24 情報屋

文字数 5,583文字

 ルフィノを連れて23番通りを歩いて行く。この通りには正直配達以外では来ることはない。カフェやブティックが多く、女性の割合が多いように感じるのでオシャレな通りという認識でいる。自分のような子供が来ても正直場違いという感じがしてしまって気が引けるのだ。隣のルフィノにここには来ることはあるのかと聞くと、意外にも肯定の言葉が返ってくる。

「ま、姉貴達の荷物持ちで来るくらいで自分の用事ではあんま来ねえな」
「ルフィノ、お姉さん居るんだ」
「ああ、上に三人も居る。……家出の件も実は姉貴達に見つかって親に報告されたからなんだよ…」
「うわ…それはご愁傷様…」

 自分にも姉がいるが、力関係では圧倒的に姉が上なのでルフィノの気持ちは痛いほどわかる。しかもそれが三人ともなると大変そうだ…。きっと小さい頃からおもちゃにされてきたのだろう。ルフィノの諦めたような顔を見ると、その大変さがうかがい知れた。

「で、お前が向かってるところってあとどんくらいで着くんだ?」
「あ、もうちょっとだよ。インシエンソって言う紅茶の茶葉を扱ってる店なんだけど」
「紅茶? それジェスラさんの件と関係あるのか?」
「うん。実はそのお店、情報屋さんでもあるみたいで…内緒だよ?」

 ルフィノに内密にしてくれと頼むと二つ返事で了解してくれた。

「俺の家出の理由も内緒にしてくれてんだ。お前の頼みなら誰にも言わねえよ」
「ありがとう。あ、ここだよ」

 以前来た時と同じ目印の店を曲がりしばらく進むと少し喧騒が薄れた通り入る。“Incienso”と書かれた看板を見つけその前で止まる。店は営業中のようで、人も何名か店内にいるのが見受けられた。人気店と聞いたが繁栄時からはずれているのだろうか。
 扉を開けるとチリチリンと鈴が鳴る。店内に入れば茶葉のいい香りが身を包む。

「いらっしゃい。…あら、アユム君。どうしたの? 配達は特に頼んでいなかったのだけれど…」

 店内に入ると同時にカウンターにいるエイビー(鳥人)の女性、カリダートさんの声がかかる。俺だと認識するとふわりと空気が和らいだ感じがしたが、同時に不思議そうな雰囲気を纏った。隣にいるルフィノからは綺麗な人だなと小さなつぶやきが漏れた。

「今回は個人的なことで伺いました。あの、ジェスラのことで聞きたいことがあって…」
「ジェスラの? それはどういった内容かしら」
「……ジェスラの過去の事について、です」

 カリダートさんは俺がそう言うと少しばかり身を硬くしたように見えた。ちょっと待ってね? と俺たちに言うと店の入り口に向かいかけ看板を裏返したようで、おそらくcloseになっているのだろう。
 お店の人が買い物が終わるまで少し待ってほしいと言われ、素直に待つ事十分程度だろうか。店からは客がいなくなり、カリダート、ルフィノ、俺という三人だけになった。

「ジェスラの過去というのは、十数年前の事件のことかしら」
「はい、あの、ここは情報も扱っていると聞いたので、それで訪ねてみようと」
「そう…」

 カリダートは少し考え込むような仕草をし、小さなため息を漏らした。

「お金が必要ならば払います。事件の事教えてくださいませんか?」
「……それを知って、あなたには何ができる?」
「え……」

 カリダートの言葉に一瞬ドキッとする。自分に出来ること…。

「確かに私は情報屋。お金さえ貰えれば、知っている情報は教えます。けれど、あなたのそれはただの好奇心なのではない? 知って、あなたはジェスラに憐れみを向けるだけなのならば聞かないことをお勧めするわ」
「そ、そんなつもりじゃ」

 憐れみなんて抱くわけがない。なんて今の自分に言い切れるのか。正直好奇心があるのは本当だ。カリダートの言葉に、少しだけ胸が苦しくなる。

「アユム君、知るという事は、決して逃れられない枷を背負う事でもあるの。その枷を一生背負っていく事だってある。ジェスラの事件は簡単に首を突っ込んでいい事ではないとわかるわね? それ相応の覚悟はあるの? 悲しい枷は喜びと共に生まれる思いとは違うわ」

 カリダートの目は穏やかだ。でもその声色は悲しみがこもっているようにも思えた。

「……俺は、ジェスラの力になりたいと思ったんです。非力で役立たずかもしれないけれど、少しでも支えてやりたい…きっとジェスラの口から話してくれるのが正しいんでしょう。でもきっとそんな日は訪れない…そう思うんです」

 たった数ヶ月一緒にいただけの自分に何がわかるのだと自問自答したくなるが、それでもジェスラは決して自分には話さないだろう。そんな確信が自分の中にはあった。以前歓楽街での会話で自分が土足で踏み入っていいものではないというのは痛いほどわかっている。だが、あんなに悲しそうな笑みのジェスラはもう見たくはない。

「知った事で何かに巻き込まれるかもしれない。それはきっとジェスラの優しさで、その優しさに甘え続けるのは嫌なんです。遠くからボロボロになるのを眺めているんじゃなくて、隣にいて倒れそうになったら支えてあげたい。知るのは全てでなくてもいいんです。少しでも、少しでもいいんです」

 十数年の歳月がたった今も、ジェスラは仇を探し続けている。それは孤独との戦いだ。おそらく関わっているであろうガンリがいるにせよ。たった一人で、いろんなものを抱え込んでいる。少しでも楽にしてあげたい。その苦しみを自分にも分けて欲しいと思った。
 短い時間でも、ジェスラは誰よりも優しく強いのだとわかる。拾ってもらった恩を少しでも返したい。
 こんなのズルかもしれないけれど、今の自分に出来る精一杯だった。

「……わかりました。お話いたしましょう。あなたの目が、とても正直で清々しいと思ったから」

 カリダートはにっこり微笑むとカウンター内に設けられた椅子に座り込む。
 突然ちょんちょんと俺の肩を突っつくルフィノにどうしたのかと問うた。

「俺は外で待ってる。お前には覚悟があるが、俺は完全にただの好奇心だ。この話を聞く資格はない」
「ルフィノ…」

 ルフィノは優しく微笑むと店の外に出て行った。

「さて…何から話したらいいかしらね…。アユム君はどこまで知っているのかしら」

 カリダートはカウンターに頬杖をつきながらそう問うた。

「はい、ジェスラの奥さんと息子さんが義兄に殺されたとか、息子さんの頭だけ持ち去って義兄は行方不明になったとか、義兄は薬に手を出していたとか…そのくらいです」
「そう…大体一般の人が知っているくらいの情報ね。誰から聞いたのかしら?」
「カフェの店員さんとルフィノ…さっきの羊のファーリィです。少し前に知りました」

 というか知りたてほやほやだが。流石にそこまでは言わない。好奇心に任せて来てしまったが、カリダートに言った言葉に嘘偽りはない。ジェスラの力になりたいというのは本当だから。

「レトラは、ジェスラの奥さんはよくここの茶葉が好きだと通ってくれていたの。だから…あの事件があった時は本当に悲しかったわ…」

 カリダートは昔を懐かしむ様に目を細める。その瞳には悲しみも見える。

「ジェスラの奥さんと息子さんを殺したという義兄は、何が理由で事件を起こしたんですか?」
「レトラの生家はアセンシオというこの街の発展に尽力した名家なの。後継者問題だという話よ」
「後継者? ですか?」
「ええ、本来は義兄が家を継ぐはずだったのだけれど、なんでも現在の当主がジェスラの息子を後継者にすると言い出したらしいわ」
「それで二人を殺害したんですか?」

 後継者問題で関係がこじれるという話は、別段珍しくもないだろう。俺のいた世界でだって聞く話だ。

「そうなるわね。でも、その義兄は本来穏やかな人で人当たりも良くて事件なんて起こす人間ではなかったの」
「原因は…ヴァルレクサという薬ですか」
「そのようね。今ではあまり話題には上がらなくなったけれど、数年前までは随分問題になっていたわ。でも今でもその薬は出回っているようね」
「その薬の出どころは…」
「わかっていないの…。私もいろいろな情報を扱ってはいるけれど、どれもデマだったようね」
「デマ、ですか?」
「ジェスラが義兄を探しているというのはわかっている?」
「はい」
「薬の情報はもれなくジェスラに教えているけれど、彼が探しに行ってもどれも空振りなのよ。薬の出どころさえ掴めばそこから芋づる式にたどり着けると思うのだけれど、どこにもなかった」

 証拠がどこにも存在しないなど、あり得るのだろうか。数年前まで派手に出回っていたというのならば尚更だ。この世界の警察機関があるのかはわからないがそれに近しいものはあるだろう。それでも見つからないとなると…。

「これだけ巧妙に出どころがわからないというのには、ひとつだけ可能性があることがあるの」
「それは、なんですか?」
「薬に政府が関与している、ということよ」
「政府が?」

 この世界の政府はどんなものか知らないが、なんの得があってヴァルレクサという薬を流しているのだろう。麻薬のようなものであるというのはジェスラの言で分かってはいるが、政府が関与しているとなれば、それ以外の効果もあるのかもしれない。

「政府本部があるのは科学街カルファスという街よ。その街でなら、薬の製造も、隠匿もできると思うの」
「科学街カルファス…」

 聞いたことがある気がする。確か商隊のキャンプでチコという男性が話していた街の名前だ。

「ジェスラも行ったことはあるようだけれど、情報は掴めなかったみたいね。研究機関が多いけれど、流石に一般人に秘匿情報を教えるという訳にもいかないという理由もあるのかもしれないけれどね」

 カリダートは憂いを帯びた瞳でこちらを見た。カリダートは本当にジェスラのことを案じているのだろう。運び屋仕事の合間に調べているとはいえ、怪しい薬が関わっているのだ。危険とは隣り合わせだろう。

「カルファス出身の方に会ったことがあるのですが、街の地下に政府の機密研究機関があるという噂があると聞きました」
「そのようね。それが本当なら、おそらくそこが薬と関係あるのだと思うわ」

 ジェスラが情報を掴めないほど厳重に隠匿されているとなると、俺自身の力ではどうにもならないだろう。聞くだけで自分は何もできないのだと、歯がゆさばかりが前に出てしまう。

「どうにかして情報を得ることはできないんでしょうか」
「現時点では難しいでしょ「たっだいまー!!!」
「!?」

 カリダートと話していると突然扉が開く音と共に大きな声が聞こえてきた。

「おかーさーん、裏のお客さん? ってアユム君かーどうしたの?」
「アユム君が裏のお客様よ。ロシオ、いつも言っているでしょう。もっと静かに入って来なさい」
「はーい、ごめんなさーい」

 ロシオは特に反省したような態度ではなく、いつものようだと軽い返事を返す。ニコニコとしながらこちらへ近づくと頭を撫でてくる。

「何か知りたいことあったの?」
「ジェスラのことよ」
「あー…ジェスラさんの、まあ遠縁の子って言ってたし、事件最近知っちゃって気になっちゃったかんじ?」
「あー、えーと」
「ロシオも帰ってきたことだし、この話はそろそろ終わりにしましょうか」
「え」
「私は情報屋。お金をいただきます。あまり喋り過ぎてもアユム君じゃ払うのが難しい額になってしまうわよ?」
「そ、そうですね。今回はこのくらいにしておきます。あの、おいくらですか?」
「そうね、このくらいかしら」

 カリダートが電卓を取り出し、こちらに掲示してくる。その額に思わず、うっ、となってしまった。今まで大して金を使ってこなかったので手持ちの金では払えるが、正直痛い金額だ。

「外にいる羊の子ってアユム君の友達?」

 財布からお金を出しカリダートに渡していると、ロシオがそう問うてきた。

「うん、そうだよ」
「いいなー。私、羊の友達いないから一回触ってみたいと思ってたんだよねー。今度触らせてって頼んでよ」
「ええ、うーん」

 ルフィノなら女の子だったら喜んで触らせてくれそうではあるが、ロシオの性格を考えると、しつこいくらいに触るだろうから嫌がられたりしそうでそこが心配だ。

「まあ頼んでみるよ。じゃあ、ありがとうございました。カリダートさん」
「いえいえ、また来てね。アユム君」
「じゃーねーアユム君。羊の子によろしく言っといて」

 カリダートに礼を言って外に出る。店の前ではルフィノが待っていた。

「ルフィノ、おまたせ」
「おう、聞きたいこと聞けたか?」
「うん」
「なあ、さっき店に入っていった子」
「ああ、ロシオのこと? ここの娘さんだよ。今度毛触らせて欲しいって言ってたよ」
「え! よ、喜んで触らせてやるよ。あの子結構可愛かったし…」

 ルフィノはテレテレしながら破顔している。確かにロシオは美少女と言っていいだろう。だが口を開けば小うるさいので正直ルフィノが次回あった時にその幻想が壊されなければいいなと思う。

「これからどうしよっか」
「俺んちでゲームでもやるか?」
「お、行っていいの? やろやろ」

 カリダートから聞いた事にルフィノは特に突っ込んでは来なかった。気にはなってはいるのだろうが、自分には聞く資格はないと言っていた。その心遣いが嬉しくもあるが、自分一人で消化するのも大変でもある。これから自分に出来ることを探しながら、ルフィノと共に街の喧騒へ溶けていった。
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