第70話 善意の第三者 2 ~知らない素顔~ Bパート

文字数 5,685文字


 せめて私の方にはやましい気持ちは無いって事で、グラウンドからは良く見えるたまに使わせてもらう四人掛けのテーブルの方へ足を向ける。
「……」
 ただその道すがら、さっきまでの勢いと押しはどうしたのか、口数は少ないし緊張もしているみたいだ。
 正直倉本君が緊張している理由には、私も優希君相手に通った気持ち、感情だから当たりは付くけれど、私としてはその気持ちは困るだけで、他人にこのぎこちなさが伝わるのもまた誤解の原因になるかと思い、
「そのお弁当って、倉本君も自分で作るの?」
 倉本君の緊張なんてこっちは知ったこっちゃないと当たり障りのない事を聞いたつもりなのに、
「いや、恥ずかしながら親に作って貰ったり……してるな」  
 どうしてそんなに嬉しそうなのか……いや嬉しいのか。
 そう言えば緊張している時に優希君から話しかけてもらった時、私もすごく嬉しかったっけ。
 目的の席まで着いた私たちは、いや私は頭をかきむしりたいのを我慢して、わざわざ対角線になるのは冷たすぎるかなと思い、倉本君の正面に腰掛ける。
「岡本さんって料理上手だよな。女が料理って意味じゃないけど、やっぱり料理出来る女子って良いよな」
 私のお弁当を見て感嘆してくれるけれど、倉本君には私じゃなくてちゃんと褒めてあげる女の子がいるはずなのに。
「でも、これって半分は昨日の残り物を入れてるだけだよ」
 優希君相手なら多少の見栄は張らせてもらうけれど、倉本君相手に良い所を見せても意味がない。
 どころか私の理想とする形には、弊害でしかない気もする。
「お弁当と言えば前に彩風さんも練習してるって言ってなかったっけ?」
 だから倉本君には私じゃなくて、ちゃんと見てあげるべき女の子を見てあげて欲しい。本当に彩風さんも魅力的で良い女の子なんだから。
「確かに前にそんな話もしたけど、あれ以来霧華にその話を振っても嫌がるから、最近じゃ弁当の話は全くしてないな」
 ところが当の彩風さんがその話をしない、したがらないと言う。
 半分以上倉本君のために練習してるんだと思ったのだけれど、違うのか。
「それで岡本さん――」
 私が彩風さんの事を考えていると、本題っぽい統括会の話をし始めようとしているのか、再び倉本君が緊張し始める。
「――良かったら俺からの気持ちを受け取って欲しいんだ。いや気持ちとは言ってもそんなに大げさに捉えなくても良い。普段統括会で頑張ってくれている岡本さんへの気持ちとしてで構わないから」
 と、色々言葉を並べ立てながら、私に可愛くラッピングされた両手のひらサイズの紙袋を渡してくれるけれど、いやちょっと待って欲しい。
これはいくらなんでも受け取れない。ただのお昼ご飯じゃなかったのか。
「い?! い、いいよいいよ。そんなに気を遣わなくても良いよ」
 何がどうしてこんな事になっているのか。
全く知らない人じゃないから倉本君に気持ちが分かっていたとしても、この前の年上の男の人のような怖さは全くない。かと言って優希君相手でもないから全く嬉しくもないから、喜ぶ気持ちも全く湧いてこない。何が何だか分からないけれど、ただハッキリと理由は分からないけれど、{困る}を通り越して{困惑}する。
「俺の気持ち、受け取って貰えないか?」
 私の事を少しは理解してくれているから、さっきと同じように断りにくいように聞いてくるけれど、さすがに倉本君からの気持ちを受け取る訳にはいかない。
「いや倉本君。普通女子の間とか、男女の

で、何もない時にプレゼントなんて渡したり受け取ったりしないって」
 男友達なんていなかった私には、男女の友達でも下心無しに物の送り合いなんてするのかどうかなんて知らない。
 だけれど蒼ちゃんとはお菓子とかよく貰ったりそのお返しとかでも食べ物の交換とかはする。
 ただし嘘も方便。倉本君を傷つけない様にかつ、断らないといけない。
「でも空木からは何か貰ってるんだろ?」
 間違いなく統括会の時に使っていたお揃いのペンの事を言ってるのだとは思うけれど。あの時も私の右手をずっと気にしているみたいだったし、その時の彩風さんと優希君の事も見ていただろうし。
 でもそれはもう私と優希君はお付き合いをしているからであって、恋人同士になった記念でもあって、だからこそ中身は何かは分からないけれど、倉本君からの贈り物を一緒には出来ない。
「確かに優希君からはもらったけれど、そんなに色んな人から色々物ばっかりはもらえないって」
 間違いなく私のために、私の事を色々考えて選んでくれたであろう紙袋の中身。
 その物や心、気持ち自体に罪がない分、私の心が咎めて仕方がない。
 それでも優希君の事を思うと “倉本君の為” にも受け取れない。
 ホントこんな気持ちになるのだけでも辛いのに、どうしてクラスのあのグループや咲夜さんグループは私の事を鬼の形相で見るのか。
 優希君の相手だけは誰であっても代わるのは嫌だけれど、それ以外の男性相手ならもう全て代わってあげたいって言うか、今すぐにでも代わって欲しい。
「空木相手だと受け取れるけど、俺相手だと無理なのか?」
 初めて倉本君の表情が変わる。
 私もこれ以上は言えない。でも、受け取る事だけはどうしてもできない……本当にどうしようかと途方にくれた時、別に神を信じるとかそう言う訳じゃないけれど、神の啓示かと思うようなタイミングで、私の携帯が着信を知らせる。
 私はここぞとばかりに倉本君に断りを入れて通話ボタンを押すと
『良かった! 愛先輩今どこにいるんですか? 出来れば二年の所に来て欲しいんです』
 何と切羽詰まった感じの中条さんからだった。しかも回りもうるさいのか少しだけ声が聞き取りにくい。
 何となく嫌な感じがした私は
『分かった。今すぐに行くから待ってて』
『いつもすいません。お願いします』
 今この場から逃げ出したかったのも相まって、中条さんの声に応じる事にする。
「ごめん倉本君。私の友達に何かあったみたいだから先に行くね」
 私は倉本君が何かを言う前に断りだけを入れて、逃げるようにして急ぎ二年の教室に向かう。


「だからアタシ達は生徒側の人間だって言ってるの」
「オマエ訳分かんないって。だったらバイト我慢してるやつら全員説得できんのかよ」
「したきゃ勝手にすればいいって。アタシは止めない。その代わり停学になっても統括会は責任を取らないから」
 二年の所に到着すると、いつぞやと全く同じような言い争いをしている声がする。
「はぁ? 生徒の味方って言っといて責任は取らねぇってか。どんだけ勝手な “生徒会” なんだよ」
 ただし今度は相手も違うし、片方はいつもは冷静な彩風さんっぽい。
 そして私は中条さんを見つけるとともに
「言葉を勝手に変えないで。そう言うのをわざわざ広める必要は無いって――」
「――ワザワザお前らに協力してやってるんだから、少しは感謝しろや」
 男子生徒の声の直後に、周りのやじ馬から小さな悲鳴が所々から上がる。
 私は中条さんへの挨拶も後回しに、人だかりの中心に居るであろう彩風さんの元へ人垣をかき分けて向かう。
「オマエ、女だからって男全員がチヤホヤすると思ったら大間違いだからな」
 途中から声がしなくなった彩風さんの元へたどり着くと、そこそこの図体の男子生徒に目に涙を浮かべた彩風さんが窓際に追いやられていた。
 前の雪野さんの時の騒ぎと言い、今年の二年はかなり荒れている気がする。
 私が小さくため息をついて相手の男子を見やった時、視界の隅に色鮮やかな髪が見える。
 間違いなく優希君の妹さんだ。私はその姿に気合を入れなおし、
「私の可愛い後輩になんか文句ある? 何なら私が代わりに聞くけれど?」
 例によって私は男子生徒と彩風さんの間に割り込むようにして立って、男子生徒と対峙する。
「文句って人聞き悪いですよ。俺はただバイトしている人がいるからって “生徒会” に協力したのに、俺を悪者にしたんですよ」
 またバイトの話か。本当にいるから散発的に上がる話なのか、ただ騒ぎを起こしたいだけの出来事なのか。
「アタシは悪者になんか……していません。そう言う事はアタシ達は学校側じゃないから、言わなくても……良いって言ったんです」
 少し涙声で説明してくれる彩風さん。男子相手に一人でかなり辛かったのだと思う。私みたいに良くも悪くも慣れてなければ、蒼ちゃん同様怖いのはよく分かる。
「はぁ? おっかしな事言うなよ! 今ポスター作ってるって聞いたんだけど、あれは嘘なのか?」
「バイトは辞めようって言う抑止だけで、取り締まるための物じゃないよ。取り締まるのは学校側だから、生徒がそうならない様に、私たちが先手を打ってるだけ」
 彩風さんの代わりに私が答える。
「だったら代わりに先輩が、バイト我慢してる生徒に説明してくれますか? 俺も金が欲しいんでホントはバイトしたいんですよ」
 なるほど。それで冒頭の会話に戻るのか。何となくいきさつと状況はつかめた。
「私たちは守りはするけれど、生徒の親じゃなんだから管理まではしないよ」
 それと同時に、彩風さんが統括会の意味も、倉本君が言っている事もちゃんと伝わっている事も合わせて分かる。
 たったらここから先は先輩である私が引き受けるべきだ。
「なんスかそれ。“生徒会” の意味ないじゃないですか」
「そう言うなら学校側に直接言えば良いって彩風さんも言ってたと思うけれど」
 バイトしたくて我慢してるのに、抜け駆けでしている生徒がいる事が我慢ならないなら、正真正銘の学校側である教師に自分が言えば良いだけなのに。
「私たち統括会としては、協力をありがとう。後の事はこっちで調べて対応するから、この話はこれで終わりで良いかな?」
「いやそれじゃあ俺らも腹の虫がおさまらないんですよ。こっちはバイト返上して部活してるんですから」
 そう言って私の方へ一歩近づく男子と同時に、彩風さんが私のブラウスの裾を掴む。
 さっきはバイト我慢してると言って今度は部活があるからバイトをする時間が無いと言う。なんだか理由がこじつけにしか聞こえなくなる。
「部活って何の?」
 昼休みの終わり掛けの廊下の真ん中。確かに同年代の彩風さんからしたら怖いかもしれないけれど、やっぱり弟の慶と妹さんで慣れてしまっている分、例の女子生徒のグループよりかは威圧を感じるけれど、あんまり怖くはない。
「……サッカー部ですけど、俺の事は調べてバイトしてるやつの事は良いんですか?」
「さっきも言ったけれどこっちで調べるから後は良いって」
 それにしてもまたサッカー部か。一体サッカー部の中がどうなっているのかちゃんと調べた方が良いかもしれない。
「ちょっと待ってください。俺もそれじゃあさっき収まりがつかないって言ったと思うんですけど、そいつと話がしたいんで、先輩。そこを退いてもらっても良いですか?」
 そう言って私の返事を聞くつもりは無かったのか、私が返事をする前にそのまま彩風さんの腕ごと掴もうとするから
「――っ!」
 私のブラウスの裾を掴む彩風さんの力が強くなるのを感じながら、
「先輩の話はちゃんと聞きなって。私の可愛い後輩に文句があるなら私が聞くって言ったはずだけど」
 その手が彩風さんの腕に触れてしまう前にはたき落とす。
「な?! 先輩が後輩に暴力っすか? それとも生徒の模範である “生徒会” が一般生徒に暴力っすか?」
 私にもう一歩近づく男子。それに合わさる形で私のブラウスの裾を掴んでいる彩風さんの手がわずかに震える。今度は男子生徒にも分かるようにため息をついて、
「どう取っても良いけれど、先に手を出したのはそっちだからね。女だからって男にチヤホヤされるなんてまっぴらごめんだけれど、どっちが先に手を出したのかは周りのギャラリーが見てるとは思うけれど? それも大半が女子をチヤホヤする男子じゃなくて女子の方が多そうだけれどね」
 皮肉と合わせて返しておく。
 女子の方が多い周りの野次馬を見た男子生徒が
「もう一人の “生徒会役員” とは違い過ぎだって。全くふざけやがって」
 捨て台詞を吐いてそのまま立ち去ってしまう。

 それで空気自体も弛緩したのか、一気に野次馬たちも散って行く。
 それと同時にいつの間にか色鮮やかな髪の妹さんもいなくなっている。
「彩風さん大丈夫? よく頑張ったね。あと中条さんも知らせてくれてありがとう」
 そして彩風さんに向き直って気持ちを落ち着かせる。
「いえ……こちらこそ二年の騒ぎに先輩を呼び出してしまってすみませんでした」
「……アタシもすいませんでした」
「ううん。彩風さんは悪くないよ。むしろちゃんと統括会の事を理解してくれてるって分かったし、倉本君の話も分かってくれてるって分かったから。大丈夫だよ」
 そう言って彩風さんの頭を撫でると、彩風さんの緊張の糸が緩んだのか、私の胸で静かにしゃっくりあげる。
 本当は二人から色々聞きたかったのだけれど、午後の授業の予鈴が鳴ってしまう。
「あーしがギリギリまで側についてますんで、

先輩『――っ』は自分の教室に戻ってください」
 私は中条さんに甘える形で、
「ごめん、ありがとう。今日の放課後は別の用事があるから無理だけど、また改めて話を聞く時間を作るから」
 私は放課後一番に彩風さんの所に絶対に顔を出してもらうように、倉本君にメッセージを送って午後の授業に急ぐ。


 
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           「先生って確か独身でしたよね」
               止まらない嫌がらせ
     「だから先生はもう愛ちゃんの事をそんな目で見ないで下さい」
            親友の為なら声を出せる親友……
      「……そうか。倉本って頼りになるって思ってるのか」
                優希君側の嫉妬

      「でも愛美さん。僕以外の人にこれをやったら怒ると思う」

       71話  人のために強くなると言う事 ~親友と信頼~
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