第6話 第2章 青天の霹靂
文字数 2,892文字
今度は世界貿易センタービルの貸会議室だった。参席者は、木越社長、溝口常務高城執行役員、音田業務部長、吉岡経理部長、五名、錚々たる顔ぶれで監査会議が始まった。
「川畠部長、着席ください。」
前回同様、吉岡部長が口火を切った。
「承知いただいているものと思いますが、前回お話ししていた買掛金問題について監査検証結果及び貴殿からの再聴取が本日会議の目的です。よろしいでしょうか?」
「はい。承知しております・。」
川畠は目線を下げずに全員の顔に向けて一礼した。
木越社長は丸幸商事出身者ではなく丸幸不動産の叩き上げの出世頭だった。川畠が出向で丸幸不動産に配置されてから直属の部下として一緒に会社を盛り上げてきた戦友でもある。
案の定、臨席しているも今回の件で憔悴しているのが顔色をみて分かった。申し訳ない気持ちが込み上げる。
いつかは問題になることも薄々承知していた。企業戦士じゃないが、大義名分があること、かつ業界での自分の位置の保全が会社利益になるものと勝手な解釈をしていた。自己を正当化していたのである。
吉岡経理部長が続ける。
「提携先、デザインオフィスリビングステイの中川様は既に代表として仕事をしていないことも判明しています。かつコーディネーター派遣業務の実態も把握されていないようですが川畠さんの指示で伝票発行、請求書発行していたのは事実ですね。」
「アンジェ&フューチャーの小川代表は実態有との報告でした。しかし資金流用は中川様の当座口座確認にて判明しています。事実承認されますか?」
川畠はデジャブを見ているように感じた。夢でこの情景を何度か味わっていた。おそらく自己嫌悪する何かの部分が夢で自分の断崖の場を見せていたに違いない。
「川畠君、言い逃れはしないでほしい。君の人間性は十二分に承知している。今回はやりすぎだ。資金流用は背任行為になる。認めるね。」木越社長は悲しい残念そうな顔を上げて口述した。
「悪気じゃないよね。接待費用に使ったんだよな。」音田業務部長がフォローした。
「しかしこれは詐欺、背任行為にあたるよ。」
溝口常務が付け加えた。溝口常務は丸幸商事の出向組で小畠に対抗心を覚えていた人物だった。
川畠は覚悟した。
「検証結果の通り、独自の判断で資金プールを図りました。私的流用も若干あるものの、事業全体の利益拡充の為に正当化し、流用を継続していました。申し訳ございません。」
「調査協力を引き続きお願いします。川畠部長の進退及び懲戒処分については別途コンプライアンス委員会似て協議を図ります。まずは現在の業務は本日を以て停止となります。以降は営業本部付とします。」
会議は散会した。
「まさに青天の霹靂だ。ご家族の事もあるからこれからのことはしっかりするんだぞ。相談にはいつでも乗るから。」高城執行役員と木越社長が肩をたたいて退出した。
丸幸商事コンプライアンス委員会の調査が二週間継続した。また吉岡経理部長のみならず
溝口常務より会社損害金の包括金額確認書類への捺印を促された。この時、あくまでも刑事告訴は無しとする方向にある旨伝えられていた。
一連の不祥事については調査深耕された。
この資金プール及び資金流用には、丸幸不動産関係者、特に役員や部長クラスも絡んでいたが、川畠は全て一人の自己責任としていた。
不祥事発覚時、関係者は名前が出てくることを相当恐れていたようだ。
川畠は、何故、黙秘したのか自問自答している。
川畠の父は神戸市内で食品卸の事業を営んでいたが、何度か屋台骨が揺らぐ事案が発生したのを思い出していた。韓国の友人の事業資金保証人になっていて焦げ付いたことや、従業員による過失で食品保管庫の火災による保険充当が出来ない部分の補償等、様々な事案が発生した時も、父は全て自己責任で解決する人間だった。川畠はそんな父が歯がゆかった。家族への負担も当然降りかかるからだった。
父に大学生の折に聞いたことがある。
「何故、不幸を率先して被るんだよ。何の得にもならないし、利用されてるだけだ!」
社会人になる前のまだ青い人間の質問だった。
父は、いつもの菊正宗を呑みながらゆっくり話した。
「昭和三十七年生まれの真和にはわからないだろうが、日本は敗戦国から死に物狂いで復活したんだ。隣国侵略から敗戦まで、日本はは色々な布石を経て、復興してきたんだ。
お父さんも焼野原の神戸市から一歩ずつ前進してきた。幸い事業が安定して、川畠家、親戚含めて生活が潤ってきた。しかし、必ず浮き沈みがあることを想定してきた。
自己の判断で、保証人になったことや、保管庫の管理を委任したことは当然、お父さんの責務だと思っている。たとえ、誰かの責任が付帯していても、そこは最終責任者が責任を背負うことは当たり前、それが男子たるものだ!」
父の言葉は当時は、全く飲み込むことはできなかったが、四十四歳になっていた川畠には理解できていた。父と同じように関係者の関与については全て黙秘したのだ。
妻、智美にもコンプライアンス委員会の招集会議後、帰省して現況を報告、謝罪した。幸助には折を見て話すことにした。大学の後期試験中だった。
妻の智美は当然愕然としていたが、一緒に真摯に事態を見守ってくれた。幸助の大学生活に支障ないように生活基盤は守ることで安堵したようだった。
しかしながら、警察による自宅へのガサ入れ(証拠品捜査)の折は相応に躊躇したようだった。経験値の範囲を大幅に超えていたし、かつその場の対応手順もわからなかったこともある。
川畠は想定通りに会社を解雇処分となり、今まで守護してきたと勘違いしていたチームや部下からも送別会の打診があったが辞退した。
最後の出社日に、よく相談に乗っていたレーブブランドのホテルアメニティ開発担当の吉行加奈子が挨拶に来てくれた。
「川畠部長、本当にお世話になりました。御恩は忘れません。有難うございました。どうぞお身体に気を付けて頑張ってくださいね。」今にも泣きそうに眼に涙をためていた。
「吉行さん申し訳ないことになった。みなにも伝えてほしい。これからも会社をよろしくお願いします。」
直属の部下だった浅原課長は、会社には内緒で退職の夜、浜松町近くの行きつけの店で最後の晩餐の宴を用意してくれた。
「部長のことが大好きでした!残念過ぎます。」と浅原は終始泣き上戸で飲み交わした。
浅原課長は聞きたくなかった情報を話した。
リークしたのは恐らく部下の一人、糸原美玲とのことだった。
糸原は二級建築士のスタッフとして入社していた。糸原は一年前に設計上の失態で降格となっていた。マンション設計変更上の設計ミスを連発していた為、川畠も上位者に降格人事を留保する様に尽力したが最終的には溝口常務の判断で降格に至ったのだ。
この時、糸原は設計監修会社代表の中川公子と川畠がリークしたと勘違いしていて、仕返しのつもりで川畠の情報を流したとのことだった。
川畠は、いずれにしても身から出た錆だと痛感していたこともあり、意に留めなかった。
丸幸商事の川畠はここで終結した。