第28話 第8章 天使と堕天使
文字数 2,646文字
「三林隆も研究開発センター退社後に懇親会で青山の富徳に参席して、翌日の鎌倉セミナーへの出席のため同日二十三時に鎌倉有楽ホテルにチェックインしていることは警察が捜査しているからね。」
壁に突き当たった感じを二人は感じていた。
後になってこのダブルタカシがギャンブル仲間だと知ることになる。
杉尾留美子は横浜めぐみの里で介護士をしていたが、二〇一九年春に引き抜きで転職した。
祖母の介護を自宅と施設で継続していたが、祖母の容態、認知症が進んだことで、施設を変えることになった為、勤務場所と居住地を横浜から東京都文京区の根津に移していた。
勤務地も千駄木にある三協タイムサポートにした。給与も主任格でアップすることも転職の条件に見合っていた。
留美子は早くに両親を亡くして祖母が育ての親代わりだった。両親は交通事故で亡くした。生命保険で生活には不自由無く過ごせたが、やはり寂しい生活環境だったことは否めない。ただ、祖母の大きな愛情が留美子を心優しい女性に成長させていた。
昔から人の世話が大好きな留美子は友人達にも慕われていた。
二〇二〇年も冬になり、留美子も新しい職場に慣れてきていた。いつものように根津の自宅で軽い夕食を食べていた時に携帯にラインメッセージが届いた。
友人の小林佳代からのメッセージだった。
「ごめんなさい。今東京丸の内のマキシマムホテル。酔いつぶれちゃった・・迎えに来て!」なんとも迷惑なメッセージだった。
ここでほっとけないのが留美子だった。
留美子は東京駅についてマキシマムホテルに向かった。バンケット会場は二十五階にあった。会場に行くと煌びやかなドレス姿の女性陣とフォーマルなスーツの男性客で溢れていた。
受付カウンターに向かい、小林の名前を言って、迎えに来たものだと担当者に伝えた。
会場内に誘導されると、ソファーに横たわっている佳代を見つけた。
「飲みすぎたのね。大丈夫?お水持ってくるわ。」そう言ってバーカウンターにあるポットの水を入れて佳代に含ませた。
「ごめんなさい。久々にワインを飲んだんだけどキャパシティオーバーだったわ・・・」
佳代の目は虚ろだった。
「さあ、帰りましょう!」
そこに背の高い紳士が現れた。
「今回のパーティーの主催、責任者の三林です。この度は申し訳ございません。ご友人を飲ませすぎました。」
留美子は恐縮したが、三林の顔を直視して話し出した。
「飲んでしまったのは彼女の責任です。謝罪は必要ありませんよ。彼女もきっと楽しかったんでしょう。羽目を外してしまいましたけど。」少し笑みを浮かべて隆を見ていた。
「さあ、帰るわよ。立てるの??」
佳代にそう告げて肩を抱き上げた。
介護士の仕事で人の体を抱き上げることに慣れていた。
「三林様、これで失礼いたします。彼女の代わりに言わせていただきます。パーティーに参加させていただいて有難うございました。」其の声と仕草に隆は釘付けになっていた。
今まで出会ったどの女性にもない優しさに溢れた立ち居振る舞いだった。
時代を感じない素朴さの中に筋のある品格を備えていたのだ。
「こちらこそ。申し訳ございませんでした。
そう言うのが精いっぱいだった。
「では失礼します。」
留美子は佳代を支えながらエレベーターホールに向かった。
隆は、黒髪をポニーテールに束ねて、ブルーカラーのシャツとパンツ姿の留美子を目で追っていた。
翌朝、隆は研究開発センターの所長室にいた。
電話が鳴った。秘書室からだった。
「丸幸ケミカルフロンティアの三上様からお電話が入っています。」秘書が伝えた。
「わかった。回してくれ。」
隆は電話に出た。
「三上部長、今日は何の御用かな?」
「何だよそれは。今日は六本木で飲んでカジノを楽しむ日じゃないか!」
「ああ・・そうだったね。・・」
「なんだよ。いつもの感じじゃないなあ。」
三上は調子が狂った感じになった。
「今日は予定通り六本木ヒルズのアビエントでの待ち合わせでいいんだね。」
「ああ、そうしよう!」
隆はそう答えて電話を切った。
昨夜の女性のことが凄く気になっていた隆はステイタスの支配人に連絡して
小林佳代の連絡先を入手した。
隆は、パーティーで出会った留美子のことが気になって仕方なかった。今まで出会った誰にも無かった感情に溢れていた。
幼いころから両親の深い愛情の中で末っ子として過保護で育った隆は学生時代からその横柄な態度に同級生や教師陣も周りも振り回された。
三林家の三男でもあり、学校側もできる限り問題を大きくしないで、隆の校内での恐喝問題や喧嘩事案等をやり過ごしていたのだ。
家庭教師も同様だった。
隆を諌めたり、心身を教育する教育者がいなかったのだ。
異性に対しても自分の気持ちを優先するタイプであった為、好意を持った女性も付き合い初めに隆の粗暴な態度を感じて別れていた。
唯一、兄の浩一や恭司には逆らえずにいたのは連太郎の目線を感じてのことだった。
次兄の俳優活動に憧れてバンドを作ってインディーズデビューしたが鳴かず飛ばずの状態になり、結局親の会社に就職したのだ。啓明大学理学部卒業なるも薬剤師の資格も取得しないでいた為、グループの三協ロジスティックスに就職、総務部配属になるも、上司との不仲での問題で、研究開発センターの事務局に転籍したのだった。
隆自身、自分の思い通りにいかないことが歯がゆかった。
そこで隆は、悪い仲間とつるんで、カジノ運営を手伝うことになるのである。
兄浩一を亡くして、次兄の恭司が社長職になって三協薬品グループを牽引していたが、自動車事故で退任に至った中、三協薬品の次期総帥として準備する中で、役員会、財団理事会から蚊帳の外の出されてしまった
今や、三協薬品の一大株主として研究開発センター所長の座を保つので精一杯だったのである。
隆は昔から自己嫌悪する性格だった。周りはただグレている、かつ甘やかされた人間としてレッテルを貼られていたが、兄二人の存在との比較に心身とも疲弊していたのが現実だった。
兄浩一は当初より帝王学を学んで周礼を嘱望されており、次男恭司は自分の夢を自分の力で開拓、俳優の道を開いたことで、自分へプレッシャーをかけていたのだった。
家族も今や寝たきりの恭司と財団にいる兄嫁しかいない状態で、三林家の残された使命に押しつぶされそうになったいた。
ギャンブルに手を出してしまってたのも、逃げ口が欲しかったせいでもあったのだ。