第72話 近くて遠い距離 2 ~ 幼馴染 ~ Bパート

文字数 4,287文字

 スッキリした気分で受けられた授業はいつもより集中できた気がする。
 授業を受けている時が一番楽だとは言え、集中できるのとはまた別なのかと思いながらお弁当を手に、蒼ちゃんの方へ足を向ける途中、
「おい咲夜。玉の輿まで振った岡本とさっき何喋ってたんだ?」
 咲夜さんグループの会話を背に蒼ちゃんに話しかける。
「今日。もう一人一緒でも良い?」
 彩風さんの事を聞いたつもりだったのだけれど、
「朝、愛ちゃんが喋っていた?」
 咲夜さんの事だと思ったみたいだから
「この前お昼を一緒に――」
 彩風さんの事を説明しようと口を開いたところで、彩風さん本人が顔をのぞかせてくれる。
 それを見た蒼ちゃんが表情を一転させて、
「後輩を待たせたら可哀そうだから早く行こう」
 舌打ちする咲夜さんグループを放っておいて、二人して彩風さんの所へ向かう。

 さっきの舌打ちが聞こえていたのか、
「お忙しい時にアタシの為に時間を頂いてしまってすみません」
 私の横について歩いていた彩風さんが恐縮してしまう。
「別に大丈夫だし。私も蒼ちゃんも何も気にしてないよ」
「でもこの前一緒にお昼をした先輩は不満そうでしたし。何か愛先輩に用事があったんじゃないでしょうか」
 舌打ちの方じゃなくて、咲夜さんもそんな表情をしていたのか。
 そう言えばちょっと前のトラブルの時に頼って貰ってからは、良い印象を持っていない事だけは分かる。
 これは後でちゃんと言っておかないといけない。彩風さんは私にとっても可愛い後輩なのだから。
「はいはい。彩風さんは後輩らしく先輩を頼ってくれたら良いから」
 いつもの四人掛けの席へ向かおうと校舎を出たところで彩風さんの頭にポンポンと手を置いたところで
「いつの間にか愛ちゃんと彩ちゃんも仲良しだねぇ」
 後ろから蒼ちゃんが冷やかしてくるけれど
「……」
 彩風さんの元気が明らかになくなってる。
 元気が無くなってしまった彩風さんからあまり距離を取りたくなくて、
「……」
 いつもの場所へ着いた時今日は彩風さんの隣に私が腰かけて、私の正面に蒼ちゃんに座ってもらう。
「蒼依の呼び方嫌だった?」
 蒼ちゃんが気遣わし気に声を掛けるけれど、
「ごめんなさい。そうじゃないんです。アタシが愛……先輩みたいに広い心を持ってたら清くんはアタシをちゃんと見てくれたのかなって考えたら、そんな自分が嫌になって」
 それとは関係なく頭の中は倉本君で一杯みたいだ。
「そんな事無いよ。倉本君がしんどい時、元気がない時はいつも彩風さんが寄り添ってるじゃない」
 ケンカの時、生徒とのトラブルで落ち込んだ時、常に倉本君の側についているのは彩風さんだ。
「でも清くん、アタシと一緒のこの前の時も愛先輩のお弁当を褒めてたし」
 そう言って落ち込む彩風さん。
 倉本君もどうして彩風さんと一緒にいる時に他の女の子の名前を出すのか。
 私と優希君との会話の中で雪野さんが出て来るだけでも気に入らないのに、他の女の子を褒めるって言うのはいくらなんでも願い下げだ。
「話の途中でごめんね。えっと、清くん=倉本君=会長であってる?」
 そして話の合間を縫って蒼ちゃんが確認してくる。
「うん合ってる。そのついでに言っちゃうと――『アタシは相談に乗ってもらう方なんで愛先輩のご判断で大丈夫です』――彩風さんと会長である倉本君は幼馴染で、どうやって彩風さんの気持ちを倉本君に届けようかって話」
 倉本君の気持ちが私の方に向いているとか、何とか拒否は出来たけれどこの前の紙袋のような話は、彩風さんを不用意に傷つける必要は無いと思って敢えて説明を省く。
「でもアタシじゃ愛先輩ほどの魅力も無いですし、無理なのかな……」
 そう言ってまたしょんぼりと俯いてしまう彩風さん。
「絶対に魅力がないなんて事は無いし、好きな人の事、中々広い心なんて持てるわけ無いよ」
 匂い一つで私も随分不安な気持ちを持ってしまったし、今でもやっぱり心の中は人には言えないくらいの感情が広がっている。
 それに朱先輩のジョハリの窓の話から言っても人間がマイナス思考な生き物である以上はどうしても自分に落ち度があってうまく行かないって思いがちにもなってしまう。
 だから朱先輩からはしんどいけれど、とにかく先に信頼「関係」をって教えてもらった。ただ端から見たらマイナス思考ばかりしなくても良いって言うのはやっぱり分かるのだ。
 あの倉本君の彩風さんに対する、自然に頭の上に置く手だとか、倉本君の横につくのが自然な動きで、それを当たり前のように待つ倉本君であるとか、随所に彩風さんを大切にする気持ちはにじみ出ているはずなのだ。
 一方彩風さんの方も倉本君に髪を触らせることに関しては嫌がる素振りは全くないから、ある程度の信頼「関係」はもうあると思うのだ。
 男の子がどうかは知らないけれど、女の子は男の子に簡単に髪には触らせない。
 だから何か一つのきっかけで良いとは思うのに、どうしてそこで私を気にするのか。
「そう言えば倉本君と一緒にお昼をした時に、チラッと聞いたんだけれど、前お弁当の練習してるって言ってなかったっけ?」
 彩風さんをどうして見ないのか。どうしてもここが分からない。
 そしてお昼の事を思い出した私が彩風さんに聞くと、
「清くんにはちゃんとした美味しいものを食べて欲しくて、まだ練習中だから内緒なんです……そう言うのを断ったのも原因なのかな」
 やっぱり何を聞いてもマイナス思考に落ち込んでいく彩風さん。
 ここまで結果が出ないと私なら間違いなく塞ぎ込んでしまう。
「だったら私と蒼ちゃんでお弁当でもお料理でも何でも教えるよ」
 だから少しでも力になりたくて、彩風さんに提案したのだけれど、
「ごめんなさい。先輩の気持ちはすごく嬉しいんですけど、清くんへのお弁当やお料理は何とかアタシ一人の努力でどうにかしたいんです。清くんが褒めた愛先輩のお弁当に負けたくないんです。相談に乗ってもらってて生意気言ってすみません」
 彩風さんの女の子としてのプライドに思わず私の顔がほころぶ。
 もう私には彩風さんがいじらしく、可愛く見えて仕方がない。
「分かったよ。じゃあ私はお弁当に関しては何も言わないし何も助言はしない。その代わり彩風さんの想いを倉本君に届けるお手伝いはさせてね」
 だからこだわりを捨てて何とか力にはなりたいって事だけを伝える。
「アタシはとっても嬉しいんですけど、愛先輩は怒らないんですか? せっかくの先輩の申し出を断ったのに」
「そんな事気にしなくて良いよ。女の子にだって意地を張らないといけない時なんていくらでもあるんだから」
 その上で私の事を気にするのだから、この子も男子からは人気が高い気がする。
 まあ彩風さんも間違いなく、倉本君しか見えていない気がするけれど。
「やっぱり愛ちゃんだねぇ」
 蒼ちゃんも私の気持ちを分かってくれているのか、私の方をまぶしそうに見てくる。
 だから何としても私は倉本君の気持ちを受け取る訳にはいかない。それがどれだけ些細な気持ちであったとしても。
 その些細な気持ちも、大きな気持ちも全部彩風さんが受け取るべきなのだ。
「だから私ももっとはっきり断れるように男性慣れをするようにするよ」
 どう言う理由があっても優希君以外の男性と二人っきりにならない様に、特にこの場合は倉本君と二人きりになるのは避けないといけない。
「あ?! 愛ちゃんっ?! 愛ちゃんが男の人慣れなんてしたら駄目だよっ!」
 私の決意に目を剥く蒼ちゃんと
「アタシも愛先輩にはそのままでいて欲しいです。それにそんな事したら副会長が悲しみます!」
 彩風さんの両名。
「でも一昨日の水曜日も私がちゃんと断らなかったから、倉本君と二人きりになってしまって彩風さんとの喧嘩の原因になってしまったんだよね」
 良い所でも何でもなかったのに、好きな人から別の女の人と “良い所だった” なんて言われたら、私だったら間違いなく涙を流すって言うか優希君からそんな事言われたらしばらく学校休むと思う。
 それくらいには私は優希君の事が好きだ。
「それを言うならアタシだってあの時は電話に出られなかったんですから、愛先輩だけのせいじゃありません。だからアタシの大好きな先輩のままでいて下さいっ!」
 なんかとっても大胆な言葉を聞いた気がするけれど、
「あの時は統括会として活動してくれていたんだから仕方がないよ。それよりも私がちゃんと男性慣れしていて倉本君の誘いに対して、自然に断ることが出来ていれば何も問題はなかったんだから」
「愛ちゃんも “頑固” だねぇ。蒼依も愛ちゃんが会長さんと二人きりにならない様に出来るだけ協力するから、変な事を考えたらダメだよ」
 私は真剣に彩風さんの事を思って男性慣れするって言ってるだけなのに、二人とも要約すると今のままでいてくれと朱先輩と同じ事を言う。
「でも私が男性慣れしていないせいで、また倉本君と二人きりになったら彩風さんも辛いでしょ?」
 雪野さんで散々苦い思いをしているから言ったのだけれど、
「こんな優しい愛先輩に対して嫌な気持ちには絶対になりませんから大丈夫です」
「でも――」
 私が言いかけた時、昼休み終了の予鈴が鳴ってしまう。
「じゃアタシはそろそろ行きます。愛先輩には相談に乗ってもらえて嬉しかったです。でも男性慣れとかは絶対辞めて下さいね。それではまた統括会で」
 そう言って先に教室へ戻って行ってしまう。
「愛ちゃん? 男性慣れなんて絶対ダメだからね。そんな事しても、慣れても良い事なんて何もないからね。もし変なこと考えてたら空木君に言うよ」
 蒼ちゃんの目が本気だったりする。
「何もそこまでしなくても」
 ただ私は可愛い後輩の力になりたいだけなのに。
「愛ちゃんは “頑固” だからこれくらいでないとダメなの」
 そう言って私の意見を聞かずに教室に戻る蒼ちゃん。

 朝の咲夜さんと言い、私が頑固で意地っ張りだなんて納得いかないっ!

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
          「愛ちゃんも意地っ張りなんだから」
        どうしてもこの言葉に納得が行かない愛ちゃん
  「人の話を聞かない岡本先輩に愛想を尽かしたんじゃないですか?」
          そして遠慮なく切り込まれる言葉の刃
         「……二人で私を責めに来たんですか?」
              そして荒れる統括会

             「ううん。私は酷い女だよ」

         73話  統括会 ~マネジメントの難しさ~
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