第9話  第3章 孤高の生業

文字数 2,865文字

 第三章 孤高の生業

 二〇〇〇年はミレニアムの年。世間ではコンピューターの不具合が派生するとか、アルマゲドンの年になるとかの話でもちきりだった。
 一九九九年の大晦日から二〇〇〇年正月にかけて全国で身構えていた。深夜運転するジェイアールや私鉄各社は、大晦日に全ての列車を最寄り駅に臨時停車して運転を見合わせ、航空機はシステムの不測の事態に備えて欠航したり、年が明けてからの出発に変更したりして対応していた。

 また多くの企業では万が一に備え、エンジニアが出社。紅白歌合戦が終わり、ゆく年くる年を見ながら、その時に備えていた。二〇〇〇年になる、一部のシステムに不具合は出たものの、致命的な問題は生じなかった。無事に新年を迎えたエンジニアのなかにはお屠蘇気分で酒盛りをはじめたところもあり、事前に年の桁数を増やすなど膨大なプログラム変更したのが功を奏していた。

大晦日の夜、警視庁捜査一課の中山警備補は連続殺人犯の美作剛の連行護送を東京駅南口特別出入口で待機していた。

 一九九九年一〇月三十一日日曜日、ハロウィンの日に、道頓堀で無差別連続殺傷事件が起こった。主犯は美作剛二十三歳の留年の大学生だった。京南大学の文学部四年生で、事件後、東京に逃亡し、神楽坂に出没していた。
 警邏中の警官のお手柄で歩行中の美作に職務質問して緊急逮捕に至っている。

 事件発生日は、エジプト航空機九百九十便墜落事故発生の日でもあり、記事はこの殺傷事件と分断されていた。

 エジプト航空機墜落事故

アメリカ合衆国のロサンゼルス発ニューヨーク(ジョン・エフ・ケネディ国際空港)経由エジプト・カイロ行きとして運航されていたエジプト航空九百九十便が、ニューヨークから離陸して三十分後の一九九九年十月三十一日午前一時五十分頃(アメリカ東部標準時)、マサチューセッツ州ナンタケット島沖から南東六十マイルの大西洋上に墜落した。この事故で運航乗務員四名(うち交代要員二名)、客室乗務員十名、乗客二百三名の合わせて二百十七名全員が死亡した。(記事抜粋)

 道頓堀殺傷事件は世間も注目した事件だったが、より注目されることになったのは大晦日の大事件だった。

 大晦日、新幹線での護送中、名古屋駅で車内でボヤ騒ぎが発生した。
 一六車両編成であり、犯人護送車両は予め決められた調整席に指定されている為、この車両は問題なかったが、降車時に起こった騒ぎだった。名古屋ボヤ騒ぎは社内の鉄道捜査官にて対処しいていたが、新大阪到着時にマスコミが殺到する。

 新大阪駅に到着後、ボヤ騒ぎを起こした泥酔者は五号車にて捜査官が付添って降車したが、十六号車の護送者の降車時に一部のマスコミが駅構内で番線を間違えて待ち構えることになった。
 よりによって、世間はミレニアムを待ち構えていて犯人護送等が目立たない日を選んだつもりだったが、警視庁の当てが外れてしまったのである。
 美作剛と判明しないようにパーカーのフードで顔を隠し、手錠もタオルケットで隠して三名配置で降車した。
新大阪到着ホーム上にマスコミが殺到していた。
ボヤ騒ぎの犯人情報が錯綜していたのだ。

非常出入口周辺にも人だかりができてしまい、避けながら特別エレベーターに向かった。
 階段付近にまで人だかりができたその時、美作が大きな声を出して手錠の紐を持った刑事の手を振り切って走って人だかりに体当たりした。
 前で制御していた中山警部補も一瞬後部で起こっていることを感知できていなかった。倒れる人達と記者、刑事も倒れる人を手で支えて紐を離してしまう。
後部の階段に美作が動くところ、中山が突進し、体を捕らえる瞬間に美作が宙を舞った。階段下に大きく落下した。身体のあちこちをぶつけながら落下。頭部座礁で即死した。
 翌日の新聞には連続殺人犯死亡記事が大々的に掲載された。警察の不祥事としても大きく報道されることになる。
 護送責任者であった中山警備補にも監察官にて状況聴取が実施され、監督処分に至った。
 何より警察機関の失態を連日報道されていたことで、中山警備補は警視庁より左遷されることになる。
 その後一年間の免許センター検査官に配属勤務後、依願退職した。
 中山は独身だったので身の振り方は自由だった。渋谷に小さな探偵事務所を開設することになる。
十年来の友人でもある川畠には適時、飲んではこの事件の愚痴を継続してこぼしている。

 もともと警察機関は不祥事を嫌い、警察の威信を何より重要視する。探偵事務所には様々な案件捜査の依頼が入るが、捜査上に警察の威信なんて関係ないのが実情である。とにかく操作深耕できることが中山には快適だった。

主に人探しや身上身辺調査の依頼がほとんどだったが、たまに警視庁仲間の菅原刑事から応援依頼、といっても追跡補佐の特別依頼が入ることがあり、やはり昔の杵柄、心が燃えることもある。探偵事業も年季が入ってきていた。

 三林洋子からの依頼は劇団ミルクのマネージャーの清水からの紹介だった。依頼内容は、人探しというより、家族調査だった。
 実父である三林恭司の所在調査だった。母親とは洋子が誕生する前に離婚している。
三林の姓の姓のままになっているのは母親の配慮で、洋子の将来を考えての事だったようだ。
 三林恭司の捜査は比較的に簡単だった。しかし五年前に車両の交通事故で寝たきり(植物状態)であったことが判明した。

洋子の母親は二年前の二〇二十年に亡くなっている。洋子は母一人で育った。小さなころから歌が好きで少年少女合唱団に入っていた。
父親については母から小さな時に亡くなっていると伝えられていた。家に小さな仏壇があったので位牌は父親のものと信じていた。(母親の両親の位牌と知ることになるが。)
父親の写真が一枚も無いのが寂しかったが、母親に質問するたびに悲しそうな顔をするので聞くのを止めた。
 父が存命だと分かったのは、母親が逝去してから遺品整理していた時に父親からの数通の手紙が見つかったからだ。二人がやり取りしていたのが分かって嬉しい気持ちになった。
 娘のことが書いていなかったのが不思議な感覚でもあったし寂しさもあった。
 母親との生活に経済的な不自由が全く無かった。母親の病気療養についても支援者がいるようだが詳細は母親が逝去したことで不明になっている。
 家族葬の後、数日して線香と香典を持参された六十歳前後の女性がいた。名前は安藤裕子さんと紹介されていた。母親とは長い付き合いだったようだ。
 安藤裕子さんとはその後、父親のことで連絡したことがある。なんらかの情報があればと洋子が尋ねたが情報は得られなかった。
 そこで、劇団マネージャーの清水の知人である中山探偵事務所に調査依頼したのだ。

 中山は調査書類を一月二十一日金曜日に洋子の世田谷のミルフィーユシアター楽屋で洋子本人に手渡した。洋子は劇団ミルクの演劇女優・アイドルをしていた。アイドル名は夢坂このみだった。

 父親が事故で寝たきり状態であっても父親の生存がわかったことを大変喜んでいた。

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登場人物紹介

川畠真和

主人公  還暦を迎えて再雇用でサラリーマン生活最中に殺人事件に巻き込まれる。自分自身の人生の変遷と事件関係者の人生に交わりが生じていた事がわかった時に、流転の天使の意味を知ることになる。

中山次郎

主人公の友人。元警視庁捜査一課刑事。現在は渋谷区内で探偵事務所を開設させている。ひな祭り殺人事件の被害者、関係者がクライアントだったことから事件に巻き込まれる。

三林洋子

母1人娘1人で生活する25歳の活発な女性。劇団ミルクでアイドルを続けている。3月卒業間近に事件の被害者になってしまう。

川畠好美

川畠真和の妻。元、真和の開発マンションモデルルーム受付スタッフ。秋田酒造メーカーの経営者時代に再会し、結婚にも至っている。真和にとってかけがえ無い存在。

三林玲子

三林恭司の妻であり洋子の母親。洋子の将来をいつも心配している。、世田谷でコーヒーショップを経営しながら洋子を育て上げた。物語の主要な存在でもある。

三林恭司

三林洋子の父親。三協薬品の営業開発室長(取締役)。誠実でかつ実直。三林家の長男が急逝し俳優業を止めて家業を継承している。

吉島あきら

川畠真和の旧友。元丸幸商事の同僚。退社後は不動産会社を経営の傍ら、芸能プロダクションも併せて経営している。川畠とは東京都内で頻繁に飲み歩いていた。

三林連太郎

三協薬品グループ総帥であり創設者。絶対権力を維持しながら事業拡大してきた業界のフィクサーでもある。

浩一、恭司、隆の父親でもある。

三林隆

三林家の三男。幼いころから過保護で育ち、根っからの甘えん坊体質。三協薬品グループ会社の研究開発センター所長職。ギャンブル好き。

小川孝

光触媒コーティング事業会社、アンジェ&フューチャー社長。吉島の後輩でもあり川畠とも面識有。おとなしい性格の反面、ギャンブルとアニメにのめり込んでいる。

安藤裕子

三協財団の理事長。三林浩一の元妻。恭司の相談相手でもあり、かつ連太郎の事業においても参謀として活躍する才女。京都の京辰薬品開発会社の二代目辰巳の長女でもある。

杉尾留美子

介護士。三協タイムサポートに勤務している。横浜関内にあるカジノ「ステイタス」のバニーガール小林佳代の友人でもある。心優しい人柄で友人たちにも好かれている。

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