05 カーブロレの店-2

文字数 2,566文字

ガタガタガタッダザザ

 相変わらずの悪路。周りには岩肌ばかりで、草木の生えない地面。地平線に見えるのは、青と赤茶のコントラスト。時折、緑が広がる地が車窓から見えるが、直ぐに横に流れていく。

 後ろには運び終え姿を消したものに変わり、行った先の街でまた預かり届ける事になったものが多く並んでいる。この中のいくらがマルディヒエロに届くのだろうか。

「まーた外見てんのか。よく飽きないな」
「どこを見たって飽きる風景なんだから仕方ないじゃないか」
「まあ言えてる」

 あの鹿のファーリィ(獣人)の依頼から数日、ある程度依頼が溜まったという事で初仕事に行く事になった。

 何があるのだろうと喜び勇んだのはいいが、蓋を開けてみるとあら不思議。
 一日の大体は車での移動に費やし、夜の帳が降りるギリギリに街へつく。夜に休息、朝は依頼されたものを届けたり、依頼をされたりで動き回り、街を観光出来る訳でもない。

 いや、分かっていたはずだ。そもそも、俺は元の世界へ帰るためが第一目標のはず。観光気分で運び屋なんぞやっていて困るのは自分だ。
 だが運び屋など怪しげな香りに惹かれてしまっていたのだ。あるだろう?ロマンを感じてしまう事って……。

 実際は、怪しげなものを取引するでもなく、金を持っていそうな人に依頼の品を届けたり、逆に依頼を受けたり、手紙のようなものまで届けていた。なんとも平和的な運び屋である。


 ジェスラになぜ手紙のような、細々しているものまで届けるのだ。と聞くと答えは直ぐに帰ってきた。

「普通の配送機関も多くあるが、たまに、カミエント(停滞したもの)や賊に襲われ、荷物が届かない場合がある。確実に届けたいのなら、腕っぷしが強くて実績がある奴に頼む」
だそうだ。カミエント(停滞したもの)とは、俺が目覚めた森で出会ったあの化け物のようなものの総称なのだそうだ。


 主に夜に活動をし始めるらしく、昼に行動する今のところ、運良く出会ってはいない。だが、少ないが昼でも遭遇する場合はあるらしく恐ろしい。
 群れでいる場合や、強い個体だと一匹でも危ないらしく、行く先の街々で築かれている隔壁は、そういったものから街を守るものなのだそうだ。

 あんなグロテスクな、生き物なのかどうかもわからないものが、この地にはうじゃうじゃと蔓延っているのかと思うとゾッとする。



 いい加減、窓をよぎる風景の代わり映えのなさにも飽きてきて、少々伸びをしてみる。やはり車内で座りながら揺られっぱなしというのはどうしても疲れてしまう。エコノミー症候群になるわ。

 目を休ませながら、あーあなどと喚き足をバタつかせていると、ジェスラに頭を叩かれる。かなり手加減されており全く痛くはなかったが、何事かとジェスラを見る。

「暇人見えてきたぞ。あれがルービアプラタ、芸術に造詣深い、職人たちの街だ」

 そこには、隔壁に囲まれた街が……また隔壁かよ!いやわかるけどさ!
 毎度毎度、隔壁見せられてもコメントしづらいわ。






 こうして俺たちは鹿のファーリィから頼まれた品を受け取るために、芸術の街、ルービアプラタに着いたのだ。

 中に入ると、マルディヒエロや今まで行った街とも違う。
 マルディヒエロがどうしても基準にはなってしまうのだが、あの街は、工業街ということもあるのかも知れない、街の中も少々乱雑で、人々も活気に溢れた街だった。


 ルービアプラタはさすが美術に造詣が深いというだけあり、何処か洗練された雰囲気をしていた。
 街の建造物も無駄な装飾などなく、マルディヒエロが活気ある工業街なら、ルービアプラタはヨーロッパのおしゃれなレンガ造りの街という感じだろうか。人々もマルディヒエロほどの活気ではないが、無駄にうるさいわけでもなく、日常を送っているようだ。


 門から街を入り、道をしばらく進むこと、おそらく二十分程度だろうか。ジェスラはある一角で車を停めると俺に降りろと言い、自分も車を降りて行った。少し遅れながらも外に出ると、風を全身に感じ久々に外に出たなあと、体全体で伸びをした。


 ジェスラはすでに歩き出しており、はぐれないようにと急いで後を追う。横の細い裏路地を入ってゆくと、しばらく細い入り組んだ路地が続く。
 これは、はぐれたら大変そうだな、なんて思いながらジェスラの後を黙々とついてゆくと、車を止めた通りよりはかなり狭いが、少しだけ開けた通りに出た。

「あそこだよ。カーブロレの店は」

 ジェスラが指差した場所を見ると、何て事もない、一見どこにでもありそうな居住まいの家だ。赤茶のレンガ造りで、ガラスの飾り窓から覗く店内は、ぼんやりと薄暗く、少し怖い。

 ジェスラとともに、少し古ぼけた扉を開き中に入る。
 店内には時計ばかりが並び、壁には一面掛け時計。ガラスの陳列棚には腕時計や、懐中時計が置かれているのが見える。

 各々が、かち、かち、と針が動かし、振り子を揺らす。時を数える音しか聞こえない、静かな店だった。


「おい、爺さんいるかー。カーブロレ」


 ジェスラがカウンター越しに、店の奥に続いていると思われる、扉のない入り口に声を投げかけている。それを横目に、俺はうろうろと店内をうろついていた。

 時計、というものにはあまり興味は無かったが、友人のひとりはよくあの時計が欲しい。この時計が格好いいといっていた。
 確かに格好いいものだし、俺も自分で働くようになったら、いい時計を買おう。何て意気込んでいたが、子供に逆戻りした自分には夢のまた夢である。


 カチッ!という、針の音にしては目立つ音が聞こえたかと思うと、ボーン! と壁にかかる掛け時計が一斉に鳴りだした。意識を飛ばしていて、突然の事で気がつかず、体がビクっと反応する。

「うるさいのう。そんなに叫ばんでも聞こえるわ」

 ボーン、ボーン。と低い音で鳴り続ける時計の音に混じって、見知らぬ、少し年を取りしゃがれたような声が、微かに聞こえた。



「少し黙っとれ。音が聞こえん」



 ボーン、ボーンと、時計の音が響きわたる店内に現れたのは、モノクルをかけた、アライグマのファーリィだった。
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