第79話 近くて遠い距離 3 ~親友・幼馴染~ Bパート

文字数 5,584文字


 私が7日の火曜日の事を思い出しながら、腹黒――もとい、穂高先生の事を目で追っていると、
「……」
 先生が一瞬私に視線を合わせた後、蒼ちゃんを軽くだけチェックして、教室の外に吐き出す。
 そして、生徒が教室からいなくなってから、先生が答案用紙を回収する。
「蒼ちゃんお疲れ様。あの先生大丈夫だった?」
「うん。愛ちゃんも大変だったね。先生の方は大丈夫だったよ。ありがとう」
 まあ思い返していた数学以外は、そこまで試験時間が長くなかったと言う事もあって、特に目に余るような動きは無かった。
「お前ら教室入って良いぞー」
 廊下で取り留めのない雑談をしていると、担任の巻本先生が呼び込む。
「蒼ちゃん。お昼一緒にしよ。試験の報告会」
「分かった。じゃあまた後でだね」
 そして蒼ちゃんと約束だけして一度教室内に全員が集まる。


 全員が席に着いたのを確認したところで、そのまま終礼が始まる。
「まずは試験4日間お疲れさん」
 今日は保健の穂高先生がいるからか、2日目の数学のテストの事があるからなのか、先生の視線が私の方に向いたとしても女子グループからの下世話な声は飛ばない。
「本来なら午後から通常授業と行きたいところなんだが――」
 先生からの連絡にさすがに教室中から文句が飛ぶけれど、
「――今日まではテスト期間中で部活も禁止だから、授業も無しだ! だからお前らも用事が無ければまっすぐ帰れよー」
 続く言葉で教室の中がすぐに静かになる。その中でも本当、あんな腹黒女のどこが良いのか、端から見ていても分かるくらいには、男子の視線が穂高先生に向いているのが分かる。
 ホント優希君と違うクラスで良かった。優希君ならあんな先生に目も向けないとは思うけれど、もし他の男子と同じだったら絶対に喧嘩になる自信がある。
「それと再来週からの夏休みだが、学校で進学夏期講習をするから、どのくらいの希望者がいるのかも知りたいから希望する者は先生に言ってくれー。ちなみに難関国公立・私立、一般国公立・私立の4つだからなー」
 そう言えば去年の夏と冬にもあった気がする。
「それと夏期講習の期間は夏休みが始まった平日の初め7月27日(月)から盆の時期(8月の11日火曜日から14日金曜日)を除いた、8月21日(金)までの土日を除く正味三週間ほどで、一応1限~8限までの予定だからなー。そしてその習熟度テストって言う事で、24日の月曜日にテストも実施するから、力試しがしたい奴は受けとけよー」
 当然クラスの中は静まり返る。
「お前ら分かり易いな。まあこっちは強制じゃないから任せるが、夏休み明けに校内学力テストをまた実施するから夏休み遊び呆けるなよー」
 そしてまた騒ぎ出す教室内。
 ここまで緩急がハッキリしていると、それはそれですごいかもしれない。
「お前らなー文句ばっか言ってるけど、俺らは夏休み全くないんだからなー。下手したら盆も返上なんだからなー」
 そしてそのヤジをうまく笑いに変える巻本先生。こう言うのは上手く出来るのに、どうして教室内の空気には気付けないのか。
「そんなお前らに三年間の総復習が出来るように、夏季課題を各教科しっかり用意しておいてやるから安心しろよー」
 ただ最後は文句を言う生徒とうなだれる生徒との二手に分かれる。
「それじゃあ最後に養護教諭から連絡事項があるらしい」
「えっと。中学期の初めに身体測定があるからそのつもりでいてね。特に女子は夏休みだからって生活リズムを崩すと体重計が怖くなるわよ。男子は遊びすぎて肌の色が変わったら丸分かりだからね」
 どっちにしても勉強をさぼると、夏休み明けが怖くなると。
 幸いと言って良いのかは分からないけれど、どこに消えて行くのか、食べても身長にも、体重にも

行く事は無く、また大きさに関しては大変不本意な事に

変わらない。
 私が自分の体に唯一の不満を持っている間に
「それじゃあ解散!」
 テスト明けの、つかの間の解放感に包まれた放課後を迎える。


 気を取り直した私は咲夜さんの足が自然実祝さんの方へ向くのを見届けた後、メガネ男子に一体どういうつもりか、優希君に聞いてからずっと思っていた事を聞こうと足を向けたところで、
「あ。ごめん」
「う、ううん。良いよ」
 何かと思って慌てて振り向くと、蒼ちゃんの筆箱を落としたであろう女生徒がそのまま歩いて行ってしまう所だった。
「大丈夫? 蒼ちゃん」
 私も駆け寄って落ちたものを拾いながら、見向きもしなかったクラスメイトに文句を言おうと――
「蒼依の事は良いから、それよりお昼に行こうよ」
 ――したところを蒼ちゃんに止められるところまでの始終を、穂高先生に見られていた。
「良いって。あんなの謝った内にも入らない――」
「――蒼依は愛ちゃんと楽しい話がしたいな。テスト明けに理っちゃんたちと行くって言う約束もあったよね」
 色々言いたい事はあったけれど、当の蒼ちゃんがそう言ってしまえば私からはそれ以上は言えない。
「分かったよ。じゃあいつも二人で食べる中庭の方に行こっか」
 蒼ちゃんと一緒に渋々ながら私が廊下に出ると、穂高先生がさっきの女生徒を捕まえて何かを注意しているみたいだった。私は一瞬ギョッとしたけれど、また改めて色々な話を穂高先生に聞こうと決めて、今は蒼ちゃんとお昼をしようと中庭へ足を向けたところで、
「あ。岡本さん。俺も一緒にお昼しても良いかな?」
 倉本君がカバンを手に、私と一緒にお昼をしようと誘いに来た。


 突然の事で少しびっくりしたけれどそう言えば、テスト明けから倉本君のアプローチが始まるって優希君が教えてくれていたっけ。
 本来ならメガネ男子に聞きたい事もあったのだけれど、さっきの蒼ちゃんのやり取りが気になったから、そっちの話を聞こうとしたら今度は倉本君が私を誘いに来たから、蒼ちゃんの話もちゃんと聞けない。
「別に良いけれど、蒼ちゃんと一緒でも良いよね」
 その上、統括会で顔を合わせるメンバーだから、メガネ男子のように一蹴するにも出来ない。
「ああ。もちろんだ。今日

仲良く食べよう」
 ただ倉本君の方も今までは私と二人だけの方が良いと言っておいて、今日は一転した態度に変わっている。
 そのひっくり返った態度は気になるものの、蒼ちゃんも一緒で良いのならと、
「分かったよ。それならグラウンドの方に場所替えよっか」
 前半部分は倉本君に、後半部分は蒼ちゃんに確認する。
「蒼依もそれで良いよ」
 返事自体は普通だったけれど、内心では私と同じ気持ちだったのか、その表情は倉本君を訝しんでいるように見えた。

 場所を変えていつも四人で食べる場所へ着いた時、そう言えばと口を開く。
「せっかくなんだし彩風さんも呼ぼうよ」
 いつもの四人ならばと提案したんだけれど、
「雪野じゃなくて、霧華なのか?」
 倉本君が心底不思議そうに聞くけれど何でよ。
「だっていつも四人で食べてたよね」
「いや食べてたが、今日からは空木の所に行けって言ったぞ?」
 私の質問にさも当たり前のように答える倉本君。
「それはちょっとひどいんじゃないかな」
 それに対して蒼ちゃんが倉本君に非難を向ける。
 一方私もまたちょっとびっくりしてる。この調子だと今日は彩風さんに電話した方が良いかもしれない。
 私が優希君にどっか行けって言われたら……考えるのを辞める。
「いやなんでよ? 彩風さんも一緒に食べたら良かったんじゃないの? 食べるくらい好きな人と食べたら良いじゃない」
「何でって、統括会の時に霧華の事は空木に任せて、雪野の事を俺たち二人で見ようって話したじゃないか」
 倉本君の理由に驚き過ぎてどう返そうかと考えていると
「会長さん。それはちょっと彩ちゃんが可愛そうです。まるで仲間外れにしているみたいじゃないですか」
 蒼ちゃんが遠慮がちにでも倉本君に注意する。
 そして、もうひとつ気になる事もある。
「今まで4人でお昼をしていたのは、統括会で決めた組み合わせだからって事?」
 だとしたら彩風さんの気持ちはほとんど伝わって無い事になってしまう。
「いや、全てと言う事ではないけれど、岡本さんと一緒に話したり、その……過ごしたかったりって言うのは本当だから」
 どう言うつもりなのか――いや、優希君が先に知らせてくれたように、本当に私に本気なのか――今までとは違い、よりハッキリと分かるように私に好意を向けてくる倉本君。
「……」
 だから蒼ちゃんがまたびっくりしている。これで私が男性慣れをしないといけない理由を分かって貰えそうな気がする。
 他の男子から好意を向けられた事が無いから、私も正直どう返して良いのか分からない。
 こんな時男性慣れをしていると、すぐに返せるような気がする。
「そう言われて嬉しくない訳――じゃないけれど、大勢でご飯を食べた方がおいしいよね」
 ただ今の私には二人きりはならないと言う意思表示をするのが精いっぱいだったりする。
 ただ倉本君はそう取らなかったみたいで、私の方を見て嬉しそうにするのに対して、蒼ちゃんからはジト目を貰う。
 いや、蒼ちゃんの言いたい事も分からないではないけれど、全然知らないメガネみたいなのが相手じゃないから、断り辛いんだって。
「なら今度また二人だけで食べてみないか? それでも楽しいと思うぞ?」
 何でそうなってしまうのか。今、私は二人よりも大勢で食べた方が良いって言ったはずなのに。
 私は倉本君とは二人きりにはならないって遠回しにいつも言ってるのに、どうしてこうなってしまうのか。
 私の心の中なんて知る由の無い倉本君が、金曜日のように押し込んで来る。しかも優希君みたいに止めてくれる人がいないから話がどんどん進むけれど、ちょっと待って欲しい。
 前の時ってどこかに楽しい要素あったのか。あの時私は差し出されたプレゼントに対してどうしたら良いのか分からなくて、本当に辛かったんだけれど。
「会長さん。そんなにグイグイ来ると、女の子側からしたら怖いです」
 私が困り果てると、蒼ちゃんがささやかながら助けてくれると言う展開が続く。

 そしてお昼の終わり間際、
「岡本さんはやっぱり男も料理は出来た方が良いって思うか?」
 唐突に聞いてくる。
「え?! そりゃ出来るに越した事は無いと思うけれど、どうして?」
 でも彩風さんが練習してるなら出来ない方が良いのかもしれない。
 もうどう答えて良いのかよく分からなくなってきてる。
「いや岡本さんも、その友達も料理上手だし、俺も作れたら岡本さんの弁当と二人みたいに交換出来るのかなと思ったから」
 そしてまたしても倉本君が驚く事を言いだす。
「いや。それこそ男の人とはしないって」
 さすがにそんな事したら優希君の叱られると思うし、私としても倉本君に余計な期待は持たせたくない。
 それに何より彩風さんの応援をするって決めているから、その相手も彩風さんであるべきだからこれ以上は全部断らないといけない……のだけれど、やっぱり気持ちがしんどい。
「そうか分かった。まあ、またこの続きは明日にでも」
 いやちょっと待って。明日もって、明日も一緒にお昼するのか。
「じゃあ今から俺と空木は面談だから行くけど、そっちの友達もこれからも仲良く出来たら嬉しい」
 私の気持ちを何も聞いてくれないまま、蒼ちゃんとも仲良くすると言う爆弾発言……でもないのか、をしてから先日言っていた鼎談(ていだん)をするために、校舎内へ戻って行く倉本君。
 そんな倉本君を見送りながら
「知り合いとしてなら仲良くするのは良いよ」
 決して倉本君には届かない声で返事をする蒼ちゃん。
 本当は蒼ちゃんの話をゆっくりと聞くためのお昼たっだはずなのに、ものすごく疲れてしまった。
 しかも明日も来るって……本当に私に対して本気なのか。彩風さんはどうするつもりなのか。
 考えれば考えるほど、ややこしくなる気しかしない。
「……愛ちゃん。あの返事だと会長さん期待してしまってるよ」
「……やっぱり私、男性慣れしないといけないかも知れない。せっかく優希君が守ってくれるって言ってくれたのに、優希君がいないとどうも駄目っぽい」
「蒼ちゃん一緒に帰る?」
 このままこうしていてもしょうがないと言う事で、せっかくの丸々空いた昼からの時間。少しゆっくりしようと思ったのだけれど、
「ごめんね。今日はテスト明けだからちょっと戸塚君の所覗いてから帰る」
 蒼ちゃんも一応彼氏の所に顔を出すと言う。
「分かった。でも何かあったらいつでも連絡はちょうだいね」
「分かった。今日の事もちゃんと話さないといけないしまた夜にでも電話するね。それと、愛ちゃんが男慣れしようとしたら、空木君に言うのは変わらないからね。だから愛ちゃんはそのままでないと駄目だよ」
 蒼ちゃんが駄目出ししたにもかかわらず、男性慣れは駄目だと言う。
 でも今日みたいに本当に倉本君が私に期待してしまっているなら、それはそれで困るのだ。
「じゃあ蒼依はもう行くけど、愛ちゃんは帰るんだよね?」
「……まあ最近疲れもたまっているみたいだから、今日は帰ってゆっくりするよ」
 だから私も今日は大人しく帰ろうと、部活棟へ入って行く蒼ちゃんを見送ってから、私も下駄箱の方へ足を向ける。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
                「……手紙?」
                差出人不明の手紙
          「……なんで前みたいにビビらないのよ」
             確実に変わりつつある「関係」
           「なんだよ。俺がいたら困るのかよ」
                手のかかる弟

     『清くんにとってアタシって本当にただの幼馴染でしかないのかな』


         80話  信頼「関係」 ~信頼の積み木 3~
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