第80話 信頼「関係」 ~信頼の積み木 3 ~ Bパート
文字数 4,597文字
私が家に帰ると、誰もいないと思っていた所に
「お帰り。ねーちゃん」
まさかの慶が帰っていてと言うか、家にいてびっくりする。
「びっくりした。この時間に家にいるなんて珍しいじゃない」
そう言えば慶の所は明日までが試験期間だったっけ。いくら試験期間中だからと言ってこんな昼間から家にいるなんて数えるくらいしかないんじゃないだろうか。
少なくとも私はすぐには思い出せない。
「なんだよ。明日まで試験だっつうの。俺がいたら困るのかよ」
私がいついたのかを思い出そうとしていると慶がひねくれた事を言いだす。
まあ、今のは私が悪かったかもしれない。
「ゴメンゴメン。その代わり今日は慶の好きな物を作ったげるから、お姉ちゃんが着替えてくるまでに考えときなよ」
今週の前半は私にとっても大切な試験だったと言う事もあって、月曜日のお母さんの作り置き以外は最小限の物しか作っていない。
一部の物はスーパーの総菜で済ませてしまったくらいなのだ。
私は動きやすいキュロットスカートに履き替えて、空になったお弁当箱を手に下へ降りる。
そしてお弁当箱を洗いながら、
「今から買い物に行くけれど、何が良いか決まった?」
慶に聞くも、
「俺の事ばっかじゃなくて、たまにはねーちゃんの好きな物にしたら良いんじゃね?」
本当にどうしてしまったのか、今まででは考えられない提案と言うか、私の事を考える慶。
「じゃあ魚の煮つけに野菜炒め、冷ややっことかでも良い?」
私の好みとなるとどうしても肉よりも魚寄りになってしまう。
「おう? 分かった。ねーちゃんに任せる」
対して慶の方は、ただの偏見かも知れないけれど、男の子だからなのかお肉の方が好きだったりする。
しかも少し入っているミンチ肉とかじゃなくて、がっつりとしたお肉が好きだったりする。そうでないとどうして物足りないみたいなのだ。
「はいはい。じゃあお姉ちゃん買い物に行くから」
そう言いながら心の中で、慶も試験に打ち勝ってもらおうと、とんかつに夕ご飯を変えて組み立て直す。
帰って来た時には明日までは試験だって言っていた割にはどこへ行ってしまったのか、家の中は静まり返っていた。
慶の事はさておき、取り敢えずは先に夕飯の支度をしようと準備をするためにリビングに足を踏み入れた時、
「――っ!」
慶がノートを広げたまま器用にシャーペンを手に机に突っ伏すように眠っていた。
私は買い物袋を台所に置き、夏とは言え大切な試験期間中に風邪をひかない様にと、いつもお父さんが使っている羽織り物を慶の手からシャーペンを取り除きながら、肩に引っ掛けてからゆっくりと夕ご飯の支度を始める。
比較的早い時間から用意を始めたと言うのもあって、夏の夕方に差し掛かる前には一通りの準備を終えてしまう。
その後少し迷いはしたけれど、私自身も疲れが溜まっているからか、ここ最近体のダルさを感じていたのもあって、少しゆっくりしようと、同じく疲れている慶を起こさない様に一度自室へと引き上げる。
ただその疲れる原因の一因となっている倉本君とのお昼の事は、何となく優希君に伝えておいた方が良い気がするから、
題名:ごめん
本文:私と蒼ちゃん(この前の放課後にあった子ね)と倉本君の三人でだけれど、今日お昼一緒
にした。明日も倉本君から誘われたけれど、明日のお昼優希君も一緒に出来る?
私は優希君にメッセージを飛ばす。
これで明日優希君と一緒にお昼が出来たら嬉しいかもしれない。
メッセージを飛ばした後、やっぱり疲れが溜まっていたのか、気が付けばそのまま寝てしまっていたみたいだ。
だから優希君からの返信メッセージで目を覚ました時には、自分の部屋へ引き上げて正解だったと実感する。
自分の寝顔なんて例え親にでも見られたくないに決まってる。
題名:聞いてる
本文:今日昼ご飯を一緒にしたのも、明日もまた愛美さんと一緒に食べる話も両方とも聞いて
る。一先ず倉本と二人きりじゃ無ければ愛美さんの気持ちは伝わってるし、僕自身も明日
こそは一緒にお昼したいって、聞いて欲しい話があるからって雪野さんから言われてるか
ら、文句は言わない。その代わり今日は彩風さんが来たけど元気が無かったから、何とか
元気づけようとはしたけど……
自分から言い出した事ではあるけれど、何とも言えない気持ちが少しだけ広がる。
それにしても倉本君もリードしていると思っている優希君に、全部話してどうするつもりなのか。
それに彩風さんの気持ちもどうするのか、頭の中の悩みの種が大きくなる。
題名:気を付ける
本文:もちろん二人きりにならないようには気を付けるよ。雪野さんとの件は話を聞くだけだか
らね。名前呼びは当然の事として、香水も手を繋ぐのも無しだからね。
優希君が倉本君との事で本音を伝えてくれてたから、私の方も雪野さんとの事は本音を伝える。
本当は彩風さんの事も気にはなったのだけれど、また夜にでも電話するからと、女同士の話、いくら優希君でも話せないと考えて、何も聞かずにそのまま下へ降りる。
「ねーちゃんこれ。サンキュー。でも起こして欲しかった」
私がリビングへ戻ると起きていた慶が再び勉強をしていた。
「慶はそう言うけれど、どうしても眠たい時は少し寝てから勉強を再開した方が、効率は上がるから覚えておくと良いよ」
私は夕飯の支度をしながら、後ろで勉強をしているであろう慶に教えてやる。
「……ねーちゃん。メシ食ってからで良いから勉強見て欲しい」
私の返事をどう取ったのか、それとも全く聞いていなかったのか、間違いなく初めての慶からの勉強のお願いに、驚いた私が慶の方を振り返ると
「……」
慶の表情が思ったより真剣だったから、別にその雰囲気に当てられたとかじゃないけれど、あの嫌な視線の心配は無いかなと思いなおして、
「別に良いけれど、場所はここで良い?」
万一の時は明日親が帰って来てくれるからと、慶の勉強を見る事にする。
ただ、弟とは言え、両親のいない家の中、部屋に入るのには抵抗があるから、場所だけはこっちで指定させてもらう。
「ねーちゃん助かる。じゃあ俺風呂入って飯食ったら一旦自分の部屋で勉強してるから、ねーちゃんの用意が出来たらまた呼んでくれよな」
今日は蒼ちゃんがいるわけでもなく、両親がいるわけでもないのに、そのやる気は一体どこから出て来るのか。
最近の慶の行動と合わせて首をかしげながら順に一つずつこなしていく。
魚からトンカツに変わった事に慶も喜びながらの夕ご飯の後、慶の学力で大丈夫なのかと心配しながらのテスト対策に付き合う。
そして慶の学力に一抹の不安を持ちつつ、自分の部屋へ戻って来た時には、結局いつもと同じくらいの時間になっていたから、先に彩風さんの所に連絡する。
『はい。彩風です』
携帯なのだから相手が誰かは分かるはずなのだけれど、いや私だからか明らかに元気が無い。
『岡本だけれど、彩風さんの事が気になって電話してみたんだけれど、今大丈夫かな?』
確認と断りを入れてから、今日お昼をした時に倉本君から聞いた事と、優希君から聞いた彩風さんの様子の事を話すと
『すみません。アタシの為にみんなに気を遣ってもらって』
ますます落ち込む彩風さん。
『今日だって愛先輩にアタックするから副会長の所へ行ってくれって言われたし。清くんにとってアタシって本当にただの幼馴染でしかないのかな』
彩風さんの声に涙が混じる。
私には幼馴染と言える人がいないから、その独特と言われる距離感と言うのは分からないけれど、
『あのさ、一つ聞きたいんだけれど、今回も倉本君に勉強は教えてもらったの?』
前回の時は自分の成績が少し落ちても彩風さんに付き合ったと言っていたはずだ。
『はい。主教科の分だけですが、愛先輩の話をしながら土日はつきっきりで教えてくれました』
彩風さんと二人っきりの勉強会の時に私の名前を出す倉本君は気に入らないけれど、その行動自体は憎からず思っていないとしない行動だと思うのだ。
『二人っきりの時に私の名前を出す倉本君ってどうなの?』
知っている相手で、可愛い後輩の思い人なわけだから、悪く言うのは気が進まなかったのだけれど、私の一番気になっていた事を聞く。
『ごめんなさい。言いたい事は分かりますけど、いくら愛先輩でも清くんの事は悪く言わないで下さい。アタシが困ってたら、自分を犠牲にしてまでも、アタシの事を一番に考えてくれるんです。今回の試験だって一緒にやろうって清くんの方から声を掛けてくれて、大切な試験のはずなのにずっとアタシの勉強も見てくれたんです』
でもその中身を聞けば、やっぱり彩風さんをとても大切にしている倉本君の姿があるワケで。
『ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけれど、彩風さんの深い気持ちを知っているだけにどうしても気になってしまって』
だから、何とも思っていない、ただの幼馴染だけって事は無いと思うんだけれど……
『こちらこそごめんなさい。愛先輩が色々気を使ってくれている事は分かってはいるんですけど……』
『そんなの気にしなくて良いよ。だいたい人を好きになるってそう言う事だろうし。好きな人の悪い所を進んで知りたいって言う人はいないんじゃないかな』
私だって優希君の悪い所なんて感じ方なんて人それぞれなんだから、他人から聞きたくもないし、そんなのは自分だけが知っていたら良いのであって、他人から言われる事じゃないと思う。
『明日からもし倉本君に断られたら、私から誘われてる事にして顔を出してくれても良いよ』
そこまでするくらいなのだから、彩風さんが近くにいて倉本君が嫌な気持ちになるとはどう考えてもならないに決まってる。
『そんな事したら愛先輩に迷惑が――』
『――私の事は良いよ。それにこれが原因で倉本君の中の私のイメージが悪くなれば、そんなに悪い話じゃないと思うけれど』
何かあればまた私が悪者になれば良いだけの話だ。
『……分かりました。明日からって言うのは、昼休みに面談があるから無理ですが、愛先輩のせいにするわけにもいきませんし、アタシも清くんと一緒にお昼したいからって精一杯伝えるようにします』
そう言えば明日は私と後輩二人が面接なんだっけ。
『分かった。じゃあ来週からは、私も彩風さんと一緒にお昼出来る日が増えるのを楽しみにしてるね』
明日、担任がちゃんと伝えてくれると良いけれど。
『はい! アタシも楽しみにしています。少し元気出ました。いつもいつも本当にありがとうございます。それはまた明日の統括会の時に』
最後は少しだけ元気を取り戻してくれた彩風さんの声に安心して、少し早い目にベッドにもぐりこんだ。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「もう俺。しばらくおかんの顔は見たくねぇ」
母親に拒否反応を示す弟の慶
「今回試験の成績が悪かったら“姫”の責任だから」
止まらない悪意
「昼休み。廊下」
イラつきを言葉に
「あたし、誰と、どのように、接したら良いのか、もう全然分かんないよ」
81話 断ち切れない鎖 3 ~迷子の心~