26 誓い
文字数 3,352文字
「動くな!」
ハンドガン構え、銃口をオーダーに向ける。銃を持った手が震える。それはそうだ、本物の銃なんて人に向けるのは初めてだ。この引き金を引くだけで、俺は人を殺すことができる。そんな道具、臆病な俺には恐ろしくてたまらない。
「!? 誰だ!」
「アユム! どうしてここに!」
「銃を捨てろ! さもないと撃つ!」
オーダーは舌打ちをすると銃を捨てる。立ち上がりながら手を頭の後ろに据え、こちらを睨みつけてくる。ジェスラも起き上がってはいるが、こちらに向けられる眼光は鋭い。はい、もし無事に帰れたらお説教タイムですね。わかります。
「オーダー……お前ヴァルレクサの事どこまで知った」
「お前に答える義理はねえよ」
「言え!!!」
ジェスラはオーダーの胸ぐらを掴み上げ、そう脅すが、オーダーは怯んだ様子はない。ただニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ジェスラを睨みつけるばかりだ。
「お前が滅びに向かうのも面白いだろうが、教えたところでお前に何ができる。せいぜい苦しみながら生きろよ」
瞬間、オーダーの体が後ろへ吹っ飛ぶ。ジェスラが殴ったのだ。オーダーは呻きながらも起き上がり、ジェスラに向かって言葉を放つ。
「ジェスラァ! これは昔馴染みからの忠告だぜ。あの薬からは手を引け。国が隠蔽するような薬だ。お前一人の力でどうこうできるもんじゃねえ。お優しい俺からの忠告だよ。はははっ、もしお前が答えを知った時、どうなるかは楽しみだがな」
ジェスラがオーダーを押し倒し馬乗りになり、拳を振るう。オーダーは抵抗することなくジェスラに殴られ続けている。虎のような唸り声を上げながら、ジェスラは殴り続けている。
「ジェスラ! やめろよ! 死んじゃうよ!」
ジェスラの腕力で、オーダーの顔はどんどん血まみれになって行く。ヒューマよりも力の強いファーリィの腕力だ。そのダメージは計り知れない。
怖い。だがジェスラを止めようと腕を掴むが、容易く振り払われ、後ろへ吹っ飛んだ。
「うっ、ジェ、ジェスラ!」
すぐさまどうにかしようと起き上がるが、ジェスラは殴ることをやめない。どうすればいいのかと必死に考えていると、ヒューマの女、クランスがジェスラに銃を向けていた。
「ジェスラ、それ以上は私も看過できないわ」
銃を向けられたジェスラは動きを止め、クランスを睨みつけている。
ジンシはジェスラからオーダーを離し、肩に腕を回し、立ち上がらせた。オーダーはフラフラとおぼつかない足取りだ。
「ジェスラさん。オーダーさんの言うことは本当です。あの薬に関わるべきじゃない。僕たちは知ってしまったから賞金首になってしまった。あなたが知った事でどうなってしまうか。僕たちにはわからない」
ジンシがそうジェスラを落ち着かせるように言うが、ジェスラの耳に入っているかはわからない。興奮状態のようで唸りながら肩で息をしている。
「……二度とここへは近づくな。次会った時には容赦しない」
「へっ……言われなくともそうするさ。じゃあなジェスラ。せいぜい苦しめよ……」
オーダーはジンシに支えながら吐き捨てるようにそう言った。支えられながらふらふらとした足取りでトラックへ乗り込み走り出す。
あたりに静寂が戻ってくる。
「……ジェスラ……帰ろう……」
空を見つめたままのジェスラに話しかける。興奮はだんだんと落ち着いてきたのか、ジェスラは銃を拾い上げ、黙ったまま検問所まで向かう。
俺は検問所で少々お叱りを受けたが、その後はジェスラと黙ったまま宿に戻り、強い眠気を感じ、アルマを出した後、シャワーも浴びずにベットへ潜り込んだ。
鳥のさえずりが聞こえる。目を薄っすらと開けると、閉められたカーテンの隙間から朝日がこぼれ落ちていくのが見えた。
「ううん」
朝か。もう少し寝たいなと思ったが、何かに頬をつねられ、痛みで目が覚めて行く。
「いって。……なんだアルマか」
「おはよう。ジェスラ、朝ごはん買いに行ったよ。そろそろ起きてシャワーでも浴びてきたら」
「あー……そうすっかー」
のっそりと起きると隣のベッドは空だ。アルマの言う通り朝食を買いに行っているのだろう。
シャワーを浴びると頭が冴えて行く。清々しい気分でバスルームを出ると、ジェスラが帰ってきていた。
「お、おはよ、ジェスラ」
「ああ、おはよう」
ジェスラに挨拶をすると、紙袋を渡される。中に入っているのはサンドウィッチのようだ。ジェスラはコーヒーを飲みながら新聞を見ている。
「お前、なんで昨日付いてきた」
新聞を見たままのジェスラのその問いに昨日のことを思い出す。
「ジェスラが心配だったから……」
「まあ確かに助けられたがな……。だが、あいつらだったから良かったが、危険なことには変わりない。それはわかるな?」
「はい、ごめんなさい……」
「それにだ」
ジェスラはテーブルに昨日俺が持っていたハンドガンをゴトリと置いた。
「安全装置がかかったままだ。これじゃあ打ちたくても打てんぞ」
「安全装置……」
「暗くてよく見えなかったのかも知れんが、まあ脅しにはなったな」
銃なんてモデルガンも扱ったことのない俺にはよくわからなかった。そうか暴発しないように安全装置が付いているのか。
「帰ったら銃の扱い方教えてやるよ。お前もそろそろ、身を守る術を身につけといたほうがいいだろうしな」
「うん、お願いします」
正直怖いが、身を守る為だ。腹をくくろう。
室内に設けられたジェスラが座っている真正面の椅子に座り、サンドウィッチを食べる。野菜がみずみずしくて美味しい。やはり農業街と言うこともあり食材が新鮮なのだろう。
「お前が焚きつけたんだろ。アルマ」
「なんのこと? 僕はただ、ジェスラを守れるのはアユムだけだって言っただけ。その後の事は知らないね」
「はん。どうだか」
コーヒーを啜りながらジェスラがアルマをじとーっと見ている。信用されてないな。まあ、普段の言動も言動だし仕方ないのかも知れない。
昨日のジェスラは恐ろしかった。喉から手が出るほど欲しい情報なのだろう。激情にかられあんな行動をしてしまうほど、ジェスラにとっては渇望しているものなのだ。
彼らは何を知ったのだろう。知ってしまったせいで、彼らは賞金首になってしまったと言っていた。カリダートからは政府が関与しているという可能性があると言っていたが、彼らは国が隠蔽していると言っていた。可能性ではなく確実に、カリダートの言うことは当たっていたのだろう。
真相に近づけば近づくほど危険を伴う薬。危険が伴おうとも真相を知りたいジェスラ。滅びに向かう……きっとジェスラはたった一人、誰にも知られず、報われず、消えてゆくことを望んでいるのかも知れない。
でも俺は、俺を助けてくれたジェスラが滅びに向かう姿など見たくはない。ジェスラにとってちっぽけな存在だったとしても、それをただ見ているだけなんてできっこない。
胸の内に俺には言えない事を抱え込んでいるのならば、俺もそれすらも全部抱えてジェスラの助けになりたい。
「ジェスラ、俺強くなるよ。だからその術を教えてほしい」
ジェスラを見つめると、ふっと軽い笑いが帰ってくる。
「帰ったら、色々教えてやるよ。……ありがとうな、アユム」
昨日のことなど感じさせないほどの穏やかな笑みだ。
ジェスラは優しい人なのだ。だが、誰しにも影はあるものだ。その影の深さは俺にはまだわからない。なにもかも抱えて生きるなんて、それこそ傲慢で愚かなことなのかもしれない。潰れてしまうことだってあるだろう。
強くなりたい。それだけが今の俺を動かすものだ。
それから二日はシリノへ報告に行ったり、ギルドに行ったり市場に行ったりとジャーデンヴェルデを満喫した。
マルディヒエロへの帰路、考え事ばかりをしていた。自分に出来ることならばなんだってやってみよう。臆病だって、自分にできる全てをかけて守ってみせる。膝の上で丸くなるアルマを撫でながらそう思った。
ハンドガン構え、銃口をオーダーに向ける。銃を持った手が震える。それはそうだ、本物の銃なんて人に向けるのは初めてだ。この引き金を引くだけで、俺は人を殺すことができる。そんな道具、臆病な俺には恐ろしくてたまらない。
「!? 誰だ!」
「アユム! どうしてここに!」
「銃を捨てろ! さもないと撃つ!」
オーダーは舌打ちをすると銃を捨てる。立ち上がりながら手を頭の後ろに据え、こちらを睨みつけてくる。ジェスラも起き上がってはいるが、こちらに向けられる眼光は鋭い。はい、もし無事に帰れたらお説教タイムですね。わかります。
「オーダー……お前ヴァルレクサの事どこまで知った」
「お前に答える義理はねえよ」
「言え!!!」
ジェスラはオーダーの胸ぐらを掴み上げ、そう脅すが、オーダーは怯んだ様子はない。ただニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ジェスラを睨みつけるばかりだ。
「お前が滅びに向かうのも面白いだろうが、教えたところでお前に何ができる。せいぜい苦しみながら生きろよ」
瞬間、オーダーの体が後ろへ吹っ飛ぶ。ジェスラが殴ったのだ。オーダーは呻きながらも起き上がり、ジェスラに向かって言葉を放つ。
「ジェスラァ! これは昔馴染みからの忠告だぜ。あの薬からは手を引け。国が隠蔽するような薬だ。お前一人の力でどうこうできるもんじゃねえ。お優しい俺からの忠告だよ。はははっ、もしお前が答えを知った時、どうなるかは楽しみだがな」
ジェスラがオーダーを押し倒し馬乗りになり、拳を振るう。オーダーは抵抗することなくジェスラに殴られ続けている。虎のような唸り声を上げながら、ジェスラは殴り続けている。
「ジェスラ! やめろよ! 死んじゃうよ!」
ジェスラの腕力で、オーダーの顔はどんどん血まみれになって行く。ヒューマよりも力の強いファーリィの腕力だ。そのダメージは計り知れない。
怖い。だがジェスラを止めようと腕を掴むが、容易く振り払われ、後ろへ吹っ飛んだ。
「うっ、ジェ、ジェスラ!」
すぐさまどうにかしようと起き上がるが、ジェスラは殴ることをやめない。どうすればいいのかと必死に考えていると、ヒューマの女、クランスがジェスラに銃を向けていた。
「ジェスラ、それ以上は私も看過できないわ」
銃を向けられたジェスラは動きを止め、クランスを睨みつけている。
ジンシはジェスラからオーダーを離し、肩に腕を回し、立ち上がらせた。オーダーはフラフラとおぼつかない足取りだ。
「ジェスラさん。オーダーさんの言うことは本当です。あの薬に関わるべきじゃない。僕たちは知ってしまったから賞金首になってしまった。あなたが知った事でどうなってしまうか。僕たちにはわからない」
ジンシがそうジェスラを落ち着かせるように言うが、ジェスラの耳に入っているかはわからない。興奮状態のようで唸りながら肩で息をしている。
「……二度とここへは近づくな。次会った時には容赦しない」
「へっ……言われなくともそうするさ。じゃあなジェスラ。せいぜい苦しめよ……」
オーダーはジンシに支えながら吐き捨てるようにそう言った。支えられながらふらふらとした足取りでトラックへ乗り込み走り出す。
あたりに静寂が戻ってくる。
「……ジェスラ……帰ろう……」
空を見つめたままのジェスラに話しかける。興奮はだんだんと落ち着いてきたのか、ジェスラは銃を拾い上げ、黙ったまま検問所まで向かう。
俺は検問所で少々お叱りを受けたが、その後はジェスラと黙ったまま宿に戻り、強い眠気を感じ、アルマを出した後、シャワーも浴びずにベットへ潜り込んだ。
鳥のさえずりが聞こえる。目を薄っすらと開けると、閉められたカーテンの隙間から朝日がこぼれ落ちていくのが見えた。
「ううん」
朝か。もう少し寝たいなと思ったが、何かに頬をつねられ、痛みで目が覚めて行く。
「いって。……なんだアルマか」
「おはよう。ジェスラ、朝ごはん買いに行ったよ。そろそろ起きてシャワーでも浴びてきたら」
「あー……そうすっかー」
のっそりと起きると隣のベッドは空だ。アルマの言う通り朝食を買いに行っているのだろう。
シャワーを浴びると頭が冴えて行く。清々しい気分でバスルームを出ると、ジェスラが帰ってきていた。
「お、おはよ、ジェスラ」
「ああ、おはよう」
ジェスラに挨拶をすると、紙袋を渡される。中に入っているのはサンドウィッチのようだ。ジェスラはコーヒーを飲みながら新聞を見ている。
「お前、なんで昨日付いてきた」
新聞を見たままのジェスラのその問いに昨日のことを思い出す。
「ジェスラが心配だったから……」
「まあ確かに助けられたがな……。だが、あいつらだったから良かったが、危険なことには変わりない。それはわかるな?」
「はい、ごめんなさい……」
「それにだ」
ジェスラはテーブルに昨日俺が持っていたハンドガンをゴトリと置いた。
「安全装置がかかったままだ。これじゃあ打ちたくても打てんぞ」
「安全装置……」
「暗くてよく見えなかったのかも知れんが、まあ脅しにはなったな」
銃なんてモデルガンも扱ったことのない俺にはよくわからなかった。そうか暴発しないように安全装置が付いているのか。
「帰ったら銃の扱い方教えてやるよ。お前もそろそろ、身を守る術を身につけといたほうがいいだろうしな」
「うん、お願いします」
正直怖いが、身を守る為だ。腹をくくろう。
室内に設けられたジェスラが座っている真正面の椅子に座り、サンドウィッチを食べる。野菜がみずみずしくて美味しい。やはり農業街と言うこともあり食材が新鮮なのだろう。
「お前が焚きつけたんだろ。アルマ」
「なんのこと? 僕はただ、ジェスラを守れるのはアユムだけだって言っただけ。その後の事は知らないね」
「はん。どうだか」
コーヒーを啜りながらジェスラがアルマをじとーっと見ている。信用されてないな。まあ、普段の言動も言動だし仕方ないのかも知れない。
昨日のジェスラは恐ろしかった。喉から手が出るほど欲しい情報なのだろう。激情にかられあんな行動をしてしまうほど、ジェスラにとっては渇望しているものなのだ。
彼らは何を知ったのだろう。知ってしまったせいで、彼らは賞金首になってしまったと言っていた。カリダートからは政府が関与しているという可能性があると言っていたが、彼らは国が隠蔽していると言っていた。可能性ではなく確実に、カリダートの言うことは当たっていたのだろう。
真相に近づけば近づくほど危険を伴う薬。危険が伴おうとも真相を知りたいジェスラ。滅びに向かう……きっとジェスラはたった一人、誰にも知られず、報われず、消えてゆくことを望んでいるのかも知れない。
でも俺は、俺を助けてくれたジェスラが滅びに向かう姿など見たくはない。ジェスラにとってちっぽけな存在だったとしても、それをただ見ているだけなんてできっこない。
胸の内に俺には言えない事を抱え込んでいるのならば、俺もそれすらも全部抱えてジェスラの助けになりたい。
「ジェスラ、俺強くなるよ。だからその術を教えてほしい」
ジェスラを見つめると、ふっと軽い笑いが帰ってくる。
「帰ったら、色々教えてやるよ。……ありがとうな、アユム」
昨日のことなど感じさせないほどの穏やかな笑みだ。
ジェスラは優しい人なのだ。だが、誰しにも影はあるものだ。その影の深さは俺にはまだわからない。なにもかも抱えて生きるなんて、それこそ傲慢で愚かなことなのかもしれない。潰れてしまうことだってあるだろう。
強くなりたい。それだけが今の俺を動かすものだ。
それから二日はシリノへ報告に行ったり、ギルドに行ったり市場に行ったりとジャーデンヴェルデを満喫した。
マルディヒエロへの帰路、考え事ばかりをしていた。自分に出来ることならばなんだってやってみよう。臆病だって、自分にできる全てをかけて守ってみせる。膝の上で丸くなるアルマを撫でながらそう思った。