第73話 統括会 ~マネジメントの難しさ~ Bパート

文字数 6,203文字


 そして一階の昇降口の所で雪野さんに追いつく。
「……二人で私を責めに来たんですか?」
 充血した目で私達に敵意を向けてくる雪野さん。
 その雪野さんを見てこの子も優希君に本気なんだなって思ってしまう。伝わってしまう。
 それだけまっすぐな性格をしているからか、優希君の事でこれだけ嫌な思いをしてケンカの原因にもなったけれど、やっぱり嫌いにはなれない。ただこの学校に風紀委員みたいな各種委員会が無いのだけが悔やまれる。
「そんなの当『そんな訳ないよ。私も前に言ったはずだけれど、私たちは五人で一つのチームなのだから、誰が悪いとか、誰かの責任とかは無いよ』――っ」
 彩風さんが言いかけた所に、慌てて言葉をかぶせて、彩風さんの言葉を止めてしまう。
 ただ慌ててと言ってもこれは私の本音でもあるし、嘘は言っていない。この学校に風紀委員があれば、間違いなく雪野さんは学校側からも生徒側からも信用されていたと思う。
 これほどまでに適材適所が大切だとは思いもしなかった。
 ただ、だからと言って雪野さんがこの場所にあっていないかと言われればそれもまた違うと私は、思うのだ。
「さっきも何かを言いかけていた霧ちゃんはそう思ってなさそうですけど」
「そんなの当たり前だって。一体誰の『彩風さん。さっきその考え方は駄目だって言ったよ』――そうですけど」
 彩風さんはやっぱりまだ不満そうで
「彩風さんはこれから一度もチームの足を引っ張る事は無い? 言い切れる? 一つの失敗を責め立てておいて生徒同士の仲介・学校側との交渉、うまく行くと思う?」
 だから私は、彩風さんに分かり易く質問をする。
「そりゃ間違っても無いとは言えませんけれど……だからってアタシ達も疑われてるんですよ」
 確かにそう言う視点で見てしまいがちなんだけれど、少しだけ視点を変えることが出来ると
「別に

じゃない。せっかくなんだし統括会として言いたい事、この際教頭先生と生活指導の先生に言いたい事を聞いてもらえる機会だって《視点》を変えてしまえば」
 別にそんなに一人の人間を責め立てるような話でもないのだ。
 私の説明に彩風さんの表情からやっと不満そうな表情が消える。
「愛先輩がそう言われるのであればアタシはこれ以上は言いません」
 そう言って再び口を閉じる彩風さん。
 雪野さんがこの会話を聞いて完全に意気消沈してしまうけれど、雪野さんもまた可愛くは無いかもしれないけれど、嫌いにはなれないまっすぐな私の後輩である事には変わりないのだ。
 それに今の雪野さんの心境からしたら私や会長には言いたい事が言えないと言うのは分かるから、私としても十分におかしな事を言っていると言うのはよく分かるけれど、雪野さんがそこまで辛いと言うのなら、優希君の話を聞かないくらいには喋り易いと言うのであればと、出来る最大の譲歩をする。
「優希君が良いって言ったらって言う大前提はあるけれど、倉本君の言う通りじゃなくても、優希君とたまにお昼をしたら良いよ。その辺りは倉本君にはうまく言っておいてあげるから」
 やっぱり私は、自分の近くにいる人たちには笑顔でいて欲しいと思うのだ。
「分かりました。しんどい時は優希せ『優希君が良いって言った?』――空木先輩に話を聞いてもらいます」
 そして名前呼びに関しては今までの話は何だったのかと思うくらい、驚くほどすんなりと聞いてくれる。
 このやり取りを見ていた彩風さんが不満顔から一転、驚きの表情をする。
「でもワタシ

空木先輩の事が好きですから! 

岡本先輩には負けたくありませんから! それでは今日は失礼します」
 そう言って役員室を飛び出した時よりかは幾分元気を取り戻したような足取りで帰って行く。


「愛先輩ちょっと優しすぎます。万一副会長が冬ちゃんに気移りしたらどうするんですか」
 雪野さんを見送った後、彩風さんが抗議してくる。
「優しくなんて無いよ。だって私はもう優希君とお付き合いをしているのだから。むしろひどい女だと思うよ」
 人によっては私の事を赦せないって言う人はいると思う。人の心をもてあそんでいるように見える人もいると思う。
 そう思われてしまったのなら、その時は私だけがまた悪者になれば良いだけの事だ。
 ただそうしてでも、あのまっすぐな心を持つ雪野さんに納得・諦めてもらうためには、優希君の気持ちが雪野さんに移ってしまわない様にしないといけない。
 だから私自身をもっと磨いて、優希君との信頼「関係」を強いものにして、その上で雪野さんの全力の気持ちを断って貰って、もう一度雪野さんの前で私を選んでもらわないといけない。
「アタシなら清くんの事が好きって言う女の子と、二人っきりにでなんて、絶対無理です! 嫌です!」
 まあ彩風さんの気持ちが普通だと思うけれど、
「でも二年の中で雪野さんの印象、あんまり良くないって言ってたよね」
「中条さんとの言い合いをダシにして副会長を射止めたってみんな思ってるんですから」
 そうか、二年の間では最終的にそう言う話で落ち着いたのか。
 もちろんこれに関しては言いたい事もいっぱいあるし、今も心の中には人には絶対に言えない気持ちもたくさん渦巻いている。
「それって今の二年で雪野さんの話をちゃんと聞いてくれる人少ないんじゃない? だったらさ、一人だけでも自分の気持ちを言える人、聞いてくれる人がいないとダメだと私は、思う」
 だけれどやっぱり自分の気持ちを吐き出せる人が周りに一人もいないって言うのは、どうしても私には見過ごす事は出来ない。
「これだけ色んな事があってもまだ冬ちゃんの事を気にかけてくれるんですから、優しくない訳ないじゃないですか」
 私の考えに瞳を輝かせてくれるけれど
「ううん。私は酷い女だよ」
 だって、私は結果ありきの勝負の上に、優希君には雪野さんに優しく

親身になって話を聞いた上で雪野さんの目の前でもう一度私を選んで欲しいと思ってるんだから……。
 優希君にも雪野さんにもひどい事をする私が優しい女なわけがない。
「じゃあそろそろ一度役員室に戻ろっか」
「はい。分かりました」
 これをジョハリの窓で言う所の “未知の窓” と言うのか、私の本音に私自身も含めて

彩風さんと一緒に役員室へ戻る。


 雪野さんを見送ってから、一度役員室の方へ戻りいつもの席に腰かける。
「……」
 優希君の意見については話し終えていたのか、何かを話しているという気配はなかったけれど、どうも空気感がおかしい気がする。何となく殺伐とした空気を感じる。
「岡本さんありがとう。それより雪野はどうした?」
 優希君が口を開くよりも早く私に声を掛けてくる倉本君。
「今日はもう帰ったよ。必要事項はもうだいたい伝え終えてるよね?」
「ああ。それはもう大丈夫だが、雪野は何か言ってたか?」
「色々あったけれど、女同士の話だから倉本君にも言わないよ」
 雪野さんの気持ちとか、そう言うのはみんなの前で言う物じゃない。
 雪野さんにああは言っても、優希君は私の彼氏なのだから恋敵に一粒の塩すらも送る気はない。
 それに倉本君の意向を汲まずに、雪野さんには優希君に話を聞いてもらうだけならと言った事もあって、倉本君に言うタイミングは考えないといけない。だから話を変えてしまうと言う訳ではないのだけど、
「それよりも優希君の意見は聞いてくれた?」
 今日は倉本君も四人で話をするって言ってたからこれが本題だと思うのだけれど、さっきまでのイザコザで今の今まで全く話が出来ずじまいになっている。
「ああ聞いた。これで交代賛成が霧華一人と交代反対が岡本さんと空木の二人だから、俺は交代反対で話を進めて行こうと思ってる。霧華もそれで良いか?」
 と言う事は優希君も交代には反対してくれたんだ。優希君と同じ気持ちだって分かって私はやっぱり嬉しい。
「愛先輩の話を聞いてたらこれ以上は反対出来ないけど、アタシは賛成もしないから」
 それにしても彩風さんの雪野さんに対する風当たりが明らかに強すぎる。
「霧華。今日はちょっと変だぞ? 雪野と何かもめたのか?」
 倉本君も気になっていたのか、彩風さんに探りを入れる。
「その事は後で清くんにも聞きたい事があるから、今は言わない。それよりも副会長はこれで良いんですか?」

 そう言って私を見た後、私の手首をつかみながらその視線を優希君で止める彩風さん。
「噂は噂だし……」
 私の方をチラッと見ながら彩風さんに答える優希君……の機嫌はさっきよりも悪そうに見える。倉本君と何かあったのか。
「さっき冬ちゃんに適当な事は言わないで欲しいって言ってたのに、噂の事はそのままで良いんですか?」
 それでも彩風さんの不満は止まらないみたいだ。
「分かったよ。優希君の話もちゃんと聞くからね」
「愛先輩は良い人過ぎます。アタシはそれじゃあ納得できません」
 私が止めても優希君への不満は無くならない。
「おい霧華! 後でちゃんと話を聞くからそれ以上は辞めとけって」
 倉本君も止めようとするけれど、
「彩風さん。言いたい事があるなら私の事とか優希君の事は気にしなくて良いから言ってみてよ」
 私が話してもらおうと促すと、
「前にも言いましたけれど、もう既成事実化しています。だからアタシと中条さんで二年の噂を一個ずつ消そうとしているんですけど、冬ちゃんと副会長が恋仲だって言うのを別に吹聴している人がいるんですよ。しかも冬ちゃん以外の男の人で」
 驚きの話が出て来る。どうして事実と違う事をわざわざ吹聴までするのか。それにもう既成事実にまでなっているんじゃないのか。
「優希君その事――」 
 彩風さんの口ぶりからすると、優希君も知っていそうな感じだったから優希君に聞こうとしたところで
「――霧華。今その話は関係ないだろ。そう言うのは統括会終わってからにしてくれ」
 そう口では言うのに、私の方を少し熱のこもった視線で見てくる。結局噂はどこまで行っても噂のはずなのに、既成事実化しているだけでも辛いのに、どうしてあたかもそれが真実のように言いまわる人までいるのか。
「取り敢えず雪野さんの件は反対って言う方向だけど、その交渉相手は?」
 優希君がその先を取りまとめる。
「教頭と校長だ」
 即答する倉本君。だけれどやっぱりその言い方はそっけない。
「じゃあ倉本君と彩風さんで交渉をお願いしても良い?」
 元々はこの二人が交渉する事になるのだからと思って聞いたのだけれど、倉本君が彩風さんに目もくれずに、
「出来れば岡本さんに交渉の場について欲しいと思ってる。それにこの前の続きも話したいし」
 私に交渉の場に出て欲しいと言う。倉本君の言葉に彩風さんが下唇を噛むのを見ているとさすがに首を縦に振れない。
 元々は会長と総務で交渉はこなしていたはずなのだ。それにこの前の話の続きって言う事はあの紙袋の事で間違いないと思う。だから尚更私は断るしかなくなる。
「雪野さんの交渉の話をするんだったら、この四人でしないと意味がないから倉本君と二人だけで話なんて私はしないよ」
 それに優希君の前で間違っても色よい返事なんて出来るわけがない。
「それにどうして彩風さんじゃないの? いつも二人で交渉してたじゃない」
 どうやったら倉本君は彩風さんを見てくれるのか。
「……」
 それに対して答えられない倉本君。だから私も優希君に倣って話を進める。
「じゃあ来週までにどうやって交渉するのか考えて来るって事で良い? さっきの倉本君の話じゃテスト明けに面談もあるんだよね?」
「ああ。鼎談の日に担任から連絡があるはずだ」
 私の質問には普通に答えてくれる倉本君。
「だったらその時の面談も踏まえて来週対策を考えるって言うのはどうかな?」
「分かった。岡本さんの提案通りで大丈夫だ」
 倉本君のその判断で、
「じゃあ今日はこれくらいにしよっか」
 今日の統括会を締める事にする。


―――――――――――――――――Cパート―――――――――――――――――


 女子三人が出て行った役員室の中、男二人だけが残る。
「……」
 出て行った愛美が二人で賛成・反対の話をして欲しいと伝言を残しはしたが、二人とも口を開かない。
 その二人は同じ事を考えているのだと、お互いの顔を見ながら牽制をしている。
「ちょっと岡本さんに馴れ馴れしいんじゃないか?」
 口火を切るのは会長の倉本。
「倉本は嫌がってる女性に対して押しが強すぎる。それよりも愛美さんが言ってた僕の意見。聞かないのか?」
 それに対してもちろん不機嫌さを隠さずに言い返す優希。
「岡本さんの事を名前で呼ぶのはどうなんだ。分かってるなら早く言えよ」
 女子。とりわけ愛美が無い時にだけ見せるちょっと不遜と言うか、男の本能をむき出しにしたような態度を見せる倉本。それだけ愛美に入れ込みつつあると言うのが伺える。その見え隠れする倉本の気持ちが、優希の心を人知れずかき乱す。
「倉本には迷惑をかけてないし、こう言うのは本人同士の話だろ。それに僕は愛美さんと同じで、雪野さんの交代には反対だ」
 愛美の事は絶対に譲らないと、愛美と同じ意見だと、考え方も同じなのだと、態度と言葉を持って倉本に言い返す優希。
「じゃあ、俺が岡本さんと出かけても良いな。別にそれだって空木に迷惑をかけてる訳じゃ無いからな」
さっき優希から嫌がっている女性に対して押しが強いと窘められたにも関わらず、言質を取ったとばかりに愛美にアプローチをかけると宣言する倉本。
「……愛美さんが良いって言えばな。無理やりとかは本当気分が悪いから辞めろよ」
 でも先に迷惑さえかけていなければと言ってしまった手前、優希の胸に広がる苦い感情は表に出す事は出来ない。
「言わせる。もちろん無理矢理じゃ無くてな。そのためにもう岡本さんと昼メシも何回かは一緒にしてる。だからその内に俺からの気持ちを受け取ってもらおうと、俺の岡本さんへの好意を受け取ってもらおうと思ってる」
 優希は掴みかかりたい衝動に駆られるのを、大きくため息をついて何とかやり過ごす。そんな優希の内心を見破ったのか優希に対して不敵な笑みを浮かべながら
「俺は岡本さんにどこかのタイミングで告白をする。今は空木の方が距離が近いかもしれないが、最後に岡本さんの隣に立つのは俺だからな」
堂々の宣戦布告をする会長。
それを不機嫌そうな表情を隠す事なく、イラついた雰囲気を隠す事なく受け止めて、逆ににらみ返す優希。
「……」
それ以後はお互いに視線を合わせる事なく、でもこれ以上なくお互いの存在を意識しながら、お互い共通の想い人である愛美を始め女子が帰って来るのを、男二人だけの役員室の中、慣れ合うつもりはないとばかりに静かに待ち続ける。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           「倉本と手を繋いだことある?」
            まだ聞いていない事もあるのか
           「さすがは姉弟。似た者同士だねぇ」
             そして三人での勉強会
       「愛ちゃんってたまにものすごく頑固になるよね」
            最近言われる事が増えた“頑固”

         『空木くんの話をちゃんと聞きたいんだよ』

           74話  お互いの気持ち ~「関係」~
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