八 解けた緊張
文字数 1,983文字
ひととおり身体と髪を洗って、ふたたび湯船に入った。
僕は明美を後ろから抱きしめた。
「さあ、よく暖まって、出ようか・・・」
「うん。ねえ、私のこと、キライなの?」
「好きだよ。身体の関係が先で、気持ちが後でも、その逆でも、変らないと思ってる。正直に訊くから、僕の親と何を決めたか、教えてほしい。
明美は僕をどうしたいと話した?
僕の親は何て答えた?」
「省吾が実家に連絡すればわかる事だから、話し合ったとおりに言うね」
明美は決心したように肩の力を抜いた。互いに早く慣れたいと思っているのがよくわかる。
「兄は一人娘と結婚して相手の両親とともに近所で暮してる。奧さんは我家の遠縁だよ。それで、家族全員でいろいろ話しあって、私がこの家は継ぐ事になったの」
なるほど、それならこの広い家に、兄がいないのも理解できる。
「先週土曜に映画を見た時、省吾といっしょにいたいと思った。一目惚れだね。その事を母と祖父母と兄に話して、まあいろいろあったけど、賛成してもらった。この事は、今話すと長くなるから、いずれ説明するね」
「うん。わかりました・・・」
「それで、我家の代表としてお祖父ちゃんが省吾のお父さんと話して、結婚を前提に、省吾と私のおつきあいをお願いしたの。
省吾の両親は、本人同士の問題だから、省吾が認めるなら反対しないと承諾したわ。田村から原田に変るのが嫌なら、田村のままでいいよ・・・。
でも、その前に、お互い、信じ合えるかどうかが問題だね」
明美は、明美を抱きしめる僕の手を握った。
「わかった。僕は正直に話してくれた明美を信じてる。
僕が緊張したのは、僕の知らない所で何が起こっているかわからなかったからだ。明美の話を信じてるから、今の話、実家に確認はしない。
正直に話してくれた明美が好きだよ。
これからも今のままの明美でいてほしい・・・」
僕は明美のうなじに口づけした。いや、そうじゃない。かわいいアルパカの首筋に頬ずりした・・・。
「うれしい。卵が先か鶏が先かになったけど、とっても、うれしい。
でも無理しないでね。関係がどんな事になっても、お互いの気持ちに正直でいてね。ほかに好きな人ができたら、話してね。私も話す。
その時は、お互いに、もっともよい方向を探そうね・・・」
明美の肩が小さく震えている。
明美が、自身の気持ちとは違う事を話しているのを感じて僕は思った。もう、いっしょになると決めたのだから、今さら気持ちを偽らなくていい・・・。
「すごい決断だな。まだ、つきあいはじめたばかりなのに、もう別れ話か・・・」
「そうじゃない。私の勝手であなたを縛りたくないだけ。
それに、あなたを、もっともっと知りたいの・・・」
「いいよ、いくらでも縛っていいよ。明美にベタベタされるのは好きだ。
そろそろ上がろうか。のぼせてしまう・・・」
「うん!ベタベタしてあげるよ!たくさん!」
明美の肩の震えが消えた。身体が僕の胸にしなだれて、僕の胸にすっぽり抱かれた。手が僕に触れている。
「元気になったね。よかった。
看護学科でいろいろ実習したんだ。実体験は、初めてだよ!」
「うん、緊張が解けたからね。全て初めだ、僕も」
「お互いの家族にも承諾してもらえてよかった・・・」
明美が感慨深そうに呟いた。自分が持ちだした話なのに、初めてのテレビ電話で婚約をさせる家族も、婚約を承諾する家族も、明美には信じられなかったのだろう。
「省吾の両親って、省吾を信じてるんだね」
「父は行動に責任を取るなら自由にしろと思ってる。
母はできるだけ早く、家族の煩わしい事から逃れたいだけだ。僕を信じてるわけじゃないよ」
たしかに我家の親らしい判断だ。何事も強制はしない。来る者は拒まず。去る者は追わず。全て自分の責任で行えと言うのが父親の考えだ。そう気づいたのは、何年も前だ。母は父親と違い、僕に関する面倒な事から逃れたいと思っている。その事は、僕の入院ではっきりした。
「家族もいろいろあるね。
私は省吾が好きだよ。いつまでもいっしょにいたいのが本音だよ」
「僕もそうだ・・・」
明美との関係を断ち切る気なら、今夜の宿泊を話された時に断れたはずだ。しかし、今こうして明美の家にいて、ふたりで入浴してる。すでに僕は明美との関係を受入れている。そうじゃないな。最初から、かわいいアルパカに心奪われてたんだ・・・。
「あけみ、正式なつきあいと、下宿をお願いします」
僕は明美の耳に囁いた。
「はい。お願いします」
そう受け答えしてふたりで笑った。深夜の浴室に笑い声が響いた。きっと祖父母は起きて、この笑い声を聞いているだろう。
「そしたら上がろう。身体、拭いて、着せてあげる・・・」
「はい・・・」
ふたりして湯船を出た。僕はおちついていた。こうしてふたりで入浴するのは初めてなのに、こんなにおちついているのはなぜだろう・・・。
僕は明美を後ろから抱きしめた。
「さあ、よく暖まって、出ようか・・・」
「うん。ねえ、私のこと、キライなの?」
「好きだよ。身体の関係が先で、気持ちが後でも、その逆でも、変らないと思ってる。正直に訊くから、僕の親と何を決めたか、教えてほしい。
明美は僕をどうしたいと話した?
僕の親は何て答えた?」
「省吾が実家に連絡すればわかる事だから、話し合ったとおりに言うね」
明美は決心したように肩の力を抜いた。互いに早く慣れたいと思っているのがよくわかる。
「兄は一人娘と結婚して相手の両親とともに近所で暮してる。奧さんは我家の遠縁だよ。それで、家族全員でいろいろ話しあって、私がこの家は継ぐ事になったの」
なるほど、それならこの広い家に、兄がいないのも理解できる。
「先週土曜に映画を見た時、省吾といっしょにいたいと思った。一目惚れだね。その事を母と祖父母と兄に話して、まあいろいろあったけど、賛成してもらった。この事は、今話すと長くなるから、いずれ説明するね」
「うん。わかりました・・・」
「それで、我家の代表としてお祖父ちゃんが省吾のお父さんと話して、結婚を前提に、省吾と私のおつきあいをお願いしたの。
省吾の両親は、本人同士の問題だから、省吾が認めるなら反対しないと承諾したわ。田村から原田に変るのが嫌なら、田村のままでいいよ・・・。
でも、その前に、お互い、信じ合えるかどうかが問題だね」
明美は、明美を抱きしめる僕の手を握った。
「わかった。僕は正直に話してくれた明美を信じてる。
僕が緊張したのは、僕の知らない所で何が起こっているかわからなかったからだ。明美の話を信じてるから、今の話、実家に確認はしない。
正直に話してくれた明美が好きだよ。
これからも今のままの明美でいてほしい・・・」
僕は明美のうなじに口づけした。いや、そうじゃない。かわいいアルパカの首筋に頬ずりした・・・。
「うれしい。卵が先か鶏が先かになったけど、とっても、うれしい。
でも無理しないでね。関係がどんな事になっても、お互いの気持ちに正直でいてね。ほかに好きな人ができたら、話してね。私も話す。
その時は、お互いに、もっともよい方向を探そうね・・・」
明美の肩が小さく震えている。
明美が、自身の気持ちとは違う事を話しているのを感じて僕は思った。もう、いっしょになると決めたのだから、今さら気持ちを偽らなくていい・・・。
「すごい決断だな。まだ、つきあいはじめたばかりなのに、もう別れ話か・・・」
「そうじゃない。私の勝手であなたを縛りたくないだけ。
それに、あなたを、もっともっと知りたいの・・・」
「いいよ、いくらでも縛っていいよ。明美にベタベタされるのは好きだ。
そろそろ上がろうか。のぼせてしまう・・・」
「うん!ベタベタしてあげるよ!たくさん!」
明美の肩の震えが消えた。身体が僕の胸にしなだれて、僕の胸にすっぽり抱かれた。手が僕に触れている。
「元気になったね。よかった。
看護学科でいろいろ実習したんだ。実体験は、初めてだよ!」
「うん、緊張が解けたからね。全て初めだ、僕も」
「お互いの家族にも承諾してもらえてよかった・・・」
明美が感慨深そうに呟いた。自分が持ちだした話なのに、初めてのテレビ電話で婚約をさせる家族も、婚約を承諾する家族も、明美には信じられなかったのだろう。
「省吾の両親って、省吾を信じてるんだね」
「父は行動に責任を取るなら自由にしろと思ってる。
母はできるだけ早く、家族の煩わしい事から逃れたいだけだ。僕を信じてるわけじゃないよ」
たしかに我家の親らしい判断だ。何事も強制はしない。来る者は拒まず。去る者は追わず。全て自分の責任で行えと言うのが父親の考えだ。そう気づいたのは、何年も前だ。母は父親と違い、僕に関する面倒な事から逃れたいと思っている。その事は、僕の入院ではっきりした。
「家族もいろいろあるね。
私は省吾が好きだよ。いつまでもいっしょにいたいのが本音だよ」
「僕もそうだ・・・」
明美との関係を断ち切る気なら、今夜の宿泊を話された時に断れたはずだ。しかし、今こうして明美の家にいて、ふたりで入浴してる。すでに僕は明美との関係を受入れている。そうじゃないな。最初から、かわいいアルパカに心奪われてたんだ・・・。
「あけみ、正式なつきあいと、下宿をお願いします」
僕は明美の耳に囁いた。
「はい。お願いします」
そう受け答えしてふたりで笑った。深夜の浴室に笑い声が響いた。きっと祖父母は起きて、この笑い声を聞いているだろう。
「そしたら上がろう。身体、拭いて、着せてあげる・・・」
「はい・・・」
ふたりして湯船を出た。僕はおちついていた。こうしてふたりで入浴するのは初めてなのに、こんなにおちついているのはなぜだろう・・・。