第75話 好きと好きの違い ~理解者と信頼~ Aパート

文字数 5,375文字


 翌朝、美化活動の方は不参加にして午前中は家で模試対策を進めてから、昼からの課外活動のみの参加にしようと思っていたのだけれど、朱先輩からの電話で朝から朱先輩の家にお邪魔する事なったから、結局いつもと同じ時間に起きる事になる。
 もちろん私も朱先輩に会いたいし、優希君とお付き合いが出来たり今はまたほんのちょっと仲良く出来ていないけれど一度は優希君と仲直り出来るように私の話を聞いて、力になってくれた朱先輩に不義理なんて働きたくない。
 ただ最近疲れがたまっているのか、木曜日の夜くらいから微妙に体が重い。咳とか寒気とかは無いから風邪ではないと思うけれど……。
 それでも先週の児童の事があるからどれだけ忙しくても、テスト直前でも課外活動だけは参加すると決めていたから動きやすい服装に着替えて下に降りる。
「あら? 今日も彼氏とデート?」
 軽く身支度を整えて下へ降りると、まだお母さんしか起きていないリビングで朝の挨拶みたいな喋り方でとんでもない事を聞いてくる。
「ちょっとお母さん! お父さんと慶には聞かれたくないんだから辞めてよ」
 先週の児童の事、課外活動の事を考えていたはずなのに、たった一言で頭の中が優希君一色になってしまう。
「大丈夫よ。お父さんと慶久は昨日もまた夜遅くまで喋ってから一緒に寝たみたいだから、まだまだ起きて来ないわよ」
 お父さんの事もそうだけれど、だいたい
「優希君と会うのは明日だって」
 今日は先週の児童と朱先輩との試験対策だって言うのに。
「そうなのね。明日って言う事は彼氏とのデートは

日曜日なのね」
 気が付けば咲夜さんを相手にしている時のようなお母さんが、目の前で嬉しそう……と言うか、話のネタを見つけたみたいな表情をする。
 そしてこういう時のお母さんは咲夜さん同様しつこかったり、妙に鋭かったりする。
「あら? でも先週はテスト前だから勉強するって言ってなかったかしら?」
 やっぱり家で勉強するんじゃなくて、朱先輩の家にお邪魔させてもらうようお願いして正解だった気がする。
 そしてこんな時は咲夜さんと同じように塩対応をするに限る。
「もうご飯食べたら私、出かけるからね」
 そう言って生温かい目を私に向けたお母さんを放って、自分だけで朝ご飯を食べてしまう。
 そんな私を見て一言。
「愛美も立派に恋する女の子ね」
 ホント何が立派な女の子だよ。お母さんと言い、最近の咲夜さんは友達の事で悩んでくれているけれど、それでも私よりもよっぽど女の子してるよ。
 朝は朱先輩と児童と優希君の事を考えて――あれ、私。朝から優希君の事考えてたみたいだ。
 そして今日は一部課外活動をする時間もあるけれど、基本は試験対策と言う事で晴れの日の飲み物を用意する。


「お母さん! 私そろそろ行くけれど夜ご飯はまた連絡するから」
 昨日の電話の雰囲気だと昼だけだと、何かを言われそうな上に、家で食べたら今日の相談どころじゃ――
「今日の夜、進路の事で相談したい事があるんだけれど……ごめん。言うの遅くなった」
 この話はちゃんとしないといけない。私のために忙しい中、お父さんとお母さんに帰って来てもらったのだから。
「先週の事はちゃんと覚えてるから。それに明日もいるからお母さんたちの時間の事は気にしなくても大丈夫よ。納得行くまで頑張りなさいな」
 さっきまでの雰囲気を全く感じさせないお母さんが、私の元へ来て軽く肩を叩く
「ありがとう、お母さん」
 最後はお母さんの応援を背に、いつもとは違う水筒を持って朱先輩の家に向かう。


 正確な時間を決めていなかったと言う事もあって、他人の家にお邪魔するのに迷惑にならない、いつもの活動よりも少しだけ遅い時間。私が朱先輩の家の呼び鈴を鳴らすと
「うん。愛さんを待ってたんだよ」
 ドアを開けた朱先輩が一目私を確認してから、いつものように玄関口で抱きついてくれる。
「えっと。何かあったんですか?」
 いつもならドアを開けたら誰かを確認する事も無く抱きついてくれるから、私の方がヒヤヒヤしていたくらいなのに。今日はどう言う訳かちゃんと私だって確認してから抱きついてくれた朱先輩。
「――?」
「いや、いつもならドアを開けた瞬間に私に抱き着いてくれるじゃないですか」
 私の質問に、可愛く不思議そうな表情をするから、質問した理由を口にすると、朱先輩が顔を瞬時に真っ赤にして
「年上をからかうなんて、愛さんが悪い子になってるんだよ」
 私に抗議しながら家の中に案内してくれるけれど、ホント何でだろう。
 ただ普段滅多に見られない朱先輩の表情を見て、少し悪戯心の沸いた私は、止めておけば良いのに
「朱先輩から見て私って悪い子になってますか?」
 分かり切った朱先輩からの答えを聞こうと少しだけ悪乗りをする。
「空木くんとの仲直りの事を一番の理解者でいたいわたしに教えてくれない愛さんは悪い子なんだよ」
 けれど、私に向けられた朱先輩の気持ちに
「ごめんなさい。勉強しながらですけれどちゃんとお話ししますよ」
 思わず謝って話す事まで約束してしまうと、今までのが芝居だと思うほどワクワクした表情に変えて、
「やった! これで愛さんの幸せな話を全部聞けるんだよ」
 今までの表情が表情豊かな朱先輩の演技だったと気づくも遅し、沸いた悪戯心を後悔するも遅し、初めは朱先輩をからかうはずだった話の流れは、いつの間にか恥ずかしい事も含めて全部話す事になってしまいそうだ。

 朱先輩の家にお邪魔させてもらったのは10時過ぎ。そして初めに話してあった課外活動は13時半頃から。
 更に私の目の前には、心温まる話が聞きたいからと言う事で温かいココア。
「あの。勉強を見てもらうって言うのは――」
「――愛さんがわたしをからかおうなんて考えるのが悪いんだよ。それにテスト対策は愛さんの話を聞きながらでも大丈夫なんだよ」
 確かに全部そうかも知れないけれど、私の質問なんてどこ吹く風なのか、言葉とは裏腹にキラキラした朱先輩の目を正面から受け止めた私。
 前門の虎後門の狼、結局家にいてもお母さん、外に出ても身から出た錆、朱先輩と結局は話すしかないのかと、半ば諦めのように口を開く。
 これって絶対テスト対策をしない流れになるよね。

 結局私服で学校に行った事だけは伏せて、日曜日に優希君と一緒に図書館へ行って、朱先輩から言われていたと言う事もあって、私から優希君に雪野さんの香水の話、名前を呼ぶのは私だけにして欲しい事など、私の気持ちを恥ずかしさと束縛の強い女と思われて嫌われるかもしれない、嫌がられるかもしれない怖さの中で伝えた事を話す。
 私が一生懸命その時感じた気持ちを伝えて、不安だった私の事を分かって貰おうとしているのに、朱先輩は安心した表情を崩すことなく、終始嬉しそうに私の話に耳を傾けている。
「でも雪野さんの押しもかなり強くて、優希君の気持ちは分かってはいても、私の中にあった嫌な気持ちは消えなかったんですけれど、そんな私の気持ちを、私が悲しかった時の気持ちを教えて欲しいって言ってくれて――」
 そこまで言って、朱先輩が言った通りになっていて、私よりも朱先輩の方が優希君の事を分かっているんじゃないかと、あの時と同じ気持ちが頭をよぎると、
「――ん? 愛さんの気持ちをちゃんと空木くんに伝えて “秘密の窓” を開けられたんだよね?」
 面白くない。
 いくら朱先輩と言っても優希君だけは駄目だ。蒼ちゃんに優しくしてくれる優希君はすごく温かい気持ちになれるのに、優希君との事を朱先輩にも認めて欲しい、優希君がとっても優しくて思いやりのある男の人だと言う事を朱先輩に知って欲しいって気持ちも間違いなく持っているのに、それでも朱先輩と仲良く喋っているのを想像するとやっぱり面白くない。
 初めてお付き合いをする優希君との事でたくさん力になってもらってるから感謝も間違いなくしているはずなのに……どうしてなんだろう。
「そうなんですけれど。優希君も不安を持っていたとか、もっと仲良くしたいと思ってくれていた事とか。朱先輩って優希君の事、よく分かってるんですね」
 その答えが分からないから、私自身でもどこから来るのか分からない嫌な気持ちを思いがけず外に出してしまう。
「――っ! 愛さんがいじらしすぎるんだよ」
 なのに、朱先輩は嫌な顔をするどころか、私の方へ回って来て私を抱きしめてくれる。
「わたしが空木君の事で分かっているのは、愛さんの事がとっても大好きだって事だけで、姿も声も知らないんだよ」
 確かにそうなんだろうけれど、一番大切な心が繋がっているのが納得いかない。
 だからその事を聞こうとしたのだけれど、
「ここまでで愛さんの幸せが分かったから、先にテスト対策をするんだよ」
 また私の質問はどこ吹く風なのか、今度は質問すらさせてもらえないまま試験対策を始める。

 しばらくの間試験対策に、優希君との事が気になり過ぎたと朱先輩が言うから、課外活動の時間ギリギリまで集中した後、二人で手早くお昼をしてから、いつもの河川敷に向かう道中、
「そう言えば土曜日の日に約束をして、次の日の日曜日には空木くんと話をしたんだね」
「はい。優希君から呼び出してくれたので」
 これ以上からかわれるわけにはいかないと思って、敢えて嘘を言ったのに
「愛さんの行動力の速さに驚いたんだよ。愛さんの好きの気持ちも空木くんに負けてないんだよ」
 どうして結果が同じになってしまうのか。
「……」
 いや、些細な事で嘘をついてしまったからなのか。
「だから空木くんにも愛さんの気持ちが届いて、二人の共通の窓は大きくなったんだよね?」
 朱先輩のペースから中々逃れることが出来ない。
「はい。私と手を繋ぎたいとか、か……可愛いって言ってもらえました」
 どうしてこうなってしまっているのか。だからあの日の痴態と言って良いくらいの事以外は、だいたい喋ってしまっている。

 どうしてこうも朱先輩には秘密を作ることが出来ないのか、真剣に考えた方が良いかも知れない。
 そんな事を考えながら、何とか私服での学校の事や、優希君の前で鳴ったお腹の事と、それをごまかすために、大胆にも優希君の腕に抱きついた事だけは、何とか優希君との二人だけの秘密にしておきたいと思っていた所に
「あ! お姉ちゃんだ!」
 先週全く元気の無かった男の子が、一目見てどうなったか顛末が分かる笑顔で私の所に駆け寄ってきてそのまま抱きついて来るのを私は、そのまま受け止める。


――――――――――――☆ 信頼と開示 共通の窓 ☆―――――――――――


 先週の事を想うとどうなるかと思ってたけど本当に良かった。
 愛さんは自分でも気付いてなさそうだけど、本当に心の底から空木くんの事が好きなんだと見てて分かる。
 だからわたしに向けて嫉妬をしたんだと理解出来てしまう。
 わたしの気持ちとしては願わくば、愛さんの深い気持ちを利用しないでほしいと思いを馳せる事しかできない。
 間違いなく愛さんの頬をあれだけ腫らしたのは、妹さんで間違いない。
 あれからその妹さんの話も話題には上がらないから、妹さんの動きも思ってる事も分からない。
 だけど愛さんが痛い思いをした妹さんの事を、わたしから聞くような事はしたくない。
 ただ悲しい表情は空木くんと雪野さんだけの時にしか見えないから、今は少し置いておくことにする。
 先週の男の子を受け止める愛さんを見ていると、どこがとははっきり言えないけど、少し危うく見える。
「お姉さん。今日は何が出来るんですか?」
「今日はボールを使わない遊びだったら、何でも出来るんだよ。ここを使えるようにおじさんに頼んで来るから、少し待ってるんだよ」
 私は少女の頭を一撫でして、いつも通り受付に広場の申請をしに、先週の男の子の相手をしている愛さんを横目に足を向ける。
 申請も終わって児童の所へ戻る時、もう児童たちの意見をまとめ終えてしまったのか、
「朱先輩! “だるまさんが転んだ” と “けんけんぱ” に分かれたんですけれど、大丈夫ですか?」
 具体的に何をするのかまで決まっていた。
 愛さんが最終的にどうするのかは、わたしからは口出しは出来ないけれど、愛さんは子供の相手、それに相手に寄り添う事が出来るのだから、私と同じような道に進んでほしいと希望してしまう。
 それも先週愛さんがじっくりと聞いた男の子以外全員が、愛さんの望む笑顔を見せているのだから、余計にそう願ってしまう。
 “だるまさんが転んだ” をしようと言う児童に囲まれた愛さんが、さっきまでとはまるで違う表情になってしまった男の子に目を向けるも、そのまま他の児童に囲まれて遊びを始めてしまう。
「ねぇねぇ。お姉さん。私の “けんけん” がうまく出来てるか見て欲しいです」
 愛さんの方を見届けていると、さっきの少女がわたしの手を引く。
「あそこにいる男の子を連れてきたらちゃんと見せてもらうから、それまではお友達と仲良くしてるんだよ」
「分かりました。絶対だよお姉さん」
 私は少女の前でしゃがんで頭をもうひと撫でしてから、
「良い子だね。ありがとう」
 遠目に愛さんの事を見ている男の子の方へ足を向ける。

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