第12話 第4章 運命の紋紙
文字数 2,160文字
川畠真和にとっても一九九五年の秋は特別の年になっていた。
東京に転勤して二年目、繊維資材課課長代理として海外への出張が重なっていた。
特にベルギーのボリュー社でタフトカーペットの買い付け、東欧にも買い付けに積極的に奔走していた。単身赴任で身軽だったこともあるかもしれない。
東京に戻った時は必ず吉島と飲み交わしていた。下北沢「アビーロード」と荒木町の「ライムライト」に足を運んでいた。一人飲みの場合は、渋谷の会員制パブクラブ「シャリオン」の常連客として過ごすのがルーティンだったが、二人での行きつけは決まっていた。
いつも通り、吉島とアビーロードで待合せしていた。
「川畠!おかえり!やっぱり日本がいいだろう!」吉島が肩を叩いてカウンター席で先に来ていた川畠に話しかけた。
「相変わらず威勢がいいなあ」
「どうだった。東欧は?一九八九年にベルリンの壁も崩壊して翌年ドイツも東西統一したし、まさにヨーロッパは激動だからな!」
「これからますます世界は変わるよ。後五年で二〇〇〇年ミレニアムだよ。」
「いかにも!俺たちも今や三十代半ば。まさに俺たちの時代だ!」吉島はもう酔っているかのように熱い言葉を連発していた。
「吉島は木越さんを知っているか?」
「丸幸不動産の取締役本部長だよね。丸幸商事入社研修で講師だった方だよね」
「日本に帰国するなり呼ばれたんだよ。来年から、丸幸不動産に出向してくれないかってね。」
川畠にとって丸幸商事の繊維資材部の海外買い付けの仕事が自分に適した生業だと痛感していた。事実、英語、フランス語、そしてドイツ語との共通語であるフラマン語も精通しつつあった。ライフワークだと感じていた中での木越の誘いは寝耳に水だった。
「で、どう答えたんだよ。」吉島も興味津々で聞いてきた。
「木越本部長からは、以前より不動産関連の資格取得に臨んでいたこと、繊維資材部で生活空間資材を商品企画してブランド戦略に通じていたことを目にかけられていたようだ。
丸幸不動産も不動産投資を主軸に事業推進していた中で、新たにリテールビジネス、マンション分譲に着手することを決めたようで、新ブランド「サンクチュアリ」シリーズ開発の事業化に乗り出すことになったんだよ。そこの事業企画及び新サービス企画の部隊で活躍してほしいとのことだったんだ。
「白羽の矢が当たったんだな!」
「で、出向を引き受けるんだね。」吉島が煽り口調で聞いてきた。
「家族と相談して決めるが、新しいブランド構築の仕事は魅力があるし、やってみようと思う。」
「よし、前祝だ。河岸を変えよう。」
二人は新宿四谷三丁目までタクシーを飛ばした。「ライムライト」に入った。
「玲奈ママ!川畠が帰国したんだ。新しいハーパー十二年物入れてよ!」
「かしこまりました!」玲奈ママの笑顔をみながら再度三人で乾杯した。
「ママにお土産です。」と言って川畠がベルギーアンティークレースを手渡した。
「素敵だわ。額に入れて飾るわ。」
玲奈は相当に喜んだ。
「レースデザインの真ん中にはベルギーの武ブリュッセルにある十五世紀築のゴシック様式の建物でグランパレスのシンボル。塔の上に立っている金色の像の姿がデザインされているんだよ。」川畠が付け加えた。
「流石、川畠だね。女性の心を掴むのがうまいね!」吉島が川畠を茶化した。
「この像は人なの?」
「違うよ。大天使ミカエル。悪魔退治、ドラゴンを倒す正義の味方だよ!」
「天使なのね。お店の守り神になってもらおっと。」玲奈がはしゃいでいた。
大天使ミカエル(文献抜粋)
ミカエルは、旧約聖書からユダヤ教、キリスト教、イスラム教へ引き継がれ、教派によって異なるが三大天使・四大天使・七大天使の一人であると考えられてきた。彼はユダヤ教、キリスト教、イスラム教においてもっとも偉大な天使の一人であり、「熾天使」として位置づけられることもある。
また、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのはミカエルだとされている。
その後、ミカエルは人ではないが聖人と同じようにカトリック教会の間で広く崇敬されるようになった。カトリック教会ではミカエルをガブリエル、ラファエルと並ぶ三大天使の一人としており、ミカエルは守護者というイメージからしばしば山頂や建物の頂上に彼の像が置かれた。ルネサンス期に入ると、ミカエルはしばしば燃える剣を手にした姿で描かれるようになった。ミカエルは、右手に剣、左手に秤を持つことから、武器と秤を扱う職業の守護者とされた。中世においては、ミカエルは兵士の守り手、キリスト教軍の守護者となり、十字軍兵士の崇敬を集めた。現代のカトリック教会では、兵士、警官、消防官、救急隊員の守護聖人になっており、地域ではドイツおよびウクライナ、フランスの守護聖人とされている。
(ウィキペディアより)
玲奈は二年前の冬から、三林恭司と恋愛関係にあった。交際は二年を過ぎようとしていた。
玲奈は悩んでいた。母親に介護施設入居やいろんな面で恭司が資金を出してくれていたこと、そして何より恭司が結婚を正式に申し込んできたことだった。
身分が違いすぎるとわかっていてもどうしようもない気持ちが抑えられなかった。
玲奈も一緒になりたいという気持ちが月日を重ねる中で大きくなっていたのだ。
誰にも相談等出来ずにいた。