13 迷子の羊と羊飼い-2

文字数 3,287文字

「あの、すみません。さっきサングラスかけた羊の人があの店から出て来ませんでした?」

 向かいの店のテラスに座る蛇っぽい頭の人に話しかけると、女性の声で返事が返ってくる。未だに性別が声を発するまで分からない事がたまにあるが、もう随分慣れてきたなあ。

「ああ、さっきの煩く出て来た」
「どっちに行ったのか分かりませんか?」
「あっちだったと思うけれど?」
「そうですか、ありがとうございます」

 教えられたのは酒場を出て左手で、その人にお礼を言うとそちらにすぐに駆け出した。暫く走ると前の道はT字路になっており、そこでもルフィノについて尋ねた。今度は別にルフィノ自身目立った動作をしたでもなく、数人に聞いてやっとわかった。やはり姿に特徴があると言うのはわかりやすいのだろう。彼が普通のヒューマ(人間)なら、恐らくはもうこの時点で頓挫している。
 その後、数人にルフィノの行く先を尋ねながら道を走っていると、求めていた後ろ姿が目に入った。

「ルフィノ、さん!」

 ルフィノはこちらに気がつくとあからさまに嫌な表情を作り、先ほどよりも歩みを早めた。

「待って待って! 何もしないって! ジェスラじゃあないんだから!」

 走り続け、なんとか彼の横に付き話しかける。大分酷いことを言っている自覚はあるが、彼の機嫌を直すことの方が今は大事だ。ごめんジェスラ。
 彼の前に出て行く手を阻むと、彼は足を止め、ムッとした表情で嫌々と言うように口を開いた。

「お前もあのおっさんみたく俺を馬鹿にするために来たんだろ」
「馬鹿になんてしないって」
「するさ。くだらないと思ってるんだ」
「何があったのかわからないけれど「何があったかわからない? 嘘付くなよ。お前らはあのババアに全て聞いてやってきたんだろう?」

 俺の言葉を遮るようにそう吐き捨てると、俺の横を通り過ぎて行ってしまった。慌てて追いすがるように彼に着いて行く。店の中では実感が無かったが、ルフィノはジェスラほどではないが背も高くガタイもいい。彼の歩幅に着いて行くのは結構きつい。

「なに? どういうこと? 俺は君のこと何も知らないよ」
「……嘘だ」
「本当だよ。俺もジェスラも、ただ君を連れ帰って来いって言われただけだもの」

 実際はジェスラだけが彼の母に会ったのだが、ジェスラは俺に何かを黙っている風ではなかった。母親との間に一体何があったのだろう。今の彼は何か、理由を知られることに怯えているようだ。
 歩みを止め、俺の顔をジッと見つめたかと思うと彼は、はあ、とため息を吐いたかと思うと、力無く俯いてしまった。

「そうかよ……」
「……あ、その……さっきはごめん。ジェスラがなんかおかしな絡み方しちゃってさ。きつく言っておくから許してやってよ」
「……ああ」
「…………」

 ……気まずい。先ほどの事を謝ってみても沈んだままだ。怒りは静まったようだが、やはり彼をどうにかするには家出した理由をどうにかするしかないんだろう。まあ、聞いても知られたくないことだろうから、教えてくれないだろうが。一体どうしたらいいのか、一応聞くだけ聞いてみよう。

「あのさあ、聞いていい? 家出、なんだよね」
「……そうなるんだろうな」
「母親が嫌で家出したの?」
「……いや、違う」
「じゃあ、他の家族とトラブルがあったとか? それとも、何か家の事で?」
「いや……」
「……」

 埒が明かない。答えてはくれているが、どれもこれも違うと言われると、答えは全く見えない。俺だったら、どういう理由で家出するだろうか。

「これは」
「え?」
「俺自身の問題だよ。……家族は、母さんは関係ない」

 ルフィノはとても辛そうに言葉を紡ぐ。それはどういうことなんだろう。

「それってどういう意味?」
「…………」
「ルフィノさん」
「……いっそ、言った方が楽になるんだろうな」

 ルフィノはサングラスを取りながら、ぽつりと呟いた。……羊って横瞳孔が怖かったんだが、気にしなければ可愛い顔をしているように思う。多分言ったら怒られるが。

「なら、俺に話してみてよ。誰にも言ったりしない」
「でもそれは」
「本当だよ、誰にも。ジェスラにも言ったりしない。全部、俺の中にとどめておくから」
「…………わかった」

 暫く考えるように目を瞑ると、ルフィノは一言そう言い、身を屈めて俺の耳に囁きかける。

「実はな、俺が家を出た理由は」
「う、うん」




「裏本が見つかったからだ……」

「………………」

 裏本ってなんだっけ……………? ああ、エロ本のことか。そっか、エロ本……………………。

 ……………く、くだら…………い、いや、くだらなくなんかない。俺だって見つかって、家出したい気持ちになったことだってあるよ。エロ本あいうえお順に並べられてた時なんて絶望したよ! 全くくだらなくなんかねえよ!

「やっぱ、くだらないよな、こんな理由」

 やばい。ルフィノが落ち込み始めている。ここは俺がどうにか、どうにかしなければ。

「くだらなくなんかない!」
「え」
「くだらなくなんかないよルフィノ!」

 姿勢を戻し、頬を書きながら泣きそうな苦笑いするルフィノに言い放つ。そう、くだらなくなんかない!

「ルフィノ、お前はどんな本が親に見つかったのかはわからない。でも、それがなんだって言うんだ。緊縛ものだろうが触手ものだろうが、自分の性趣向がなんだって言うんだ。いいじゃないかそれが家族にばれたって! 男なんだから仕方ないじゃないか。そんな泣きそうな顔するなよ! これは大人になるための通過儀礼みたいなもんだよ! 親にばれたからなんだ! そこは、これが見つかった時僕はもうこの世にいないでしょう、くらいの洒落た書き置きでもしとけ!」
「え、ええ」
「お前がエロ本の隠し場所をどれだけ頑張って吟味したか……俺にはわかるよ。俺だってそうだったよ。でも、見つかる時は見つかるんだよ、仕方ないんだよ。家出したくなる気持ちも誰もが味わう気持ちなんだ! お前だけじゃない、世の隠していたエロ本が見つかった男は皆そうなんだ! 母に、姉や妹、彼女に妻に、冷たい目でみられることが耐えられず、お前と同じ道に走ってしまう奴は居るんだ。お前はひとりじゃないんだよルフィノ! 自信持てよ!」 

 い、言い切った。ぜえぜえと肩で息をする。ルフィノは口を開け、呆然とした表情で俺を見ていた。なんか恥ずかしくなってきたな……。てかよく考えなくてもここは街中だ、俺は一体何を言っているんだ。全くルフィノのエロ本の件も隠せてないぞ。ちらちらと通行人に見られている気がするが、無視だ無視。
 暑くなり始める頬に、ごほんと咳払いをして誤魔化そうとするが、もうあんだけ言ったのに誤魔化すとか無理だろうと自分に思わず突っ込みたくなる。

「お前」
「な、なに」
「その歳で、もう読んでるのか」
「て、ジェスラが友達のガンリって人に言われた言葉なんだって!!」

 はははははと笑って誤魔化すと、ルフィノも、そうだよな、お前の歳で読むなんて早々ないもんな。と言いながら笑ってくれた。すまねえ…すまねえ、ガンリ。俺の口が勝手にそう言っちまったんだ…すまねえ。中身十九でも、見た目十二歳児の俺にはエロ本読んだと言える勇気はないんだ。あれも本当は俺が父さんに慰められた言葉なんだ。はっ……まさか、父さんが夢に出てきたのはこれを思い出させるため……? なんてことだ。

「帰るよ、俺。お前の話聞いてたら、どうでも良くなってきた」
「そ、そっか」
「アユム、だっけ? そのガンリさんって人、楽しそうだな。帰ったら合わせてくれよ」
「そ、それはやめといた方がいいんじゃないかな〜……」

 ばんばんと背中を叩くルフィノと例の酒場まで戻ることになった。隣で歩いているルフィノの表情は清々しく、吹っ切れたように見えるが、俺は今日あったことは全て、墓まで持って行こうと決意した。
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