第7話  第2章 青天の霹靂

文字数 3,922文字

  
 川畠は、結局、退社後は関西に戻り、不動産コンサルタント会社の新設立に参加した。
ソリューションバンクの統括部長として採用されあらゆる不動産ビジネスのエージェント事業に携わることになった。

 二〇〇七年秋、丸幸不動産としては刑事告訴無しで事を澄ませたかったところであるが、丸幸商事グループの役員会は株主への対処として決算にかかわる要因として刑事告訴することが必然と考査し、コンプライアンス委員会に差し戻しとなった。

 丸幸不動産、木越社長より入電にて報告があった。
「川畠君、力不足で申し訳ない。明日、淀屋橋の料亭「なだ万」で昼食に参席できないだろうか?会わせたい人物がいるんだ。」
「こちらこそ申し訳ございません。明日伺わせていただきます。」そう言って感謝の意を述べて、明日の紹介者について詳細を確認した。関西で有名な三木浜法律事務所だった。法人取引専門の弁護士事務所である。
 翌日、時間目に料亭前で待機した。木越社長と三木浜法律事務所の弁護士、藤原氏ともども昼食の部屋に移動した。

「川畠君、久しぶりだね。元気そうで何よりだ。今回は残念だがコンプライアンス委員会の最終協議で刑事告訴に至ることは必至だ。そこで顧問弁護士である藤原さんにきていただき、今後の事についてアドバイスを君に充てたいのが今日の昼食の目的だよ。」
「恐縮です。」深々と頭を下げた。

 溝口常務より刑事告訴は無いとのことで、賠償想定額確認書類への捺印や、当時自己名義の預貯金のほぼ全てを会社に振り込んだ。(家族の最低限度の預金は温存できた。)
半ば不安もあったが、あくまでも刑事事件にはならないことを念頭に再就職も果たしたのに刑事告訴決定には正直、心底がぐらついたのは否めない。

「そこでだ。君の資金流用金額総額を鑑み、詐欺事件として告発された場合について藤原弁護士に検察からの量刑について説明していただくよ。」
「はじめまして。三木浜法律事務所の藤原です。本来は丸幸不動産の顧問弁護士である小職が事件当時者のご相談にのるわけにはいかないのが本当ですが、木越社長からの直接の依頼でもあり参上しました。」
「申し訳ございません。恐縮です。」川畠は、頭を下げた。
「藤原先生、川畠君のこれからすべきことをアドバイスいただけますでしょうか?」木越が話を進めた。
「川畠さんの場合、流用総額が問題です。
 二億円を超える額面での告訴になると最長十年の懲役刑の量刑にて検察は動くことになります。ここは会社としての訴訟対象の損害額面設定が重要になります。」
「会社としてはコンプライアンス案件としてあくまで告訴実績を以て株主への理解を仰ぐはずです。金額も少額数百万円の数字になるはずです。」藤原は想定した問答をした。
「いずれにしても詐欺罪での量刑裁判は必至となるでしょう。ここで川畠さんにはやはり告訴前に自首していただくのが最良と思われます。」

 自首という言葉はテレビドラマの世界だったので正直すぐに承知できる事案ではなかったが理解できた。
「そうですか?できるだけ早く自首すればいいんですね。」
「そうです。告訴前の自首が重要です。」
その後、昼食を食べながら色々話したが自首することで頭が一杯になって川畠の記憶には残らなかった。

 二〇〇七年冬、予定通り、川畠は北浜警察署に出頭、自首した。
自首後、丸幸不動産も刑事告訴をした。藤原弁護士の話通り、事情聴取はあったものの、在宅起訴にて検察、裁判までは仕事をしながら裁判待機と思っていた。

 川畠は関西に帰阪しており、大阪箕面市の自宅で待機することになった。
ソリューションバンクの事業は順調に関西関東にてセミナー開催も実施していたが、ソリューションバンクの親会社ラッセルコーポレーションが倒産、グループ会社も連鎖倒産に至った。
裁判待機の身であったものの、仕事は生活する中で必須でありまた再就職を図った。
 京都にある学生マンション開発事業会社のシビック株式会社に次長職として再就職を果たす。リクルート会社紹介だった。

 二〇〇八年一月、急に北浜警察署より出頭依頼が入った。
一月二十一日月曜日、予定通り出頭すると、取調室に入り、その場で緊急逮捕となった。そこから約二週間留置されることになる。後で分かったことだが、京都の会社の寮に入って大阪の自宅を離れていたため、証拠隠滅の可能性ありと判断したようだ。
 在宅起訴だと思い込んでいたことも問題あるがまたまた晴天の霹靂だった。
北浜警察署に出頭すると取調室に直行、捜査二課の担当刑事 小早川が速攻話した。
「川畠さん、ここから新しいスタートを切らざるを得なくなったね。緊急逮捕させてもらうよ。」
「緊急逮捕!」川畠は驚嘆した。
「じっくり話を聞かせていただく。」小早川はなだめるように、かつ厳しい目で川畠を見つめていた。
 地方検察へは警察車両で団体でひも付き手錠をかけられて移動する。
ここで完全に犯罪者として取り扱われていることを再認識することになった。

 留置場での生活は規則正しい。
 起床後の体操、食事の時間、調べの時間も規則的であり、一週間に一度の入浴手順も管理徹底されていた。因みに入浴するお風呂は五右衛門風呂だった。警察署が古いこともあったかもしれないがなかなか風情を感じるお風呂だった。
独房ではなく留置場の部屋は四人部屋だったので、色々な懲りない面々と対面した。
風俗営業許可違反で留置された小島、暴力団組織の若頭の豊見城、そして窃盗で留置されているイラン人のハリムが同房だった。
「兄貴!いつも速攻寝ているけどよく寝れますね。俺なんか枕変わったら寝れませんよ!」
豊見城は何故か川畠を兄貴と呼んだ。
不可思議な気持ちだった。
皆、相応に色んな人生経験を重ねていた。
小説が何冊もかけるようなネタが満載だった。

留置場を保釈されたのは同年も二月に入っていた。

 シビック株式会社にも事情を説明して正式に退職した。
裁判は二〇〇八年六月、追起訴もなく、総額二百万円の詐欺事件として結審し、懲役二年、執行猶予四年の判決だった。
 目まぐるしい日々が続いたが、何故かポジティブシンキングな感性は鈍らなかった。
判決後、北区所在のクロスグループ(人材派遣会社大手)の雇用開発センターにて営業顧問としての活動をスタートした。

 二〇〇八年一二月師走になっていた。
 同時期に、兵庫県神戸市のセントラルワークスの執行役員として再就職を果たした。
川畠の旧友の会社である。大学時代の同期であり親友の梅村が設立した会社(警備会社)が新規に不動産管理事業を始めるにあたって白羽の矢があたった。執行猶予中の身であることは梅村も承知していた。あくまでも不動産管理の事業化の協力依頼だった。
 自首後、梅村と北新地で飲み歩いた時期に誘われていた。
海千山千の軽系を持っている梅村にとっては裁判沙汰など関係なかったのだ。
何より川畠の人力、胆力に惚れ込んでいた。
 六年間で業績も進捗し、規模も成長し、拡充した。
しかしながら梅村が市議会議員に立候補、当選したことで、梅村実弟が会社代表になった時期に、施設警備事業の取引先の倒産により不渡り余儀なくあっけなく事業倒産に至ってしまう。

執行猶予期間は二年前に終了していた。

 二〇一四年の秋になっていた。その後二年間はクロスグループの顧問として再就職をしていたが、二〇一六年三月、不動産開発・総合管理会社であるリングス株式会社に転職、丸幸商事グループから五社目の再々就職となるが、ここで還暦を迎えた。関西支社長三年、埼玉支社長二年、二〇二二年春、現在、再雇用で業務顧問としてさいたま市在住にて従事している。

 二〇一三年秋には、智美が子宮体癌の手術をし、療養を続けていたが、二年後に再発、腹膜に転移していた。
 智美は実家近くにある大阪医科大病院に入院して抗がん剤治療に臨むが完治することは無かった。
 抗がん剤治療も終えて、在宅ケアを経てホスピスに移った。箕面市にある星雲ペインクリニックだった。
川畠は日課のように毎日顔を見に行っていた。
いつも通りクリニックの三階の個室に入った。
「今日は気分はどう?」
「少し背中が痛いけど強い鎮痛剤が効いているみたい。」智美ができる限りの笑顔で答えた。
「今は、とにかく痛みを抑えていただこう!
それから新たに治療開始だな。」
智美は少しおいて話だした。
「私が死んでも、真和さんはきちんと自分の人生を生きてね!あなたらしくね。」
「何を言ってるの?智美はまだまだ大丈夫だよ。完治目指して頑張ろう!」
「私、幸助も成人して新しい夢に向かっているし、安心してるのよ。
あなたには申し訳ないけどあなたのお世話も出来なくなったわ。
ちゃんと見守ってるから安心して!いままで有難う。皆に感謝してます。」
 智美は自分の寿命を読んでいるように話していた。
二〇一六年春、最後の転職先への入社を見守りながら、その年の五月に智美は他界した。

 学生時代からの伴侶を失ったことは戦友を亡くしたような感傷にもつつまれた。
妻の墓は妻の実家近くの吹田市ガーデンパレスに作った。眺望が良かったこと、そしてな何より花壇に囲まれた墓のデザインが気に入ったことが決め手になった。
 墓標には眞麗と彫刻した。嘘のつけない性格だったこと、そしていつも身なり、装いに気を付けていた智美らしい文字を選んだ。
 智美は花が大好きだったので花壇の囲まれた墓にした。特にトルコ桔梗がお気に入りだったので常時墓周りに添えていただけるように管理するお寺「浄水寺」に依頼した。

 その後、川畠は家族を失った寂しさを紛らすように仕事に邁進することになる。

渓流の水流の如く、時は、思いのほか早く流れた。
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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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