第81話 断ち切れない鎖 3 ~迷子の心~ Aパート

文字数 6,224文字


 少し早い目にベッドにもぐりこんだ翌朝、少し頭を抱えるような事もあったけれど、概ねゆっくり出来たと言う事もあって心も体もスッキリしていた。
 いや、少しだけ誇張が入っている。体はスッキリとしていたけれど、今日も昼休みに倉本君が来ることを思うと心も体もと言う訳にはいかない。
 取り敢えず制服に着替えて、朝ご飯とお弁当を用意するために下へ降りる。

 言葉はあまり良くはないけれど、最近は慶の態度も気持ち悪い程丸く穏やかになったから……と言う訳では無いけれど、夜の分だけでなくて朝の分も二人分用意するように――そこでふと気づく。
 倉本君は私と一緒にお昼をするためにお弁当を持って来るだろうけれど、私がお弁当を持って来るのを忘れたと言う事にして、お弁当を持たずにお昼を迎えたらどうなるのか。
 優希君の方は、今日は雪野さんとお昼をするって、昨日の内に教えてもらっているし、彩風さんの方も今日の昼休みに統括会の“鼎談(ていだん)”だっけ。をするって言っていたから、少なくとも二人ともお昼を一緒するって事が無いって言う事は確定しているのだから、よく考えたら今日はお弁当を持って行かない方が良いのかもしれない。
 私は気が付いた自分をほめながら二人分の朝ごはんだけを用意する。

 お弁当は作らないからと早くに出来上がった朝食を目の前に、蒼ちゃんもいないのに珍しくやる気を見せていた慶に、今日のテストに対して一言激励をしてやろうと時間を余らせた私は、椅子に座って何をするでもなく倉本君の事を考えながら起きて来る慶を待つ。
 二期続けて会長職もして、指導力がすごいのもよく分かる。一方で倉本君も人間なんだし、ましてや私たちと同い年の人間なのだから、完璧じゃないのは当たり前だと思う。だけれど自分たちは一つのチームだと事あるごとに言い切っていた倉本君が、どうして五人の関係を壊そうとするのか。
 いや、不倫や浮気と言うのは今ある家族や、恋人との関係を壊すものであって、形は違えど状況は似ているのか。そうまでして一緒になりたい、同じ時間を共有したいと言うのが相手を思う感情なのか……そう思うとやっぱり感情と言うのは、特に好きと言う気持ちはままならない。
 いや、彩風さんとは“まだ”お付き合いをしてはいないのだから、浮気と言うのも違うのか。
 そう考えると本当に幼馴染って言うのは、近いようで遠い存在なのかも知れない。まだお付き合いをしていないとしても、統括会のチームとしてはまとまりは壊れてしまうのか。
 明確な名前の無い、ただの関係だけを表す幼馴染。だけれどそれすらもチームに与える影響は大きい。実際には他人の気持ちなんてわかるはずが無いのに、考えれば考えるほど彩風さんの切ない気持ちが分かるような気持ちになってしまう――
 私がつらつらと答えの出なさそうな事を朝から考えていると、朝に弱い慶が起きて来る。
「おはよう。今日テスト最終日なんでしょ。朝ごはんお姉ちゃんも待ってるから、早く用意して来なよ」
「……んー」
 その慶が寝ぼけながら洗面所へ向かうのを見届ける。
 ――そう思うと完璧でない倉本君も可愛いなと思わない事も無いけれど、彩風さんの気持ちも考えると、本当に人の気持ちってどうにもならない物なんだなって痛感する。
「慶。今日はお父さんだけが帰って来るから、お母さんは帰って来ないよ」
 私が考え事をしている間に、着替え以外の準備を済ませた慶が椅子に座ったところで、一度思考を中断して毎週お母さんの顔を見る度に嫌そうにしていた慶に教えてやると、
「もう俺。しばらくおかんの顔は見たくねぇ」
 嫌そうな表情の中に、ホッとしたような表情を見せる慶。
 気持ちは分からなくはないけれど
「じゃあ今日の夜もお姉ちゃんが作るけれど、何が良い?」
 家事の一切をしない私の家の男二人。優希君の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいくらいだ。
「……何?」
 私は軽く聞いたはずなのに、何故かとても気まずそうにこっちに目をやる慶。
「……なあねーちゃん。また俺にも弁当作ってくれ」
 意味が分からなかったから、何を言い出すのかと慶を促すと、自分のした事が分かっているのかどうかは知らないけれど、言いにくそうに口を開く慶。
「嫌よ。何でお姉ちゃんが慶の分のお弁当まで作らないといけないのよ」
 だけれど私の方は、朝夕のご飯だけは栄養面から考えても作らない訳にはいかないから仕方なしな部分も、いつかは優希君に美味しいって思ってもらえるようなお弁当や、ゴハンを食べて欲しいって思うから、多少は作るのも吝かでもないではないけれど、投げられたお弁当箱の事を考えると、どうしてもお弁当は作る気にはならない。
「今月の後半から夏休みなのに、これじゃあ小遣いが足りないんだよ」
 怪しいとは思ってはいたけれど、やっぱり自分勝手な事を言う慶を見てやっぱり分かってはいないのかと小さな溜息をついて、
「慶のお小遣いの事なんて知らないっての。だいたい毎月お小遣い貰ってるんでしょ」
 親からは少し多めに渡している事も聞いている。
「そうだけど、毎日外で食ったら無くなるに決まってるじゃねーか。ねーちゃんは自分で作ってるから小遣い使わないからって。だからねーちゃんは蒼――俺も家の手伝いちゃんとするから」
 バレバレではあったけれど、ここで蒼ちゃんの名前を出して私の機嫌を損ねたら、話を聞いてもらえないとでも思ったのか、口をついて出そうになった言葉を慌てて別の言葉に置き換える慶。
 だけれど二度投げられたお弁当箱。私の中ではアホらしくなったまま、そこまではしようと言う気は全く無かったりする。
「じゃあ慶も自分で作れば良いじゃない。そしたらこれ以上お小遣いも減らないし、料理出来る男子はモテるだろうから、すぐに彼女も出来ると思うよ」
 だからこれからは自分で作るように仕向けようとすると、
「今日の明日で出来るようにならねーから、ねーちゃんに頼んでんのに、んだよ。クソ姉貴」
 私が作らない事に腹を立てた慶の口が悪くなる。
「なんで慶のお弁当の事で、お姉ちゃんが文句を言われないといけないのよ。そこまで言うなら今日お父さんが帰って来るんだから、お小遣い増やしてもらえるように頼んだら良いじゃない。それに何も出来ない、遊べないって言うんなら、八月までに夏休みの課題を済ませなって」
 やっぱり作る側が文句を言われるなんてアホらしくてやってらんない。下手に作るとか言わなくて良かったよ。
「んだよ、うぜぇ。そんなんだから男も出来ねーんだっつーの」
 前にその事でケンカしたのも忘れたのか、好き勝手な事ばっかり言って早々に学校に行く慶。
「今日でテスト最後なんだから落ち着いて受けなよ」
 昨日の勉強を見て欲しいって言う殊勝な態度は一体何だったのか、私の言葉に返事もせず、やや乱暴に玄関のドアを閉めて、出て行ってしまった。
 私も呆れた気持ちをため息に変えて、学校へ向かう。


 怒って慶が先に学校へ行ったと言う事もあって、朝ゆっくりと話を聞いていたにもかかわらず、いつもよりも少し早い目に学校へ着く。
 今日からはもう通常授業と言う事もあって、昼からの授業もしっかり行われる。
 私は先に準備を終えたところでまばらな教室内、女子グループと、咲夜さんグループの一部が
「今回試験の成績が悪かったら“姫”の責任だから」
「同じクラスメイトを蹴落とすって言うなら、“姫”も絶対に引きずり落としてやるから」
「自分だけ良い子ぶってんなよ」
 今朝も朝から読書をしていて、言い返して来ないと分かっている実祝さんに好き放題の雑言を浴びせている。
 朝も早い時間だから、あのメガネはいるけれど、蒼ちゃんも咲夜さんもまだ来ていない。これで私が来ていなかったら一体どうなっていたのか。
 誰がこの事実に目を向けてくれていたのか。
「おい。何か言葉ないのか?」
 私と実祝さんが喧嘩している事を知っているからか、私の顔を見てもあの咲夜さんグループは雑言を止めない。
 今はあの集団暴言を止める人も、側に寄り添う咲夜さんもいない。
 本当。咲夜さんは自分のいない所で“友達”が咲夜さんグループにまで好き放題言われている事を知っているのか。これは早急に一度確認しようと思う。
 もしこれを知っていて放置しているとしたら、実祝さんの事は任せられないし、知らなかったのなら、そこは咲夜さんが行動しないといけない所だ。
 そうでないと二人の友達としての絆、「関係」はこれ以上強くならないどころか、逆に崩れる原因となってしまってもおかしくはない。
 ただし、今はどちらもいない教室内で、自分の努力不足を平気で他人のせいにしている女子数人。

に何を好き勝手言うのか。
 向こうがそこまで好き勝手言うのなら、こっちも好き勝手言う慶の分のイライラも併せて、私のイライラも好き勝手に晴らさせてもらう事にする。
「ちょっと朝っぱらから大勢いる教室内で、自分がアホって言うのを人のせいにするの辞めてくれる? 聞き苦しいし、気分も悪いんだけれど」
 私が自分の机を軽く蹴って、声を張る。
 私が実祝さんの事で声を上げたのがそんなに以外なのか、驚いた表情を一瞬見せる女子グループ。
 あんたらそんな顔をするけれど、何で私と実祝さんの喧嘩にここぞとばかりに本来何の関係もない人間が首を突っ込んで来るのか。それがややこしくなる原因だって気づけよ。
いや、アホすぎてそれすらも分からないのかも知れないけれど。
 別に優希君がいるわけでも無し、本当なら手加減をしなくても良かったのだけれど、朝一から見境無くって言うのもアレだし、途中で蒼ちゃんや咲夜さんが来るのは確実だから、その辺りは弁える。
 ただ言われた女子グループが殊勝に引き下がるわけがなくて、
「あぁ? 誰がアホだって? もっぺん言って見ろよ」
 二人だと怖いのかいつもの取り巻きをもう一人連れて、私の机を囲む……のを、いや囲まれたのを少し潤ませた瞳で見る実祝さん。
「別にもう一回言うのは良いけれど、男子も増えてきている教室内でその口調、良いの? 男子が引くと思うけれど」
 当然始業時間が近づけば近づくほど教室に入って来る人は増えるワケで。
 蒼ちゃんもいつの間に来たのか、さっきの実祝さんと一緒の表情で、二人ともが私の方を心配そうに見ている。
「オマエさぁ。統括会の役員だからって、何調子乗ってクラス仕切ってんの?」
 だけれどそれに気づかない女子グループは、あまり怖いとは思わないのだけれど、私に対して凄んで来る。
 何が仕切ってるなんだか。アンタらには本来何の関係もないはずなのに、ただのやっかみとか、醜い嫉妬とかで蒼ちゃんに対して、咲夜さんまで巻き込んで、同調圧力を作っているのはどっちだっての。
 それに飽き足らず何も言い返して来ない実祝さんを対象にして、自分の努力不足の責任転嫁までする。
 頭で整理するだけでホント腹立ってしょうがない。何でこんなクラスメイトの為にこっちが頭を悩ませないといけないのか。考えれば考える程増々腹立って来た。
「分かった。そこまで言うなら一対一のサシで話、しようよ。教室の中で“薄汚い言葉”を使わせられないから、まずはあんた一人で廊下来てよ」
 私は続けて憂さ晴らしをさせてもらおうと、廊下で滅多打ちにしようと席を立つけれど、肝心の相手の女子が誰一人として動こうとしない。これじゃあ私の憂さ晴らしも出来ない。
「あたし達三人にビビってんのかよ」
 それどころか自分たちの事を差し置いて、厚顔無恥とも取れる言葉を平気で口にする。
 結局一人だと何も言えない、何も出来ないから“集団”を作って、自分の不安を消したいがために“同調者”を集めて、自分は間違っていないと正当性をつけるために“圧力”をかけるしかない女子グループ。
 これを見てクラスの人達が、たとえ一人でも良いから実は一人一人は大した事が無いと気付いて貰えれば、教室内の空気、

蒼ちゃんや実祝さんを取り巻く空気も変わると思うんだけれど。
「予鈴が鳴るまでは廊下で待ってるから、私と一対一で話が出来るんなら

来てよ」
 その事に気付いてくれたらなと思って、教室中には聞こえるくらいの声量で、ついでに三人で押し付け合いを始めて仲違いの種になればと思い、いつかの放課後と同じように火種も一緒に投げ込んでおく。


 誰も来ないだろうと初めから結論付けて、私が廊下でお昼の倉本君をどうやってやり過ごそうか、朝の実祝さんの事を咲夜さんにどうやって聞こうかと、頭の中で少しの打算を働かせる。
 しかし最近では倉本君の事ばかりを考えている自分にも不満を覚える。
 本当はそんな事よりも、今は誤解の無くなった優希君との事を――
「岡本さん。俺にフラれたからって自棄になったらダメだって。その性格だと男は相手にしないって。顔は可愛いのにもったいない」
――って考えていると、何と優希君との誤解を生んだ張本人であるメガネの方から、私の背中に手を当てて、有り得ないくらいの失礼な事を口にしてくる。
 何でも良いけれど、どうしてこのメガネは事あるごとに私の肩や背中を触って来るのか。私はその手から逃れる為に
「そんなのあんたに言われたくないし、馴れ馴れしく触んな」
 身を(よじ)る。

 その様子を教室の中から見ていた蒼ちゃんと咲夜さんの二人が私ではなく、蒼ちゃんは咲夜さんを無表情で、対する咲夜さんは蒼ちゃんから視線を逸らすようにしているのを、咲夜さんグループがまた見ている。
「触んなって……男子の前では乱暴な言葉遣いは良くないって、せっかく前教えてあげたのに」
 対して目の前のメガネは、一昔前みたいな“女はこうあれ”言わば“男尊女卑”的な事でも言い出すのか。
 私なんてお断りと言った割には、私に対して男子特有の嫌な視線を感じる。
「メガ――メガネにそんな事を言われる筋合いは無いし、放っておいてくれる? それよりも私、メガネに告白なんてしていないし、全く好意も持ってないのに何で勝手な事吹聴してんの?」
 もちろんその視線も不愉快極まりないのだけれど、私から告白したみたいな言い方のせいで、優希君と喧嘩になったのだから、理由だけは聞きたい。
「勝手な事って、俺は月森さんに“なんで岡本さんに話しかけたのか。嫌がっている女子に馴れ馴れしく話しかけるのは良くない”って言われたから、初めに月森さんに相談した手前、“俺の気持ちを最後に岡本さんに伝えた”って言っただけだって」
 まあ今となっては岡本さんを選ばなくて良かったって思ってるけど。なんて本人の前で言うこのメガネ。
 じゃあ今話しかけてくんな――口に出る寸前で何とか止まってくれる。もうこれ以上このメガネと話したくない。
「……」
 それにしてもまた咲夜さんか。
 もう廊下で待っていても、いつの間にか私の机からいなくなっていた例の三人の女子の内、一人も来る気配はないし廊下でこのメガネと一緒にいるのも嫌だと、あまりにもアホらしくなった私は、咲夜さんの元へいつもより静かな教室内の喧騒の中へ入る。
「昼休み。廊下」
 私の声に反応しない咲夜さん。
「返事は?」
 私は咲夜さんの机を蹴って、返事を求める。
「……分かった」
 無理矢理約束を取り付けたところで、朝礼を始めるために先生が教室に入って来る。


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