二十四 玲の予言

文字数 1,883文字

 五月下旬、土曜。明美も僕も、休日だった。
 朝食後。
「しょうちゃん。具合はどうなの?」
 キッチンのテーブルでコーヒーをいれる僕を、椅子に座った明美が見ている。
「うん、もとの状態に戻ったよ」
 もう僕の左手に変化はない。僕はコーヒーカップを持つ左手の指の力を確認した。
「左手、治って良かったね。
 しょうちゃん。たくさん単位を取ったから、あとは必修科目と卒研だけだね」
 明美は椅子に座った僕に手を伸ばして僕の左手を握った。頬に笑みが溢れている。
「そうだね。明美も卒論と必修科目と国家試験と就職試験だね。
 来年は僕も、同じ状況だよ。・・・」
「来年、しようちゃんの就職が決ったら、玲ちゃんに会える時期が早くなるね」
「うん」

『しょうご~。治ってよかったね~』
 明美のブラウスの胸元から玲が出てきた。ギンガムチェックのボタンダウンのシャツを着ている。ズボンはサスペンダーのついたブルージーンズのジョッパーズだ。
「かわいいね。そのズボンとシャツ」
『うん。私のお好みだよ。ジョッパーズだと動きやすいよ』
「最近、ご無沙汰だッたけど、明美の胸にいるのは感じてたよ」
『いつも、三人で寝てたよ』
「日中、顔を見せないから、どうしたのかと思ってたよ」
『しょうごもあけみお母さんも、大学で忙しいから、家にいるときは、ふたり、仲よしでいられるように、気を利かせたんだよ』

「そんな事、気にしなくていいのに。玲ちゃんがいても、私はしょうちゃんとベタベタするよ。その方が、玲ちゃんもうれしいでしょう?」
『うん、そうだよ。あたしの心は、ふたりの心だよ。ふたりがうれしければ、あたしもうれしいよ』
「そしたら、気にしなくていいのよ」
『はあい。でもね。後遺症がでたとき、教えてあげたんだよ』
『あのビンセットとカップの取っ手が壊れたのは、玲が教えてくれたのか?』
『そうだよ~』
「直接、教えていいのよ」
『何でも私が教えたら、省吾がなまけるよ~。
 しょうごが自分の目でよく見て、気づくのが大切なんだよ~。
 卒研するから、いろいろ観察するでしょう?
 あけみお母さんは、実習のときからそうしてるよ~』
「ウワッ、驚きだな。そんな事まで、玲は確認してたのか?」
『うん。ふたりとも、あたしのお母さんとお父さんだよ。
 ちゃんと、教育しなさいって、爺ちゃんがいってたよ』
「なんてことだ・・・」
 僕は玲の言葉に驚いた。美具久留の爺ちゃんに監督されてるんだ・・・。

『ねえねえ。あけみお母さんとしょうご~。来年の今ごろでいい?』
「もしかして・・・」
『そうだよ。あけみお母さんが、ほんとのお母さんになるんだよ~。省吾はお父さんだよ』
「ウワッ、時間制限だね。がんばらねばならない!」
「ガンバレ、しょうちゃん。しょうちゃんがかんばらねば、玲ちゃんは生まれないぞ!
 私を玲ちゃんのお母さんにしてね!」
「うん」

『しょうごががんばらねば、誰ががんばる、だね。単位、きちんととってね』
「えっ?あぶない科目があるのか?」
『ないよ。だけど、評価がAとCはちがうよ。手を抜いたらいけないよ』
「何の科目だろう・・・」
 教養基礎科目は全て単位を取った。工学基礎科目と卒研も含めた専門科目は、今、講義を受けている。僕は玲が何の科目を気にしているかわからなかった。
「ねえ、玲ちゃん。しょうちゃんの苦手な科目は何なの?」
 明美も僕も、これまで単位取得に時間を費やしたため、ふたりとも残すのは卒論や卒研を含めた必修科目だけになっていた。そして、家では、デイトしているように、僕と明美はいっしょに家事をしている。

『にがてなのはないよ。専門科目、気をつけてね。むずかしいとこ、気をぬかないんだよ』
「難しいとこって、専門科目を出題予想したってことか?」
『あっ、ばれちゃったね。あははっ。守護霊なんだから、ゆるされるよね。
 それとも、ふたりして、あの難題門に行かされちゃうかな・・・』
 明美のブラウスの胸で玲が困っている。

『守護霊の忠告だから、良しとしておこう。
 玲ちゃんの誕生宣言、しっかり受けとめるんじゃぞ。よいな?』
 どこからか、美具久留の爺ちゃんの声が聞えた。
「わかりました・・・」
 専門科目の試験が難しくなるって事だな・・・。僕はそう理解した。

「玲ちゃん。食べたい物、ある?」
『すき焼き、鰻重かな・・・。もっとあったけど、わすれちゃった』
「そしたら、牛肉があるから、お昼はすき焼きにするね!
 あれ?冷蔵庫の牛肉、知ってたの?」
『あははっ、わかっちゃったね』
 僕は玲と明美のやりとりを聞きながら、守護霊ではない、実際の子どもの玲が、この場にいるような気がしていた・・・・。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み