第68話 見え始める全体像 ~「信用」のかけ引き~ Aパート
文字数 5,041文字
だけれど私の大切な親友の事。譲れない気持ちを込めて強い眼差しで先生を見返す。
「先生は岡本さんと一緒の気持ちって初めに言ったはずよ」
私と視線を合わせた先生が、その表情と言葉を緩める。
「でも私は悪戯に広めようとは思っていません」
だから一人の先生に打ち明けるのにこれほどまでに時間をかけて迷っているのに。
「今、岡本さんが言った “悪戯に広めたくはない” って言うのは岡本さん
だけ
の意見なの?」そんな訳ない。蒼ちゃんの気持ちだって聞いてるし、蒼ちゃんの意思も確認している。
「私の親友だって広めて欲しくないって言ってますし、大体女の子の体にアザがあるのを自分から広めたい訳がないじゃないですかっ!」
だから先生のあまりにも軽い言葉に不信感を持ってるわけだし。
「……アザ?」
ただ、先生の訊き返しに私が頭に血を昇らせていた事、口を滑らせてしまった事に気付く。
「アザって何? この前の喧嘩での話? でもさっきの中ではそう言った話は無かったわよね。ケガをしたわけでもないって言ってたし」
先生の目の色が変わるけれど、蒼ちゃんも、例のグループもみんな秘密にしたがっていた。
そして私の方も確たる証拠が無いから、下手に口に出来る話でも無かったのに。
「言いたくありません」
だから、何があっても口を割る訳にはいかない。
「言うまで、五限目が始まってもこの部屋からは何があっても出さないわよ」
そう言って先生が廊下側の扉にもたれかかってしまう。
ホントなんて先生なのか。見かけと全く違う先生の強引さに私は内心で動揺を通り越して{驚き}を隠すのに苦労する。
これが担任の巻本先生とかなら、遠慮なく大声を出すのに。
それならばと職員室側の扉の方を見るも、
「そっち側から出たら、先生方ほぼ全員に今ここで何かの話をしていた事はバレてしまうわよ」
私の考えを先読みした先生が、丁寧に忠告をしてくれる。
「分かりました。五限目は諦めます」
そして私の腹を括ってソファに座りなおす……のを見ていた保健の先生が
「お願い岡本さん。先生はそう言う話は本当に誰にも言わないから。正直に知っている事を話して」
自分の事を棚に上げて私にはすべて話せと言う先生。
「今日の先生を見て、とても信用なんて出来ません」
朱先輩の言う通り保健の先生を信用して、
どうしてこんな事になっているのか
。「でも前の事は先生。誰にも言ってないわよ。誰か別の人から耳にした?」
そう言われて確かに蒼ちゃんとのクッキーの事を他の人からは一度も誰からも聞いていない。担任の先生は今でも知らなさそうだ。
「だから正直に言って。この件に関しては絶対に口外しないから」
先生の方もなんとかして私から話を聞きたいと言う気持ちが伝わって来る。
「良い? もう大人の汚い部分も含めて正直に話すけど、暴力の入ったいじめは下手をしたら命を落とすの。これは本当に全国のニュースにもなってるから岡本さんも知らない訳は無いでしょ。逆に言葉の暴力は命を落とす事は無くても、自殺に追い込んでいくの。こっちもニュースに流れるから知ってるわよね? でも、言葉の暴力は目に見えないけど、純粋な暴力は跡が残るからそれ自体が証拠になるの」
先生の信じられない発言に、私が爆発しそうになる。
「まさか私の親友を証拠として出すって言ってんの……ですか?」
思わず怒りが爆発したときの言葉遣いがそのまま出てしまう。
「どう思ってくれても良いわよ。汚い部分も含めて話すって言ったのは先生の方だし。それに、言葉の暴力は目に見える証拠がないから、自殺といじめの因果関係が焦点になった時、どうしても不利になるの。それでも、その上でも先生も本気でどうにかしたい。イジメられている側を守りたいのは本気だから、話してくれるまでここは退かないわよ」
まさか保健の先生がここまで強引だとは思わなかった。
もう{驚き}すらも通り越して{驚愕}に近い。
「それに岡本さんは露骨に嫌悪したけど、そっちも証拠がなくて困ってるんじゃないの?」
その上、生徒の足元まで見てくるんだから……まさかこんな場面でここまで見かけによらない人に遭遇するとは思わなかった。
「イジメてる側はいくらでも言い逃れをする。証拠の無いままこっちが騒ぐとこっちが悪者にされる。だから証拠は集めないといけない。イジメられている生徒がいるのを分かっていても証拠が揃うまで我慢しないといけない。この辛さ、岡本さんなら少しは分かるんじゃない? 教頭先生の話だと決して分からない話じゃないと信じてるんだけど」
証拠がなくて歯噛みしているのは確かだし、我慢する辛さをも知っている。
ただ、ここにまた、教頭先生が噛んでくるのはイマイチ分からない。
教頭先生と話をしたのは喧嘩とその仲裁の話だったはずなのに。
「それに中途半端な証拠だと向こうに揉み消されてしまう。実際にそう言う例で泣き寝入り、裁判で無罪になった判決もいくらでもある。それどころか逆に
加害者側が
名誉棄損で訴えて勝訴してしまう馬鹿げた事例まであるわ。だから岡本さんに何と言われても先生は証拠が欲しいの」先生の続く話を聞いていて、確かにそんな話を聞く事もあるし、この前の女子グループにしたって、証拠証拠って必要以上に口にしていた。
それに加害者側が勝ってしまうのはどう考えてもおかしい。
そう考えると先生のなりふり構わない言動にも符合する。
「じゃあ先生。私も
安心したい
ので、私の質問に答えて下さい」だから先生の真意を暴くために、いくつか先生に質問をする事にする。
「あの保健室に私たちの他に何人いたんですか?」
「……そんな事を聞いてどうするの?」
「私は先生に、誰にも聞かれない所で話をしたいって言って、保健室へ案内されたんですよ」
なのに確実に一人、下手をしたら
私が知っている
内、最低一人はいたかもしれないのだ。「悪いけれど生徒のプライバシーに関しては何を聞かれても言うつもりはないわよ」
先生は私には何も言わないけれど、あくまで私からは全部を聞きたいらしい。
「空木優珠希。先生は……この生徒をご存知ですね」
二年に所属している優希君の妹さん。二年の誰も知らないと言う。
でも確かに放課後保健の先生に頭を下げて、品の良い挨拶をしていたのを見ている。そうでなくても中庭から妹さんがこっちを見ていたのを見ているのだから、シラは切らせない。
それに中間の時のテスト結果にあった、堂々のトップの位置にあった名前。そんな生徒はいないとも言わせない。
そして先生は驚きで目を見開いている。その反応だけで私には十分だ。
「学校の先生だからある程度の生徒は知っているわよ」
それでも口を割る事は無い保健の先生。隠そうとしたって知った上で質問しているから無駄なのに。
あくまで情報は口にしないという姿勢を崩さない先生。だから次の質問で最後にする。私だって
全ての
カードを今切る訳にはいかない。そしてこの質問は半分はカマかけだったりもする。そして先の質問と背中合わせの質問でもある。
「保健室にいた
二人
は “園芸部” ですよね」最後の質問にまったく口を開けるどころか動かしもしなかった先生。
「分かりました。少しは
安心出来そう
なのでお話をしたいんですが、本当に私、五限目、出なくて良いんですか?」私の質問に疑いの目を向ける先生。しかもその顔にはエアコンがかかっている部屋にも関わらず、しっとりと汗が浮かんでいる。
どんな事をしても守りたいと思っている先生からしたら、ここで逃げられたら話を聞く機会を失うことになる訳だから、その反応でも先生の気持ちは確かに伝わる。
「統括会の私が先生との約束を反故にしたら、今後の交渉にも影響しますから放課後に改めて保健室に伺います」
「分かったわよ。ただし、こっちも一回しか信用しないから」
そう言ってもたれていた廊下側からの扉から背を離した所で
「放課後に保健室へ伺いますが、その時に私と先生以外の人の気配がしたら、一切喋りませんから。そこだけは分かってください」
さっきみたいなだまし討ちのような事態は避けたいから、予防線だけは張らせてもらう。
「分かったわよ。じゃあ放課後にね」
そう言ってさっきまでの空気を微塵も残さずに部屋を出る間際。
「さすがは統括会の書記ね。教頭先生が岡本さんの事を褒めた理由がよく分かったわ。それに岡本さんがとても頭が回って、洞察力も優れている事も嫌と言う程ね」
「ありがとう……ございます?」
呆れられたのか褒められたのか、それとも皮肉だったのか……イマイチ判断できなかったから、疑問形でお礼を言って
「それとさっきは暴言を吐いてすいませんでした」
一応お詫びを入れておく。
「別にいいわよ、それだけ本気って事なんだろうし。でも岡本さんがここまで跳ねっ返りだとは思わなかったけどね。さ、時間無いから早く教室戻りなさい」
結局先生に促される形で、お昼を食べ損ねた私はお手洗いだけを済ませて、午後の授業に挑む。
結局お昼を食べることが出来なかった午後の授業を終えた終礼時
「来週のテストの時間割を教えるからなー。まずは6日の一日目は、国語120分、社会60分、昼から英語で120分。二日目は数学180分、昼から理科90分。三日目と四日目は副教科の科目だからな。それに今回の試験は入試の際の内申点にも直接影響するからなー。後、今回の模試は追試はもちろん「再テスト」も無いから体調だけは十分注意してくれよ。本番の試験でも体調不良で試験を受けられなかったら、それで終わりだからなー」
先生の話を聞きながら、今も空腹には耐えているけれど、どうして今日の私のお腹は空腹を音で訴えないのか。
ワザワザ優希君の前でだけ空腹を音で主張するのか。自分の体に納得がいかない。
「後、今回は試験時間が長いから途中のトイレ退室が認められている。またその時にも説明するが、入退室の時にはカンニング防止のため身体チェックと持ち物検査をするからなー」
相変わらず先生の視線を断続的に感じながら先生の話を耳だけで聞く。
そして私の納得のいかないお腹と、あの私をからかう時の優希君の表情を思い浮かべていると、
「えー! 先生が女子生徒の身体チェックもするんですかー?」
「なっ?! そんな訳ないだろ。試験監督が男性担任の所には女性の副試験官が付くし、女性試験官の所は
男性の副試験官が付く事になってる。そうしないと一時的にとは言え、教室内に試験監督が不在の時間が出来てしまうからな」
先生が質問者にではなく、明らかに私に向かって返事をする。
「先生ー。また岡本さんですか?」
例のグループは嬉しそうに先生に質問して、咲夜さんグループは私の方に下卑た視線を向ける……咲夜さんも
悪い笑顔
を浮かべて。「違う。たまたまそっちを見ていただけだ。お前らもしょうもない事を言ってないで試験に集中しろよ」
だから私から視線を外して欲しい。たとえどれだけ視線で訴えられても私が先生に口を割る事はもうないのだから。
そう思っているのに、
「ちなみにこのクラスの副試験官は “保健の先生” だからな」
いや、思っていたのに、それは誰かの計らいなのか、それとも初めから決まっていた事なのか
「先生! それはいつ決まった事なんですか?」
逸らしていた視線を担任に合わせて、これ以上は下手に隠すなと言う私の意思を強い視線に乗せて質問する。
「あ。ああ……終礼前の職員連絡で伝えられた」
――やられた――
先生から聞いた解答で一番初めに出て来た感想と言うか、感情がそれだった。
そして黒幕の予想が出来てしまう。
「なんか先生が奥さんの尻に――」
私が保健の先生とどう話を、どこまで話して良いのかを、今日は音で訴えることの無い空腹の中で考えている上、こっちのやり取りやかけ引き、大人のズルさに頭を抱えているのに、何も知らない咲夜さんグループが話がややこしくなりそうな事を口にしようとする。
だから空腹のイラつきも乗せて、思いっきり圧も加えて睨みつけて黙らせる。
ホントただですら保健の先生、空腹でイライラしてるんだから、ちょっかいを掛けてくるのはやめて欲しい。
先生としてもこの話を切り上げたかったのか
「連絡は以上! テストはしっかりな。解散!」
そのまま終礼が終わって放課後へと突入する。
―――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――――――――