七 湯加減

文字数 2,276文字

 湯加減を見て、脱衣室で衣類を脱いだ。明美は居間の小上りにあるコタツに入っている。
 浴室に入った。蛇口を捻って洗い桶に湯を汲んで身体にかけ、流せる汚れを洗い流して湯船に入った。熱めの湯に浸かりながら、明美のテレビ電話の説明を考えた。

 女性経験がない僕が、いきなり結婚相手を与えられて、責任を持てるなら好きにしろと言われている。僕の両親ならそう決断してもおかしくない。やはり明美のテレビ電話の説明は事実だろう。明美も家族に要望を聞いてもらって、その後の事は明美自身の心に従っている。
 いや、そうじゃない。明美の家族は僕の両親と話して、僕を婚約者にした。無理強いをしている様子はないが、明美も、僕を婚約者だと思っている。さて、どうしたものか・・・。
 そう思いながら、湯船から出て身体を洗い、もう一度湯船に浸かった。

「ねえ、湯加減はだいじょうぶ?」
 脱衣室から明美の声がする。
「ありがとう。熱いくらいだ。すぐに上がる・・・」
「急がせてるんじゃないよ。湯冷めしないようにと思って・・・」
「いっしょに、入るか?」
 僕は思わずそう言ってから、なんて事を言ったんだろうと後悔した。
 あまりに軽はずみだ。明美の家族と僕の家族が認めてるからって、明美と僕が互いの意志を確認したわけじゃない。ともに入浴すれば、少なからず身体の接触くらいは生じて当然だ。おそらく明美は、
『もっと時間をかけて、互いを知りあってからね』
 と言うだろう。そう思っていたらドアが開いた。
「いっしょに入る・・・」
 生まれたままの姿で明美が浴室に入ってきた。
 僕は思わず浴室の壁を見つめた。視界の左側で明美が僕に微笑み、洗い桶を取って僕を見つめた。僕はゆっくり視線を明美に向けた。明美は微笑んだまま、蛇口を捻って洗い桶に湯を汲んだ。
 明美が僕に声をかけてからドアが開くまで間がない。明美はいっしょに入浴する気だったのだろう・・・。

 身体を湯で流して、明美が湯船に入った。明美は僕に近づくと、僕が明美を後ろから抱きしめやすいように僕に背を向けた。この浴室は大きい。大人四人がいっしょに入れるほどの広さがある。湯船も大きい。
「お祖父ちゃんの考えで、家族みんなで入れるように、大きなお風呂にしたの。小さい時、夏は水風呂にして、近所の子どもや従姉妹たちと遊んだよ・・・」
 明美は近所の子どもや従姉妹たちと遊んだ幼い日々を話した。

 明美の柔らかな身体を抱きしめて、さぞや興奮するだろうと思っていた僕は、緊張からか興奮なんてしなかった。初めての経験なのになぜだろう・・・。
「私も緊張してるよ。ほら、触ってね。緊張しなくていいよ」
 僕の思いを知ってか、明美は僕の右手を、明美の胸の中程からやや左側に触れさせた。早めの鼓動が伝わってきた。心拍数がふだんの二倍近くになっていると明美が言った。
「あのね。省吾が好きだよ。だから、いつもそばにいたい・・・。
 時間かけて、それから身体の関係になって、なんて事したくないの。
 もう、決めたの・・・」
「わかった。家族同士が認めたんだから、そうしよう」
「ほんと!」
「ああ、ほんとだ」
「ああっ、うれしいなあ!」
「声が聞えるよ」
「祖父母も、婚約したんだからって認めてるよ。いっしょに風呂に入って、同じ部屋で暮らせばいいって言ってた。
 母は、一応、けじめをつけなさいって、笑ってた。
 あなたの両親も、母と同じだった・・・」
「それで、部屋は別にした」
「この家、私の家なの。いっしょになったら、あなたの家だよ」
「うん・・・」
 明美が何を話しているのかわからないまま、僕の鼓動が急激に高まった。熱き血潮の行く先は下半身じゃない。頭だ。僕は推測していた。僕を抜きにして両家のあいだで何が話されたのか・・・。
 
「詳しい事は、後にしようね。
 ねえ、洗ってほしい。省吾に。お互い、異性は初めてでしょう?」
 明美は、明美の胸に触れた僕の手を撫でている。
「うん、初めてだ・・・」
 僕の前に長い髪をアップにした明美の白いきれいなうなじがある。
「興奮して・・・、ないか・・・」
 明美の右手が優しく僕の太腿から股間に触れた。
「緊張しすぎだ。いろいろ考える事があるから・・・」
「そしたら、教えるから、背中から洗ってね」
「うん・・・」

 湯船から出て、バスチェアーに座った明美の背後のバスチェアーに座り、ボディーシャンプーをコットンタオルで泡立て明美の背中を洗った。化繊のボディータオルでは肌を傷つけると言う。
「今度こっち・・・」
 背後に座っている僕の手を、明美は胸と腹部に導いた。僕は教えられるままに明美の身体を洗った。明美は優しく洗わなければならないところと洗い方を教えてくれた。
「私、こうしてもらうの全部初めて・・・」
「僕もだ・・・」
「ゆっくり、優しくだよ・・・。そう・・・。
 あなたのこと好きだから、好きにしていいよ・・・」
「うん・・・」
 そう言われても、今は両家のあいだで何が話されたか気になり、そんな気にはなれない。

「まだ、緊張してるね。慣れてくれば緊張しなくなるよ。
 お互いにすこしずつ慣れようね・・・」
「うん・・・。髪はどうする?」
「洗ってね」
「うん」
 僕は温めの湯を明美の髪にかけた。ざっと汚れを流して、シャンプーを手に取って泡立て、髪を梳くように洗った。そして頭の地肌に爪を立てないように、指の腹で頭皮を洗った。
「うわっ、スッゴク気持ちいい!指の力があるんだね。マッサージされてるみたい!」
「こんな事でいいなら、いつでもしてあげる・・・」
「うれしいなぁ・・・」
 僕は明美の頭皮と髪を、優しく洗った。
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