第71話 人のために強くなると言う事 ~親友と信頼~ Bパート

文字数 7,044文字


 雪野さんを何とか見送った後、少し落ち着きたいと言う事もあっていつもの広場の方に手を繋ぎながら足を向ける。
 そして屋根のないベンチに人ひとり分空けて座る……のを残念そうにする優希君。
 言葉では分かりにくいけれど、体全体を使った表現をしているのか、それとも無意識での事なのか、最近になって優希君の気持ちが少しずつだけれど分かるようにはなって来ている。
 だから私は匂いが届かないギリギリまで詰めて座りなおす……と優希君の背が少しだけ伸びる。やっぱり体全体を使って感情を表現してくれているのかもしれない。
「雪野さんっていつもあんななの?」
 だけれどやっぱりそれとこれとは話が別。女心としてはあの雪野さんと優希君の接触には納得がいかない。
 それに雪野さんの方も統括会の時より話を聞いてない気がする。
 それにいつの間にか優希君の事名前呼びで押し切られてるし。
「いつもだいたいあんな感じだよ」
 ――アンタが好きってゆうわたしのお兄ちゃんが、
            あのくっさいメスブタと腕組んで歩いてるんですケド――
 優希君がげんなりした表情で応えてくれるけれど、そう言えば妹さんも初っ端に腕組んで歩いているのを見たって言ってたっけ。
「それに今日も雪野さんのお弁当を? 確か昨日も雪野さんのお弁当を食べるって言ってたよね」
 これじゃあ毎日雪野さんの手料理を食べているのと変わりない。
 なんか私の彼氏のはずなのに、勝手に踏み荒らされている感じがして、もう何と言えば良いのか分からない感情が私の中に渦巻いている。
「そればっかりは倉本が出来るだけ一緒にいてフォローしてくれって言ったのを今日みたいに盾にされて……」
 そう言って少しだけ伸びた背中をまた丸めてしまう優希君。
「いや、それならさっきの雪野さんを見れば一目瞭然だから納得できなくても仕方ないとして、雪野さん。毎日お弁当作ってるんだよね」
 新しい料理を試食して欲しいとか何とかで、確か昨日も一緒にお昼をするって電話で言っていたような気がする。
「確かにそうみたいだけど、優珠も毎日弁当作ってくれるから雪野さんのは全く食べれてない」
「本当に食べてないの?」
「食べてないよ。一口でも食べたのがバレたら、優珠はもう弁当作らないって、僕に言い切ってるから」
 まああの妹さんならそれくらいは言いそうなもんだけれど
「でもどうやって食べてないって分かるの?」
「……雪野さんからのお弁当をそのまま家に持って帰って、優珠に見せてる」
 私の質問に言いにくそうに答える優希君。
 妹さん絡みの事で優希君が嘘をつく訳が無いから、これは無条件で信じても良いとは思う。
「だとしたら今そのかばんの中に、雪野さんが作ったお弁当が手つかずのまま入ってるんだ」
「愛美さんにならちゃんと見せるよ」
 そう言ってカバンの中から優希君が雪野さんのお弁当の入った包みを出そうとするけれど、
「良いよ。優希君の事は信じてるし、それに妹さん絡みで嘘をつくとも思えないから大丈夫」
 これも実は少し嘘だったりはする。
 何で彼女である私が、優希君に渡された別の女のお弁当の中を検めないといけないのか。
 だからこの話はこれでお終いにする。やっぱり朱先輩も妹さんも嫉妬・やきもちは大事だって言ってくれるけれど、どうしても私としてはそれが原因で優希君に変に思われるのも、重いと思われるのも嫌なのだ。
 せっかく出来た私の初めての彼氏。出来るだけ円満に行きたいに決まってる。
「お弁当の事は分かったけれど、いくら倉本君が言ったからって、頻度多すぎない?」
 私ですら日曜日を除くと週一回優希君とお昼するのが精一杯だって言うのに。
「さっきの雪野さんの勢いで教室まで来るから、どうしても放っておく事は出来なくて」
 そう言って深くため息をつく優希君。
 そう言えば今日の昼休みに倉本君が来た時も視線を外したにもかかわらず、私の事を指名していたっけ。
 あれだけでも教室中の耳目を集めて、居辛かったのにあの雪野さんの勢いなら尚の事なのは想像するまでもない。
 それはもう頻度とかの問題じゃない。教室に来られて耳目を集めて、噂になるのがちょっとたまらない。
 そこまでの事が分かれば私は優希君の事を困らせたいわけじゃない。だからこれ以上頻度とかは聞くのを辞める。
 ただそこまですれば学校側から正式交代の話が出るのは分かる気がしないでもない。
「明後日の統括会の時に、この話をしてもう雪野さんのフォローをする話は辞めにしようよ。これじゃあ何の解決にもならないし、さすがに意味ないって」
 優希君の話も聞かないなら、フォローのしようなんて無いと思う。
「そう言えば、今日の愛美さんの話って? 電話では雪野さんの話って言ってた気がするけど」
 確かにそうなんだけれど、何でせっかくの優希君との二人きりでの時間に、不快なひ――雪野さんの話ばかりをしないといけないのか。
 私も大きくため息をついて、今日の本題の話をやっと始める。
「先週の金曜日、正式に学校側から雪野さん交代の話があって、倉本君と本人以外の三人の意見を聞きたいって」
 私の話を聞いた後、思案顔になって
「三人って倉本の意見は?」
「今回は言わないって。倉本君が意見を言っても色々と知っている分、どうしても打算が入るからって言ってたから私も驚いたよ」
 実際はサラッと言ったけれど、すごい事だと思う。
「……驚いたって言うのは?」
「だって自分の意見を持っている上で、他人の意見を尊重するって言えるんだから、上に立つ人間だなって」
 実際自分が上に立った時、そう言える自信はない。
 何となく自分の意見を通してしまいそうな気がする。
「……倉本。かっこいい?」
「かっこいいって言うより、頼りになる上司になりそう? 確かに二期連続で会長職をしているだけの事はあると思ったよ」
 倉本君の元に優秀な人間が集まったらすごい事になりそうな気がする。
「……そうか。倉本って頼りになるって思ってるのか」
 ……なんか優希君の声のトーンが違う気がする。
「それって別に統括会だけの話だよ?」
「良いよ。別に僕は何とも思ってないから」
 え。ひょっとして優希君、倉本君に嫉妬……してくれてるのかな。
「ちょっと待ってよ。倉本君はには彩風さんがいるんだって」
「そんな嬉しそうに言わなくても分かってるって」
 そういって珍しく優希君が明後日の方を見ながら私に言う。
「優希君だって私が気移りするわけ無いって分かってるでしょ?」
 そう言って人半分空けたままだけれど、手を伸ばしてそっと優希君の左手を握る。
「……じゃあ倉本の話なんてしなければ良いのに」
 そういってこっちに向けた優希君の顔が少し不機嫌そうだ。
「ごめんね。本当にそんなつもりじゃなかったんだけれどね」
 だからどうしても顔がニヤけてしまう。
 あの時、何度か私が嫉妬して、嬉しそうにしてた優希君の気持ちが今更ながら分かる。
 そっか、優希君も私が他の男の人の話をしたらやっぱり嫌なんだ。
 優希君はそう言うのは気にしない、表に出さないと思い込んでいた分だけ、意外な一面を見ることが出来て嬉しくなる。
「その割には倉本の話をしてから嬉しそうだけど」
 そりゃそうに決まってる。優希君の新しい一面を見られたんだから。
 だから日頃の仕返しを一つさせてもらう事にする。
「そう言うけれど、私が優希君に嫉妬した時も優希君も嬉しそうにしてたよね? あの時私は自分の事ばっかり知られて、優希君の事もっと知りたかったのに、笑顔で躱されたの今でも覚えてるんだからね」
「それは……まあ僕は愛美さんの事がもっと知りたかったからだから」
 なんか普段とは違う一面を優希君がいっぺんにさらけ出してる気がする。
「私だって優希君の事もっと知りたいってあの時も言ったはずだから、ダメだよ。私も、もっと優希君の色んな事知りたいんだから」
 だからここぞとばかりに優希君を責め立てるけれど、
「ふふっ。愛美さんってかなり積極的だよね」
 久しぶりに鈴の鳴るような笑い声を聞いたかと思ったら、まさかの反撃だった。
「せ! 積極的って……そんなにはしたなくないよ?! 私」
 ちゃんと私、慎みを持って優希君と接してるつもりなんだけれどな。
「大丈夫だって。僕はそんな愛美さんの事も好きだから」
 いやそれは嬉しいんだけれど、何ではしたないって否定してくれないのかな。
 さっきまで私の方が押していたはずなのに、どうも雲行きが怪しい。
「ぅぇ……ありがとう」
 それにそんなにはっきりと言われたら、どうしても照れてしまう。
「愛美さんは僕の事、好き?」
 そして笑顔で私の顔を覗き込んで来る優希君。
 だから私は言葉の代わりに、つないだ手を強く握って
「分かってくれてるくせに……」
 私がうつむき加減で返すと、つないだ手を離して
「ふふっ。それでなんだっけ? ああ、そうそう愛美さんと彩風さんの意見はもう倉本には言った?」
 何と私の頭を撫でながらさっきの話の続きに戻る。
 なんかこれは良いかも。すごく安心できるって言うかとても穏やかな気持ちになる。
 でもと言うのか、だからと言うのか、雪野さんにはもう同じ事はして欲しくない。
 私の頭だけを撫でて欲しい。内心で優希君への独占欲を考えている間に優希君の質問に答える。
「私たちは先週の内に倉本君に伝えたよ。今すぐにまとまらなければ金曜日の統括会で直接意見を言っても良いと思うよ。“三人の意見を元に四人”で話し合いたいって言ってたし」
 だから今答える必要も無かったし、本当なら電話で済ませても良かったくらいではあるのだけれど、優希君の顔を見て話したかったのと、優希君と二人だけの時間を過ごしたかったのが本音だ。
 その甲斐あって、辟易とする事もあったけれど、新しい優希君の一面を見ることが出来たのだから、とても有意義な時間だと私は思ってる。
「分かった。金曜日までにまとめとくよ。それで、日曜日はテスト直前だけどどうする?」
 優希君の方も同じような気持ちでいてくれたのか、雪野さんの話もそこそこに日曜日のデートの話、頭を撫でる手はそのままに二人だけの話に変わる。
「図書館だよね? 私は一緒にしたい」
 でないと雪野さんの香水が鼻につく現状、優希君のすぐ近くまで寄れない。
「分かった。僕も日曜日楽しみにしてるよ」
 私の返事に優希君がやっと顔をほころばせたところで、私の携帯が着信を知らせる。私が携帯を手にすると、優希君が頭から手を離してしまう。
「朱先輩?」
 そう言えば優希君と水曜日までに話をするって約束をしていたっけ。
「電話。出ても僕は大丈夫だから」
 優希君は優しさのつもりなんだろうけれど、その目の前にいる優希君の事を朱先輩に言うのは恥ずかしい。なのに電話は鳴り続けるし、優希君は私の方を見てくるし。
 結局二人からの無言の圧で電話に出る事にする。
『もしもし』
『やっと繋がったんだよ』
 今の私の状況を知る訳がない朱先輩がとっても嬉しそうに電話口で言う。
『繋がるに決まってるじゃないですか。それで用件は何ですか?』
 もちろん今日は水曜日なのだから分からない訳がない。
『やっぱり電話だと愛さんが冷たい』
 そりゃ分かっていてとぼけたのは私が悪いとは思うけれど、
『私が朱先輩に冷たくするわけがないじゃないですか』
 今まさにその優希君が私の隣にいるから恥ずかしいのであって、決して冷たくしているわけじゃない。って優希君私の顔を驚いた表情で見てるけど何でよ。
『だったらわたしの電話の内容だってちゃんとわかってるはずなんだよ』
『……』
 分かってるけれど、すぐ隣で私の顔を驚いて見ているのだからそんなの言えるわけない。
『愛さんが忘れていてわたしは悲しいんだよ』
 電話口だと表情が分からないからどうしても慌ててしまう。
『忘れてる訳ないじゃないですか。ちょっと今は言えないんですよ』
 チラッと優希君の視線を移すと、
「……」
 なんかあんぐりした顔を私の方に向けている。
 なんか前に蒼ちゃんや中条さんも同じような顔をしていたけれど、何なのか。
『今誰かと一緒にいるの?』
 それでもこっちの状況が分からない朱先輩はズバリを聞いてくる。
『今優希君と一緒にいますよ。それと優希君と話もちゃんと出来ましたから』
 優希君が私のすぐ隣であんぐりした表情で見つめる中、その優希君の事を別の人に話すって言うのは何なのか、恐らくは私が顔を赤くしながら返事をすると、
「えっと……僕の話?」
『わぁ! それじゃあちゃんと空木くんと仲直り出来たんだね。それじゃあまた夜にでも電話をかけなおすんだよ。今は空木くんと二人だけの時間だもんね。お邪魔してごめんなんだよ』
 そう言って私を恥ずかしがらせるだけ恥ずかしがらせて、そのまま通話を切ってしまう。
 後には驚いた表情の優希君と、恥ずかしさで顔を真っ赤にした私だけが残された形になってしまったのだけれど、これは一体どうしたら良いのか。
「えっと……さっきの人ってまさか男の人?」
 頭の中がグルグルになっているところにまさかの言葉が出て来たから
「ぅぇ? ち、違うよ? 女の人だって」
「その割には愛美さんすごく嬉しそうだったし、照れてたし。それに僕たち最高学年なのに“先輩”って言ってるし年上の人だよね? あんなに幸せそうな愛美さんの表情初めて見たよ」
 気付けば今日二回目、間違いなく優希君がヤキモチを妬いて拗ねてる。
 女の人相手にまで拗ねる優希君が可愛くて、嬉しくて、携帯の着信履歴を表示させて“船倉朱寿(ふなくらすず)”名前を見てもらって、
「私たちが入学するのと入れ替わりで卒業していった統括会の書記の人だよ」
 説明を加える。私の説明で納得してくれたのか、
「その人に僕の話をしてた?」
 優希君が表情を戻して聞いてくるけれど、今までのアレコレの話をするにはあまりにも恥ずかしすぎるから、
「女の子同士の会話だから、いくら優希君でも言えないよ。男子禁制っ!」
 そう言って、今日は雪野さんが全く触れていない左腕に座ったまま思い切って抱きつく。
 ものすごく大胆な事をしている気がするけれど、、あの会話を優希君にするよりかは絶対にマシだと思う。
 それにしても優希君の腕って私の腕と違って固いなって思って感触を味わっていると、顔を真っ赤にした優希君が、微動だにせずに固まっている。
「どうしたの優希君? やっぱり離れた方が良い?」
 確かにこれだと歩きにくいし、もう夏だから暑いかもしれない。
 私が離れようとしたら、それを嫌がるかのように、腕ごと私を優希君にぴったりとくっつくように私を引き寄せる。
「愛美さんがここまで大胆だとは思わなかったけど、僕としては毎日でもこうしたい」
 かと思ったら、顔を真っ赤にしたままこのままが良いと言う。まあ、大胆なのは私もそう思うけれど。
「じゃあやっぱり雪野さんとくっつくのも、手を繋ぐのもやめてもらわないと嫌だな」
 雪野さんがまた手を握るのを見るのも、雪野さんの匂いが付いているのも嫌なのだから。
「分かった。愛美さんがこうしてくれるなら僕も、もっと雪野さんには言うようにするって言うか、金曜日の統括会の時に、愛美さんの言う通り雪野さんのフォローは辞めるって言うよ」
 もしそう出来たら私としても願ったり叶ったりだったりする。
「じゃあその時は私も一緒に言うから絶対だよ」
 現状だとどうなるのかは分からないけれど、今この時は優希君と一緒の気持ちだって事は、確認しなくても伝わるから、優希君の腕から感じる温もりと合わせて私の心は満たされる。
「でも愛美さん。僕以外の人にこれをやったら怒ると思う」
「優希君以外の男の人にくっつくわけ無いって」
 だって手を触れられるだけでも怖い思いをして、どこにも触れられなくてもあの紙袋を渡されるだけでも困ってしまうぐらいなのに。
「そう言うけれど、愛美さんて時々天然が出るから心配だし」
 どうしてそこで天然の話になるのか。しかもなんか優希君の顔を嬉しそうって言うか、だらしがない気がする。
「天然って?」
 私が聞こうとしたら、
「僕も愛美さんの男子禁制の話は聞かないから、愛美さんもこの話はお終いで良い?」
 内容を余程聞かれたくないのか、朱先輩の話を持ってくる。
「分かったよ、今日だけだからね。明日からはまた約束通り優希君に香水の匂いが付いてたらくっつかないし、手を繋いでるのを目にしたら手は繋がないからね」
 このやり取りがお約束になってしまいそうだと思いながらも、内心では優希君ともっと一緒にいたいと思ってる私にはこう言うしかない。
 それからしばらくの間、ベンチから立ち上がって優希君の腕の温かさを満喫しながら、散歩をしてテスト前だからと言う事で、時間も程々にお互いに家に帰る。

 
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
     『……岡本先輩。中条さんと連絡先の交換してたんですね』
                電話の相手は
     「今はそっちじゃなくて、月森さんの事なんだけど――」
              これは何を意味するのか
   「でもアタシじゃ愛先輩ほどの魅力も無いですし、無理なのかな……」
              幼馴染と言う分厚い壁

   「だから私ももっとはっきり断れるように男性慣れをするようにするよ」


       72話  幼馴染 ~近くて遠い距離2~
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