第71話 人のために強くなると言う事 ~親友と信頼~ Aパート

文字数 4,825文字


 午後の授業はあっという間に終わってしまった。別に寝ていたとかそんなんじゃない。ちゃんとお揃いのシャーペンでノートも取ってるし、教科書・参考書・プリントにもマーカーやカラーペンでチェックも入れてる。
 ただ授業中は何も考えずに集中しているだけで良いから、私としては授業中が落ち着くし、楽だったりするからずっと授業が続いてくれたらと思わない事もない。
 慶や咲夜さんが聞いたら即答しそうではあるけれど。
 そして迎えた終礼の時も、特に用事も連絡事項も無いのに担任がこっちを見てくるから、咲夜さんグループが嬉しそうに
「先生って確か独身でしたよね」
 先生に確認したかと思ったら、
「今そんな話関係ないだろ! 俺の事を考える暇があるのならこの前聞いてきた国語の問題を考えとけ」
「じゃあなんでいつも岡本さんの方ばっかり見てるんですか?」
 先生の言う事には耳を貸さず私の方を見ながら、質問は先生にする。
「いや俺は岡本に――」
 先生が何を言いだすのかピンと来た私は、先生が全てを言ってしまう前に、言葉を遮るように席を立って
「後で話があるので廊下で待っていて下さい」
 私は失望を隠すことなく先生を見た後、蒼ちゃんの方に意識を移すと蒼ちゃんも蒼ちゃんで遠慮する事無く軽蔑の視線を先生に送っていた。
 そして私の発言に、中身も何も知らない咲夜さんグループと例のグループが沸く。
 色々思っている先生とは違ったりと、打ち明けるだけで紆余曲折と言っても良い程色々あったけれどそれでもちゃんと保健の先生に相談して、蒼ちゃんのアザも見て、証拠がない今は絶対に気付かれるわけにはいかない。
 だから下世話な勘違いをしていてくれた方が、好都合だからと、どう考えても授業中のラクだなと疲れ気味の体と共に一度席に腰掛けて敢えて放っておく。
「取り敢えず来週からのテスト、万全の態勢で挑むように。解散!」
 その間に先生が強引に終礼を終わらせてしまったから、
「……」
 蒼ちゃんに目配せをして二人で先生の所へ向かう。
 当然その様子をさっきの咲夜さんグループの煽りもあってクラスの半分くらいが見ている。
 その視線を嫌がった私は、階段付近の踊り場まで蒼ちゃんと一緒に移動して
「先生。お願いですから私の方を見ないで下さい」
 先生が何かを言う前に、こっちの言いたい事を先に言わせてもらう。
「俺は岡本に聞き『だからその事はもう良いって言ったじゃないですか! それにどうしてクラスの中でそう言うのを匂わせるんですか!』――」
 私は誰にも言わないで下さい、忘れて下さいってちゃんと言ったのに。先生が私の話を何も聞いてくれていない。
 この後は楽しみにしていた優希君との時間だからと我慢していたのに、歯を食いしばって感情が溢れないようにしないといけない。
「それは悪いと思ってる。でも岡本は俺と話したがらないし、俺の事も信用してないだろ。だけど俺だってこのクラスの担任として、悩んでいる生徒の相談に乗らないといけないんだ」
 なのに先生は気にしてくれているはずの私の事も、クラスの事も何もわかってくれていない。そんな先生相手に何を信用しろと言うのか。
「――っと! ……義務で相談を受けるくらいなら受けてもらわなくて結構です。実祝さんの事もなんとかします」
 私が喋ろうとした時、蒼ちゃんがまた私を後ろへ押す。 
 だから私は先生がどこを見たのか分からなかったから、先生を睨みつけるように言葉を続けた。

 それならたくさんの矛盾もあるけれど、真剣に実祝さんの事で悩んでくれている咲夜さんの方がまだ信じられる。
「教頭先生に言われたからとか、そんな義務感からじゃないんだ。前から俺に相談しようとしてくれていた岡本の話をもう一回聞きたいだけなんだ。養護教諭に言った事を俺にもう一度聞くチャンスをくれないか?」
 ここでも教頭先生……か。ただ今はそこに思考を割いている暇はない。
「愛ちゃん? 保健の先生に相談って、ひょっとして蒼依の事なの?」
 あまりにも相談相談って言うから、一番知られたくなかった蒼ちゃんについに気付かれてしまう。
「……」
 私は一番の親友に嘘をつきたくなくて、返事に窮してしまう。
「なら(つつみ)も一緒に誰にも聞かれない場所でもう一度だけで良いから話を聞かせてくれ」
 そして何を思ったのか、先生が私の考えうるかなり悪い方へ話を持って行こうとする。
 私は蒼ちゃんに余計な負担を、これ以上の気苦労を、悩みを抱え込んで欲しくないと注意して、注意して話をする人を選んで進めていたのに……私は目から感情があふれてしまう前に腕を振りかぶった時、それよりも早く先生の頬から乾いた音が響く。
「蒼……ちゃん?」
 まさかの蒼ちゃんの行動に驚いている先生には全く目もくれずに、私の方を振り返って
「愛ちゃんは駄目だよ。蒼依の夢にこの先は必要ないけど、愛ちゃんは今もそのために頑張ってるんだから。それと今まで蒼依のためにありがとう」
 私の背中に手を回してくれる。
「今まで隠していてごめんね」
 もうこうなってしまったら話してしまうしかない。保健の先生にもその方が話しやすくなるかもしれない。
 でもそれはもう完全に私の手から離れてしまう。今まで私が一番の親友で一番分かっているつもりだったのに、先生の一言で私の今までが壊された気分になる。
 私は先生の前で涙を見せるもんかと強く想いはするけれど、涙声だけはどうにもならない。
「ううん。蒼依は愛ちゃんに何も隠し事なんてされていないよ。だって蒼依は今の話は何も聞いていないんだから。ただ蒼依は、愛ちゃんを見る先生の視線が許せなかったからビンタしただけ」
 なのに蒼ちゃんが私に優しい事を言うから、今度こそ涙が――
「だから蒼依は今まで通り愛ちゃんには何も言わない……そして愛ちゃんが先生を信用出来ないって言うなら、先生にも何も言いません」
 ――こぼれそうになった時、私にも先生にも何も言わないと、口を閉ざすと言う蒼ちゃん。
「だから先生はもう愛ちゃんの事をそんな目で見ないで下さい」
 そして私から離れてきっぱりと言い切ってしまう蒼ちゃん。
 蒼ちゃんがここまではっきりと私以外の他人に言うのを初めて聞いたのなら、私も泣いてはいられない。
「何度言われても先生には絶対に喋りません」
――もし巻本先生が何かを耳にしていたら口止めをしておかないといけないから――
 そう言えば保健の先生も担任が知っているかもしれない事を警戒していたっけ。
 あの保健の先生は絶対に好きにはなれないけれど、不本意ながら今はその保健の先生の力を借りる事にする。
「次に用事も無いのに私の方を見たら、今までの事を含めて保健の先生に相談します」
 私と蒼ちゃんの二人に断られた先生が、今にも泣きそうな覇気の無い雰囲気で職員室へ戻って行く。
 本当なら泣きたいのはこっちなのに。
 先生の背中を見送るのも程々に、
「あのさっきのは――」
 私にも先生にも口を閉ざすと言い切った蒼ちゃんに声を掛けようと、
「――愛ちゃんが蒼依のためにすごく悩んでくれたのは『それじゃぁ――』――嬉しいけど、腕の事は夕摘さんと仲直りをするまでは言わないって約束だったよね? それに愛ちゃんは信じたんだよね」
 したところで、蒼ちゃんが先回りして結論を口にしてしまう。
 確かにその時は私は納得していたはずなのに、今ではどうしてこんな事になっているのかと思わずにはいられない。
 優希君の待ち合わせもあるからそのまま教室に向かう途中、ただ私は蒼ちゃんの力になりたいだけなのに、それがままならない。私の肩が落ちるのを見ていたのか
「だから腕の事もアザの事も何も言わないけど、愛ちゃん的に言うと

蒼依も協力するよ」
 それだけを言い残して教室の中に入って行く。


 結局その後は戸塚君の所へ行くからと手早く帰る準備を済ませた蒼ちゃんが、先に教室を出て行くのを見送ってから、教室内に残っていた生徒から若干の視線は感じたけれど、約束している優希君との待ち合わせ場所である自転車置き場へと向かう事にする。

 私は待ち合わせ場所へ行く前に念のため、お手洗に寄って目元を中心に念入りに確認してから昇降口で靴を履き替えていると
「優希先輩、ワタシについてくれるって言ったじゃないですか」
「いやだから今日は朝の内に先約があるってメッセージを送ってるって。あとその呼び方は辞めてって」
 不愉か――雪野さんの声が聞こえる。
「その相手って誰なんですか? 結構時間が経つのに誰も来ないじゃないですか」
 だから私の方から隣の下駄箱に移って、
「遅れてごめん。ちょっと教室で色々あって」
 声を掛けると、ポケットに手を入れている優希君が、下駄箱にもたれかかるようにして、雪野さんに腕を掴まれて動けないでいるのを目の当たりにする。
 私の事を見た優希君がポケットから手を出して、
「愛美さん。今日はもうちょっと早く来て欲しかった」
 文句を言いながらホッとした表情で、私の方へ来てくれる。
 優希君を目で追った雪野さんが不満の表情をありありと浮かべて、
「待ち合わせに遅れるのは良くないんじゃないですか?」
 そのまま私に不満をぶつけてくる。
「先生にどうしてもしないといけない話があって遅れてごめんね」
 でも私はそっちには取り合わず、優希君に謝る。
「……ううん。でも約束の時間に遅れた訳じゃ無いから。ただ……ね」
 そう言って最後は小声で、雪野さんの方に目配せをする。
 そして当の優希君がそれで良いって言ってくれればそれで問題ないはずなのに、
「納得できません。だいたい優希先輩とワタシは出来るだけ一緒に行動する様にって会長が言ってたじゃないですか」
 さっきも思ったけれど、何で人の彼氏を勝手に名前呼びしてるのか。ちょっと馴れ馴れしすぎると言うか、距離も随分と近すぎる。私が役員じゃ無ければ、間違いなく足が出てる。
「その呼び方は前から

欲しいって言ったのに、何で今日また呼ぶの?」

って言う割には岡本先輩はそう呼んでいますよね」
 そんなの当たり前に決まってる。だって私たちはもう恋人同士なんだから。
 ただ、優希君からは言いにくいと思うから、
「取り敢えず学校内

倉本君の言う通り、一緒にいるって言うんなら早く校門を出よ。あと呼び方については優希君との信頼「関係」が足りないんじゃない?」
 早く邪魔も――優希君と二人きりになりたいからと、下校を促しながら代わりに私が答える。

って……今日も優希先輩にはワタシのお弁当食べてもらってます」
 優希君を挟んで左右に私と雪野さんが校門までの間、陣取るけれど、統括会の時より人の話を聞かない気がする。
 雪野さんの香水の匂いが薄いとは言えどうしても鼻につくから一歩離れて歩く私は、優希君の前だからと雪野さんの一言一言にイライラが募るのを我慢しているのに、
「優希先輩。どうしてポケットから手を出してくれないんですか? これじゃあ手を繋げないじゃないですか」
 そう言って優希君のポケットから手を出そうと、優希君の腕をベタベタと触る雪野さん。
 一方私の方が手を繋ぎたいのだけれど、ポケットから出てい左手にはカバンがあるから、私の方も繋げない。
 いい加減私が物申そうとしたところで、
「じゃあ雪野さんはここで。今日は愛美さんと約束があるからこれ以上は困らせないで欲しい」
 優希君がぴしゃりと言い切ってくれる。
 だから私はこの場は優希君に任せようと、余計な事は口出しせずに黙って見る事にする。
「……分かりました。今日の所は我慢しますけど、明日のお昼また今日のお弁当の感想を聞かせて下さいね。ワタシ優希先輩の好みの味を覚えますから」
 そう言って呼び方を訂正する間もなく、まるで私なんて初めからいないかのような振る舞いで帰って行く。

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