えてください」
 母は大原まり子に礼を言って、そうつけ加えた。
「わかりました」
 大原まり子は素直に答えた。

 すると、玲が布団の中で僕の腕を指でツンツン突いて耳打ちした。
『小山絵里は教育学部の二年だよ。大原まり子と小山絵里は女子寮に住んでるよ。
 大原まり子と小山絵里が知りあったのは、M交響楽団の年末コンサートだよ。
 それまで、二人は互いに顔を知ってたけど、話しあったことはないよ』
 思いだした。学生寮の三年が、M交響楽団の年末コンサートの余ったチケット三枚を僕に買わせた。小山絵里を知っていたから、彼女にチケットをあげた。もう一枚は、入学時の新歓行事で知りあった大原まり子にあげたんだ。大原まり子の方が親しかったのに、僕はどうして小山絵里に近づこうとしたんだろう・・・。
『隣の芝生がよく見えたんだよ~。
 難しい事を解決しようとする、省吾の悪いくせだよ』
 そうか。僕は小山絵里に拒否されたんで親しくなろうとしただけで、当人の性格に惹かれてんじゃないってことか・・・。そう思ったとたん、小山絵里の自己中な性格を思いだした。彼女は協調性が全くない。他人を蹴落としてでも、自分の居場所を確保する性格だ。
 たしかに、玲は僕の行動をよく見ている。
『あたし、省吾の守護霊だよ。それくらい知らなくっちゃ、つとまらないよ~。
 小山絵里の性格は、省吾のお母さんに似てるよ~』
 玲が布団から出てきて、大原まり子と話す母を見ている。
 ははあ、そういうことか・・・。僕は母の性格を嫌ってた事を思いだした。母は小山絵里より自己中だ。常識外れな事を平気でズバズバ言って親戚を困らせても、何食わぬ顔だ。母に似た自己中女にちょっかいを出そうとした僕は、なんてアホなんだろう・・・。
『気にしなくていいよ。新たな旅立ちしたんだからね。
 ねえ、しょうご~。どんな人に、あたしを産んでほしい?』
『玲にそう言われても、すぐさま答えられないよ。
 だけど、自己中は嫌だ。優しい人がいいな。意志の強い人がいい。玲のようなかわいい人がいい人。いつまでも女らしさを忘れない人かな。これって理想が高すぎか?』
『そうだね。あたしも、そういうお母さんがほしいな。
 お母さん、はやく、さがそうね!』
『だけど、どうやって探す?三ヶ月は動けないぞ。ここに釘付けだ・・・』

「あ、そうだわ。昨日、学生部でいろいろ尋ねたら、教務部の人が、単位不足でも三年までは留年なしに進めると言ってたわ。
 今学期は出席できないから単位を取れないけど、後期と三年で単位を取ればいいって、この履修表を書いてくれたわよ。
 奨学金はこれまでと同じに支給されるから、入院中も問題ないわ」
 母は履修表を僕によこした。留年が確定すれば、奨学金は差し止めになるが、その心配はなくなった。

『よかったね。しょうご~』
 そう言う玲に心配した様子はなかった。
『僕が留年しないのを知ってたな?』
『えへへ。そうです。あたし、守護霊だよ~。
 そしたら、隠れてるね』
『うん・・・』
 玲が布団にもぐりこんだ。他の人たちに玲の姿は見えていないのに、おもしろい行動の玲だ。

「もうすぐ夕飯ね。省吾の夕飯がすんだら、大原さん、私と食事していただけないかしら?
 小山絵里さんも誘いたいけど、彼女は次の機会にするわ。
 省吾の今後の事を、いろいろお願いしたいのよ」
 母がこう言う時はお願いではない。強要だ。小山絵里とともに食事するなんて、これっぽっちも思っていない。もし、ともに食事する気があれば、この場で小山絵里の事は話さない。なぜなら、母の頭の中で、大原まり子と小山絵里は無関係だから・・・。
「今後ですか・・・・」
 大原まり子は僕の入院中の、ストーカーの事を考えている。
「できれば、末永くよ」
「えっ?」
 大原まり子が驚いている。
 母はストーカーの事など知らない。大原まり子が僕の交際相手にふさわしい事を確認したいのだ。
 そう思った瞬間、僕は玲の手を引いて難題門の外に立っていた。
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