第69話 親友のカタチ ~ 友達のカタチ ~ Bパート

文字数 4,669文字


 家に帰った時にはやっぱり慶の靴はあった。
「……ねーちゃんお帰り。今日……メシあんの?」
 それどころかわざわざ自分の部屋から出てきて、私に自分から挨拶をしてくるなんて、これもまた初めての事じゃないのか。
「ごめんごめん。学校でテスト勉強をしてたから遅くなったけれど、今からちゃんと作るよ。それまで何が食べたい?」
 私は制服のまま冷蔵庫の中を確認しもって聞くと
「別に。それよりも制服、着替えれば? それくらい待つし」
 ぶっきらぼうに言って、相変わらず私から微妙に視線を逸らし続ける慶。
「はいはいありがとうね。じゃあ先にお風呂沸かすから、先に入っちゃいなさい。その間にご飯準備するから」
 そう言いながら干していた洗濯物を畳んで、部屋着に着替えてから夕飯の準備を始める。
 それにしても慶はあれ以来明らかに私を見ようとはしないし、逆に断続的に私を見続けてくる担任の先生にはうんざりさせられるけれど、優希君は熱のこもった視線で私を見てくれるから、私の胸がドキドキと高鳴る。
 原因は色々あれど同じ男の人でも慶みたいに全くこっちを見ないか、先生や優希君みたいに私をずっと見てくるのか。全く異なるのがまた不思議な気もする。
 また女側からすると、担任の先生に見つめられても不快なだけだけれど、優希君に見つめられると、ドキドキと胸が高鳴るくらいには嬉しかったりする。
 男の人からしたら、この感じ取り方の差は明確には分からないだろうし、不思議に思うだろうなとも思う。
 そんな事を考えながら、もうテストまで一週間を切った今、進路の事を頭の隅の方に、模試対策に集中する。

 そして夜も深夜に差し掛かる時間帯、私は先週の金曜日の雪野さん交代の話を、正確に言うと雪野さん交代に反対かどうかの話を優希君にも伝えないといけない事を思い出して

題名:明日
本文:時間があったら一緒にお昼か、帰るかしたいけど、どうかな?

 時間が遅いからって事でメッセージを送る。
 良いにしても悪いにしても、明日の朝起きた時に確認できれば良いかなと思って、明日の準備をして寝ようとしたところで、
「優希君?」
 まさかの着信が鳴り始める。
『夜遅くにごめん。今大丈夫? もう寝る?』
『ううん。まだ大丈夫だよ。どうしたの?』
 優希君からのせっかくの電話。寝るのなんて後回しで十分だ。
 雪野さんの話だったら明日返信で送ってくれれば大丈夫なのに。
『いや……愛美さんからデートのお誘いが嬉しくて』
 あれ。デートって私、雪野さんの件について優希君に聞きたい事があるって言ったつもりなんだけれど……
 でもまあ、二人でどっか行くって事はそれ自体がデートって事も良いのかな。話題が雪野さん絡みだって言う事がちょっと気に入らないけれど。
『じゃあ、明日お昼休みか放課後、時間取れる?』
 だから当然時間の都合を付けてくれると思ったのだけれど
『ごめん。明日は雪野さんが是非新しいメニューを作れるようになったから、試食して欲しいって言われてて……』
 優希君がよりにもよって雪野さんとの約束を優先すると言う。
 私の携帯を持つ手に力が入る。
『「はぁ? ちょっとお兄ちゃん。またあのメスブタとご飯するの? あんなメスブタの料理なんて、食べられるもんじゃないんだから、断りなさいよ」』
 するとその奥からと言うか、近くにいるのか妹さんの声も聞こえる。
『でも先に約束しちゃってるし……』
 優希君が私そっちのけで妹さんと会話を始めてしまう。
『「約束って。その電話、あのオンナなんじゃないの? あのオンナの前でメスブタの話をしても良いの?」』
『あのオンナじゃなくて、愛美さんだって』
 しかも電話口が私だって事も妹さんにもバレてるみたい。
『「そんなのどっちでも良いってば。それよりもわたしの前であのメスブタの話なんかされたら、すぐの電話を叩き切るわよ」』
 ただ、妹さんの言葉で私の気持ちが少し楽になった気がする。
 妹さんは間違いなく雪野さんの事はすごく嫌いなんだと思う。って言うか、あの呼び方、そのまま定着してるっぽい上に、優希君も訂正してもいないし。
『ごめん愛美さん。電話切れてないよな? ちょっと優珠が横から口出してきて』
『「何が口出して来て……よ。お兄ちゃんがあのメスブタを優先しようとするからでしょ? 明日あのメスブタと会うってゆうんなら、明日はお兄ちゃんの分のお弁当抜きにするから」』
 妹さんの言っている事はすごく嬉しいんだけれど、そうすると余計に優希君が雪野さんのお昼なりご飯を食べる事になってしまうんじゃないのかな。
『そんなことしたら僕、雪野さんの弁当食べるしかなくなるんだけど』
『「何でそうなるのよ! そのオンナと一緒に食べれば良いじゃない!」』
 妹さんの自然な会話に私の心が少し嬉しくなる。
『いやだから約束が……』
 なんだか、兄妹で言い争いが始まっている気がする。家でだと妹さんも優希君も随分雰囲気が違う気がする。
『「分かった。ちょっとその電話代わって」』
『いやちょっと優珠! 「うるさい」 ――』
『ちょっとアンタ。何で自分の彼氏があのメスブタと一緒にご飯食べるってゆってるのに怒らないのよ。そんな時は電話を叩き切っても良いのよ! 「ちょっと優珠! ――」――お兄ちゃんうるさいっ!』
 優希君の抵抗らしきものをものともせずに、電話口の相手が優珠希ちゃんに変わる。しかも優希君の立場が、家ではだいぶん弱い気がする。
『怒るも怒らないも私の方が遅かったわけだし……』
 嘘だ。口ではそう言ってるけれど、私を優先して欲しいに決まってる。しかも優希君に恋慕してるって分かってる相手に譲るのは嫌に決まってる。
『わたしの話をアンタがちゃんと聞いてくれてなかったって事はよく分かった』
 妹さんの機嫌が悪くなるけれど、こっちもちゃんと話をしないといけない。
『優珠希ちゃん。私の話はまだ終わってないよ』
 前までならここまでで、妹さんを怒らせていたけれど、今は少し違う。ちゃんと優希君の話も聞いて私の気持ちもちゃんと伝えつつある。
『……何よ。早くゆいなさいよ』
 私が言いきったのと、隣に優希君がいるからかこの前の役員室の時のような雰囲気にはならない。
『確かに私も優希君が雪野さんと一緒なのは嫌だけれど、優希君と約束してるんだよ。もし優希君が雪野さんと手を繋いでいるところを私が見たら手は繋がないって。それと優希君から雪野さんがつけている香水の匂いがしたらその日は優希君には近寄らないって』
 だから現状では雪野さんと会っている日は並んで歩いていても、触れる事は基本ほとんどないはずなのだ。
『……じゃあ、お兄ちゃんかあのメスブタが消臭スプレーを振ったらどうすんのよ』
 それは考えた事が無かった。雪野さんが私たちの関係の変化に気が付いたのなら、そう言う事もあるのかもしれない。
『私に隠し事をするために優希君がスプレーを振ったら、私は大事にしてもらえなかったって事だし、雪野さんが振ったら正直に優希君が言ってくれるのを私は信じるだけだよ』
 でも朱先輩も言ってくれていたように、相手を信じる事、そのためにジョハリの窓を意識して、盲目の窓、秘密の窓を小さくしているんだから。
『……へぇ。分かったわよ。じゃあわたしの方もそうゆうつもりでお兄ちゃんの事を見るから』
 私に対して敵意をむき出しにしていた時から、妹さんはしきりに信じる事を意識していた。
 だから今回は意識したわけではないけれど、私の言葉に思う所があったのか、前回までとはまるで対応も空気も違っている。
『じゃあお兄ちゃんに代わるわね……っとその前に。アンタ、なんでわたしが図書室だってゆったのに、私服で学校来てるのよ。おかげでこっちが待ちぼうけじゃない。この件はまた別にアンタの所に話に行くから。それとアンタの連絡先、お兄ちゃんから聞くけど良い?』
『「ちょっと優珠?!」』
『何よ。このオンナとの事で、わたしに知られるとまずい事でもあるの?』
『「いや無いけど、だからこのオンナじゃなくて、愛美さんだってば」』
 この会話だけを聞いていても、本当に兄妹仲が良いのがよく分かる。
 私の思う兄妹の関係が目の前で繰り広げられている。
『はいはい。まあそうゆう訳だから、一旦お兄ちゃんに代わるわよ』
 そう言って久しぶりに優希君の声を聞く。
『ごめんね。優珠が』
『ううん。良い妹さんだね』
 乱暴な言葉の中にもちゃんと相手の事を思いやれる気持ちが節々から伝わる。
 そりゃ優希君も妹さんを大切にするわけだよ。嫉妬もあるけれど、この兄妹の仲はそのままでいて欲しい。
『で。元の話だけど、明日は本当にごめん。その代わり雪野さんと手を繋いだりとかは絶対にしないから。それと雪野さんのお弁当は食べないから、それだけは安心して欲しい』
 まあ、そこまで言われたら私もこれ以上は強くは言えない。
『じゃあ。明後日の水曜日なら大丈夫?』
『分かった。水曜日は昼も放課後も愛美さんを優先したい』
『雪野さんの話だから時間かかるだろうし、放課後に』
 私が放課後の方をお願いすると、
『デートじゃなくて、雪野さんの話?』
 やっぱり私の勘違いでも無かったのか。私、雪野さんの話だって書いたと思うんだけれど。
『雪野さんの話だよ? 正式に学校から交代の話があって、統括会としてどう動くか意見をまとめるのに、優希君の意見も聞きたいからってメッセージ送ったと思うけど』
 すぐに電話がかかって来たから内容までは読んでないのかな。
 それはそれで嬉しいけれど、内容は見てくれた方が良いかも。
『いや。愛美さんからのメールには雪野さんのゆの字もないけど?』
 優希君の指摘に、自分の送ったメッセージを慌てて読み返すも、確かに何も書いてない。時間の融通の話しか書いていない。
『ごめん。もう一回送りなおそうか?』
 何となく嫌な流れになりそうな気がする。
『分かった。いつもの愛美さんだね』
 ほらやっぱり。嫌な予感は的中するもんだよ。
『どうせ私は天然ですよ』
 だから先に開き直る。
『僕はそのままの愛美さんが好きだよ。だから、水曜日雪野さんの話だとしても、愛美さんとの二人だけの時間楽しみにしてるから』
『「ちょっと、何妹の前で恥ずかしい会話してるのよ」』
 そっか。妹さんがいること忘れてた。
『でも優珠がちゃんと自分の気持ちを伝える事は大事だって「ちょっとお兄ちゃん! なにゆってるのよ!!」』
 妹さんが慌てるように優希君の会話を途中で止めてしまう。
『ありがとう優希君。じゃあまた水曜日の放課後に時間と場所の連絡、するね』
 これ以上は時間も遅くなりすぎるし、何より兄妹の会話に入るのもアレだし、
『うん。今日はありがとう! 愛美さんと話が出来て良かった』
 妹さんの事は聞かなかった事にして
『お休み。優希君』
 そのまま通話を終えて、明日の準備をして穏やかな気持ちのまま布団の中に入る。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           「金曜日に勉強するんだよな」
         蒼ちゃんとの勉強会を楽しみにする慶
     「……岡本さんは、俺と二人って言うのは嫌なのか?」
             そしてもう一つの本気
         「俺の気持ち、受け取って貰えないか?」
            その気持ちに愛ちゃんは……

  「オマエ、女だからって男全員がチヤホヤすると思ったら大間違いだからな」

        70話  善意の第三者 2 ~知らない素顔~
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