第24話 第7章 必然と偶然
文字数 2,242文字
初日は各メンバーと代表の木越とのディスカッションを聞いているだけで終えたが、その内容に感銘した。
玲子は正式にメンバーになり、積極的に治療日にディスカッションに参加した。
会費も年会費千五百円とディスカッション費用は参加日に一回五百円(お茶代込み)と格安だったことも入会の後押しをした。
メンバーになると代表の木越に個別相談が無料でできるようになっていたので玲子は個別相談の要望を出した。木越との個別相談は二週間前の予約が必要だったが、偶然にも一週間後に予約が取れていた。
玲子は相談場所のホスピスフロアのいつものカフェ「コンフィデンス」に入った。
カフェは落ち着いた空間ながら薄いオレンジ色のフッコーの櫛引仕上げで西欧風の空間演出がなされていた。
(フッコーは、一九七三年発売以来、進化を続ける壁面仕上材である。ハンドクラフトによるマットで深みのある表現は、アクリル系塗材の中でも抜きんでた品質と耐久性と言える。アクリルシリコン樹脂を結合材にすることで従来品に比べ、塗膜の耐久性が格段に向上。藻・カビなどの微生物の繁殖を抑制して汚れの発生を防ぐ素材として左官材に使用されることも多い。)
店内のライティングも玲子は気に入っていた。
天井のエミール・ガレのシャンデリアがより空間を演出していた。
「三林さん、こちらです!」木越が手を挙げて席に誘導してくれた。
「木越代表、お時間をいただき恐縮です。有難うございます。」
「こちらこそ、メンバーになっていただいて大変嬉しく思っております。早々に個別相談の依頼を頂戴して光栄です。」
「木越代表は無料相談を実施されていらっしゃいますが、運営は大丈夫なんでしょうか?」
玲子は前から疑問に感じていたので忌憚なく尋ねてみた。
「この団体NPO(非営利団体)ですからね。
非営利での社会貢献活動や慈善活動を行う市民団体ですから、自治体からも支援もありますし、寄付もこの活動資金に充てられますのでご心配には及びませんよ。」
「そうなんですね。無知で申し訳ございません。」玲子はかしこまっていた。
そんな様子の玲子を木越は優しい口調でカバーした。
「三林さん、人は一人ではなかなか解決できないことが多いと思います。でもそれがごく普通のことだと思うことが先ず大切なんですよ。知らないことは何も悪くありません。皆それぞれが足りない部分を相互に助け合っていく気持ちがあれば何も怖くありませんからね。」
「有難うございます。」玲子は木越の優しさあふれる目を見て心が落ち着くのを感じていた。
木越は珈琲を二つ注文した。
「今日は何でもご相談ください。団体のことでも結構ですし、健康相談のことでもご家族のことでも結構です。」木越は切り出した。
「今日は家族のことでご相談に参りました。治療で病院通いの中で団体に入会させていただきましたが、健康相談ではありません。木越代表のお話を聴いていて、人生経験豊富な
代表の助言をぜひ頂きたいと思いました。娘のことでご相談があります。」
「お嬢様がいらっしゃるんですね。お子様はお一人ですか?」
「はい、高校三年生で、来年の三月でもう卒業になります。」
「子供の成長は著しいものです。私の二人の娘もあっという間でしたよ。」
「こんなご相談をしていいのかどうか悩みましたが・・・」
木越はより優しい眼差しで話した。
「三林さん。全く問題ありませんよ。私が設立した団体の運営指針は皆さんに元気に前向きに人生を歩んでいただきたいということを念頭に「ポジティブシンキング」を骨子としています。ご相談内容は何でもいいんです。」
玲子は安堵して、気持ち新たに話しだした。
「娘の進路なんですが、芸能界入りを目指したいと言い出したことに悩んでいます。小さな頃に合唱団等に参加させていたこともあったので本人も憧れているとは感じていましたが、まさか親と同じ道を歩みたいとは思っていませんでしたので・・・」
「三林さんは芸能関係のお仕事をされていたんですか?」
「若い頃に俳優を目指したことがあります。業界の厳しさを痛いほど分かっているのに娘をそんな世界に誘ってしまったのかと思うと・・」
「なるほど。」
「娘には大学に行って、もっと好きな芸術や
文学を勉強した上で、社会人に成ってもらいたかったんですが・・・。」
「ご主人はどう言われていますか?」
玲子はその質問があることを想像していたが、やはりと感じていた。
「主人とは娘が生まれる前に離婚しております。」
「そうですか?それは失礼いたしました。他にご相談されている方はいらっしゃいませんか?」
「先輩の方ですが、友人関係にある女性には相談しています。」
「その方はお嬢様を良く知ってらっしゃる方なんですね。」
「はい、小さな頃から娘も慕っています。」
木越はコーヒーを飲み直して話した。
「ご友人の助言はありましたか?」
「はい、娘の夢は私の影響が強いんじゃないかと言ってました。劇団で俳優をして、少しですがドラマ出演やCMにも出ていたこともあって昔の写真を娘がみていたこともあって、
憧れが娘自信の夢に重なってしまったようだとも言っていました。娘の進みたい道を応援してあげればいいと助言があったんですが・・・」
「納得はされていないようですね。」
「不安なんです。私も癌になってこれからのこともじっくり考えて、娘の人生をしっかり考えないといけないんだと思っています。」
玲子は少し目に涙を溜めていた。
「三林さん、少し私の話をさせていただきますね。」木越は優しい口調で続けた。