二十五 山野草の寄せ植え
文字数 1,904文字
翌年三月。明美が看護師国家試験に合格して卒業した。
四月。明美は昌江が入院していた総合病院に勤務した。
僕は四年になった。
明美も僕も、いつものように忙しかった。
僕は朝から夕方まで大学の研究室で実験して講義に出席し、夕刻から家庭教師をして午後十時近くに帰宅していた。家庭教師がなくて明美が平常勤務の時は、二人で夕飯を作った。明美が勤務で遅くなる時は、母の昌江と僕が夕飯を作り、明美の帰宅を待った。明美が夜勤の時、昌江と僕が夕飯を作り、夜は卒研の記録をまとめ、今後の実験を計画した。そうした日々が三年の春から続いている。
明美がいると忙しさは苦にならなかった。明美も僕にそう言っていた。
玲は現れる機会が少しずつ少なくなっていた。玲は、
『誕生の準備だよ～。ふたり、仲良くしてね～』
と言って僕と明美の邪魔をしないように気を利かせていた。
五月半ば。就職活動が始った。
地元有力企業の入社試験の際、一次試験が終って一次面接を受けた時、僕は事故で入院した事と昨年の後遺症の症状を話した。
「もう改善したんでしょう。何も問題ないですよ」
面接官は、僕が入社試験に合格したように口調で、僕に接した。書類審査段階で合格を決定したのだろうか。そんな事はないだろう・・・。僕はふしぎだった。
一次面接を行った二日後。僕が感じたとおり、内定の知らせが来た。まだ二次面接が残っている。知らせでは、特別に二次面接が免除になった、とあった。
長岡さんの気遣いや就職試験を思うと、僕の知らぬ所で、誰かが何かを決めているのは確かだった。その誰かは、玲と美具久留の爺ちゃんと、企業に知人が多い長岡さんだろう。そう思っていたら、
『えへへへっ、わかっちゃったね。みんなで、ヨイショしたよ～。
そのほうが、あたしが産まれやすいんだよ』
玲が、爺ちゃんや長岡さんたちとともに環境を整えて誕生の準備をした、と説明した。玲は長岡さんと言っているが、もちろん長岡さんの守護霊や守護神たちの事だ。
明美が休日の土曜。
朝食後、片づけを終えた。僕はキッチンテーブルに明美を座らせて、コーヒーをいれたカップをキッチンテーブルに置き、明美を背後から抱きしめた。そして椅子に座っている明美の顔を仰向けにして唇を重ねた。
「あぁぁっ・・・。向きを変えるね。これだと疲れちゃう・・・」
明美は唇を離して椅子から立ちあがって僕の手を引いた。
二階の部屋のベッドで明美は僕の首に腕をまわした。明美の望みに応えて、僕は明美を抱きしめた。
「ねえ・・・」
明美は僕の目を見つめた。
「うん・・・」
僕は明美を見つめかえした。
「玲がここで、美具久留のお爺ちゃんといっしょに、みんなを守ってるよ、と言ってる」
明美は明美のお腹をさすった。
『あけみお母さんのお腹にあたしがいるよ』
玲が現れてそう言った。
その瞬間、僕は、難題門の前で、明美と玲の手を握って、美具久留の爺ちゃんの前に立っていた。また、何かヘマをしたのかと思っていたら、そうではなかった。
爺ちゃんはニコニコ微笑んで、
『ミッションは完了したぞね。
今後の忠告を兼ねて、明美に自己紹介じゃよ』
と言って明美に挨拶した。
明美は美具久留の爺ちゃんに自己紹介して、
『お爺ちゃんは、私の父にそっくりだよ』
と感激している。
『ところで、守護霊の言うとおりせねば、守護霊の意味がないのは良くわかったと思う。 お前たちが玲を育てるのではなく、玲がお前たちを選んだのじゃ。
玲がお前たちをで親にするのじゃよ。
その事を忘れないでほしいのだ。
お前たちの良き人生とは何だ？その事を玲から学べ。
迷ったら、三人で戻ってこい。
良き人生がわからぬ限り、お前たちはこの門をくぐれない。
人生七転び八起きと言うじゃろ。あれは事実じゃよ・・・』
爺ちゃんがそう言ったとたん、僕と明美と玲は二階の部屋のベッドにいた。
明美は玲を抱いたまままどろんでいる。
まだまだ、玲から学ぶ事がたくさんありそうだ・・・。そう思っていたら、
『夫婦睦まじきは、美しきかな・・・。
儂はいつも、お前の中におるよ。困ったら、儂を呼べ。
またな・・・』
窓辺の山野草の寄せ植えから、爺ちゃんが現れて僕にそう囁いた。山野草の寄せ植えは、祖父母が温室で育てた山野草の小さな鉢植えを、昌江がそのままフラワーアレンジメント風に寄せ植えしたものだ。
僕は強く明美を抱きしめた。
「明美。婚姻届、出すよ」
「うん、わかった。ありがとう！」
まどろんでいる明美が玲とともに僕に抱きついている。
この時、僕は、爺ちゃんが僕と明美と長岡さんの遠い昔の先祖で、僕たちの先祖神だと知った・・・。
（了）
四月。明美は昌江が入院していた総合病院に勤務した。
僕は四年になった。
明美も僕も、いつものように忙しかった。
僕は朝から夕方まで大学の研究室で実験して講義に出席し、夕刻から家庭教師をして午後十時近くに帰宅していた。家庭教師がなくて明美が平常勤務の時は、二人で夕飯を作った。明美が勤務で遅くなる時は、母の昌江と僕が夕飯を作り、明美の帰宅を待った。明美が夜勤の時、昌江と僕が夕飯を作り、夜は卒研の記録をまとめ、今後の実験を計画した。そうした日々が三年の春から続いている。
明美がいると忙しさは苦にならなかった。明美も僕にそう言っていた。
玲は現れる機会が少しずつ少なくなっていた。玲は、
『誕生の準備だよ～。ふたり、仲良くしてね～』
と言って僕と明美の邪魔をしないように気を利かせていた。
五月半ば。就職活動が始った。
地元有力企業の入社試験の際、一次試験が終って一次面接を受けた時、僕は事故で入院した事と昨年の後遺症の症状を話した。
「もう改善したんでしょう。何も問題ないですよ」
面接官は、僕が入社試験に合格したように口調で、僕に接した。書類審査段階で合格を決定したのだろうか。そんな事はないだろう・・・。僕はふしぎだった。
一次面接を行った二日後。僕が感じたとおり、内定の知らせが来た。まだ二次面接が残っている。知らせでは、特別に二次面接が免除になった、とあった。
長岡さんの気遣いや就職試験を思うと、僕の知らぬ所で、誰かが何かを決めているのは確かだった。その誰かは、玲と美具久留の爺ちゃんと、企業に知人が多い長岡さんだろう。そう思っていたら、
『えへへへっ、わかっちゃったね。みんなで、ヨイショしたよ～。
そのほうが、あたしが産まれやすいんだよ』
玲が、爺ちゃんや長岡さんたちとともに環境を整えて誕生の準備をした、と説明した。玲は長岡さんと言っているが、もちろん長岡さんの守護霊や守護神たちの事だ。
明美が休日の土曜。
朝食後、片づけを終えた。僕はキッチンテーブルに明美を座らせて、コーヒーをいれたカップをキッチンテーブルに置き、明美を背後から抱きしめた。そして椅子に座っている明美の顔を仰向けにして唇を重ねた。
「あぁぁっ・・・。向きを変えるね。これだと疲れちゃう・・・」
明美は唇を離して椅子から立ちあがって僕の手を引いた。
二階の部屋のベッドで明美は僕の首に腕をまわした。明美の望みに応えて、僕は明美を抱きしめた。
「ねえ・・・」
明美は僕の目を見つめた。
「うん・・・」
僕は明美を見つめかえした。
「玲がここで、美具久留のお爺ちゃんといっしょに、みんなを守ってるよ、と言ってる」
明美は明美のお腹をさすった。
『あけみお母さんのお腹にあたしがいるよ』
玲が現れてそう言った。
その瞬間、僕は、難題門の前で、明美と玲の手を握って、美具久留の爺ちゃんの前に立っていた。また、何かヘマをしたのかと思っていたら、そうではなかった。
爺ちゃんはニコニコ微笑んで、
『ミッションは完了したぞね。
今後の忠告を兼ねて、明美に自己紹介じゃよ』
と言って明美に挨拶した。
明美は美具久留の爺ちゃんに自己紹介して、
『お爺ちゃんは、私の父にそっくりだよ』
と感激している。
『ところで、守護霊の言うとおりせねば、守護霊の意味がないのは良くわかったと思う。 お前たちが玲を育てるのではなく、玲がお前たちを選んだのじゃ。
玲がお前たちをで親にするのじゃよ。
その事を忘れないでほしいのだ。
お前たちの良き人生とは何だ？その事を玲から学べ。
迷ったら、三人で戻ってこい。
良き人生がわからぬ限り、お前たちはこの門をくぐれない。
人生七転び八起きと言うじゃろ。あれは事実じゃよ・・・』
爺ちゃんがそう言ったとたん、僕と明美と玲は二階の部屋のベッドにいた。
明美は玲を抱いたまままどろんでいる。
まだまだ、玲から学ぶ事がたくさんありそうだ・・・。そう思っていたら、
『夫婦睦まじきは、美しきかな・・・。
儂はいつも、お前の中におるよ。困ったら、儂を呼べ。
またな・・・』
窓辺の山野草の寄せ植えから、爺ちゃんが現れて僕にそう囁いた。山野草の寄せ植えは、祖父母が温室で育てた山野草の小さな鉢植えを、昌江がそのままフラワーアレンジメント風に寄せ植えしたものだ。
僕は強く明美を抱きしめた。
「明美。婚姻届、出すよ」
「うん、わかった。ありがとう！」
まどろんでいる明美が玲とともに僕に抱きついている。
この時、僕は、爺ちゃんが僕と明美と長岡さんの遠い昔の先祖で、僕たちの先祖神だと知った・・・。
（了）
