第15話 第5章 堕天使の罪
文字数 3,578文字
二〇二二年三月四日、上尾警察署内は騒然としていた。
殺人事件発生後、警視庁の捜査管理官も捜査本部に臨席していたのである。
「ただいまより特別捜査本部設置及び本件の捜査について警視庁広域課の樋口管理官より
お話がある。」
梶原刑事課長が参集者に号令し、挨拶を促した。帳場には約五十名が参集した。
「警視庁の樋口です。本件は上尾警察署所轄管内で発生した殺人事件であります。
三月四日金曜日朝方九時半前後、上尾市本町四丁目桜塚マンション二〇一号室にて女性遺体
(三林洋子さん二十五歳)の遺体が発見されています。
死亡要因は絞殺、殺人事件と断定しました。死亡推定時間はこちらの通り。」
プロジェクターの投影事項をレーザーポインターで示した。
「死亡推定時刻は前日の三月三日の午後二十一時から二十三時の間となります。」
「被害者の首に擦過傷があり抵抗していることもあり、ドアにぶら下がっていた状態で、当初自殺の可能性も考査するも、司法解剖結果も鑑みて絞殺後の自殺偽装と判断している。」
「上尾警察署管轄なるも、本件は警視庁捜査一課にて捜査中事件との関連性を精査していることより本官が臨席していることを承知おきください。」
上尾警察署捜査一課山尾刑事も捜査本部内にいた。
「先ずは怨恨捜査から始めてください。被害者は二十五歳ということもあり交際の有無、
劇団ミルクの関係者他、被害者知人、友人全員のアリバイを聴取願います。」帳場は一時解散した。
四月に入り陽気もいささか暑く感じる季節に入っていた。
川畠に上尾警察署の山尾刑事から架電があった。
「川畠さんの携帯でよろしいでしょうか?
この間はご自宅での聴取にご協力いただき有難うございます。その後いかがでしょうか?
何か思い出されたことは無いでしょうか?」
川畠もこの事件は気になりすぎていた。中山からも呼び出されてメモ紙の記載内容を知らされてからも悶々としていたのである。
「思い出したことはありませんね。すいませんが・・・」
「いえいえ、また引き続き何か思い出されたことがあったらご一報ください。よろしくお願いいたします。」電話は終わった。
川畠は気になっていた。
警視庁出身者とは言うものの、上尾警察署の捜査情報を中山が知っていたことも腑に落ちていないし、三林洋子さんがクライアントであったことも偶然過ぎて、その後も捜査の進展具合が気になっていたが、テレビの報道やマスコミもネットも一か月も経過すると騒がなくなっていた。
現代の情報の新陳代謝は頗る激しいものだと痛感していた。
以心伝心か、中山より架電があった。
「川畠、今夜時間作ってくれるか?久々に焼き鳥でも行こうよ。」
「是非行こう。さいたま市の大宮まで来れるかい?」
「東口でいいよな。じゃあ一九時に東口のマック前で待ち合わせよう!」
約束通り、待ち合わせ場所で合流して東口近くにある割烹「とりいちず」に入った。
カウンター席に座って先ずは冷たいビールを
注文した。
「やっと電話が来たって思ったよ。」川畠が口火を切った。
「おお、それは感激だね。遠方より友来る。また楽しからずやって感じかな。」
少し茶化した。
「今日はまた何か事件の話しなのか?」
川畠は主軸に話を戻した。
「先ずは川畠が気になっているようなことを話しておくよ。」
川畠は待ってましたとばかりにビールを含んだ。
「先ず、探偵の俺が何故、事件を追っているかってこと。クライアントが被害者ってだけじゃないんだ。実はもう一人彼女の他にクライアントがいるんだよ。
そしておそらく君が腑に落ちていないこと、何故捜査情報であるメモ書きのことを知っていたのか。」
「それだよそれ。」
「上尾警察署の元仲間ってのは違うんだ。実は警視庁の同期が管理官になっていてね。この管理官情報なんだ。
ここで大事な話をするけど守秘義務をお願いしたい!探偵っていうのは守秘義務が命綱なんだよ。川畠にはこれから少し手伝ってもらいたいんで全てを話したいんだけど、守秘義務がさ!」
もったいぶっている中山を制して、先ず乾杯してから川畠は告げた。
「これでシーエー成立だ!」
「了解!じゃあ話すよ。」
個室に移らせてもらってから中山は話し始めた。
シーエー(CA)
【コンフィデンシャル・アグリーメント】の略称で、秘密情報を他に漏らさないための誓約という意味合い。
「警視庁警視副総監発動指令でこの殺人事件と他の二つの事件を合同捜査(広域捜査)しているんだ。その統括を樋口管理官が担っている。」
「そんな大事件なのか?」
「俺にクライアントがもう一人いるって話したよな。仮にAさんとここでは話しておく。このAさんが警視庁副総監に包括で捜査依頼した人でもあるってことなんだよ。」
「凄い人なんだな!」
「凄い人だよ。」
「ちょっと待ってほしい。そんなすごい人が中山を指定したのは何故なんだ?」
「そこがポイントなんだよ!」
得意げに中山は言ったが、川畠には意味不明だったのである。
「先ず要点から話そう。三林洋子さんの母親の名前だ。三林玲子さんとおっしゃる。」
「そうなんだ。」
「そして父親は三林恭司さん」
川畠にはまだ上の空だった。三林玲子も三林恭司も初耳の名前だった。
「三林洋子さんの部屋のサイドテーブルに母親の肩身が大切に飾られていたんだよ。玲子さんの肩身だ。その母親玲子さんが病気になった時は病室にまで持参していたらしい。」
中山は話を続けた。
「洋子さんに実の父親の恭司さんは今年の一月に亡くなっているんだ。二年前に母親を亡くした後、父親捜しの依頼を洋子さんから受けたんだ。
洋子さんには恭司さんが事故で高輪医科大学病院に植物状態にあることを報告した。その後、何度も親子対面を果たしているんだ。」
「洋子さんの件は、劇団の紹介案件だったと分かっているんだが、洋子さんの殺人事件の後、継続して調査しているのは何故なんだ?」
「それがAさんからの追加依頼だったんだ。Aさんは洋子さんの遺品の中に調査報告書類があったことを警察から確認していたようだ。その書類に中山探偵事務所の名前があったんだ。」
「Aさんが中山に調査依頼を改めてしたんだね?」
「依頼内容が不思議だったんだ。玲子さん、洋子さんのお母さんの肩身の調査と新犯人の調査の深耕だったんだ。」
「調査深耕って」
「正式に警視庁捜査一課の根本課長経由で捜査依頼が名指しで入ったんだ。」
「そのAさんって何者なんだよ。」
「クライアントの情報は強固な守秘義務があるからね。」中山は口を噤んだ。
「先ず最初の肩身の調査のことなんだが、その飾り立ては額中にアートが入っていたんだ。」
「アートって」
「Aさんに話して特別に貸していただいたよ。」そう言ってカバンに入れていた小箱を取り出した。
「これがその飾り盾だよ。」
小箱から出したその飾り盾を見た途端、記憶の中に残る映像が蘇っていた。
「これが肩身だって!」川畠は手に取り、脳裏に走る雷鳴を感じていた。
「こんなことがあるのか!」
一九九五年に西欧出張時に買って帰ってきた常連のお店のママへプレゼントしたベルギーのレースだった。大天使ミカエルのデザインは今もガラスで奇麗に保存されていた。
「玲子さんは玲奈さん、白木玲奈さんだったのか!!」川畠は息を詰まらせて心で叫んだ。
「洋子さんがメモ書きに書いた流転の天使に関係しているのか?」川畠が速攻で聞いた。
「その飾り盾の裏を見てくれ。君が助けていたのは君の知り合いのお嬢さんだったんだ。」
川畠はに記載されていた文字を確認した。
救世主。流転の天使。川畠様。
「ここに書いてあったんだ。」
「でもあくまでも大天使ミカエルのことを指した言葉だよね。何故僕の携帯電話番号の横に添え書きしたんだろうか?」まだ謎めいていた。
偶然にして運命を感じざるを得ない出会いだったんだと川畠は感銘した。
「何ていうことが、なんという偶然が起こったんだろう。」
「Aさんはある人物の身辺調査を俺に依頼する様に警視庁の根本課長に頼んだんだよ。」
「それは誰なんだ!」
「先ずここで整理するとさっき二つの事件の関連を話したよな。」
「うん。」川畠も前のめりに聞いてくる。
「三林恭司の運転事故とその翌年に入院中に医療事故でその親の連太郎が死亡している事件なんだ。」
「そんなに事件が重なっているのか?三林連太郎ってあの三林薬品グループの総帥のことなのか?」
「そうなんだ。三林恭司はその次男だ。」
「その両方の事件事故に薬品投与の疑いが出てきたんだ。そこをAさんが慎重に捜査するように副総監に依頼したっていうことなんだよ。」
「三林洋子さんもバス中で倒れたのも気になってきたよ。同じく薬を飲まされたかもしれない。」
「話が反れたんだが、Aさんが疑っているのは連太郎の三男の隆だ。」
「家族の犯行だっていうのか?」
川畠は事の展開に驚きを隠せなかった。