第31話  第8章 天使と堕天使 

文字数 2,519文字

「あくまでも参考になさってください。
因みに、上尾駅から下北沢まで五十八分、渋谷までなら四十六分ですよ。経堂からなら確かに近いですが・・さすがに賃貸物件は借りると高いはずですね。」
「娘は京王井の頭線で探しているようでしたがなかなかリーズナブルな物件が無いとのことでした。」
「東京はやはり高いですからね。私の娘も埼玉で賃貸を借りて東京へ仕事に行っていましたから。」
「娘と相談してみます。何か前向きな気持ちになってきました!」
「それは何よりです。大丈夫です。皆で乗り切りましょう。私も付いています。
そういえば・・・・」
「どうかしましたか??」
「いえ、先日、川畠君と大宮で食事をしたことを思い出しました。川畠君もさいたま市で今住んでいますよ。」
「そうなんですね。」
「彼はさいたま市北区に住んでいるようです。
奥様と一緒に最近、ご引っ越しされてきたようです。宮原駅近くと話していたような・・・バスで通っているようですよ。大宮まで。」
「埼玉に居らっしゃるんですね。」

木越の言葉が全て糧になって帰宅した。
洋子が先に帰って、夕食の支度をしてくれていた。
「お母さん、お帰りなさい。」
洋子は笑顔満面で玲子に伝えた。
「今日、不動産会社に行ってきたのよ。三件程内覧もできたし。ワンルームだけどやっぱりそこそこの家賃だったわ。」
「そう。私も今日は長い一日だったわ。」
意味深に玲子は答えた。
サイドテーブルにあるサボテンに水をやりながら玲子は写真立てを見ていた。幼い洋子と玲子と恭司が写っていた。懐かしい大切な写真だった。その横にアートレースの飾り盾があった。
玲子は手にとってそのアートにある天使を見つめて話した。
「洋子、食事が終わったら今後の事話しましょうね。」
「私もそう思ってたのよ。食事の後は珈琲タイムしましょう。」洋子は嬉しそうに言った。
「今夜はハヤシライスにしたわ。」
二人は音楽を聴きながら、テーブルで食事を摂った。
「やっぱり井の頭線沿線の賃貸物件って明大前含めて人気あるみたい。結構高いんだよね。」洋子は口を尖らせて話した。
食事を終えて、玲子はサイフォンで珈琲を入れた。
「渋谷、下北沢に近い物件は人気があるのよ。住みたい人がきっと多いんでしょうね。」
「お母さんは今日はどうだったの?」
洋子が聞いた。
玲子は、木越に相談していたので冷静に今日の出来事に向き合っていたので、ゆっくり話し始めた。
「先ず結果から話すわね。柳瀬先生から肝臓がんは予定通り消えているって言っていただいたの。」
「肝臓がんはってどういうことなの?」
洋子が核心をついてきた。
「検査で胃に原発癌が見つかったのよ。」
「えっ。」洋子は声をあげた。
「洋子、大丈夫よ。ゆっくり聞いてね。」
玲子は冷静に話した。
柳瀬医師から告知されたこと、そして木越さんと話した内容をゆっくり洋子に話した。
「お母さんは、しっかり前向きに治療に臨むつもりよ。」
「お母さん、私もしっかり応援するわ。」
「洋子の独り立ちを邪魔したくないのもわかってくれるわね。」
「うん。でも私、お母さんと上尾近くでしばらく過ごしたいと思うの。この経堂の家はこのままで、お母さんの新しい病院に近い場所でプチ独り立ちをしたいと思うの。いいでしょ。」
「そんなの独り立ちにはならないんじゃないの?」
「炊事洗濯含めて家事は私がするのよ。お母さんが居候ってわけよ。私もその方が安心だし。」
洋子は泣き出しそうな気持をしっかりこらえていた。母親が愛おしかった。
「洋子,ありがとう。」
玲子は珈琲を美味しそうに飲んだ。
何か不思議な偶然を改めて感謝していた。木越と会えたことも川畠が誘ってくれたような気がしていた。さいたま市北区に住んでいることも偶然とは思えない感じがした。
「私の救世主かもしれないわ。」
玲子はアートレースの飾り盾を手に取って眺めていた。ペンをとって裏に言葉を書き入れた。
「救世主。流転の天使。」とペンを走らせた。

川畠の人生も流転の繰り返しだと木越から聞いていた玲子は自分の人生にシンクロさせていた。川畠もやはり前向きに人生を謳歌しているんだと・・・。
「私も川畠さんにあやかりたい。」
玲子は自分の傍に天使が舞い降りて微笑んでくれているような感じがしていたのだった。

洋子はそれから二週間で物件を決めてきた。
上尾市本町にある新築の賃貸物件だった。二階の角部屋で日当たりも良好ないい物件で間取りも2LDKだった。
玲子も内覧を同席していたのですぐに契約に至った。JR上尾駅徒歩八分だったし、上尾駅東口から大宮駅東口まで直通の北部バスも魅力だった。
玲子は上尾駅から洋子にバスの乗りたいとせがんだ。
「バスで街をみたいの。」
「うん。わたしも見たいわ。」
北部バスは東口ロータリーから乗車できた。
バスは大宮アルディージャのマーク入りでオレンジ色が目立つ車体だった。
上尾市からしばらくしてすぐにさいたま市に入った。加茂神社を過ぎて宮原駅前を下って北区役所前に止まった。
玲子はきっとこのあたりに川畠が住んでいるんだと周りの景色を見ていた。
「川畠さん、またあなたに守っていただくことになりそうです。」心で呟いた。

 季節も冬入り、玲子は久々に恭司の高輪医科大学病院に向かっていた。引っ越しの報告としばらく会えなくなると感じていたのだった。
受付で見舞いの手続きをしていると後ろから声がかかった。
「玲子さんじゃない。」
後ろを振り返るとそこには裕子が立っていた。
「裕子さん。お久しぶりです。」
「玲子さん今年も三月にお会いしたきりだもの。いつもながら一年に二回しかゆっくりお話ししていないのって親戚なのに不思議だわ。」
「親戚なんて申し訳ないです。」
「恭司さんのお見舞いなのね。一緒に行きましょう。」
玲子は裕子と同伴で恭司の病室に向かった。
「恭司さん。今日は両手に花よ。」
裕子は少しはしゃいで病室に入っていった。
いつも通り機械音しかしない部屋のベッドに恭司は寝ていた。
玲子は裕子も一緒だったので、恭司の真横に寄り添うのを我慢して、カウンター周りの清掃を始めた。
「恭司さん、今日は良かったわね。愛妻が傍にいるのよ。やっと気を遣わずに会えるのにまさかこんな状態になるなんてお父様も罪な方だわ。」
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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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