十五　昌江の病気

　翌日、月曜、午前。
　今日から明美も僕も冬休みに入った。僕は昌江の病室を訪れた。フラワーアレンジメントは、昨日、義姉が交換したので、持参していない。
　年末年始、昌江が帰宅する。引っ越しほどではないが、寝具やちょっとした日用品など、自宅で洗濯できる物を少しずつ持ち帰って、清潔な物と交換する予定だ。
「ありがとうね。しょうちゃん。
　大淵さんといっしょに、あなたがここに来た時、こんな日が来る気がしてた・・・」
　昌江の声は明美の声に似ている。目を閉じて聞いたら、明美が話しているように聞こえる。僕は持ってきた衣類などを冷蔵庫の横の戸棚に入れた。
「私の病気、癌なのよ。でもね、悪性じゃないの・・・」
　昌江は悪性の癌の特徴、『他の臓器に転移をしているか』『多数のリンパ節転移があるか』『周辺の組織に深く浸潤しているか』を説明した。

「良性だけど、数が多いから、検査と対処法に時間がかかってるのよ。
　すぐには死なないわよ。心配しないでね。検査入院が長びいてるだけよ。
　ほんとよ。私より明美が詳しいから、明美に訊くといいわ」
「お母さんの話を信じます。明美も僕に話したくなったら、話すだろうから」
「あなたってすごいね。人を信じられる事は、自分を信じられる事よ」
「僕は、明美とお母さんを信じてるだけです・・・」

　ああ、ああ、そういうことか・・・。他人を信じる事は、根拠に基づいて他人を信じる自分の意志や信念を重んじる事だと昌江は言いたいらしい。僕に他人を信じる一定の基準やそれに基づく信念があるか否か定かではないが、明美の僕に対する気持ちと明美の性格とも言える考え方を、僕は信じている。

「あなたたちを見てると、呼吸がぴったり合ってるわ。ふたりは気にしていないだろうけど、もう、長年連れ添ったふたりみたいよ。たくさん抱いてあげたのね・・・」
「まだいっしょに寝てるだけです。試験が終ってからですね」
「そうなの。楽しみね・・・」
「はい・・・」
　昌江は優しい口調で核心をずばりと突いてくる。嫌みがなく、気楽に応対できる。
「お母さんたちの最初は、どうでした？」
　僕は椅子に座った。目線が昌江と同じになった。
「お互いに、初めてだったから、時間をかけたわね。お互いを思ってたから・・・」
　昌江は新婚時代を語りはじめた。

　明美の父、壮一郎と昌江は遠縁の幼なじみだった。小さい時から相思相愛でとても仲が良かった。新婚初夜も無理することなく自然に任せ、日を重ねて結ばれた。
「お互いの性格をよく知ってて信頼してたから、慌てなかったわ。
　時間をかけて少しずつ気持ちを確認しながら、進めたの・・・。
　だから、結ばれた時は、とっても、うれしかった・・・」
　その時の感激は、言葉に表せないと昌江は話した。
「あなたは無理せずに、おちついて明美を見てる。見守ってる感じよね・・・。
　明美があなたを好きになった訳がよくわかるわ・・・」
　昌江は、明美と僕の関係が、昌江たち夫婦に似てると言いたいらしかった。
「明美も僕も、忙しい時期だから、互いに気遣ってます・・・」

　今年初夏、交通事故で入院し、僕は二年前期の単位を取れなかったため、後期は、正規の後期履修科目に加えて、前期の履修科目で後期に受講できる科目も受講していた。受講科目は他の二年にくらべ二倍近くになっていた。
　明美は実習が増えて家事もしていたので、僕より忙しかった。
　ふしぎなことに明美も僕も忙しい事を苦にしていなかった。家に帰れば互いを気づかう明美と僕がいる。祖父母も明美と僕を見守っている。
　そして、何か暖かいものに包まれて、
『いつも見守ってるから、思いきり、がんばってきてね～』
　と言われている気がしていた。おそらく玲とあの美具久留の爺ちゃんだろう・・・。

「だから、後期の試験が終って一区切りついたら、時間をかけてゆっくりですね」
「そうね。たくさん愛してあげてね。明美もそう望んでるはずよ・・・」
「何か、話してました？」
「何も話してないわ。ふたりとも身体に気をつけるのよ。
　たくさん食べて、よく眠りなさいね」
「はい、僕がお見舞いの言葉をもらっちゃいましたね」
「あなたたちお互いが、忙しいからよ」
「明美がいるから、忙しいのを忘れてますね。明美に感謝してます。
　お母さんとお父さんとお祖父さんとお祖母さんにも。お義兄さんにも」
「あら、兄に会ったの？」
「いえ、まだです。僕が家に帰ってない時、家に何度か会いに来たらしいけど、いつも、行き違いなんですよ。
　まあ、こんどは家にいる時間が多いから、会えるでしょう」
　そう話していると、病室のドアが開いた。
「母さん。変りないね・・・」
　僕はアルパカの兄が現れたと思った。