第74話 お互いの気持ち ~「関係」~ Aパート

文字数 5,127文字


 今日は機嫌も悪そうに口数も少なかったから、少しだけ時間を取って優希君と話をしようと声を掛けようとしたら倉本君がカバンを手に持って、私の方へ回って来て、
「岡本さん。次は雪野との事よろしくな」
 倉本君が優希君と彩風さんの目の前で、握手のつもりなんだろうけれど手を出してくるのを、彩風さんも優希君も驚きの色を滲ませながら、私と倉本君を交互に見てくる。
「だから女子は普通握手なんかしないって」
 当然私はそれをいつも通りに断るのだけれど、今日の倉本君は前にも増して押しが強い気がする。
「でも全然しない事は無いんだろ? 一回くらいダメか?」
 私が断っても手を引っ込めない倉本君。ただしここから先の展開も今までとは少し違う。
「愛美さん嫌がってるんだから倉本もその辺で辞めとけって」
 優希君が止めに入る。その後
「愛美さん僕に何か話があるって言ってなかった? この後少しくらいなら時間があるから聞けるけど」
 私の言いたかった事を分かって貰えていた事に嬉しさを覚えながら
「じゃあ私たちは今日は先に帰らせてもらうね」
 倉本君と彩風さんを残して、優希君と二人役員室を後にする。

 役員室を出た後、不機嫌な空気を纏いながら優希君が黙って歩くのを、横につきながら私も歩く。本当はもう少し仲良く、楽しくお話をしたいだけれど、私の方もさっきの事が色々と頭の中を占めていて、どう言えば良いのか切りだせずにいる。
 そして下駄箱で靴を履き替えたところで、
「倉本と手を繋いだことある?」
 ぽつりと優希君が私に聞いてくる。
「え? ないよ? 繋ぐ訳ないって」
 他の人はどうかは分からないけれど、好きでもない人に女の子はベタベタ触らないし、髪同様触れて欲しくないとも思ってる……と思う。ましてや私には優希君がいるのだから、他の男の人とはそう言うのは無しにしたいとも思ってる。
「それに倉本と二人で昼ご飯も食べてるってさっきも聞いたけど」
 やっぱりその辺りの事で優希君の機嫌が悪いのか。まあ私も雪野さんと一緒の所を見て、何回も取り乱しているからそれに関してもまた、優希君の気持ちはわかる。
 逆にそれだけ私の事を想ってくれてると思えば、嬉しくさえあるけれど、やっぱり優希君に誤解されたままなのも、優希君と仲良く出来ないのも嫌だから、
「教室で押し問答をしていてクラスで倉本君と噂になっても嫌だから、根負けしてしまって……ごめん」
 言い訳もそこそこに謝る。
「……まぁ僕も雪野さんと何回もお昼してるからあまり言えないから仕方がないけど、倉本とあんまり二人とかは辞めて欲しい」
「分かった。それは私も気を付けるよ」
 優希君のお願いに、元々私自身も気を付けていた事だから一も二も無く返事をするけれど、どうもまだ優希君の機嫌が戻り切らない。

「今日は手、つながないの?」
 私が聞いても、いつもなら嬉しそうにしてくれるのに、今日は私の手を一瞥しかしてくれない。
「じゃあ今日は僕も帰るよ」
 そして今日は結局手も繋いでくれないまま、お揃いのペンが活躍する事もないまま優希君がそのまま帰ろうとする。
「ちょっと待ってよ。言いたい事があるならちゃんと言って欲しい。それに日曜日はどうするの? またデートしてくれるの?」
 だから私は校門を出たところで思わず声を掛ける。
「言いたい事はもちろんあるけれど……愛美さんに息苦しいと思われても不本意だから我慢する。その代わり、日曜日一日で切り替えをしたいから、今週は無しで良い?」
 そして優希君からの返事に私は泣きそうになる。
「言いたい事あるなら言ってよ。私、優希君からの話で息苦しいなんて思った事無いよ。それに今週はデート無しなの? それで優希君は良いんだ」
 知ってる人がほとんどいない図書館の中でする優希君と二人きりのデート。私はすごく落ち着けて好きなのに。
 それに日曜日のデートの時は雪野さんの匂いも何もないから、何も考えずに手も繋げるし、この前みたいに腕に抱きつ事だって出来るのに。
 その日曜日のデートがないだなんて私はそんなの嫌に決まっている。
それに雪野さんとの話もしないといけないのに、これじゃあ優希君と話が出来ない。
 だから私は優希君の意見は聞かないで
「私は優希君と二人だけの時間が好きだから、いつもの図書館で日曜日待ってるから。その時に今思ってる事も全部話して欲しいって思って待ってるから」
 初めて自分の意見だけを優希君に言った気がする。
 私の言葉に嬉しそうにしてくれるけれど、返事はしてくれない。
「今日は蒼ちゃんと約束があるから帰るけれど、日曜日私、絶対待ってるからね」
 私は余計な誤解を与えない様に女の子である蒼ちゃんとの約束の事を口に出してからもう一回念を押して、私は優希君の返事がないまま家に帰る。


 家に帰る途中蒼ちゃんに連絡だけして、統括会で少し遅くなった分少し急ぎ足で家に帰る。
 すると私を待っていたのか、蒼ちゃんを待っていたのか、普段はリビングでノートなんて広げない慶がシャーペンを手にしている。慶のあまりにもあからさまな態度に私が口を開こうとしたところに、
「ねーちゃん腹減った。蒼依さんはまだかよ」
 慶が蒼ちゃんのお菓子を楽しみにしている事は分かるけれど、慶の文句を聞いていたらまるで蒼ちゃんが自分の彼女か召使いのように聞こえる。私の親友に対してのその言葉はちょっと文句を言っておこうと思い、
「いくら蒼ちゃんのお菓子が美味しいからって、そんな言い方したら蒼ちゃんがどう思うか聞いてみる?」
 少し慶をたしなめておく。いや、親友じゃなくても女の子を自分の手足のように扱うのは、女側からしたら最低としか思えない。
「ねーちゃんの前でしかこんな事言わねーって」
 ああ言えばこう言う。私がせっかく助言してるのに、猫を被っていつものごとく調子に乗る慶。
「お姉ちゃんの前でだけなら良いけれど、自分の彼氏がそんなだって分かったら、たとえお付き合いをしていてもお姉ちゃんなら別れること考えるよ」
 まあ元々そう言う人とはお付き合いをしようとは思わないけれど。
 そう言うのを考えると、朱先輩は恋愛は勢いで出来るなんて言ってたけれど、私にはちょっと怖くてそれは出来なさそうだ。
「……ねーちゃんって学校でモテないだろ」
 私の言葉に思う所でもあったのか、少し間を空けてからあろう事か失礼な事を聞いてくる。
 まあ、別にモテたいわけでも何でもないから腹立つまでは思わないけれど。
 それどころか私にはもう優希君がいるのだから、下手にモテて変な誤解をされる方が私としては手痛い。
 特に今、優希君が私と倉本君の仲を気にしてくれているから余計にそう思う。
 今も昔も私は、自分がたった一人好きになった人に好きになって貰えたら、それ以上はいらないのだ。
「お姉ちゃんは今年受験なんだから今は恋愛なんて考えてないし、モテようなんて思ってないけれど、慶の方もその調子じゃ彼女なんて夢のまた夢だね」
 だからこれ以上の恋愛も、男の人に持たれる好意も、もうコリゴリとしか言いようがない。
「ま。ねーちゃんがモテるなんて言うのも夢の話だよな」
 自分に彼女がいないからって、私にも彼氏がいないって思って嬉しいのか、慶の弾むような声を背に、一度部屋着に着替えるために自室へ向かう。
 気が付けばなんで慶と恋愛話なんかしてるんだろうと思いながら。


 着替え終わった私は本当なら蒼ちゃんが来るまで自室で勉強しているところではあるんだけれど、さっきの慶を見ていると、蒼ちゃんに失礼な事を言いだしそうだからと、下のリビングで慶と一緒に参考書を広げる。
「……」
 それにしても慶が時折こっちを見たり、ソワソワしたりと全く落ち着きが見られない。まだ一年だから仕方がない部分もあるのだろうけれど、この集中力なら納得の赤点の数なような気がする。
 慶の集中力がどうしても出ないのならばと
「お腹空いてるなら食器棚の所に少しくらいならつまめる物があるよ」
 慶に声を掛けてやるけれど
「もうすぐ蒼依さんが来るんだろ――」   
 慶が言いかけたところで呼び鈴が鳴る。
「蒼依さんだろうし俺が出ても良いよな」
 車の音が聞こえていたからと私が慶に言いかける前に、呼び鈴を聞いた慶が玄関へ迎えに行ってしまう。
 ホントどんだけ蒼ちゃんの事が好きだっての。
「げ! おとんとおかんかよ!」
 そして案の定私の話を聞かずに飛び出した慶のうめき声と、
「ちょっと慶久! 親に向かって “げ” はないでしょ」
 お母さんの窘める声がする。そのままお父さんとお母さんがリビングに入って来たところで
「お? 勉強してたのか?」
「うん。もうすぐ蒼ちゃん――」
 お父さんの質問に答えようとしたところで再度呼び鈴が鳴ったから、今度は笑いながら私が蒼ちゃんを出迎える。


 蒼ちゃんがお母さんに保冷バックを渡した後、お母さんたちが夜ご飯の用意をしてくれると言う事で、少しバタバタするからと、客間の方で三人でテーブルに向かう。
 相変わらず慶の方に集中力がないなと少しだけ気にしながら自分の勉強を進めていると、
「そう言えば、朝体がダルイって言ってたけど大丈夫なのかよ」
 蒼ちゃんに対して優しいアピールかなんなのかは知らないけれど、普段なら絶対にしない……いや最近ではそうでも無いのか。とにかく私の事を心配し始める。
「はいはい。この週末はお母さんが家の事してくれるから大丈夫だって。それよりもテスト赤点だけは気を付けなよ」
 そんな露骨な慶に対して適当に返事をすると、
「さすがは姉弟。似た者同士だねぇ」
 帰る前にも同じような事を言っていた蒼ちゃんが、一人首を縦に振ってウンウン頷いているけれど、それはちょっと待って欲しい。家族として慶を大切に想う事はあっても、こんなガサツな慶と似ていると言われるのはちょっと納得いかない。
「蒼ちゃんでもそれは無いよ」
「このねーちゃんと似てるとか無いわー」
 ただ慶の方も同じように思ったのか、私と慶の否定が重なる。
 それがますます蒼ちゃんの表情を満足げなものに変えてしまう。
 不本意な事も言われてはいるけれど、同じ家族だと思える一言でもあり、蒼ちゃんの笑顔を見る事が出来たと言う事もあって、それ以上は何も言わずに私はお母さんに呼ばれるまでの間、勉強に集中する。
「蒼依さん。この問題教えてもらえますか?」
「ここはね――」
 私や両親の前では絶対に見せる事の無いやる気を、蒼ちゃんに見せている慶の声を聞きながら。


 そして、小二時間ほど経って慶の集中力が完全に切れたのか、
「蒼依さん疲れていませんか?」
 ペンを投げ出しかと思いきや、猫なで声で蒼ちゃんに気を遣う慶に思わず吹き出してしまう。
「ねーちゃんには言ってねーよっ!」
 さすがに気分を悪くしたのか、慶が悪態をつく。
 私たちの集中力が切れたのを見計らってくれたのか、はたまた、たまたまなのか、お父さんがご飯を知らせてくれる。

 蒼ちゃんを含めた五人でのご飯中。
「そう言えばいつもより来るのが遅かったけれど何かあった?」
 少しだけ長袖の蒼ちゃんを意識しながら、いつもよりも遅かったから学校で何かあったのかと遠回しにでも聞こうと思ったのだけれど
「今日食べてもらう物を冷やすのに時間がかかっただけだから、何もないよ」
 蒼ちゃんが穏やかに答えてくれる。今の蒼ちゃんの笑顔をご両親にも見て欲しいなと考えていると
「いつも美味しいものをありがとう」
「俺も慶久も美味しく頂いてるから改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
 それに釣られる形で私の両親も笑顔になる。
「こちらこそいつも愛ちゃんに助けてもらって感謝しています」
「蒼依さんならいつでも大歓迎ですよ」
 一方蒼ちゃんの言葉に嬉しそうにする慶……は、まあ蒼ちゃん一筋だから当然として、みんなが笑顔になれるこう言う食卓って良いなって思う。
 私の気が早いのは重々承知の上ではあるのだけれど、優希君ともこう言う家庭が作れたらなって考えたら、
「蒼ちゃんの差し入れとみんなの笑顔を私からもありがとう」
 勝手に言葉が口をついて出ていた。
 その後、私と蒼ちゃんは来週頭からもうテストだと言う事で、蒼ちゃんからの差し入れのビックリする程美味しかったプリンを頂いてから、
「じゃあお父さん。今日もお願いして良い?」
「ああ。帰る時に声を掛けてくれたら良いから。この週末はこっちでゆっくりするだけだから、こっちの時間は気にしなくて良いぞ」
 慶も蒼ちゃんと一緒に勉強したそうだったけれど、後半は私の部屋で蒼ちゃんと二人っきりの勉強会をする。

――――――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み