第81話 断ち切れない鎖 3 ~迷子の心~ Bパート

文字数 5,568文字


 朝礼の概要としては、今日から部活動の再開と言う事と、今回は禁止期間中の活動者は誰もいないと言う事を伝えた上で、
「それじゃあ先週渡しておいた進路希望調査票を出してくれ。昨日までの試験結果で今週もう一回家の人と話したいって者は別に月曜日でも構わんが、先生との二者面談はその分後ろに回るからなー」
 そう言ってこの調査票は個人情報扱いと言う事で、各自が各々で先生の所まで持って行く形となる。
 さすがに今回の試験が難しくてためらいを見せる人が多いのか、咲夜さんと実祝さんは今朝の件以外にも何か不安な事があるのか、心配そうに見つめている実祝さんを含む、クラスの未半数の人が、席に座ったまま提出を見送る。
 対して朱先輩と具体的な進路の話をした私と、将来の夢はもう決まっている蒼ちゃんはクラスの過半数組に入っている。
「岡――」
 だから蒼ちゃんと一緒のタイミングで、先生のいる教卓の上に紙を出して、何か言いかけた先生には気づかないフリをして、また席まで戻る。
「……今回は自分の進路とは言え、自分の将来にかかわる事だから提出した後でも二者面談の時に、じっくり話は聞くし提出前に相談してくれても、取れる限りの時間は取るようにするからなー」
 蒼ちゃんのビンタの後、ほんの少しの期間だけでも感じる事が無くなっていた先生からの視線を再び感じる。
 まあ、あの数学のテストの時の穂高先生とのやり取りが気になって仕方が無いって事なのか、あの日以来またこっちを見ているような気がする。
 まあ、その反応で穂高先生が口を割っていないって事は予想出来るけれど、念のために穂高先生には探りを入れさせてもらう。
「それと岡本。もう知っていると思うが、今日の放課後面談があるからな」
 私が頭の中でまとめていると、統括会での面談の連絡を受ける。
「分かりました」
 さすがに必要な連絡事項に返事をしない訳にはいかないからと、余計な事を聞かれる前に、それで終わりとばかりに短く返事をする。
「……それじゃ、実質は来週一週間で夏休みだから、それまではテストが終わったからと言って気を抜きすぎるなよー」
 その後は何か言いたそうだった先生から視線を逸らし続けて、朝礼をやり過ごして午前中の授業に挑む。


 そして午前中の授業が終わった昼休み。
 今日はお弁当を持って来ていない私は、少しでも早く咲夜さんから事情を聞こうと
「今日は購買で良い?」
 今日ばかりは不安そうに咲夜さんを見る
「……」
 蒼ちゃんに視線を送って、いつの間にかいなくなっている咲夜さんグループに別の意味で感謝しながら、咲夜さんを連行する形で教室を出る。
 そして廊下へ出たところで、さっきまでは考えていたのに、昨日の事をすっかり忘れていた私の前に、
「悪い。遅くなった。俺も一緒に昼飯、混ざっても良いか?」
 お弁当を手にした倉本君が立っていた。

 私と二人きりじゃなくて安心したのか、心持ち咲夜さんの雰囲気が柔らかくなる。
「それとも今日は取り込み中だったりするのか?」
 普段出さない私の雰囲気を感じ取ったのか、まさか使い分けているのか、そんなことが出来るのか、昨日とは打って変わって私の都合を気にしてくれる倉本君。これで今日の倉本君とのお昼ご飯を断ることが出来ると
「ごめん今日はちょ――『いえ大丈夫です。愛美さんと――っ!!』――っと友達に用事が出来たから、また今度でも良い?」
 口を開けた瞬間、咲夜さんがすごい勢いで倉本君の同席を承諾しようとする――のを、私は咲夜さんの言葉を止めるために、妹さんほどではないけれど掴んでいた腕に思いっきり力を加える。
「そっか。なら仕方ないか。今日の統括会の時に話してくれたら、力になれそうなら力になるから」
「女同士の話だし、男子は下手に首を突っ込まない方が良いよ」
 私の断りに倉本君は残念そうにするけれど、女同士の話。間違い無く男子は知らない方が良いと思う。
「じゃあ購買で何か買って、人の少ない所でじっくり話、しよっか」
 倉本君を見送った後、いつものグラウンドの方に足を向ける。


 今日は咲夜さんとじっくり話がしたいからと、テーブルを挟んだ正面ではなく、私のすぐ隣に座ってもらう。
「あのさっきの倉本君への返事はどう言うつもり? 私、朝のうちにちゃんと咲夜さんに話があるって言ったよね」
 そして短い昼休み。前置きなしで本題に入らせてもらう。
「確かに聞いたけど……」
「はぐらかさないで答えてよ」
 煮え切らない咲夜さんの態度に声を一つ下げる。
「違う。あたしは何も会長と愛美『咲夜さん。私は、その話は聞かないって言ったはずだけれど』――っ」
 何を勘違いして、私が咲夜さんを叱る場にしようとしているのか。
「私が聞きたいのは、何で二人だけで話がしたいって言ってんのに、倉本君を巻き込もうとしたのかって事なんだけれど」
 何となくだけれど、私に怒りをむき出しにした妹さんの心境が分かる気がする。
「……正直。今の愛美さんが怖いから誰でも良いからもう一人いて欲しかった」
 それはそうだと思う。私は今、ものすごく腹立っているのだから。
「私が、今、何で怖いのか、咲夜さん分かってるんだよね」
 せっかく購買で買って来たいつも食べているおにぎりに咲夜さんが全く手を付けない。
「……だいたいは」
「咲夜さんちゃんと答えて。分かってるの? 分かってないの?」
 緊張からか、恐怖からか……咲夜さんの唇が渇いているのが分かる。
「……あの男子の事……」
「咲夜さん。私の気持ちを聞いて、あのメガネに咲夜さんから私の気持ちをちゃんと話すって自分から言ってくれたんじゃないの?」
 今思えばあの女子グループと私が一触即発の空気になった時も、大慌て手で咲夜さんが止めに入ったっけ。
 確かあの時もあのメガネの私に対する断り、私を振った事が遠因になっている事に気付く。
「だからあたしは何回も愛美さんに正直に話そうとしたじゃん! それを何回話そうとしても“その話は今は聞かない”って事あるごとに断ったのは愛美さんの方じゃん! あたしの気持ちなんて何にも分かって『甘えんなっ!』――っ!」
 咲夜さんの言葉を途中でぶった切った私に対して、どんな感情が渦巻いているのか体を震わせる咲夜さん。
 何が咲夜さんの気持ちなんて何も分かって無いだよ。分からないからいつでも聞くってちゃんと言ったはずだし、何より
「私が話を聞かない事と、あのメガネの話を他クラス、優希君のクラスでわざわざ言う必要があったの? 私が聞かないからって優希君に言う必要あったの? なんか関係あんの?」
 それって咲夜さん自身を叱って欲しいだけで、理由をこじつけただけじゃないのか。
「私は優希君ともちゃんと話をして、ある程度の話のいきさつはしってるよ。それでも、咲夜さんの迷い、懊悩は分かるから私も前に言った通りギリギリまで我慢する。だけれど、それを言い訳にすんな」
 楽になりたい気持ちはわかる。だけれど楽になったら今の気持ちを絶対に忘れてしまうだろうし、何でもかんでも咲夜さんの言い訳とかを聞き入れてしまうと、それは対等な関係でもなくなってしまうかもしれない。私で楽になる事を覚えると、今、咲夜さんが悩んでいる事、咲夜さんの本音が、私に依存する形になってしまって、無くなってしまうかもしれない。
 だから話

ならいくらでも聞くと言っているし、咲夜さんから話しかけて来たのを私は断った事は無いはずだ。
「あのメガネの事も咲夜さんから言い出してくれたから、信用してお任せしたのに、今になって優希君に言った事に対して、良心の呵責に苛まれたからって、私のせいにするの? 私のせいにして、私が“悪者”になって、それで咲夜さんの気が済むんなら、私は別にそれでも良いよ。でも同じく咲夜さんから“あたしに任せて欲しい”って
言って来た実祝さんの事は? これも自分から言い出した事なのに、私が仲直りをしてくれなかったって人のせいにするの? 咲夜さんの中で実祝さんとの「関係」ってその程度の物なの?」
 あの日、廊下の端の踊り場で

と言い返してきた咲夜さんの姿は無い。
「分かった。咲夜さんが何も答えたくないのなら良い。私の方も相談や気持ち、懊悩はいくらでも聞くけれど、咲夜さんを叱ったり、そう言う話を聞くつもりは今はまだ無いから」
「どうして? どうして愛美さんはあたしを叱ってくれないの? 責めてくれないのっ! 愛美さんはあたしにどうして欲しいのっ!」
 咲夜さんの目から涙が一筋零れ落ちるのを目にすると、私の心がどうしようもなく軋むのと同時に、私は本当に自分自身が考えていた事が起こりそうなのかと、咲夜さんにバレない様に、体を小さく慄かせる。
 だけれどこれは私が招いた事でもあるのだから、私までつられて涙を流すわけにはいかないし、さっきも言ったけれど、咲夜さんにもちゃんと自分の心、気持ちがあるのだから、何より私は咲夜さんと友達でいたいから、咲夜さんとは依存関係にしてはいけないと思うのだ。
「咲夜さんにはちゃんとした心があるのだから、それを私が強制する事は出来ないよ」
 本当なら今すぐにでも女子グループとの繋がりを断って、私たちと毎日楽しく過ごせるように仲良くして欲しい。
 蒼ちゃんとも仲直りをして、以前のように毎日教室で楽しくおしゃべりをしながらお弁当を食べたいって言いたい。
 集団同調の輪から外れて “協調調和” の考え方 “多様調和” の考え方をして欲しい。
 だけれどそれを私が口にしてしまうと、形を変えた同調圧力と何ら変わりないと思うし、依存の始まりに本当になってしまうと思うのだ。
「あたし、誰と、どのように、接したら良いのか、もう全然分かんないよ」
 本当に迷っているのが分かる。だから私は咲夜さんに実祝さんを最後まで任せたいと思ってしまうのだ。
 あの集団の中にいる咲夜さんと違って、私に対しては

と物を申してくる咲夜さんを知っているから、私は咲夜さんを信頼したいし、多様調和の考え方をしてくれるのを(こいねが)うのだ。
「本当は私の中ではルール違反なんだけれど、一つ教えておいてあげる」
 だからどうしても私の気持ちが漏れ出てしまう。甘い部分が顔を出してしまう。
「……何?」
 私の空気が変わったのを肌で感じたからだろうか。目は真っ赤にしたまま、涙が止まったその瞳の中から、恐怖を無くした咲夜さんが私に聞き返す。
「咲夜さんが知っているのか、気づいているのかは知らないけれど、咲夜さんがいない時、あの二つとものグループ、実祝さんに対して相当酷い事言ってるからね」
 ――言葉により暴力は目に見えないから、証拠が残らない――
 同時に穂高先生の言葉も思い出して、私の体に鳥肌が立つ。
 それほどまでにあの腹黒教師の言う通りの状況に酷似している。
「……うん知ってる。知ってるけどあたしじゃもうどうにもならないよ。でも今朝の事は実祝さんは、愛美さんが助けてくれたって、すごく嬉しそうに話してくれた」
 と言う事は今日まで咲夜さんなりに色々はしてくれていたって言う事なのか。
――愛美さんのいない所で実祝さんかなり言われてるよ――
 確かに以前そんな事を言っていたのを思い出す。それに最近の咲夜さんと咲夜さんグループを見ていると、正直もう友達とは言えないと思う。だけれど、これもまた私から言い出す事じゃない。
 つくづくあの連中のやる事は陰湿だと思う。だからいじめや同調圧力は見抜きにくいのだろうけれど。
「……ねぇ愛美さん。あたしに愛美さんのグループに入れって言ってくれないの?」
 ただ、今の咲夜さんの一言に私は心底驚く。
 咲夜さんは自分で気づいてはいないのだろうけれど、答えが出かかっているのかもしれない。
「私はそんな事強要はしないし、集団を作ってるつもりはないよ」
 それはいつか必ず同調を生む。日本と言う閉鎖的な島国だからこその弊害。だから“和”があるのは良い事だけれど、“輪”を意識し過ぎると必ず元の木阿弥になると思う。そうじゃなくて私は協調と言うのか、調和を作りたいのだ。
「……あたしもう少し考えてみる」
「分かった。私に対して赦して欲しいとか、叱って欲しいって話は聞くつもりは無いけれど、咲夜さん自身が迷っている話、悩んでいる話だったらいつでも聞くから」

 今の状態なら蒼ちゃんの咲夜さんに対する気持ち、抱いている感情の話をする必要は無いと思う。
 咲夜さんなら、今、蒼ちゃんが持っている感情を杞憂にしてくれると信じられるから。
「愛美さんはやっぱり優しいのに厳しいよ」
 そう言って目は赤いけれど、私に笑顔を見せてくれる。
「じゃあ残り時間は少ないけれど、急いでお昼しよっか」
「そうだね」
 結果だけ見れば倉本君とのお昼も回避出来て、咲夜さんと話も出来た。
 到底納得出来る話でも無かったけれど、あのメガネの話も聞くだけは聞けた。
 優希君との間の誤解もケンカも無くなっているから、これ以上は望むべくもない訳で。
 私と咲夜さんは午後の予鈴が鳴り響くギリギリまでお昼を食べて、慌てて午後の授業を受けるために教室へ戻った。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「愛ちゃん。本当は昼休み

人と何を話したの?」
          蒼ちゃんの中で決まりつつある印象
      「……少し待たせる事になるが、ゆっくり話。しような」
                 先生の願い
      「統括会の人間が屁理屈をこねるようでは話にならんな」
              頭ごなしに決めつける先生

         「養護教諭が口を割らない理由が分かりました」


      82話  鼎談(ていだん) ~大人の責任・子どもの権利~
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