第11話 第4章  運命の紋紙

文字数 2,906文字

    第四章 運命の紋紙

 三林連太郎は、故郷の河内長野を幼いころに出て、行商からスタートして、現在の三協薬品グループを拡大してきた。もともと河内長野市の名士だった父親が散財して先祖代々の土地や株の資産を全てなくしてしまっていることもあり、連太郎には三林家を養い、家系を復活させる使命で生きていた。
 連太郎は二十四歳で兵庫県会議員の菅原道隆の次女だった京子と婚姻している。
神戸市に拠点を置き薬品業界に力を注いだ。特に新薬開発に政財界のバックグランドを
的確に配し、事業を推進した。
 順調に三協薬品も新薬開発に成功して、急成長した。
 抗がん剤治療薬、糖尿病新薬等が事業拡大に寄与していた。関東への進出も進み、政財界との繋がりも深めていった。
中でも、厚生省との連携を深めて政商としての地位を確立していったのである。

 息子、三人に恵まれた。
 長男は浩一、次男は恭司、三男は隆と命名している。長男浩一には帝王学を学ばせて、三協グループ総帥として成長させるべく傍においていた。京栄大学卒業後、京英大学医科学部の研究室勤め一年後に三協薬品研究開発センター副所長で呼び戻している。
 次男の恭司は同じく京英大学経済学部卒業後、連太郎の反対を押し切って芸能界に飛び込んだ。三男の隆は私立の啓明大学理学部を卒業後に長男同様に三協薬品研究開発センター入りしている。
 連太郎には夢があった。毛利元就ではないが三人の息子たちが事業を次いで、三本の矢の如く、三協薬品グループを三協ホールディングスに拡大させてくれることだった。

 連太郎の人生は流転する。連太郎の夢設計も大きく傾くことになる。
 長男の浩一が大学からの趣味のだった槍ヶ岳登山中の落下事故により急逝したのだった。浩一も三協薬品の常務として就任して、結婚もして順風満帆だった。
連太郎は相当に落ち込んだ。

 三男の隆は三協薬品に所属しているが、将来の社長の器には程遠い人材だった。
三男坊は母親に甘やかされすぎていた。また何度も警察沙汰の事件を起こしていて、まさの問題児だった。何とか大学を卒業させて薬剤師の免許を取得させて研究開発センターの職員として働いていた。
 連太郎は母親の京子に次男、恭司に家業に大支給戻るよう説得を依頼することになる。
京子は浩一の急逝に嘆く暇もなく急かされた。
連太郎には事業を三林家同族で統率する事を何より重要視していた。

 一九九三年、春、白木玲奈は新しい生活をスタートした。アルキメデス劇場での事件後一年間は女優業を継続していたが、実母の認知症発生で一人娘だった玲奈は自由時間設定の難しい芸能界を引退するしかなかった。
もともと母親を楽させたいのがあった芸能界デビューを目指したこともあるが、母親の記憶に自分をしっかり残したかったのだ。

 五月に四谷三丁目近くの荒木町にカラオケスナック「ライムライト」を開店した。
 実母の認知症介護もある中、比較的に自由時間のある仕事を探したが、行きつくところ自由業が手っ取り早かったこともある。
小さなカウンターとソファーテーブル席が二つあるカラオケスナックを開業した。
準備期間を経て、元の芸能事務所の吉島あきらが保証人になってもらった。
 店舗名は「ライムライト」とした。母親がチャーリーチャップリンの大ファンだったこともあったのとストーリーの主人公のカルヴエロが道化師でお酒好きだったこともネーミングした理由になる。

 銀座や赤坂でも元女優であり、風貌端麗な玲奈は引手数多間違いないが、玲奈は母親との生活を優先したのだった。引退後、準備期間を経て、荒木町杉大門通にあるビル地下に店を開いた。
若い元女優ママのお店は瞬く間に人気店となり、大繁盛していた。

 九月、まだ紅葉には早い者の秋めいてきた季節、お店の近くのコンビニで少し買い物として開店一時間前の七時に店前に向かうと、既に先客が並んでいるのを見た。常連二人連れだった。
「すいません。遅くなりました。吉島さん!」
シャッターを開けて店に案内した。
おしぼりを置いて、連れの客の顔を見て
「新しいお友達ですか?」玲奈が聞くと
「そうなんだよ。一度連れてきたかったんだ。
君より二歳上の若者だが将来有望な青年だよ。」吉島はおしぼりで手を拭いて紹介した。
「加納君、じゃなかった三林君、ここのママはさっき話した通り、君と同業だったんだよ。」吉島は少し得意げに玲奈を紹介した。

「はじめまして、元は加納恭司として戦隊ものの俳優でした。つい最近までですが・・」
顔だち爽やかな好青年で、雰囲気も正義の味方っぽい感じだったので玲奈も好印象だった。
「ようこそいらっしゃいました。ご贔屓くださいませ!」声も弾んだ。
「今夜は彼の送別会なんだよ。誠に残念。やっとダブル主演の映画も決まってこれからだったんだが、ご家族の本業に戻ることになってね。今夜はやけ酒だよ!」吉島が心底残念に思っていた。
「本当にすいません。」深々とカウンター横で頭を下げるその姿は誠実感満載だった。
玲奈と恭司の出会いだった。

三林恭司はそれから頻繁にライムライトに足を運んだ。自分の夢だった俳優業を自分と同じように引退していた玲奈とのひと時が、家業に引き戻された思い気持ちを癒してくれた。
十二月に入り肌寒くなったある日、恭司は心に決め事を付帯してライムライトに開店同時に店に入った。
ピルスナービールを飲んで、気持ちを入れて
玲奈に向かい話した。
「玲奈さん、今度お休みに映画をご一緒しませんか?」思い切って恭司が誘った。
原則として、特定のお客様との休日デートはご法度ながら、玲奈も介護と仕事疲れのご褒美が欲しかった。少し早いが季節は冬入り、早いクリスマスプレゼントだと思った。
「いいんですか?何の映画かしら?」
「シルヴェスタースタローン主演のクリフハンガーです!」
てっきり恋愛映画だと思っていたら、アクション・サスペンス映画だった。恭司らしい選択だったし、玲奈は恭司と映画鑑賞できることが心底嬉しかった
「楽しみです!日にち決まったら教えてね。」
心躍りながら乾杯した。

『クリフハンガー』は、一九九三年のアメリカ・フランス・日本合作映画。ロッキー山脈に不時着した武装強盗団と山岳救助隊員の戦いを描いたアクション・サスペンス映画である。レニー・ハーリン監督、シルヴェスター・スタローン主演。(ウィキペディアより)

 一九九三年十二月二十三日木曜日、クリスマスイブイブだった。新宿ミラノ座前で待ち合わせて映画を鑑賞した。
シルヴェスター・スタローンのことが恭司が大ファンだったわけではなく、亡くした長兄の大好きな登山映画だったことが選択した理由であったことを鑑賞後の食事の時間に玲奈に話した。
「そうだったんですね。
お兄さん残念過ぎます。心残りだったでしょうね。」玲奈も早くに病気で実父をなくしていることもあり、肉親の死の痛みを味わっていた。
「恭司さん、今夜はお兄さんに献杯しましょうね。」
「有難う。嬉しいよ。」
二人は美味しい食事とお酒を楽しんだ。
その夜二人は結ばれた。

人は何らかの運命を感じ入ることがある。
何か大きな運命の軸が動くときに、そう感じるものと思われる。
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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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