第13話 第4章 運命の紋紙
文字数 2,205文字
吉島が先に店を離れた。緊急に得意先から呼び出しが入ったようだった。
「川畠、折角の再会の二次会に退席申し訳ない。大きな商談が纏まりそうなんだよ。
銀座まで行ってくるよ。ごめんな!」
「玲奈ママ、じっくり飲ませてやってくれよ。
今夜は全て俺のつけにしてくれたらいいから。」吉島はそう言って店を出て行った。
「しようがないわね。川畠さん飲んでくださいね。付き合いますよ!」
ライムライトはカウンター席とソファー席が二セットあった。昨年より若い女性一人をパートで雇っていた。玲奈も二十七歳になっていた。
「幸奈ちゃん、そちらに氷お願いね。」
ソファー席のテーブルを気にしながら、川畠に向かい話した。
「川畠さんは何歳で結婚されたの?」
「僕は早かったんだよ。大学の後輩が卒業して直ぐに結婚したからね。二十四歳だったよ。
早いよね。」
「男性としては早いかも。でも後輩の女性とご結婚されたんですね。川畠さんもてそうだものね。」
川畠は吉島の友人として二年前の開店から少しづつ常連になってくれていた。カラオケが抜群にうまい紳士的な飲み方をする姿勢にいつも好感をもっていた玲奈は、川畠に相談してみようと思った。
「こんなことお客様に相談するのはいかがなものかと思いますが。」玲奈は続けた。
「人生経験の浅い三十三歳のぼくでよければ何でも相談に乗るよ。」
「川畠さんは単身赴任ですよね。ご家族とはなかなか会えないっておっしゃってましたね。」
「そうなんだよ。二か月に一度は帰阪して子供の顔を見てるけど成長に追いつかない感じだね。」川畠は苦笑いした。
「結婚って家同士の絆もあるし、大変ですよね。」
川畠は玲奈ママの相談内容が見えた気がしていた。
玲奈の父は文具メーカーの営業マンだった。朝早くから遅くまで懸命に働く昭和のジャパニーズビジネスマンだった。母親とはいとこ同士で郷里が一緒だった。仙台から東京にでて、父親が所帯を持ったのだった。母親は仙台の女学校を卒業してすぐに東京の食品会社工場に就職して、父親と再会している。夫婦仲良く一人娘の玲奈(本明は城木玲子)の誕生と江戸川区に自宅購入と絵にかいたような幸せな家庭を築いていた。
ところが、玲奈が中学に進学したころ、父親が大病(肝臓がん)で逝去してから、母子家庭になってしまう。母親はパートを三つ重ねながら生活費を工面しながら。玲奈を育て上げている。結婚イコール幸せ感は玲奈には無かったのである。
「身分違いの結婚って上手くいくのかしら?無理がありますよね。」少し目を伏せて川畠に質問した。
「僕の家内は、大手の産京新聞社の創設者の家系で産京グループの同族社長の姉妹の長女だったけど、しがない食品工場の息子と結婚したけどね。」少し笑いながら言葉を返した。
「奥様とは大学での出会いなんですよね。ご家族の反対は無かったんですか?」
「家内の父親は外務省外交官を婿として長女の養子にしたかったようだけどね。娘の幸せそうな顔を見たことと、孫が一年後に出来た時はそんなこと吹っ飛んでいたよ。ケセラセラだね。」川畠は続けた。
「人生は一回きり。好きなことを後で後悔しないように生きることが一番だと思うよ。前向きに前向きにね。」
玲奈は後ろから押された感じが心地よかった。
「川畠さんのいつものポジティブシンキング素敵です!」
ケセラセラ
「ケセラセラ」は、ドリス・デイの一九五六年の楽曲である。
同年のヒッチコック監督映画『知りすぎていた男』の主題歌で、主演女優で歌手でもあるドリス・デイが歌った。
「ケセラセラ」は「なるようになる」という意味のスペイン語だとされる。(ウィキペディアより)
玲奈は心を決めて、恭司に結婚承諾の返事をしたのである。
川畠は自分がキューピッドの役割を果たしたことなど思いもしなかった。
案の定、恭司の結婚は三林家の大問題だった。
連太郎は浩一の嫁に恭司が三協薬品グループを統率してゆくこと、そして財閥の三友商事の令嬢との結婚を以て、盤石なグループ経営を促してゆくことを誓っていた。
浩一の嫁はそんなことは決して望んでいなかったことも添えて置きたい。
この連太郎の指標はまたしても崩れることになる。恭司は親の反対など全く意に介していなかった。母親京子に玲奈を紹介して、婚姻することを伝達した。
一九九六年春、三林恭司と玲奈は婚姻届けを二人で世田谷区役所に提出した。二人は桜上水に家を借りて生活をスタートする。
結婚して店の「ライムライト」は幸奈に権利を譲った。専業主婦として恭司との生活を堪能したかった。
三林連太郎は、そのまま指をくわえている人物でななかった。海千山千、清濁併せ飲んで事業を拡充してきた猛者は、以前より後ろ向きの仕事を任せていた神生会の山岸会長に相談した。
恭司は三協薬品の営業開発室室長として三年前から組織入りしている。
持ち前の性格からか役員諸氏及び従業員からも人望が厚かった。
連太郎も鼻高々だった。
そんな時に、思いもよらなかった恭司の水商売の女性との結婚を知り、驚愕していたのだ。
神生会は関東一円を縄張りとする、今でいう反社会勢力の塊のような組織だった。傘下に市原組、白政組、山坂組、右翼団体皇政会を持つ広域の組織を束ねていた。
山岸会長に、隠密裏に城木玲子と恭司の生活を破綻させる算段を依頼したのである。
目的、指標を遅滞なく取り決め、達成するためには手段を選ばない共通の信条を持つ二人だった。