第29話 第8章 天使と堕天使
文字数 2,172文字
杉尾留美子三十六歳、独身、そしてグループ会社である三協タイムサポートに勤めていることが小林佳代の情報で分かった。勿論、携帯電話番号も教えて貰っていた。
佳代も隆が留美子に直接謝罪をどうしてもさせてもらいたいとの紳士的なリクエストに答えるしか無かった。
隆は、銀座の六丁目にある日本料理割烹「華山」での食事予約をして留美子に謝罪のための食事会を連絡していた。
約束の三十分前に隆は待機していた。断られると思っていたが留美子は即答で招待を受け入れてくれたのが余りにも嬉しかった。
時間通りに入口へ留美子が入ってきた。
「いらしゃいませ。ご予約でしょうか?」
店の案内担当が促した。
「三林様の宴席に呼ばれております。」
「承っております。こちらへ。」
店の通路を抜けて中庭を通り、個室の庵に案内した。
「お客様。お連れの方がおいでです。」
庵の障子が開いた。
「杉山さん、よくいらしていただきました。有難うございます。こちらへお座りください。」
中庭がよく見える丸い窓がある内装は赤の漆喰壁の和の空間だった。
「今夜はご招待いただき有難うございます。こんな立派なお店で凄く緊張しています。」
和室内に卓があり椅子は六脚ある広い個室だった。
「私が先着でしょうか?」
留美子は他に佳代も来るものと勘違いしていたのだ。
「いやすいません。今日は二人の食事会として招待したんです。説明不足申し訳ないです。」
どうりで即答したわけだと隆は理解した。
留美子の方を見て隆は少し気まずい空気になったか気になったが、留美子は笑顔のままだった。
「じゃあ、食事デートのお誘いだったんですね!有難うございます。」
その笑顔にまた救われた気持ちがしていた。
「いい一日を、この時間を乾杯しましょう。」
隆は食事中、今までになく自分のことを話した。三林家での自分の存在、自分の置かれている立場、そして今までのギャンブル人生も併せて話したのだった。なぜか留美子には全て話さないといけないと感じていたのだ。
「御曹司で何不自由の無い人だと思っていましたが、皆と同様に悩み多き、そして波乱ある人生を歩んで来られたんですね。」
「そうなります。」
「でも、人はこれから、将来どうなるかが大切なんですよね。私も両親を亡くしてから以降、色々ありましたが、祖母や友人たちのおかげでここまで生きてこれましたから。私も過去は過去としてきちんと置いて、前に進んでいます。」
「これからって?」
「自分のこれからですよ。三林さんも今まで色んな経験をお持ちでしょう。良いことも悪いこともされていたかもしれません。でも人はいつでも再スタート、やり直せるんです。
リスタートですよ。」
力強く言って、留美子は隆を見ていた。
「留美子さんは凄い人なんですね。」
「凄くないですよ。ぜんぜん。悩み多き人間です。でも私は生きてる自分を好きになりたいんです。だから笑顔でいつもいたいんです。」
隆はじっと留美子を見つめていた。
彼女が自分の傍にいたら、いてくれたら自分の人生が変わるような気がしていた。
その後、隆は頻繁に留美子との逢瀬を繰り返して、留美子がかけがえない存在になっていった。
二人は将来を約束して同棲を始めた。
二〇一九年も秋になっていた。三林玲子も一安心していた。癌の手術を受けて通院治療を続けて早五年を経過していたので病院側から聞いていた五年経過での寛解通知が次の診断であるものと信じていた。
経過も良く、診療も半年に一回になっていた為、半年後の診療を待機していた。
いつも通り洋子に朝食を作っていた。
「洋子、朝食をテーブルに置いたからね。お母さん今日は病院だからね。」
「はーい。」
洋子は眠気眼でベッドで答えた。
「お母さん、私、今日不動産会社に立ち寄って帰宅するからね。」
洋子は今年の冬に部屋を借りることになっていた。二十二歳になって、自分の部屋を借りることになっていた。
玲子は通院準備をして、恩寵医大付属病院に向かった。検査は血液検査といつも通りのCT検査を予定していたので受付後、病院二階で血液検査後、CT検査をロビーで待機していた。
検査待機にも時間がかかるのは慣れていたのでいつも通り持参していた文庫本を読んだ。
検査後も待機する。診断結果、診療面談を待機していた。
「三十五番、三林様。六番にお入りください。」
いつもの柳瀬医師の面談に臨んだ。
「先生、いつも有難うございます。」
笑顔で玲子は挨拶した。
柳瀬医師は画面を凝視していたが、普段通りの顔で玲子に向かった。
「手術後、通院治療も良く頑張っていましたね。」
「はい。一度も途切れずに頑張りました。」
柳瀬は体の向きを変えて話し出した。
「肝臓がんは病理部分の摘出後、再発はありませんね。ただ、胃に少し影が見られます。胃カメラとPET検査を一応したいと思います。よろしいですか?」
玲子は暫くその言葉が入ってこなかった。
すっかり癌は克服しているものだと信じて疑っていなかった。
「先生、転移でしょうか?」
「転移ではなく原発の悪性腫瘍の可能性があります。はっきりわからない状態ですから検査をしたいと思います。」
「わかりました。お願いいたします。
検査はその日に急遽対応できたこともあり、結果は二日後に面談が予定された。
二日間が異常に長く感じていた。
洋子には検査後に報告しようと判断していたので事前には話さなかった。