第1話     第1章  ひな祭り

文字数 3,467文字

流転の天使

第一章 ひな祭り

 陽春の光が眩しい日々が続く。三月に入り、夜間も少し気温が上がってきた感がある中、川畠はいつものように帰路についている。

 埼玉県は比較的に関東圏内で天候が安定しているエリアでもあることを痛感しながら宮町四丁目のバス停に着いて上尾駅方面のバスを待っている。
令和四年に入り、世間は流行するウィルス感染症と東欧諸国の紛争状況に情報錯綜する中で帰路のバス中は普段通りの風景が広がっている。日本らしい?埼玉らしい?のか安定感に浸るひと時を満喫。

 本年、還暦を迎えたことをふと思い出す。川畠真和は第一定年を終えて再雇用中のサラリーマンである。川畠にとってはこの地、埼玉は居住三年目の地、東京には転勤で二十数年世田谷に住んでいたこともあり、関東エリア内での生活に違和感は無い。川畠は生来、関西人である。
関西人といっても生まれは神戸、神戸人とは言わないが京都、大阪とは一味も二味も違うと自負している。いささか滑稽だとは気づいているもここは引き下がれないのが関西人でもある。

 川畠は再婚して、十五歳年下の妻がいる。先妻を六年前に病気で亡くしており、一人息子の幸助は同じ埼玉県内でアニメデザインアートを職務としている。平成より宮崎駿アニメの等のジャパニメーションの一世風靡に触発されたのか電子工学を専攻した大学もしっかり中退している。

 川畠は還暦に際して始めたことがある。小説を書きだした。学生時代にほんの少し小説の書き手を目指したこともあったがすぐに仕事にかまけて断念した。再雇用になり時間に少し余裕ができたこともあり物書きをはじまるきっかけを最近作ったのである。

 いつもの北区役所前のバス停に着いて降車しようとした時、後部座席からいきなり降車しようとした女性が通路で躓いてしまって倒れているのがわかった。
「だ、大丈夫ですか」
「すいません。大丈夫ですう・・・」
小声で言った後、女性はすぐに気を失ってしまった。


 サイレンが鳴りやまない近隣のさいたま市赤十字病院内、救急外来でバス会社の担当者と一緒に病院内の待機エリアで病院に提出する書類にペンを走らせていた。妻には携帯で状況報告するも巻き込まれた感がある中、バス会社担当者、名札に木澤と書いてあったので声がけた。
「木澤さん、倒れた女性は大丈夫なんでしょうね。意識は戻ったようですし・・・」
「はい、ご家族にも連絡出来なかったようですが、同じ劇団の関係者の連絡先が分かったようです。」
「ご家族に連絡がついたんですね!」
「所属の劇団事務所の名刺が名刺入れに入っていたので劇団経由で連絡が取れました」
「ご苦労様です。」
「ご同乗者のあなたに助けていただき、また病院まで同行いただいたのは大変申し訳なく思います。。もう大丈夫だと病院関係者から伺いましたのでどうぞお帰り下さい。」
「何よりです。安心しました。では私はここで失礼します。」
そう言って立ち去ろうとした時に木澤担当者が付け加えた。
「川畠さんのお名前はお伝えしてよろしいでしょうか?」
川畠は躊躇なく伝えた。
「通りがかりですので結構です。女性が無事でなによりです。これで失礼します。」
川畠は病院を離れた。

 先妻を再発がんで闘病の末,無くしたこと、病院にも頻繁に通っていたこと、救急車にも何度も乗車した経験値があり、突然の緊急状態の女性保護に躊躇なく接したことも当然至極であった。
 帰宅して、妻の好美にお土産の桜餅を手渡して、今日の出来事を報告すると、
「あなたらしいわね。女性をほっとけないものね。」と少し皮肉っぽく言って食卓に料理を並べ出した。
翌朝、いつも通り埼玉大宮の会社へバスで出勤、いつも通りコーヒーを入れて着席、ノートパソコンの電源を入れた。
携帯電話が鳴った。会社携帯ではなく自分の携帯に着信。応答した。
「川畠です。」
「こちら埼玉県警上尾警察署捜査一課の山尾ですが、今、お電話大丈夫でしょうか?」
突然の警察署からの電話に一瞬躊躇したが、現在の勤務会社が施設警備、総合管理事業の会社であり、埼玉県警とも連携した業務も多く業務管理担当に従事していた真和には速攻に対応準備できたが、会社携帯でなく個人の携帯に警察署から着信したことに少し疑問が生じていた。
「はい、大丈夫です。用件はなんでしょうか?」
「お忙しい中、恐縮です。昨日北部バスに乗車した女性を保護された方ですよね。」
「はい、そうですが・・・」
「女性、三林洋子様が昨日亡くなりました。」
川畠は愕然とした。昨夜、貧血で倒れた女性は病院の緊急治療で助かったはずだと。
「亡くなったってどういうことでしょうか?」
「今朝、ご自宅で亡くなっておられました。
前日の行動を調査中ですのでご協力をお願いしたくお電話させていただきました。」
助かったと安心していた女性が亡くなっていたことに驚嘆するしかない中、気持ちを戻して応答した。
「協力とは私の当日の行動についての聴取ですね。」
山尾刑事は聴取という言葉を川畠が使ったことから司法機関や警察関連の仕事に従事していることがを察知していた。
バス停留所に駐車した時に倒れられてしまったことしかないのですが・・・」
「バス会社の方にもお伺いしていますが、今夜ご自宅にて詳細について聴取させていただいてもよろしいでしょうか?」
何より亡くなった事情が気になったこともあり即答した。
「夜七時半には帰宅していますので大丈夫です。」
自宅住所は病院に記載した書類を事前確認していた模様だったので電話応答は終了した。
「何があったんだろう・・」
病死なら警察、捜査一課が動くことも疑問であることもあり、想像が時間が経過するにつれて膨らんでしまう中、一日の業務を終えて、帰宅した。

 七時半きっかりにさいたま市北区にある自宅の玄関チャイムが鳴った。
扉を開けると四十代そこそこの男性刑事がたっていた。隣には若い女性警官が立っている。
「お時間いただき申し訳ございません。」
近年、交通取り締まりの警官を含めて口述手順が丁寧になってきている。時代を感じるのは自分自身が還暦の年代であることを痛感していた。昔の警官は結構上から目線だった。
「三林さんを保護されたのはバス会社の聞き取りで夕方六時半過ぎと伺っています。病院まで救急車で付添いただいた時間で、意識は全く戻っていませんでしたか?」
「はい、救急隊員の方が酸素吸入のマスクを口元にかぶせていらっしゃいましたし、意識はなかったものと思いますが・・・」
「病院でも治療が終わって友人、劇団仲間の方がお迎えに来られた後、上尾のご自宅に帰った後、その後、御友人の方も加須市のご自宅に帰られています。亡くなられたのは夜間九時から十一時になりますが、九時前に川畠様の携帯に電話された形跡がありますので確認していただけますでしょうか?」
川畠はどうやら大変な事態に巻き込まれていることを再認識していた中で、携帯電話の着信履歴を確認した。九時頃は丁度入浴タイムでもあり、もしかと思いながら確認すると九時二分に非通知の着信履歴がある!
「九時二分に非通知着信があります。いつもの非通知だと思い気にしていなかったんですが・・間違い電話もあるし非通知には応答しない習慣もあったので・・・」
続けて今度は真和から質問した。
「三林洋子さんの死因は?」
「まだ調査中ですので詳細はお伝え出来ませんが、どうやら事件性があるものと判断しています。」
大変な事になっている感は的中していた。何より自分の携帯に何故着信があったのか、何を知らせたかったのか??頭が混乱する中・・・
「夜分、ご協力有難うございました。また適時ご協力を仰ぐかもしれませんがその折は宜しくお願い致します。」そう言った後、刑事たちは帰ってしまった。

「殺されたってことなんだろうか」自問自答する。好美が横に来て
「あなたに電話したのは恐らくお礼の電話じゃないかな?でも亡くなる前って怖すぎるわね!」
「きっとそうだね。律儀な方なんだきっと。それにしても亡くなったのはショックすぎるよ。」   
翌日のネットに大々的に三林さん殺人事件情報が拡散されていた。
三月四日金曜日未明、上尾市本町四丁目桜塚マンション二百一号室にて女性遺体(三林洋子さん二十五歳)の遺体が発見された。発見者は被害者の所属する劇団関係者、前日の病状確認で電話するも不通の為、マンション同室の合鍵で入室し、遺体発見したもの。他殺事件として上尾警察署にて調査中。と記載されていた。ネット、SNSではもっぱら「ひな祭り殺人事件」として拡散されてしまっていた。



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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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