第80話 信頼「関係」 ~信頼の積み木 3 ~ Aパート

文字数 5,299文字


 私がまっすぐに帰らずに、蒼ちゃんや倉本君とお昼をしていた為か、今日までは部活動も禁止期間と言う事もあってか昇降口、下駄箱の辺りにはまばら程の人もいなかった。
 明日は金曜日で統括会もあるから、お昼を一緒にすると昼も放課後も倉本君と顔を合わせる事になるのか。
 倉本君の事が(きら)いとかではないから(いや)ではないけれど、私に躊躇う事無く見せてくる好意に関しては本当に困る。
 私は誰もいない昇降口で遠慮する事無く大きなため息をつきながら、靴を履き替えようと下駄箱を開けると、
「……手紙?」
 そこには男子が頑張って折ったのか、少し歪な六角折りされた手紙が一枚私のローファーの上に置いてある。
 その手紙を手に取ると、六角折りの真ん中に黄色い花柄の便箋シールが付いている。
 これってまさか私への気持ちが書いてある、あのら……ラブレターとか言う奴じゃないよね。
 ただそれにしては表面にも裏面にも差出人も何も書いていないと言うのは、ラブレターにしては少しお粗末な気がする。これじゃあ貰った方も誰からなのかシールをはがして中を読まない事には何も分からない。
 優希君がいるのにこの誰だか分からない差出人の手紙を見ても、読んでも良いものか判断に迷う。
 ただ手に取ってしまった以上は、捨てるわけにも見なかった事にも出来ないし、不器用なりに折ったのが分かってしまうだけに、その気持ちを無碍にするわけにもいかない。
 どこの誰だか知らないけれど、これ以上私の所にややこしくなるような話を持ってくるのは辞めて欲しい。
 私は周りに誰もいない事、見られていない事を十分確認してから、女子のスカートのポケットならそう簡単に触られる事も(あらた)められることも無いかと思い一旦素早くしまう。
 私が出したわけでも頼んだわけでもないのに、どうして私がこんなやましい気持ちにならないといけないのか、倉本君一人だけでも頭が痛いのに、余計な悩みを増やさないでほしい。
 こんなの優希君に知られたら……知られたらどうなるのかな。独占欲を見せてもらえるのまでは分かるけれど、その後の事はイマイチ想像がつかない。
 だからと言う訳ではないけれど、私は読むだけ、目を通すだけと決めて、家に帰る為に靴を履き替えたところでふと気づく。
「これ。今日と言うか、今の呼び出しだったら相手を待たせてる?」
 少女マンガだとこういう時、たいていどこかのイケメン男子か、さわやか系の男子が体育館裏か屋上辺りで“俺も今来たところだから待ってないよ”とか言いながら待っていたりするんじゃないのか。昔、蒼ちゃんに借りたマンガの中に、そんな描写と言うか、やり取りがあった気がする。
「……」
 私はため息をつきながら再び上履きに履き替えて、気軽に一人なれる女子トイレの中に入る。

 蒼ちゃんとお昼をして人が減った中で下駄箱を開けて良かったと思いながら、手近な女子トイレの中で歪な六角形を開くと、
「例の公園で待ってる?」
 そこに書かれていたのは差出人の名前も無く、あまりきれいとは言えない字で短く書かれた一文だけだった。
 いくら緊張しているかは分からないけれど差出人の名前くらいは書いて置いて欲しい。
 それに待ってるって事は私が行くまで下手したらずっと待ってるって事で、誰が待っているのか分からない中、やっぱり行かないといけないのか。
 誰だか分からないけれど待っている人の気持ちを
「……」
 つい先日の来ないかもしれないと、優希君を待つ不安を思い出すと、どうしても無碍には出来なかった。


 私が気重く、足取り重く優希君に告白してもらった広場へ着くと、
「やっと来たのね。アンタこんな時間までどこで何してたのよ」
 機嫌悪そうにって言うか、優希君そっくりな拗ね気味の妹さんが、いつも通りの短すぎるスカートで足を綺麗に揃えて座って待ち構えていた。
「やっと来たってこれ、優珠希ちゃんからの手紙だったの?」
 だとしたら今まで悩んでいた時間を返して欲しい。
「……だったら何なのよってゆうか、アンタ、何と勘違いしたのよ」
 私のたった一言でそこまで気付く妹さん。
 しかもあの不自然な笑顔と言う事は、私が何と勘違いしそうになっていたかと言う事も分かっている表情だと思う。
 だったら下手な事は言わずこっちもそのまま反撃させてもらう。
「折り方も歪だったし、字も余り綺麗とは言えなかったから、一瞬緊張した男子が一生懸命書いたのかと思った」
 そしてその中には当然皮肉も込めさせてもらう。
「分かった。アンタの方からわたしに喧嘩を売るって言うのなら、わたしは喜んで買うわよ」
 そう言って座っていたベンチから立ち上がって、私の目の前まで来て睨め付ける様に見上げる妹さん。
 妹さんの字って意外と……なんだなって分かってしまえば、完璧じゃない妹さんも可愛いなって思えるから不思議だ。
「……なんで前みたいにビビらないのよ」
 暑いからなのか、ブラウスの第二ボタンまで外している妹さん。
 何でも出来ると思っていただけに、思わぬ所で妹さんの一面を知ってビビるはずがない。
「ビビるも何も、優珠希ちゃん私に手を出せないでしょ。それに私の方も優珠希ちゃんに何かされたら教えて欲しいって言ってもくれていたし」
 優希君の名前を出さずに匂わせる。
「分かった。アンタがそう言う気ならお兄ちゃんにアンタが他の男からのラブレターを貰って、意気揚々と足を運んだって伝えるから」
 それが効果てきめんだったのか、大好きなお兄ちゃんの名前を自分から出す妹さん。
 もちろん前から何回も感じているように、優希君と優珠希ちゃんの間には特別な信頼「関係」もあって、お互いをとても大切にしているのはもう十分すぎるくらいには私には伝わっている。
 だけれど私だって、優希君と信頼「関係」を築いていて、私に対して恐らくは優希君の男性の部分である独占欲を見せてくれたり、妹さんともっと仲良くしてほしいって言う一歩踏み込んだお願いをしてくれるくらいには、「関係」を築けてはいるのだ。
 だから少しくらいなら強気には出ることが出来る。
 と言うか、信頼「関係」の分だけ動じることなく話が出来るようになるのかもしれない。
「別に良いけれど、これって優珠希ちゃんの字で、優珠希ちゃんからの手紙だよね」
「……でもアンタ。その手紙どこぞの男子からと思って来たんでしょ」
 私が綺麗な六角形に折りなおして妹さんに見せると、嫌そうな顔をする。
「確かに字が綺麗とは言えないから緊張した男子からとは思いはしたけれど、名前を書いていない時点でラブレターではないよね」
 さっきまでさんざん悩んでいた事は、ここでずっと待っていた妹さんには知りようがないのだから、別に正直に言わなくても良い気もする。
 それに何より、優希君以外は全員お断りするに決まっているのだから、変な期待を持たせることなく、その場で断れば良いだけの話なのだ――けれど、相手の事を思うとそう出来ない自分がとても歯がゆい。
「でもアンタここに来るときすごく嫌そうな顔をしていたけど」
「そりゃそうだよ。相手が誰か分からないのだから、警戒もするし、良い気持ちにもならないって」
 そうでなくても倉本君の事だけでも頭が痛いのに、誰だか知らない人の事まではちょっと勘弁してほしい。
 私が座るのに合わせて、私のすぐ隣に綺麗に足を揃えて座り直す妹さん。
「……分かったわよ――って何よ。その笑いは」
「ううん。優珠希ちゃんって本当に優希君の事が好きなんだなって」
 出会った当初から優希君との間に入れさせたくない行動をしていたし、優希君の為に妹さんに叱咤されたり、手や足も出されたりはしたけれど、それも全ては優希君絡みの時だけで、妹さんもまた優希君中心にある程度は動いている気がする。
 もちろん佳奈って子の事を考えると、全てって訳ではないだろうけれど。
「……だったら何よ。何か文句でもあるワケ?」
「まさか。お互い同じ人を好きな者同士、優希君の希望通りに仲良く出来たらなって」
 形や種類は違えど、スキである事には変わりないのだから。
「そう言えばアンタねぇ。お兄ちゃんの希望通りって言うのは、ちゃんとお兄ちゃんの意見も聞けてるって事だから良いけど、お兄ちゃんに何したのよ。親がいない時とか、アンタの話を始めた時とか、最近は嬉しそうってゆうよりだらしない顔に――」
 そっかぁ。優希君。ケンカしていた時でもちゃんと私の事を考えて話をしてくれていたんだ。
 それが分かるだけで、胸の内が少し温かくなる。
「――アンタのだらしのない顔を見てて分かった。アンタお兄ちゃんにハレンチな事をしたのね」
 座りながら耽っていた私の足を横足で蹴る妹さん。
「ハレンチって……私の格好を見てそう思う?」
 それを言うなら今もギリギリまで短くしたスカートに、男子に見せる物ではないものまで見えてしまいそうなほどブラウスのボタンを外している妹さんと違って、蒼ちゃんに言われ続けてスカートは長めにしているし、担任の先生の事もあるから、色んな対策のつもりで暑くてもブラウスの中には一枚シャツを着るようにはしている。
「今じゃなくて、お兄ちゃんと会う時の話に決まってるでしょ」
 それでも今の妹さんみたいな服装とは似ても似つかないはずだ。
 そう言えば私服でのスカート姿は、誰にも見せたくない、見せて欲しくないって言ってくれたし、私も優希君だけだからと妹さんにも内緒にするようにお願いしたっけ。
「それは、私と優希君だけの秘密だよ」
 せっかくの優希君と二人だけの秘密の話を私が言う訳がない。
「……やっぱりアンタとは仲良く出来ないわね。大体なんで佳奈もこんなオンナと仲良くして欲しいってゆうのよ」
 キッパリ言い切った私に問い質そうとして来ない妹さん。
 後半は小声で言ったつもりなんだろうけれど、この至近距離なら聞こえるに決まってる。
「仲良くで思い出したんだけれど、御国さんの家ってお花屋さんで、お店の手伝いもしてるんだってね」
 あの御国さんとの話を思い出す。
「佳奈ってアンタにそんな事までゆったの? わたしは佳奈からアンタと仲良くして欲しいって言われただけなのに」
 その瞬間に{警戒}とわずかな{苛立ち}を見せる優珠希ちゃん。


 あの六角形を見る限り、手先があまり器用ではない優珠希ちゃんが施した丁寧な手当て痕と合わせると、間違いなく御国さんを大切にしていると言い切って良いと思う。
 それだけじゃなくて、あの時に感じた私と蒼ちゃんの間のように、誰一人として間に人を入れたくないと言う意思表示を感じた事を思い出す。
「それと、あの後もう一回手当をしようとしたんだけれど、優珠希ちゃんが手当てしてくれたのが嬉しくて、お願いするならまた優珠希ちゃんにお願いするからって断られたんだけれど、余計な事をしようとしてごめんね」
 そうしたら後は勝手に言葉が出ていた。
「そう。佳奈がそうゆってくれていたのね。それは本当に嬉しいわね……ふふっ」
「――っ」
 それを聞いた妹さんが本当に嬉しそうに穏やかな表情で、優希君そくっりな鈴の鳴るような声で笑う。
 その(さま)が、すごく似合っていて、とても可愛らしく見えた。
 椅子に座る際の妹さんの所作、あの穂高先生に対しての礼儀正しい言葉遣いと綺麗な姿勢。
 学校の制服は男子、特に担任の巻本先生が喜びそうな格好をしているけれど、私生活では全く違うのかもしれない。
 それくらいには妹さんの笑い方がとても自然に見えた。
 せっかく初めて見せてくれた妹さんの穏やかな表情と、本当に嬉しそうに笑う声を消したくなくて、これ以上踏み込んで聞くのは辞めるけれど、その代わり出来れば優希君から家での妹さんの事を聞けると良いなって考えていると、
「分かったわよ。佳奈がそうゆってくれてるのなら、来週のどこかで佳奈の希望を叶える事にする」
 妹さんが案内してくれると言う。
「ただし! アンタはあくまでわたしと佳奈のお客さんだから、そこだけは何があっても勘違いしないで」
 そして少しだけ{予期}、言い換えれば予防線を張ってくる妹さん。
「分かったよ。元々は私は招かれる方で、御国さんからも言われているから、私からどうこうは無いよ」
 私もその気持ちはすごくよく分かるから、私の方も二人の間に入って何かをするって言う事も、言う事も無いって事は改めて伝える。
「分かった。じゃあまた来週連絡するから、電話。ちゃんと取りなさいよ」
 そう言って話はもうおしまいとばかりに、ベンチから立ち上がって公園を出て行く妹さん。
「じゃあまた来週だね」
 私がその背中に声を掛けると、
「いい? この事は学校の誰にもゆう必要は無いから。それじゃ」
 いつもの無言とは違い、少しは信頼してくれるように、気を許してくれつつあるのか私に一言添えて帰って行った。
 私はその背中を見つめて、妹さんとの信頼「関係」もまた大切なものだから、自ら崩す事の無いように、裏切る事の無いようにとその背中を見つめながら、改めて心の中に刻む。


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