第21話  第7章 必然と偶然

文字数 2,831文字

 

  神生会の山岸は、傘下の山坂組の若頭である結城を麹町の事務所に呼んだ。
結城は元は山岸の舎弟であり、神生会の幹部だったが、傘下の市原組との諍いで事実上左遷されていた。兄弟分として山坂組、上月組長より若頭として迎えられていたのだ。
久々に本家の山岸からの呼びかけに緊張して出向いた。東京港区の本家の門を潜った。

「会長、御無沙汰しております。差し迫って何か急用でしょうか?」
「おう、結城!久しぶりだな。少し手伝ってもらいたいことがある。そこに座ってくれ。」
結城は長椅子に座った。
「人を一人軟禁して貰いたいんだよ。」
「軟禁ですか?」
「そうだ。女性一人だ。」
結城は、今まで山岸からの命令に逆らったことは一度もない。仁義という観点からではなく、会長イコール親であるからでもなく、ただただ若いころから山岸の男気に心酔していたのである。
「わかりました。で、その軟禁対象は誰なんでしょうか?」
「三林玲子、三林恭司氏の妻女だ。」
「三林?って三林財閥の連太郎会長のつながりある方なんですか?」
「まあ、そんなところだ。・・・・」
山岸は、恭司と玲子を何とか離縁させたい意向が三林連太郎にあること、そしてその段取りを山岸に依頼されたことを話した。
「わかりました。では進めます。」
余計な詮索無しに結城は理解した。
「結城、くれぐれも安全に、かつ身体にけがをさせずに隠密に事をすすめてくれ。」
「その辺もわかっています。」
山岸は手堤袋を手渡した。
「一千万ある。当面の資金と支度金だ。」
結城は手堤袋を掴んで、会釈し、部屋を出て行った。

三林恭司は那須川から紹介された岬と待ち合わせた。時間より三十分前に那須川事務所で待機していた。岬が入ってきて紹介された。
「こちらが三林恭司さんだ。」
「はじめまして。岬孝二です。よろしくお願いします。」そう言って岬は名刺を恭司に手渡した。
名刺には岬探偵調査事務所 代表と記されていた。
「はじめまして。三林恭司と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
那須川は二人をソファー席に誘導して、話を始めた。
「では、即本題に入りたいと思います。あらかじめ岬君には事態の主軸を説明していますので、岬より恭司さんに質疑させていただき、調査深耕の指標を探りたいと思います。」
「よろしくお願いいたします。」
「先ず,不躾な質問で恐縮です。奥様、玲子様の周りに何か不自然な事はありませんでしたか?また何か恨まれているような事は無いでしょうか?」
「もともと、家内は芸能人として活躍した後、水商売もしておりましたので、ファンや顧客から何らかの恨みや妬みが無いかと言えば嘘になりますが、今すぐに頭に過るようなことは無かったように思います。
結婚したばかりで幸せそのものだったんです。」恭司は自分に言い聞かせるように答えた。
「これから数日の間で何か変わったことがあったら必ず連絡ください。先ずは奥様が失踪された日の足取りを追いたいと思います。周辺状況も併せて探ります。」
岬と那須川に深々と頭を下げて三林恭司は事務所を後にした。
その夕刻、事は動きを見せる。
恭司の携帯電話に非通知の着信音が鳴り響いた。
恭司は電話に出た。
「三林です。」
「三林恭司さんだね。奥さん失踪して三日ですね。ご心配でしょうね。」
失踪のタイミングを知る人物だと認識した。
「あなたは誰なんだ!」
「あなたの大切な奥様を預かっている人間だよ。」声のトーンを数段落として相手が続けた。」
「警察に話せば、奥様は元のままでは返せなくなるからそのつもりで。こちらからの要求は一億円だ。即刻準備していただきたい。明後日の十二月二十八日土曜日、夕刻五時に同日、三時に連絡する場所に持って来てくれれば、奥様は無事に恭司さんにお返しする。」淡々と話した。
「玲子は無事なのか?話をさせてくれ!」
数秒合間があった。
「恭司さん、玲子です!ごめんなさい!・・」
紛れもない玲子の声だった。
「恭司さん、無事を確認いただけましたか?」少し薄笑いしたような口調だった。
恭司は事態が最悪の状態と認識していたが、玲子の無事が何より嬉しかった。
「玲子をすぐに返してくれ!何でもする。何でもするから・・」恭司は電話口で叫んだ。
「では、明日電話を入れるまでにしっかり準備をしてくれ!」そう言って電話が切れた。

恭司はすぐに警察に連絡することも考えたが躊躇した。安全確保が完全で無いことを察知していた。那須川弁護士と岬に先ず報告した。
警察に伝えずに事を準備したい旨も伝えた。
「恭司役員、一億円を明日中に準備することが先ず難しいと思いますが・・・」那須川は先ず莫大な身代金要求に驚いていた。
「奥様の無事が確認できたことは何よりです。しかしながら身代金要求が目的の誘拐事件に巻き込まれたことが残念です。でも対処方法を考えましょう!」岬は冷静に事の推移とこれからの対処を話した。
「一億円は私の力だけでは準備できないのが実情です。犯人は三林グループの私に相応の力、資金力があると思ったんでしょうが、事実私には数千万の預貯金しかないんです。那須川さん、会社で貸していただけないでしょうね。」
「時期グループの総帥になるべきあなたの言葉とは思えませんね。お父様にご協力いただきましょう!それしかない!」那須川は確信していた。
「父がそんな話に乗ってくれるでしょうか?ただでさえ結婚に反対していたんですから。先ず母に話してみます。玲子の為なら何でもします!玲子が無事に戻ってくれるなら!
二人を失ったらもう僕は生きていけない。」
那須川と岬は顔を見合わせる。
「二人とは?」
恭司は咄嗟に口を噤んだ。懐妊のことは未だ伏せておくべきことと感じていた。那須川は連太郎と通じすぎている。子供の懐妊が判明したら、生まれるその子を三林家の孫として連太郎が玲子から引き離してしまう恐れがあることを想像していた。
出来れば人知れずに三林の家とは関わりなく、自由に育てていきたいとそう思っていた。
玲子も同意すること、望むことをわかっていたのだ。
「いえ、私と二人の生活が無くなってしまうという意味ですよ。」
「なるほど。」
那須川、岬の二人は、三林連太郎の固執した家族、閨閥保全の意思を感じ取りながら事態を早期に事を収拾させることを念じていた。

 閨閥(考査)

閨閥(けいばつ)とは、外戚(妻方の親類)を中心に形成された血縁や婚姻に基づく親族関係、又はそれから成す勢力、共同体、仲間などを指す。
もともとは中国語で「閨」の意味は夜、寝るための部屋のこと。
婚姻は政略結婚も含み、政界、財界、官界さらには王室、貴族に属す一族が自身や血族の影響力の保持および増大を目的に、婚姻関係を用いて構築したネットワークを門閥(もんばつ)と呼ぶこともある。(ウィキペディアより抜粋)

 長男が急逝したこともあり、何よりも三林家の行く末を懸念していた連太郎は何かにつけて顧問弁護士にも躊躇なく家族と会社に起こった事変の早期収拾を対応諸氏へ指示していた。




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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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