第73話 統括会 ~マネジメントの難しさ~ Aパート

文字数 6,319文字


 自分で言うのもなんだけれど、朱先輩から教えてもらってる通り周りを見て、その人に出来る限り寄り添って行動・話をしているはずなのに、どうして私が意地っ張りと言われないといけないのか。
 午後の授業が終わって終礼の時間に入ってもまだ納得がいかない。それに私の事を乙女だと言ってくれてた蒼ちゃんからも“頑固”だなんて言われるとは思っていなかった。だいたい乙女と“頑固”って絶対に合わないとも思うんだけれど。
 それならどうあっても腕を見せてくれない上に、口も割らないって頑なに教えてくれない蒼ちゃんの方がよっぽど頑固だと思う。
 蒼ちゃんの事も咲夜さんの事も納得がいかない私が、明日朱先輩に勉強を教えてもらう時にでも、一度聞いてみようかと終礼が終わるまでの間ずっと考えていたのだけれど、一昨日の蒼ちゃんからのビンタが余程堪えたのか、あれからほとんど先生の視線を感じないまま
「それじゃあ来週からの試験。みんな全力でな! それじゃあ解散!」
 今週の学校が終わる。


 今日の夕方から慶の希望もあって蒼ちゃんも一緒に、私の家でテスト勉強をする事になっているからと
「じゃあ蒼依は先に帰るから、終わったら連絡ちょうだい。蒼依が作ったお菓子、持って行くからね」
「うん分かった。楽しみにしてるよ」
 私の所へ来て、一言約束の確認をするだけのはずなのに、
「やっぱりケンカしても姉弟だねぇ。今日は勉強会なのに蒼依のお菓子を楽しみにしてくれてるんだから。そう言う所、慶久君にそっくりだよ」
 あろう事か私と慶が姉弟だと言うほどには似ていると言う。
 もちろん私としては家族との繋がりを感じられて嬉しいと言えばそうなんだけれど、あの慶とそっくりだと言われるとやっぱりちょっと複雑だったりする。
「私、慶みたいに乱暴じゃないよ」
 最近でこそやっと大人しくなっては来たけれど、機嫌が悪くなるとまだ結構な言葉も使ってくる。
「そんな事言っても、慶久君のご飯を作るようになって以来、口で言うほど嫌じゃないんだよね」
 なのに蒼ちゃんの方は安心した表情と合わせて、私の事なんてお見通しと言わんばかりの言い方をする。
 お互いの事がよく分かる以心伝心の仲と思えば、これ以上嬉しい事は無いけれど、こんな時はむず痒くてどうにも居心地が良くない。
 私が不満そうに口を閉ざしていると、蒼ちゃんが小さく笑みを浮かべて
「愛ちゃんも意地っ張りなんだから」
「ちょっと蒼ちゃん――」
 それだけを言い残して帰ろうとするから、それだけは訂正したくてと言うか納得がいかなくて蒼ちゃんを呼び留めたのだけれど
「――それじゃあ蒼依は先に帰って準備してるね」
 そのまま訂正も納得もさせてもらえずに帰ってしまう。
 私はこの後の勉強会で改めて訂正をさせてもらおうと蒼ちゃんを見送って、優希君の事なんかで間違いなく一波乱ありそうな統括会のため、役員室に足を向けたところで、
「永久就職先が決まってるからって、ちょっと余裕かまし過ぎじゃね」
「あ~あ。捨てられたら最高なのにな」
 咲夜さんグループの方が、私に向って言ったような気がしたから
「……」
 私が振り返ると、
「なんだよ。別に岡本の事も姫の事も言ってないだろっ」
 及び腰で、言葉だけは強気に出る。
 ただ、誰の事を言っているのか分かった私は、私を不満そうに見ている咲夜さんに、朝のやり取りは一体何だったのかと言う意味を込めて睨みつける。
 それ以上はあまり時間もないし、何より蒼ちゃんの事だと明言したわけじゃないから、間違いなく暖簾に腕押しになるかと思って少し歯噛みをして、役員室の方へ足を向ける。


 私が役員室へ着いた時には、教室で蒼ちゃんと喋っていたからか、倉本君以外の全員が揃っていた。
「あ! 愛先輩! お昼はありがとうございました」
 そんな私に彩風さんが一番に声を掛けてくれたから、
「優希君も雪野さんもお待たせ」
 私も二人に向かって挨拶をするも
「……別に遅くは無いよ」
「……」
 どうしてかは分からないけれど、間違いなくご機嫌が悪そうな優希君からの挨拶はそっけなくて、雪野さんに至っては挨拶する気すらなさそうだ。
 私が全員揃ってから話を聞こうと一旦炊事場の方へ足を向けかけたところで、
「冬ちゃん。返事くらいはした方が良いって。先輩に失礼だって」
 明らかに険のこもった声で言う。
「失礼なのは先輩と霧ちゃんの方じゃないですか。いい加減にしてください」
 一方の雪野さんの方も取り付く島がない。
 私は小さくため息をついて、今日はやっぱり荒れるのを覚悟のうえで、飲み物を用意するのを辞める。
 私は仕方なしに元の席について、
「優希君機嫌悪い? 私、何かした?」
 明後日の方を見て不機嫌そうなと言うか、何となくヤキモチを妬いてくれている時と態度が似ているから、何となくわかりはするけれど、その理由に――ひょっとして倉本君と二人だけでお昼した事を気にしてくれているのかもしれない。
 だとしたらちょっと嬉しいけれど今、顔を見て喋って貰えないのは寂しい。
「優希君後で――」
 時間ある? って聞こうとした時
「人の話を聞かない岡本先輩に愛想を尽かしたんじゃないですか?」
 よりにもよって自分の事を棚に上げた発言をする雪野さん。
「ちょっと冬ちゃん! いい加減にして」
 彩風さんの言葉を止めて、私がいつもの通り雪野さんは黙っててと口を開きかけたところで、
「僕が愛美さんに愛想を尽かすとか、雪野さんもあんまり適当な事は言わないで欲しい。ただ僕は愛美さんに聞きたい事と……思う事があるだけだから」
 そう言って改めて私の方を不機嫌そうに見る優希君。
 間違いなく倉本君との事を見るなり聞くなりしたのだろうけれど、
「後で二人で――」 
 もう一度声を掛けたところで
「スマン! 美術部の方に完成のポスターを取りに行ってたら遅くなった」
 倉本君が駆け込んでくるから、また私の言葉が遮られてしまう。
 そして私と目を合わせた倉本君が席についてしばしの間、私を見つめてくるのを優希君は面白くなさそうに、彩風さんは悔しそうに私の方を見てくる。
 ただですら多分だけれど倉本君のせいで優希君の機嫌が良くないのに、そう言うのは本当に困るから辞めて欲しい。
 私は一刻も早くその視線から逃れたくて、
「今日の統括会は? それと、それが完成のポスター?」
 B3ほどの大きさになっていた倉本君の手にあるポスターに視線を逸らして、そのまま議題へと入らせてもらう。
「どうして会長じゃなくて、岡本さんが統括会を進めるんですか?」
 すると面白くなさそうに優希君の方を見ていた雪野さんが、私に抗議してくるけれど
「いや大丈夫だ。問題ない。それよりポスターの方は結局霧華の案をほとんどそのまま使わせてもらった。ありがとうな霧華」
 そう言って隣に座っていた彩風さんの頭を撫でる倉本君と、照れながらも嬉しそうにする彩風さん。
 これでどうして彩風さんの魅力に気付かないのかが分からない。
「じゃあ後はポスターを掲示していくだけだな」
「ああ。部活棟の各階にある掲示板はもちろん、本棟の各階にも掲示をして行って――」
 そう言って結局10か所程掲示する旨を、学校側にそのまま伝えて来たと言う。
 このそつなさと言うか、効率も指導者には必要なのかなと、倉本君の方を見るともなしに見ていると
「……」
 倉本君に誤解されたらたまらないと思い、慌てて視線を逸らすと、やっぱり拗ねているっぽい優希君と視線が合う。
 さすがに今のは私が悪い気がしていると、
「そう言えばさっきから不機嫌そうに黙っているけど、何かあったのか?」
 不機嫌と言うから一瞬優希君かなと思っていると、
「そんなポスターまで作ってるのに、生徒の意見を聞かない意味が分かりません」
 不機嫌そうにしている理由を雪野さんが一息で言ってしまう。
「だからそこまで言うなら先生に直接言って取り締まって貰えば良いじゃない。どうして無理やりそれをこっちで聞こうとするの?」
「“生徒に気持ちよく過ごしてもらうため” に、 “生徒の意見に耳を傾ける” って普通の事じゃないですか!」
「一人の生徒がそれで気が済んだとしても、言われた他の生徒が気持ちよく過ごしてもらえないんなら同じじゃない!」
 そこから2人の言い合いが始まるけれど、
「はい。彩風さんも少し落ち着いて」
「でも愛先輩! アタシの言ってる事おかしいですか?」
 私が彩風さんを落ち着かせる間、優希君が雪野さんの方をなだめにかかっている。
「彩風さんの言いたい事も分かるけれど、それじゃあ駄目だよ」
「駄目ってじゃあ冬ちゃんが正しいんですか? 皆が楽しく過ごせるようにって言うのが統括会の方針じゃないんですか?」
 一方私が否定すると、遠慮する事無く私に不満をぶつけてくる彩風さん。
「霧ちゃんだって先輩に対して失礼な言い方してるじゃないですか! なんでワタシばっかり言われないといけないんですか? 人の事を言う前にまずは自分がお手本を見せて下さい」
 このやり取りが耳に入ったのか、優希君に宥められながら雪野さんが彩風さんに文句を言う。
「アタシは愛先輩と喋ってるんだから、ちょっと冬ちゃんは黙ってて」
 雪野さんの言葉に慌てて優希君が雪野さんをなだめる一方、それに対して彩風さんもぴしゃりと言い切る。
「彩風さんも今は私と話してくれてるんでしょ? だったら一旦雪野さんの事は良いから」
 だからこっちも彩風さんをなだめてから改めて、言いたい事を素直に言える事は時に喧嘩を生むかもしれないけれど
 ――必ず得られるものはあるから――
 もう何回目か実祝さんのお姉さんの言葉がふと浮かぶ。
 それは雪野さんにとっても良い事だなと改めて思いながら、私は先週の事を彩風さんに思い出してもらう。
「こっちが正しいからって、こっちの意見を押し通してしまったらどうなる? 相手はどう思う?」
 根本を理解している彩風さんだから、
「それは確かにそうですけど……」
 不満は残しても、それ以上の言葉は彩風さんの口からは出なくなる。
 それを見届けた後、
「雪野。先週俺が言ってた仲介と折衝の事、考えて来てくれたか?」
 倉本君が雪野さんに質問する。そう言えばそんな話もあったなと今思い出したのだけれど
「仲介は主に個人間での意見や考え方の対立に対して、間に入って取りまとめる事。折衝は主に組織間での交渉やかけ引きの事です」
 雪野さんは覚えていたのか淀みなくスラスラと答える。
「なんか辞書を引いてそのままの意味を覚えて来たような口ぶりだが、雪野。その説明と雪野の普段の言動から(かえり)みて、バイトをしている生徒と、雪野の友達だったか、両方ともうまく仲介できるのか?」
 あくまで自分で考えさせて、自分で答えを見つけられるように導こうとする倉本君。これも中々出来る事じゃないと思う。
 ここまで話を聞けば意図は分かるけれど、先週の時点では全く分からなかった。
「……」 
「両方って……校則にある以上はしょうがないじゃないですか。それに知らせてくれた人にも悪いと思うんですけど」
 一方雪野さんも当たり前と言う表情をする。
 少し変わったのかなって思う部分もあるけれど、なかなか目でハッキリと分かる形にはならない。
 元々このニアンスはちゃんと理解していないと分かりにくい分、余計にハッキリと分かるまでに時間がかかる。
 だから何とか形として分かるまでどうにかしたいと思わない事も無いんだけれど、
「もうこれだけ清くんが言っても、愛先輩が言ってくれても駄目ならいくらこっちがフォローしても意味ないって。副会長に毎回二年の所に来てもらうのも悪いから、もうこんなの辞めようよ」
 そんな思いもまさかの彩風さんの言葉で吹き飛ぶ。
「なっ?! なんで優希先輩との事を霧ちゃんに言われないといけないんですかっ!」
 それを聞いた雪野さんが長テーブルに両手をついて立ち上がって、彩風さんを見返す。
「何でって……二年の中じゃもう完全に副会長の彼女は冬ちゃんって事になってるの。副会長もそれで良いんですか!」
 まさかの話。いや一度は懸念していた話でもあったけれど、まさか本当に既成事実化しているとは思わなかった。
 もちろん優希君の気持ちは嬉しいし、伝わってはいる。だけれど、それとこれとはやっぱり別で、聞き流す事も納得も出来ないから、せめて優希君の口から聞きたかったのだけれど、
「分かった。そこまで言うなら空木は今を持って雪野のフォローを辞めてもらっても良い」
 倉本君の説明に雪野さんが食って掛かる。
「どういう事ですか! さっき会長が自分で両方の仲介の話をしてくれたんじゃないんですか!」
「確かに言った『なのに、ど――』――その後二週間に渡って見てたが、雪野はやり過ぎだ。それに空木のフォローも機能していないように見えたからだ」
 それに対して倉本君が正面から言い返す。
「……」
 だけれど何でも言い合える仲の彩風さんとは違い、色々考えているのだろう雪野さんは、会長を睨むだけだ。
「後、ついでに今言ってしまうが、来週テストが明けたら各一人ずつメンバー五人全員、面談を実施すると教頭から通達があった。面談者は教頭と生活指導。ただ面談とは言っても今回は鼎談(ていだん)方式だそうだ」
 ただその倉本君の口から出た言葉は更に驚きの話だった。
 みんなの驚いた顔を見て倉本君が補足説明をする。
「最近の役員の行動が目に余ると言うのが、学校側の見解で、一部の生徒からの苦情もあったらしくてな、それで役員としての意識を確認したいそうだ」
 つまりはそう言う事か。
 本当に生徒からの苦情があったのかは定かではないけれど、下手したら本当に雪野さん交代の反対の理由を話さないといけないかも知れない。
「それってワタシのせいなんですか? だから優希先輩をワタシから外すんですか?」
「ちょっとさっきから黙って聞いてたら。何で冬ちゃんが被害者みたいな言い方をするの? 何もかも全部自分が原因じゃない」
 よっぽど腹を立てているのか、彩風さんの語気が相当きつい上に強い。
「ちょっと霧華も落ち着け」
「でも――」
「でもじゃない。これはチームの問題だと何回も言ってるだろ。だからその言い方は辞めろ」
 その倉本君が彩風さんを少し強めにたしなめる。
「話がそれたが、雪野のせいではあるが、雪野一人のせいじゃない。雪野に伝え切れていなかった俺にも落ち度はあるし、フォローしきれていなかった空木にも原因はある。だから雪野一人の責任じゃなくて、あくまでチーム全体の問題なんだ」
 その後、雪野さん一人だけに責が及ばない様に具体的に挙げながら、それでも言わなければならない事ははっきりと伝える倉本君。
「だから今度は俺と岡本さんで雪野のフォローをする。だから空木は霧華を頼む」
 そして当初彩風さんが口にしていた組み合わせに変えてしまう。
 彩風さんもそれを覚えているから、何かを言いたそうにしているけれど口を開く様子はない。
「ちょっと倉本。僕と愛美さんで雪――『あっ! ちょっと雪野……さんっ!』――っ!」
 席を立ったままだった雪野さんを、役員室から出て行くギリギリのところで捕まえ損ねた私が、いつの間にか手にしていたカバンを持って余程優希君と離れるのが辛かったのか、役員室を飛び出てしまった雪野さんを目で追う形になってしまう。
 雪野さんを捕まえ損ねた私は、そのまま放っては置けないとすぐに、
「優希君は倉本君と水曜日の話をしてて! 彩風さんは一緒に来て! お願い!」
 最小限だけを伝えて、雪野さんを追いかける。

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