二十 玲のおばあちゃん

文字数 3,343文字

 夕食後。
 兄夫婦が帰宅して、茶の間で母とふたりになった。私は玲の事を話してあげた。母は驚いていなかった。私が生まれる前にも、似たような事があったと話してくれた。

 私が生まれる前の初冬のある日。
 コタツに入っていた母の横に、かわいい女の子が現れて、母の膝に乗り、いっしょにコタツに入ったと言った。母は、現れた女の子を座敷童のような存在と思って、人には話さずに、父にだけ話した。
 その後も、女の子は母の前に現れた。父にその女の子は見えなかったが、母の話を否定せずに、母が語る女の子が、母の幼い時に似ていたので、きっとそんな女の子が生まれると信じて、そして、私が生まれたと話した。
「ほかの人がどう思うかわからないわ。
 でもね。私が見た女の子が、あなたたちの子として生まれると思うの。
 玲という名よ。あなたが話した子と名前も同じだから、まちがいなく産まれるわ。
 楽しみね」

『あけみ~。ここから顔をだしていい?』
 セーターの左胸の中がモゾモゾして玲の声がする。
「あら、そこにいるのね。出てらっしゃい」
 母が笑顔で玲に声をかけた。
『さっきは驚かせて、ごめんなさい』
 玲がセーターの襟から出て、私の膝に乗った。巻き毛のかわいい玲に母は感激している。
『ときどき会いに来るね。
 それから~、しょうごが卒業したら生まれるから、待っててね。
 約束だよ~』
「わかりました。約束するわ」
『この約束、たいせつな約束だよ。
 あたしが生まれたら、まさえお母さんに会えるよ。そのときはおばあちゃんだね。
 あたしが言葉を話すようになったら、いろいろ話せるよ』
「そうだね。玲ちゃんのことは内緒にしておきますよ。
 いつも、明美としょうちゃんといっしょにいるのね。
 病院にもどっても、三人で会いに来てね」
『は~い。お花、もってゆくね~』
 玲は、病室から持ってきた、テレビ台に乗っているフラワーアレンジメントを指さした。
「良子さんとこの花ね・・・」
 そう言って母は口を閉ざした。良子さんとこにも、玲ちゃんのような子どもが現れるといいのにね、と思っている母の気持ちが、私はわかった。兄は結婚して四年になる。

 私は、兄夫婦が子どもについてどう思っているか、聞いた事がない。兄は義姉の父親が経営する設備会社の現場担当をしていて忙しいのは聞いている。
 義姉が、兄が忙し過ぎて、夜、愛し合う時間が無い、と話したのを聞いた憶えがある。
 話を聞いた時、何の事かわからなかったが、省吾と暮らすようになって、二人だけの時間が持てない日常がどれだけ寂しいか、よくわかる。
 省吾と結ばれるのを試験が終るまで待とうね、と一ヶ月以上がまんしたが、結局、がまんしきれず、省吾と私は冬休みと同時に結ばれた。がまんしていただけに、結ばれた時の感激はひとしおで、その後も省吾が私を抱きしめるだけで、私の心も身も溶けてしまうのは止められない。ホルモンの成せる業とわかっていても、それを越える大切なものが存在していのは確かだ。
 大切なもの、それは省吾とともにいる玲だ。そして、過去にも存在していたであろう、母が見た過去の玲だ。過去の玲も、現在の玲も、母にとっては幸福をもたらす座敷童なのかも知れない。もしかしたら、玲のような座敷童が兄夫婦の元にいないのかも知れない。

『だいじょうぶ。ちゃあんと、タエちゃんがいるよ。
 タエちゃん。かわいいよ。目がおっきくて、髪が赤くてまっすぐで、やさしいよ。
 でも、まだちっちゃいから、よしこお母さんのところに来られないんだよ。
 これ、ないしょだよ。
 ね、まさえお母さん』
 そう言って、玲が母に微笑んでいる。
「はい、わかりましたよ。
 冷ちゃんがそう言うんだから、タエちゃんが生まれるのは、玲ちゃんが生まれてから一年後だね」
 母も玲に微笑んでいる。
『そうだよ。あれ・・・。えへへっ、はなしちゃったね。
 絶対、ないしょだよ』
 玲が照れかくしに笑っている。けっこう、おっちょこちょいだ。

「おめでたい話だから、話したっていいのよねぇ」
 母が微笑んで玲を気づかっている。
『タエちゃんは、よしこお母さんにしか見えないんだよ。
 タエちゃん、はずかしがりやだよ。
 従姉妹なのにね・・・』
「だいじょうぶよ。生まれたら、すぐ仲よしよねぇー」
 母は私を見て微笑んだ。母に兄姉弟妹はいない。私に母方の従姉妹、従兄弟もいない。父方にいるが、なんとなく疎遠だ。
 だけど、近所だったので遠縁の義姉とは幼い時から顔見知りだった。その事を母は憶えている。
「玲ちゃんとタエちゃんは、あなたと良子さんみたいね・・・」
 ああ、そういうことか。義姉と私が親しかったのではなく、義姉と兄に縁があったから、私は義姉と親しかったんだ・・・。

「さあ、お祖父ちゃんたち、お風呂から上がる頃よ。
 あなたたちも入ってらっしゃい。私は、先にお休みするよ。
 玲ちゃん、また明日ね。おやすみなさい」
 母は玲に微笑んで、コタツから立ちあがった。やや疲れ気味のようだ。
『おやすみなさい。あたしも、おふろにはいって、ねるね』
 玲は私の膝の上で母に挨拶している。
「そしたら、布団に入ってね・・・」
 私は、母が隣の座敷へ移動するのに付き添った。

 母を隣室の座敷の布団に寝かせた。
 寒くないか、母の布団の周りを確認して、照明を枕元の照明に切り換え、テレビのスイッチを入れて、タイマーをセットした。
「私はだいじょうぶだから、しょうちゃんのところへ行ってらっしゃい。
 しょうちゃん。後片づけしてるんだろう」
 母は省吾を気づかっている。
「うん。それじゃあ、私、行くね。何かあったら、連絡してね」
 私は枕元にあるインターホンと母の携帯を示した。照明のリモコンとテレビのリモコンもある。
「おやすみ。玲ちゃんもおやすみ」
『おやすみなさい』
「おやすみ」
 私たちは、座敷から台所へ移動した。

 台所で省吾は洗い物をしている。
「お母さん。休んだ?ああ、魚、焼いてるよ。朝、温めればいいからね」
 オーブンレンジで魚の焼ける匂いがする。明日の朝食の準備もしているらしい。
「お母さん。テレビでニュースを見てる。
 しょうちゃん。いろいろありがとうね」
「気にするな。やれることはするよ。明美になんでもしわ寄せがいったら、大変だ」
「うん」
 私は省吾の背中に抱きついた。


 台所の片づけがすんだ。僕と明美は浴室に入った。
 ふたりで身体を洗い、明美と湯船に浸かった。
 玲は気を利かせて、ここにはいない。ふたりだけだ。
「今日も、たくさん愛してね」
「うん。疲れてないか?」
 僕は明美を背後から抱きしめたまま、肩と首筋をマッサージした。最近、明美の肩と首は、以前ほど凝っていない。肩と首を冷やさないようにしているため、いつ明美に触れても肩も首も暖かだ。
「疲れてないよ。ぐっすり眠れるから、目覚めたとき、すっかりしてる。
 愛し合うようになったら、足も腰も冷えなくなったよ。
 血液循環がよくなったのね。しょうちゃんも、おっきくなったね」
 明美が僕に触れている。
 医学的見地から判断して、明美の説明は真実である、なんて言葉が浮んだ。あの難題門の美具久留の爺ちゃんか?
『難しい事は考えるな。気分を台無しにせんようにな・・・。
 バスタブじゃのうて、やっぱ、湯船はええのう・・・』
 爺ちゃんが一瞬現れて消えた。

「うん。明美のおかげだよ」
「よかった。やっとおちつけたんだね」
 明美が僕の胸にもたれた。
「いつも、しっかり抱きしめててね。現実も心の中も。
 ほかの女に手出しさせない。大切な、しょうちゃんに・・・。
 玲ちゃんも、しょうちゃんを守ろうね」
『はあい。守ろうね。
 ふたりはあたしのお母さんとお父さんだよ。
 ふたりはいつまでも、いっしょだよ』
 明美の呼びかけに、玲が一瞬現れて消えた。

「ねえ、あがろ・・・」
 明美が身体の向きを変えて、僕の顔に唇を近づけた。明美の唇はポッチャリしててかわいい。唇を重ねると、明美から焼きたてのクッキーのような、バニラのような香りがする。唇を重ねるだけで僕と明美は身も心も熱くなる。
「身体拭いて、着せてあげるよ。気をつけてあがろうね」
「うん。しっかり抱きしめてね」
「ああ、いいよ・・・」
 僕は明美をしっかり抱きしめたまま湯船から出た。
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