第74話 お互いの気持ち ~「関係」~ Bパート

文字数 4,864文字


 私と二人だけの勉強会。鉛筆を紙にこする音だけがしばらく続いた後、
「蒼ちゃん暑かったら上脱ぐ? ハンガーあるよ。それに慶もお父さんも入って来ないだろうし」
 もちろんエアコンは入れているけれど、逆に体を冷やして体調を崩すとこの時期は本当にマズいからと、設定温度は高めにしてある。
 正直言えば底意が無いとは言えなかったけれど、うっすらと汗をかいている蒼ちゃんを見て声を掛けたのは本心だったりする。
「大丈夫だよ。暑いのは蒼依平気だから」
 そう言って恐らくは無意識なんだろうけれど、袖口が上がらない様に手首をつかむ蒼ちゃん。
 これだけ頑なだと保健の先生に配慮を求める事も、保健室へ連れて行く事も叶わない。
 もちろん保健の先生を好きになれそうにない私としては、蒼ちゃんを保健室へ連れて行くのも、私の親友をたとえ先生であっても任せてしまうのはどうにも納得がいかない。
「蒼ちゃん

見かけによらず頑固だよね」
 それでもとても悔しい事に、私一人の力じゃ手に負えなくなってきているし、同調圧力・イジメに対する認識・現状の事もあの先生は把握している。
「蒼依

頑固なんじゃなくて、愛ちゃんとの約束を大切にしているだけだよ。愛ちゃんが夕摘さんと仲直りしてくれたら今すぐにでも勇気を出して喋るよ」
 だからこそとは思うけれど、三日後からテストで保健の先生の思惑で副試験官だって言うのに、蒼ちゃんには説得どころか、いまだに切り出せずにいる。
「でも実祝さんは何も行動もしてくれていないし……」
 日曜日はどうしても優希君との時間に充てたいから、実質で言うと今日と明日は朱先輩との相談もあったりするから、美化活動を休んだとしても、半日しか取れない。
「じゃあ今から蒼依が夕摘さんに電話したら、愛ちゃんも仲良くしてくれる?」
「……」
 そこまで理解をしていても、咲夜さんとの絡みも含めてなかなか首を縦に触れない。
「この前蒼ちゃん、私のためなら協力してくれるって言ってくれてたよね?」
 あの先生にビンタした時の蒼ちゃんの言葉を思い出す。
「言ったね。でも今、愛ちゃんは蒼依の為って考えてくれてるでしょ?」
「……」
 それでも頑固な蒼ちゃんは口を割ろうとはしてくれない。
「愛ちゃんってたまにものすごく頑固になるよね」
 そんな私をダメな子を見る目で一言零すけれど、
「出来るだけまわりを見て動いているつもりだけれど、私って頑固?」
 朝から立て続けに咲夜さん、蒼ちゃんに言われてもどうしても納得がいかない。
「頑固だよ。だって――蒼依が何を言っても聞いてくれない時は、絶対聞いてくれないもん」
 ――親友だって言う蒼依さんの言う事ですら耳傾けてないじゃん――
 私は咲夜さんの言葉を忘れたフリをして、
「私が蒼ちゃんの言う事を聞かない訳がないよ」
 反論すると
「さっき電話しても仲良くしてくれるって言ってくれなかったのに?」
「だって咲夜さんには実祝さんが絶対必要だと思うし」
 反論すればするほど
「じゃあ……電話して聞いてみる?」
「……」
 私の言い訳は苦しくなる。
「ね? 愛ちゃんは一度決めたら聞いてくれないよね。でも、それも含めて愛ちゃんなんだから、蒼依は愛ちゃんの事、大好きだよ」
 最終的にはそう言って私を受け入れてくれるのだから、最後まで保健の先生の事と、配慮の話は出来ずじまいになってしまう。


 そしてもう一度集中してから時間を確認すると21時を回っていたから、お父さんに言って今日も夜はだいぶ遅いと言う事もあって、蒼ちゃんを家まで送ってもらう。
 その帰り、以前と同じように
「今日もゆっくりで良いか?」
「私に急ぐ用事は無いよ」
 お父さんからの誘い。仮に用事があったとしても私の返事は変わらないと思う。
 そして夜のドライブと言う名の会話が始まる。
「そう言えばいつもより帰って来るの早かった?」
 せっかくお父さんがそう言ってくれるのならと聞いてみると、
「愛美が相談したい事があるってお母さんから聞いて、少しでも早く力になりたくてな」
 それで早く帰る事にしてくれたと、朱先輩みたいな事を言うお父さん。
「その話は明日の夜に改めてするよ」
 その朱先輩に今まで続けて来た美化活動と課外活動を通しての話をしてから、改めて相談しようかと考えてる。
「分かった。じゃあ明日の夜を楽しみにしてるからな」
 お父さんの気持ちが嬉しくて私の表情も自然笑顔に変わる。
「ありがとうお父さん」
 お父さんにひどい事言った私を、私たちを笑顔にしてくれて。
「……愛美のさっきの顔を見ていたら心配はいらないと思うが今、幸せか? 俺たちはちゃんと愛美を幸せにしてやれてるか? 寂しくないか? 俺たちがいないせいで寂しい思いをさせていないか?」
 だから優しいお父さんに少しだけ嘘をつく。
「うん幸せに決まってる。あれだけ酷い事を言っても、これだけ大切にしてもらってるんだから。だから寂しさを感じる事なんて無いよ。私たちの為にいつもありがとう」
 だからお父さんもお母さんとの時間を大切にしてね。お母さんのお父さんに対する情熱もつい最近聞いたばかりだからと。
 クラスの女子の話を聞いていると、普通の親子なら恥ずかしくてこんな会話出来ないと思うけれど、会えるのが多くても週に二日くらいしかないと、素直な気持ち、感謝の気持ちを伝えるのに恥ずかしがっている時間なんてない。
「ありがとう。お父さんじゃ上手く伝えられないかも知れないけれどさっき愛美はああ言ってたが、あの友達が振舞ってくれた食べ物よりも、愛美の笑顔、愛美の幸せの方が俺たちからしたらよっぽど嬉しい事だからな」
 お父さんの話は嬉しいのだけれど、お父さんが言葉を間違えてまで私の事を大切に想ってくれている事も、もう伝わってはいるけれど、何か違和感を覚える。
「そう言えばお父さん。体は大丈夫なの?」
 慶と大喧嘩をして二度と口を利かないって決めた時、お父さんたちがいなくなったら、みたいな話をしていた事を思い出す。
「あ。ああ。今のところは何ともないぞ」
 あの時も一瞬言葉に詰まっていたような気がする。
「絶対だよね? 私、家族で隠し事なんて絶対に嫌だからね」
 もちろん家族だから何でも話せと言う訳じゃ無い。お父さんとお母さん夫婦だけの話もあるだろうし、いずれ言う事になるとは思うけれど、今は優希君との事も母さんにしか言ってないと言うよりは、嗅ぎつけられたと言う方が正しいのかもしれないけれど。
「ああ……分かってる。何かあれば愛美にはちゃんと言うようにするよ」
 ただ家族の話になるのなら、慶も含めて隠して欲しくないのだ。
 確かに私はまだまだ子供だとは思うけれど、何もできないと言う訳ではないと思う。
 特に健康面や体力面なら、出来る限り力になりたいと思ってるから。
「これだけは絶対の約束だからね」
 だって健康だけは何物にも代えられないのだから……


 その後はあまりお母さんを待たせると怖いとお父さんが言うから、会話もそこそこに家に戻ると、
「おかえり愛美。またお父さんとゆっくりドライブ?」
 お母さんが嬉しそうに私に聞いてくる。
「うん。何か私が相談するのが嬉しいとか言ってくれてたかな」
「そう? それに関してはお母さんも同じ気持ちよ。それ以外に愛美を悲しませるような事は言ってない?」
 どうやらお母さんは前みたいにお父さんがデリカシーの無い事を言っていないかを気にしてくれているみたいだから
「大丈夫だって。私を大切にしてくれている事はちゃんと伝わったよ」
 私は笑顔をお母さんに返す。
「分かったわ。慶は先に入れてあるから、愛美も早くお風呂に入りなさいな」
 そしてお母さんに勧められる形でお風呂を頂く。


 お風呂の後、試験直前だと言う事もあってあと少しだけ机に向かおうとノートを広げる前に、

題名:明日の活動
本文:休みます。ただ相談したい事があります。明日詳しくは連絡します。 

 待たせたらいけないと思い朱先輩に先にメッセージだけを送ってしまう。
 それから改めて机に向かおうとしたところで
「朱先輩?」
 今度は着信音が鳴り始める。どうも最近メッセージを送ってからすぐに着信音が鳴ると言うパターンが多い気がする。
『もしもしどうしたんですか?』
 あまり待たせてもアレだからと、通話を始めたとたん
『愛さん休むってどうして? 先週の男の人? だったらわたしが駅まで迎えに行くんだよ』
 夜も比較的遅い時間なのに、眠気も吹き飛ぶような勢いで朱先輩が喋り出す。
『ちょっと朱先輩。落ち着いて下さい』
『落ち着けるわけ無いんだよ。愛さんの顔を一週間見てないんだよ』
 毎週土曜日にしか基本会ってはいないのだからそうなるとは思うけれど。
『月曜日からテストなので、その試験対策をするだけですよ。あの男の人は怖いですけれど、それとは関係ないです』
 あの男の人と二人きりの活動なら行くのは辞めるけれど、朱先輩がいてくれるのだから男の人が理由になる訳がない。
『愛さんが水臭いんだよ』
 どうしてそこで水臭くなってしまうのか。朱先輩の言葉に思わず吹き出しそうになる。
『あ、愛さんが今笑ったんだよ』
 それを目ざとく――いや、耳ざとくとでも言うのか、私を指摘してくる朱先輩。
『どうして水臭くなるんですか……確かに笑っちゃいましたけれど』
 朱先輩相手に隠し通せるわけがないからと、早々に白旗を上げておく。
『いつもは愛さんの方から試験勉強のお誘いがあったんだよ……明日会えるんなら許すんだよ』
 会えるんならって、明日相談したい事があるから顔を見る事は出来るはずなのにとは思ったけれど、朱先輩の言う通り確かにテスト対策はいつお願いしていた。
朱先輩を一度も言いくるめた事は無いけれど、これは早々に分が悪い。
『明日先週の児童の事も気になっているので、課外活動は参加しますよ?』
『……愛さんが話を逸らそうとしているんだよ』
 やっぱり言い訳としては苦しい気がする。
『明日テスト対策と、課外活動の両方をお願いします』
 その上水臭いと言ってもらえたのも嬉しかったから、明日も勉強も見てもらう事にする。
『何時頃に来てくれる?』
『昼から伺おうかと思ってます』
 課外活動は昼からだから、朝の内は家で勉強しようかと思っていたのだけれど
『愛さんが冷たい……』
『どうしてですか』
 確かに初めは私が冷たかったかもしれないけれど、明日はちゃん両方とも見てもらうのに。
『空木くんの話をちゃんと聞きたいんだよ』
 そう言えば朱先輩がかけて来てくれた時、隣に優希君がいたからすぐに切ってしまったんだっけ。
 朱先輩にはたくさん相談に乗ってもらって、アドバイスもしてもらったのに確かにこれじゃあ不義理になってしまう……またすれ違いみたいにはなってしまっているけれど。
『愛さんとお昼ご飯を食べながら、空木くんとの幸せな話を聞きたいんだよ』
 朱先輩はそう言ってくれるけれど、またすれ違いみたいになってしまっているから幸せな話が出来るとは限らないけれど、
『じゃあ明日は午前中にお伺いしますね』
 私が朱先輩の誘いを断るなんて事は無いわけで。
『じゃあ明日は試験対策と、先週の児童の事と、空木君の事だよね。楽しみにしてるんだよ』
『分かりました。明日もよろしくお願いします』
 こうしてとても嬉しそうな朱先輩の声に返事をして、明日の予定が決まった。




―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
          「あら? 今日も彼氏とデート?」
              恋バナ好きのお母さん
        「――っ! 愛さんがいじらしすぎるんだよ」
              感激する先輩
      「それもありますけど、お姉さんとお話がしたいです」
            垣間見える児童の人間関係

     「ああやって男の子って強く、カッコ良くなって行くんですね」

         75話  好きと好きの違い ~理解者と信頼~
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