30 ミュータント 

文字数 4,504文字

 森へ入って一時間というところだろうか。獣道をたどりながら森の中を歩いていった。獣道の先に大きな泉を見つけたが、そこからは獣道のようなものは発見出来ず、アルマの指示に従い森の中心部へ向かう。どうやら核汚染の酷い地域は西側のようで、そこさえ避ければどうということも無いようだった。アルマにはガイガーカウンターも付いているらしく危険そうな地域は避けて進んでいった。多機能だなとか、まるで炭鉱のカナリアだななんて思ったりしていた。
 危ない場所は避けて進んでいった筈だった。筈だったのだが。
 アルマの指示が止まりどうしたのかと問うと。

「森の中ってさ~。木々が鬱蒼と生えててよくわかんないだよね」
「は?」

 アルマの言葉に嫌な予感がする。こいつまさか……。

「つまりさ」
「アルマ」
「これは」
「アルマ」
「迷ったね!」
「お前マジでふざけんな」

 思わず肩に止まるアルマを鷲掴みにし、こいつどうしてくれようと思いっきり睨む。

「うわー! 僕精密機械なんだからもっと丁寧に扱ってよ!」
「知るか! おいどうするんだよポンコツ!」
「お兄ちゃん、ロラたち迷子になっちゃったの?」

 ハッとしてロラを見る。その顔は不安から泣きそうな顔になってしまっている。やばい、この子を不安にさせてはいけない。出来るだけ笑顔を作り優しく語りかける。

「ロラ、大丈夫だよ。俺が付いてる。一人じゃないんだ」
「アルマちゃんはお兄ちゃんのこと頼りにならないって言ってたよ」
「アルマお前本当に余計な事しか言わねえよな」
「ほんとのことじゃん! 来た道戻れば多分システム復活するだろうから戻ろう」
「はー、わかったよ。ロラ、一回泉まで戻ろう」
「うん」
「アルマ、方角くらいはわかるよな。南はどっちだ」
「あっちだよ」

 アルマの指示通り南を目指し、進んでいく。途中枝折りを付けながら進んできたからか、目印を頼りに進めば、なんとか泉に着くことが出来た。
 アルマの調子はどうかと問えば、システムは復活したらしい。あまり奥まった場所に行けないのは苦しいがデタラメに歩いても遭難するだけだろう。ロラには悪いが、姉探しは諦めてもらうしかない。

「ロラのどかわいちゃった。お水飲んでも大丈夫かな」
「うーん。どうかな。お腹壊さないかな」
「ロラ丈夫だよ! 風邪ひいたことないんだ!」
「うーんでも汚染されてる場合もあるだろうし」

 クナの森ではジェスラに止められ後から知ったが川の水は核汚染されているという話だったし、ここの泉が飲み水として飲めるかどうか、正直自信がない。アルマに聞けば、ここら辺は汚染地域より随分離れているだろうし、大丈夫ではないかという話だった。

「お水飲む」
「あ、ロラ!」
「その水は飲むな」

 突如聞こえた低い声にハッとして振り返る。そこに居たのは、フードを目深に被った男性のようだった。
 しかし、ばさりとフードを取り去り顔が明らかになると、とてもじゃないが人間と呼べるかどうか怪しい人だった。二メートル以上あるのではと思うような大きな体に、人間とはまるで思えないオリーブ色の肌。長い外套を身につけているが、覗く腕などは筋骨隆々としており、ヒューマ(人間)ファーリー(獣人)エイビー(鳥人)スケイリー(爬虫類人)、どの種族にも当てはまりそうにない。
 アルマ、ロラもそちらを注視し、呆然としていた。もしかして、これが店主の言っていた言葉を操るカミエント(停滞したもの)か? この場で頼れるものは何もない。ロラの前に立ち身構えた。

「その水は西側からの湧き水だ。この水を飲め。東側のものだ」
「え。あ、ありがとう……」

 革水筒を渡され、予想外の言葉に戸惑う。信用していいのか不安だが、敵意は感じられなかった。ロラに水筒を渡し飲ませれば、美味しいと口にする。

「あ、あの。あなたはカミエントなんですか?」
「違う」

 返された言葉に戸惑う。どうみたって人間とは言いがたい見た目だけに。カミエントではないとしたら、彼は一体何者なのだろう。

「ねえ! お姉ちゃん知らない?! お姉ちゃん、森にお嫁さんに行ったってお父さんが言ってたの!」
「お姉ちゃん? ああ、あの娘か。確かに似ているな」

 どうやら彼はロラの姉について知っているようだ。彼女がどこにいるかと問えば、付いてこいと言われる。

「私の家にいる。来るか」
「うん! お姉ちゃんに会いたいの」

 ロラは食い気味に彼にそう答えた。彼を信用していいのか、俺にはわからない。危険ではないかと思ったが、ロラは付いて行く気満々だ。ここで引き止めてもロラは一人でも行くと言うだろう。流石にそれはまずいと思い、彼に付いて行くことに決めた。








 泉を離れて一時間半くらいだろうか。森の中に開けた空間が現れ、そこに木造の家が立っていた。なぜこんな森の中に? と思い訊ねたら、自分で作ったと言うことだった。
 家の庭には薪割りの跡だったり、家庭菜園のような畑があった。ここが彼の住処なのか。普通の人間が住んでいる家かのような様子に、彼は本当に何者なのだろうと思案してしまう。

「ピア、帰ったぞ」

 彼用に作られたであろう大きめの扉を開き家へと入れば、一人のファーリィが椅子に座り飲み物を飲んでいた。見た目は黒柴に似た黒毛の犬のファーリィだ。ロラよりもまろ眉がくっきりと現れており、とても可愛らしい印象だ。おそらく、彼女がロラの姉なのだろう。

「ああ、ルシア。お帰りなさい。……あら? お客さま?」
「お姉ちゃん!」

 俺の後ろに隠れていたロラが勢いよく姉、ピアに駆け寄った。

「ロラ!? どうしてここに!?」

 ピアへと抱きつき、ロラは泣き出してしまい、ただただグズグズとピアの胸で泣いていた。

「お姉ちゃん。ごめんね。わ、私、けんかしたことお姉ちゃんに、あ、謝りたくって」
「ロラ……」
「ごめんね。ごめんねえ。……居なくなっちゃえなんて言って。ほ、ほんとはお姉ちゃんの事大好きなのにっ」
「いいのよロラ……。急に居なくなってごめんね」
「うわあああああん!!!」

 ロラとピアが再会を果たせて良かった。しかし、なぜピアは彼の家にいるのだろう。ロラは森へお嫁さんに行くと言っていた。彼はピアの結婚相手と言うことなのだろうか?

「あの、ピアさんはなぜここに?」
「……人身御供」
「え」
「カミエントを恐れる村の連中が、何十年かに一度村の娘を寄越してくるんだ。私はそんなもの欲しくなどないのだがな。いつの間にかそうなっていた」

 人身御供、要は生贄だ。宿屋の店主は一言もそんな事は言っていなかった。おそらく隠匿したいものなのだろう。何十年か一度と言っていたが、彼はどれくらい生きているのだろう。そう聞いてみると彼は。

「戦争が始まるまえからだ。七百年。そんな時間を生きてきた」
「な、七百年……」

 店主からは親の何代も前からいたとは聞いたが、まさかそんなに前からだとは思わなかった。一体どんな思いでそんな時間を生きてきたのだろう。

「ルシア。やっぱり私、家に帰りたい。この子とずっと一緒にいたい」

 泣いているロラを抱きしめながら、ピアはそう零した。彼、ルシアに聞けば、まだ十七歳だと言う事だ。この世界では大人と部類されるだろうが、やはり未練があるのだろう。

「それは駄目だ。今まで戻った娘がどんな仕打ちを受けたか。言い聞かせただろう。忘れたとは言わせない」
「けれど……」

 ピアはうつむき、何か思案しているようであった。

「数年ここで過ごせば、皆忘れる。後は北の街へ連れて行ってやる。そうすれば自由に暮らせる。あの街は広い。知り合いに会うことも無くなる。いいか、あの村のことは忘れるんだ」
「…………」
「今までの娘たちもそうしてきた。ピア、わかってくれ」

 ピアを諭すルシアの声はとても優しい。きっとピアも何度もルシアに頼んだのだろうが、その願いは受け入れられなかったのだろう。村に戻った娘がどうなったのかと言う話だが、一体何をされたのだろう。

「お姉ちゃん、帰ってこないの? ロラの事、忘れちゃうの?」
「ロラ……ごめん、ごめんね」
「いやだよ……もっと一緒にいたいよぉ」

 ロラの涙は止まらない。ピアもロラを強く抱きしめ、その顔は悲しみに歪んでいる。

「村の人たちと話した事はあるんですか?」
「……ほぼないな。夜中に調味料を買いに行く時に雑貨屋の店主と話すくらいだな。私を恐れずに話してくれるのはあの店主だけだろう」
「雑貨屋……。カミエントではないのなら、村の人にそう説明しようと思わないんですか?」

 純粋にそう思ったのだが、ルシアは苦々しく顔を歪める。

「言ったところで信じてもらえるかどうか。仕方ない。こんな身なりだ」
「人身御供をやめさせるいい案ってないんですかね。なんとか説得して村に帰れるような方法は……」
「僕らが道に迷ってたところを助けてもらったとか、そういうのは駄目なわけ?」

 アルマが案を出すが、そんな事で説得出来るとも思えない。話すきっかけにはなるだろうが、皆恐怖の方が勝って話しなんて出来る状態じゃなくなりそうだ。

「せめてカミエントじゃないって知ってもらう事は出来ないもんかな」
「ルシアってカミエントじゃないんだよね。なら、一体なんなの?」

 アルマの問いにルシアは少々間を開けて話し出す。

「私は……カミエントではなく、核汚染によっての突然変異体、要はミュータントだ。つまり、元は人間。カミエントも核汚染による変異体ではあるが、人か動物かの差だな。それに……女だ。まあこんななりと声だ。男と思うのも無理はない」
「へー、ミュータント……って、女性なんですか!?」

 ルシアが女性だということにひどく驚いた。体は大きいし声もバリトンボイスだ。正直ミュータントとと言うよりもそちらに驚いてしまった。

「ああ、だから人身御供で娘を連れてこられても迷惑だ。食いぶちが増える。まあ男でもいらんがな」
「七百年も人身御供の女の子達の世話をしていたんですか?」
「いや? 私がここに来たのは二百年ほど前だ。それまでは……まあ、色んなところを放浪していたよ」
「え」

 突然ピアが不思議そうな声を上げた。どうしたのだろうとそちらを見れば、どこか戸惑ったような、なんとも不思議そうな表情をしていた。

「私、村に居た時聞いたのは、四百年、人身御供をしていたという話だったわ。でも、ルシアの話だと、矛盾してしまうわね」
「そうなのか? 確かにそれだと……いや、心当たりがあるな」

 ルシアは腕を組み何かを考えているようだが、心当たりとはなんだろう。ピアが村で伝え聞いたものが本当だとすれば、確かに矛盾だ。その答えをルシアは知っているようだった。

「この森には私とピア以外にもう一人住人がいる。……人語を話すカミエントだ」
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