29 子犬

文字数 4,215文字

「お手紙でーす」
「あらあ、もしかして運び屋さん? 誰からかしら?」
「北の街のベニータさんからです」
「ああ、ベニータ。私の娘なの。元気だった? 嫁いでからそんなに時間は経っていないのだけれど、ちょっと心配だったから」
「お元気そうでしたよ。サインいただけますか?」
「はいはい」

 いつもの運び屋仕事。今回はフィンという村に訪れていた。フィンは村だからなのか、いつも見る隔壁に覆われた街のような隔壁は存在せず、農地や牧草地が広がる開放的な村だ。大きな森を隔てた北には街があるが、そちらには隔壁が設けられていた。北の街での依頼から手紙を届けて欲しいという依頼があったので、この村に訪れたのだ。

 ここへ来るまでは森を避けてきた。なんでも核汚染のせいで人一人立ち入らない森らしく、突っ切ればそれほど時間はかからなかっただろうが、迂回してきたためそこそこ時間がかかった。
 フィンへの依頼は手紙以外にもあったが、数は少なく、手分けなどせずにジェスラに付いて届け先の家々を回った。
 仕事はそんなにかからずに終わったので二人で宿屋へ向かう。

「おや、いらっしゃい。お泊まりかい?」
「ああ、二人だ。一部屋頼むよ」
「はいはい。夕食朝食付きでいいかい?」
「ああ、それで頼む」

 村に一件だけだというその宿は少々古いが、居心地は悪くなさそうだった。よくテレビでやっていた田舎の民宿みたいで暖かな雰囲気だ。食堂も併設してあるようだ。人の良さそうなヒューマ(人間)の男性が、一人店番をしていた。

「お仕事は何をされているんです? こんな辺鄙な村に来るなんて」
「ああ、運び屋だよ。何件かこの村への依頼があったからやってきたんだ」
「ああ、そうだったんですかい。何もない村ですが、ゆっくりしていってください」
「ああ、ありがとう」

 料金を払って部屋へ向かう。部屋はいつものようにツインベッドでそこそこ広い。背負っていたバッグからアルマを出すと、すぐさま卵型から展開していき鳥の姿になる。

「今日はここに泊まるの? 随分ゆっくりしてるね」
「今村を出ても野宿になるだろうからな。まだ日は高いが、まあたまには仕事中にゆっくりするのもいいだろう」

 足で頭を掻きながらアルマがジェスラに問う。他にも荷物はあるのだが、他の街への荷物だ。街にもよるが、街を午前中に出て、着くのが夕方だったりするので、今この村にを出てもジェスラの言う通り野宿になるだろう。
 野宿は数回したことはあるが、カミエント(停滞したもの)が襲ってこないとも限らないので交代で寝ずの番をする。正直寝た気にならない時もあるので、宿があるのなら宿に泊まりたいのが本音だ。それに、寝袋は体がかちかちになるのであまり好きではない。

「この村って何か見て回れるところってあるのかな」
「どうだろうな……。見るからに酪農とか農業とかが仕事の村だからな。牛でも見に行くか?」
「あー……牛撫でに行くかな。動物結構好きだし」

 牛は結構好きだ。牧草地があったようだし、行ってみるのも悪くないかもしれない。

「アユムが行くなら僕も行く」
「俺は部屋で休んでる。暗くならないうちに帰って来いよ」
「あ、俺一人で行っていいの?」
「まあこの村で迷子になるなんてことはないだろうしな」

 迷子常習犯と思われているのか、今までは一人で行動することを渋られていたのだが、ジェスラの言う通り流石にこの村で迷子になることはないだろう。

「僕出ててもいい?」
「大丈夫じゃないか? 珍しい目では見られるだろうが、盗むような奴はいないだろう」
「わーい!」

 バッグを背負うと肩に向かってアルマが飛んでくる。ジェスラに行ってくると声をかけると、おー、と気の抜けた返事が帰ってきた。
 部屋を出てカウンターに行くと、店主は本を読んでいた。

「ちょっと出掛けてきます」
「ん? ああ、気を付けるんだよ。暗くならないうちに帰っておいで。カミエントが出るからね」
「え、この村カミエントが出るんですか? 隔壁無いからそういう被害無いと思っていたんですが……」

 この村には隔壁が無いから、てっきりカミエントが出にくい地域なのだと思っていた。

「出るのは一匹だけだよ。ただ、そいつが不気味でねえ」
「不気味?」
「人型で言葉を話すんだよ。そいでよなよな街を徘徊するのさ」

 人語を話すカミエント……。そんなカミエントもいるのか。

「あのカミエントがいるから、酪農とか農業とか他のカミエントによる被害は無いんだけれどね。村を守ってくれているって言う奴もいるが、いつ人を襲ってくるかもわからない」

 言葉を介してもやはり人間とカミエントとは分かり合えないのだろうか。人型だろうと姿形が異形のものともなればやはり畏怖は消えないのだろう。

「それに、言い伝えだと何百年も生きているらしくてねえ。そこも気味が悪いんだ」
「そんなに生きているんですか」
「うちの親の何代も前からそう言われているからねえ。間違いないと思うよ。ところで、肩のそれ、AIかい?」

 肩に乗っているアルマを見て店主は物珍しそうな目をしていた。

「はい、そうですよ」
「はーあ、見事な作りだねえ。美術品みたいだ。初めて見たが、今はこんなのも作れるようになったんだねえ。相当いい値がつくだろうね」
「そりゃどうも」
「おお、会話もできるのかい。すごいねえ」

 店主は目を輝かせながらアルマをまじまじと見ていた。確かにアルマの造形はとても美しいと感じる。中身は少々子供染みてはいるが、そんな子供っぽさを出せるのもアルマの性能がいい証拠なのだろう。

「あ、じゃあ行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けるんだよ」

 なんとなく話が長くなりそうだったのでそう言って話を切り上げる。
 宿を出て記憶を頼りに牧場へ向かう。牧場へは森の前を通って行くのだが、正直クナの森を思い出して不気味だ。人語を話すカミエント以外にはカミエントはいないと言っていたが、それでもやはり思い出したくない記憶なのだ。
 しばらく歩くと、子供の泣き声が聞こえてくる。道の先に子供が屈んで泣いているようだ。少し駆け足になりながらその子供のところに行く。

「どうしたの? どこか痛いの?」

 泣いている理由はわからないが、怖がらせないように優しく声をかけた。
 泣いていたその子供は俺の言葉に顔を上げる。犬のファーリィ(獣人)だ。ぴんと立った耳にくるんとした巻き尻尾。赤茶の毛並みで、涙で濡れた目の上にはまろ眉のような模様がある。柴犬のようでとても可愛らしい子だ。服装からして恐らく女の子。年齢はわからないが、大きさから見て五歳くらいだろうか。

「お、お兄ちゃんだあれ?」
「俺はアユムって言うんだ。ちょっと仕事でこの村に来たんだ。どうしたの? 何かあったの?」
「お姉ちゃんが、い、いなくなっちゃったの」
「お姉ちゃんが? どこに行っちゃったかわからないの?」
「もり、ヒック」
「森?」
「お、お姉ちゃん、森の中にお嫁さんになりに行ったんだって、お父さんが言ってた。うっ」

 お嫁さんとはどう言う意味だろう。森には人は立ち入らないと聞いていたし、森の中に誰か住んでいるとも思えない。めでたい事なら、なぜこの女の子はこんなにも泣いているのだろう。

「お姉ちゃんに、会いにいこうと思ったの。で、でも怖くって。みんな森の中には入るなって言うから、怖いところなのかなって思って」

 女の子は涙で頰を濡らしながらうつむいてしまった。どうにかしてこの子の涙を止めてあげたいが、あいにく自分にそんな話術はない。子供と触れ合う機会もなかったし、どうしたらいいかと途方にくれた。

「アユムお兄ちゃん。ロラと森にいってくれる?」
「え?」
「二人だったら怖くないから……」
「でもこの森、危ないんじゃないかな……」

 恐らく核汚染されている地域は一部なのだろうが、それも分からず森に入るのは危険だろう。この女の子、ロラの姉がどこにいるかも分からないのに、むやみに森に入るべきではないだろう。

「お願い! お姉ちゃんに会いたいの。お姉ちゃんとケンカしたままだったから、ちゃんと謝りたいの!」
「ううーん」

 ロラの意見は尊重してやりたいが、場所が場所だ。どう説得するべきかと考えていれば、アルマが助け舟を出してくれた。

「ロラ、お姉さんに会いたい気持ちはわかるけれど、アユムも怖がりだから全然頼りにならないよ」

 全然助け船じゃねーわ。ただの俺の悪口だわ。

「わあ……鳥さんきれいね」
「ありがとう」

 若干白けた自分をよそに二人は言葉を交わす。ロラはアルマを見て目を輝かせている。興味がアルマに移ったからなのか、涙は止まったようだ。よかった。

「アユム、僕、位置情報計測システムがあるからちょっとくらいなら大丈夫だよ」
「森の中で狂ったりしないだろうな。お前信じて大丈夫か?」
「信用ないな〜。あんまり深くまで行くと保証はできないけど、ロラの気が済むまで探させたらいいじゃん」
「うーん。ロラ。お日様が沈む頃には帰るって約束出来る?」
「うん! 約束するよ! 一緒に行ってくれるの?」

 ロラはぱっと顔を輝かせて約束すると言った。少々不安ではあるが、この子を笑顔に出来るのなら少しばかり無茶をしても許されるだろう。まだ日が沈むまで大分時間がある。それまで探せば、ロラも疲れて帰りたいと言ってくれるだろう。

「おてて繋いでもいい?」
「うん、いいよ」
「アユムお兄ちゃん、ありがとう」
「うん。ところでこの森、入り口みたいなところあるの?」
「そこ」

 ロラが指差した先には、道といえば道だが、獣道のような、まじまじと見なければ見つからないような狭い道だ。生き物がいるのかどうかはわからないが、あるということはこの森にも何かは住んでいるのだろう。危険な生き物でなければいいが。

「じゃあ行こうか」
「うん。……お姉ちゃんひとりで森に行って怖くないかな。寂しくないかな」
「きっと大丈夫だよ」

 森にあまりいい思い出がないし、正直入りたくもないがこの子のためだ。不安そうなロラの手を引き、俺たちは森に入っていった。
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