七 消去法

文字数 2,693文字

 大きな難題門を見あげる僕と玲の前に、爺ちゃんが現れた。
「お前。良き人生を歩めるように、指導霊をつけろと言うから、玲をつけたんじゃ。
 指導霊の言う事を聞かぬなら、良き人生にはならぬよ」
 爺ちゃんは実家の神棚に祀ってある大国主神さんの神像だぞ・・・。
 たしか生前の名は美具久留(みくくる)と言う名だったはずだ・・・。
 なんでこんな事を知っているのか、わからない・・・。
 僕はいろいろ美具久留の爺ちゃんに訊きたかったが、玲の言葉を思いだして訊かずにいた。

「訊きたい事があったら、今のうちに訊け。
 さもなくば、お前から玲の素性を詮索してはならぬぞ。
 看護師が出ていった刻限に、二人を戻そうぞ」
 爺ちゃんは腰をかがめて、玲の頭を撫でて微笑んでいる。
「なんで、玲の言うとおりにしなければならないんだ?」
 爺ちゃんが腰を伸ばして僕を見つめた。僕の心に強い口調が響いた。
「守護霊の言うとおりせねば、守護霊の意味がなかろう?
 お前の良き人生とはなんだ?その事を玲から学べ。
 迷ったらまた戻ってこい。
 良き人生がわからぬ限り、お前はこの門をくぐれない」
 強い口調の爺ちゃんだが、目は玲を見た時と同じで、優しく笑っている。

 僕は疑問に思っていた事を訊いた。
「この門は何だ?」
「この門はあの世への門じゃ。くぐって戻った者はおらぬよ。
 お前がここに来るのは、いろいろ学んでからじゃよ。
 お前には難題門じゃな。現世(うつしよ)の難題を超えねば、良き人生を全うできぬよ」
 爺ちゃんがそう言ったとたん、僕の目の前から、看護師が妙な目つきで大原まり子と僕を見て病室から出ていった。

『今度はうまくやってね~』
『わかったよ』
 玲がベッドの僕の隣りで夏掛け布団にもぐりこんだ。顔だけ出して大原まり子を見ている。大原まり子には玲が見えないらしい。
 この時になって、僕の守護霊の玲が、子どもの霊なのを理解した・・・。


 看護師が病室を出てドアが閉まった。
 しばらくしてから僕は大原まり子を見つめた。
「あの人、妙に馴れ馴れしいんだ。僕と何かあったんだろう?」
「憶えてないの?私がここにいる理由もわからない?」
 大原まり子も僕を見つめている。
「大原さんが小山さんと交代でここにいるって聞いて、なんとなく理解した。
 ストーカーだろう?僕を守ってるんだね?」
 僕の最後の言葉は小声だった。思ったとおり、大原まり子は頷いた。
「うん。あの人、平田麻美さん。思いこみが強いから、雨の日に傘を差してあげたあなたを、相合い傘になったと言って、別な意味に解釈してるの。
 その事を、あなたが私に説明して、小山絵里さんもいっしょに聞いてた。
 田村君が入院したと聞いたから、二人して交代で見張ろうって事になったの。
 ああ、時間が許す時だけだよ」
 困った所に入院したもんだ。まだ、ストーカーの被害を受けてないから、ストーカーがいるだけの理由で転院するわけにはゆかない。

「あなたが描いたこの子はね。あなたの娘だよ・・・」
 大原まり子が感慨深そうにスケッチブックの玲を示した。
 僕は驚いた。喉に出かかった声がかすれて声が出なかった
 いったいどういうことだ。僕はまだ子どもが生まれる原因すら作っていない。玲が僕の子なら、母親は誰だ?
「そうだよね。相手がいなければ子どもは生まれない。そう思ってるでしょう。
 この子が、お母さんを探してって、あなたに頼んだのよ。あなたがお父さんだから」
「いつ?どこで?どうやって、この子が僕の所に来た?」
「どうしてあなたの所に現れたか、私にはわからない。
 でも、この子があなたの子だから、あなたは、お母さんを探す約束したの」
「その話、いつの事?どこで話した?他に知ってる人は?」
「この春、恵比寿通りのアーケードを歩いている時に話したわ。
 周りに知った人はいなかった。人混みの方が内容を聞かれないってあなたは話してた」
「この春って、入学したばかりだぞ」
「何言ってるの。田村君、二年だよ。私は三年だよ・・・」
 大原まり子は心配そうに僕を見ている。

『玲。僕は、大学入学当時に戻してくれ、と美具久留の爺ちゃんに頼んだはずだ・・・』
『えへへっ、いいんだよ。よき人生のために、ショートカットしたよ~』
 ベッドの僕の横で、玲が布団から顔を出して微笑んでいる。大原まり子に玲は見えない。玲は霊なのだから当然だ。
『僕に玲が見えるのは、玲が僕の守護霊と言う理由だけか?』
『ちがうよ~。あたしが見えるようにしてるんだよ~。
 見える方がいいでしょう?』
『声だけより、はるかにいいね。玲のお父さんは僕か?お母さんは誰だ?』
『お父さんは省吾だと思うよ。
 美具久留の爺ちゃんが、二人でお母さんを探しなさいって言ったよ~』
 玲が布団の中で僕の腕に抱きついた。玲が僕の娘なら、母親は玲と似たような体質だろう。髪は薄茶でフワフワしてて、目は大きくて丸顔で・・・。
 いつのまにか僕は大原まり子の顔を見ていた。
『ねえ、しょうご~。まだこの人とはかぎんないよ。
 慎重に探すんだよ』
『わかってる。あの看護師の細い目も黒髪も玲とは無縁だ。
 髪の質を考えたら小山絵里の黒髪も違う』
『消去法だね。候補者が、二人消えました~』
 玲はうれしそうに笑っている。

「うん?どうしたの?私の顔に何かついてる?」
 大原まり子が僕の目を見つめて微笑んだ。この笑顔は玲に似てる。この人が僕の相手で、玲のお母さんになるのだろうか?
「目が茶色なんだね」
 大原まり子の虹彩は茶色だ。玲の虹彩も茶に近いが、大原まり子ほど薄い茶ではない。
「私、目が薄茶だから、太陽が眩しくてサングラスを手放せないの。
 田村君も茶色だね・・・」
 大原まり子はじっと僕の目を見ている。大原まり子の薄茶の虹彩を見ていたら、瞳の奥に、大原まり子の心が見えるような気がした。

そんなことを感じながら、午前中見舞いに来た看護学科の学生に、玲に似た人がいなかったかを考えた。あの中に、玲に似た女はいなかった。他の看護学科の学生に、玲に似た学生がいただろうか?教育学部には?理工学部には?社会情報学部には?記憶が定かでない。僕の知りあいは多かったのか?

「私、夕飯が終るまで、ここにいるね」
 今後も、大原まり子は病室に来てくれるだろうか?あのストーカーから逃れるのに、大原まり子がいないと困る・・・。
「あの看護師、平田麻美、今日は三時で勤務を終えるから安心だよ。
 あの人、あっちこっちで嵐を捲きちらてるらしいわ。
 私、時間がある時、必ず来るね。田村君を嵐に遭わせたくないから・・・」
 大原まり子が怪我していない左手を握ろうとした。
 その時、見覚えある顔が病室に現れた。
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