28 置き去りの時計

文字数 4,171文字

 ベルパドの店から歩き、ガンリの家へたどり着く。休みだからか、仕事時の賑やかさは無く、ガレージはしぃんと静まり返っている。

「ガンリいるかな」
「いるんじゃない? 休みといっても社長なんだし、事務仕事でもしてるんじゃないの?」

 カバンの中のアルマが独り言だった言葉にそう答える。住居スペースの方の玄関を開けて入って行くと、ガンリの声ともう一人、知らない声が聞こえてきた。

「おじさん。何度言われようが俺はあの家へは帰らない。親父にも会いに行かない」
「ガンリ、兄さんはもう先が長くないんだ。一度でもいい、顔を見せてやってくれ」
「俺はもうアセンシオに関わる気は無いんだ。遺産もいらない。親父が死んだら勝手にわけてくれ」
「ガンリ。後生だ。兄さんが最後まで孤独だなんて、そんなの悲しすぎる。帰ってきてくれ」
「帰るつもりなんてない。どうしてそこまで親父に合わせたいんだ。孤独? 自分が招いた結果だろう」
「それは……」
「大体家だってあんた達が継げばいい話だ。おじさん…ニカノールさん。実際今の代表はあんたなんだ。なんでそんなに俺にこだわる? 罪滅ぼしでもしたいのか? あんた達がはやし立てたせいでああなったんだぞ。俺はあんた達を許しはしない」
「すまない……すまないガンリ」
「……もう出てってくれ。俺には親父に会う理由なんてない」
「……また来るよ」

 リビングの扉から出てきた男性は、スーツ姿に白髪混じりの黒髪。中年期ほどの男性だ。なんとなく見覚えがあるが、どこかであっただろうか。
 玄関に向かって歩いて来た男性はこちらに気が付いたのか、少し戸惑いの表情を見せた。

「君は……?」
「あ、えっと。ガンリの友達……です」
「そうかい。……訪ねて来たのにすまないね。もしかして私が居たから部屋に入れなかったのかな? 邪魔者は退散するよ。……ガンリをよろしく」

 そういうと男性は玄関から足早に出て行った。ガンリがいるであろうリビングに向かうと、ガンリがぼーっとしながら虚を見つめていた。まだこちらに気が付いていないのか。ガンリからの反応は無い。ソファに座るガンリに近づくがそれでも気が付かないようで、声をかけてやっとこちらを向いた。

「ガンリ」
「アユム……? どうした」
「遊びに来たんだけれど……疲れてる? 帰った方がいいかな……?」
「ああ、いやいや大丈夫だ。考え事してただけだからよ。ああ、いいもん作ってんだ。もうちょっとで完成だから見ていくか?」

 ガンリの笑顔はなんとなく無理をしているように見えて、本当に大丈夫だろうか? と思ってしまう。さっきの話に関係しているのだろうが、聞くのは憚られた。
 バッグを机に置いて部屋の隅に行くと、様々な部品が転がっている。

「なに作ってるの?」
「自作PCだよ。前ラヘンテミーレ行っただろ? そん時部品頼んでたんだよ。もうちょいで完成だから、アルマの中身見れるかもしれねえぞ」
「ガンリ、自作PCなんて作れるんだ」
「まあ昔から機械いじり好きだったからな。久々に作るから出来はどうかはわからんが。マザーボードもCPUもいいの積んでるから、それなりの性能は期待しててくれ」
「へー、俺PCとか分からないけれど、期待大だね」

 機械類には疎いのでどれがどれとかはわからないが、PCケースの中には整然と機械が並んでおり、コードなども束ねられている。ほぼ完成していると言っていいようだ。

「そういやアユム、銃の扱い方教わってるんだって?」
「ああ、うん」

 ガンリがPCを弄りながらそう問うてきた。ジャーデンヴェルデから帰って来てから、ジェスラに銃の扱い方を教わっている。

「どうだ? 扱い難しいか?」
「あんまうまく的に当たらないんだよね……目悪いわけでも無いんだけれど、照準が定まらなくて」
「まあ、誰でもはじめはそんなもんだ。気にすんな」

 カラカラと笑いながらガンリはそう言ってくれる。

「これから危ない目に会うこともあるかもしれねえし、危害を加える人間やカミエント(停滞したもの)と遭遇することも出てくるだろう。銃なんて使わない方がいいに決まってはいるだろうが、自分の身を守れるのは自分自身だ」
「うん」
「こちらが銃を向ければあちらも銃を向ける。身を守る盾にもなるが、同時に矛にもなる諸刃の剣だ。それを忘れるなよ」
「うん、わかった」

 作業をするガンリをしゃがんで見ながらその言葉を聞く。殺していい者は殺される覚悟がある者だけだというし、諸刃の剣、その通りなのだろう。いつか、そう遠く無い未来で、自分は人に銃を向けることはあるのだろうか。そうならないように願いたいが、きっとこれからはもっと危険なことを体験していくのだろう。
 誰かを殺す。俺には荷が重すぎる。きっと潰れてしまうだろう。

「ガンリは……人を殺したことある?」
「……ねえよ。こんな場末の整備屋が人殺しの経験あると思うか?」
「……ですよねー」

 ガンリは一瞬動きを止め、その顔に影がさしたように見えた。なんなのだろうと思ったが、確かにガンリは人を殺すような人間には見えない。平和を謳歌するただの一般人だろう。

「ジェスラは、殺したことあるのかな」

ボソリとそんなことをつぶやく。答えはジェスラしか知らないだろうが、なんとなく、嫌だなと思ってしまった。

「さあどうだろうな……。ま、お優しいあいつのことだから半殺し程度に済ましてんじゃねえか?」

 カラカラと笑いながらガンリはPCを弄っていると、何かを探しているようできょろきょろとあたりを見回している。

「なんかないの?」
「あー、ネジ一種類見当たらなくてな。あー倉庫に置き忘れたかなあ。取りに行ってくるか」
「俺が行こうか?」
「お、いいのか? タバコケースくらいの箱に入ってるはずだから、箱ごと持って来てくれ」
「わかった。待ってて」
「おーう。頼んだぞ」
「僕も行く!」
「うわ、お前いつの間に出て来たんだよ」
「ようアルマ、お前らなんかいいパーティになって来たんじゃねえか?」
「そんなことどうでもいい! 僕のこと忘れてたでしょ!」
「いってえ! つねるなよ!」

 ちねちねとつねられながら倉庫へ向かう。アルマは出さなかったことに怒っているようではあるが、バッグから自力で出る術を見つけたらしい。倉庫に着くと電気をつける。少々埃っぽいが、目当ての箱を探す。しばらく探し見つけたが小さめの箱だから見つけにくかった。それに少々高いところにある。この体の身長ではギリギリ届くかどうかだ。こういう時不便だよなあとひとりごちる。

「んん、あとちょい……」

 背伸びをしてあと少しで届きそうで届かない。

「横着しないで脚立持って来なよ。どっかにあるでしょ」
「ぐうう、めんどくせえ! よし! とれっ、あ!」

 箱はなんとかと取れたが隣にあったもう一つの小さな箱を落としてしまった。かしゃんと落ちた音がして音の元を辿れば銀色の懐中時計だった。

「やっべ、傷ついたらどうしよ」
「あーあ、僕知らないよ」

 慌てて箱から飛び出てしまった懐中時計を拾いに行く。なんとなく見覚えのある懐中時計だ。

「これって、カーブロレの……」
「この懐中時計がどうかしたの?」
「あ、いや、これガンリがジェスラに頼んだやつだったんだけど、もらった時には暑苦しいくらい語ってたのに、なんで倉庫にあるのかなって……気に入ってたなら使いそうなものだけれど」
「単に飽き性なんじゃないの?」
「うーん、そうなのかな」

 少しわだかまりを抱えながら傷が無いか確認し箱に戻す。元の場所、には届くかわからないので低めの棚に置いておく。

「中身ネジで合ってる?」
「うん。おっけー」

 アルマに言われ中身を確認すれば、ネジが入っている。おそらく、これで合っているだろう。倉庫を出て電気を消し、リビングに戻るとガンリが飲み物を用意してくれていた。

「コーヒー砂糖入れるか?」
「ううん、ブラックでいい」
「おっ。大人だなーアユム。俺は砂糖もミルクもどばどば入れるぞ」
「どんな飲み方でも美味しいと思うけどね。ネジこれで合ってる?」
「お、合ってるぜ。ありがとよ」

 いつものように頭をわしゃわしゃと撫でられる。癖なんだろうな、と最近は諦めて黙って終わるのを待つ。
 ふと思うのは、昔、ガンリにはこんなことをする相手がいたのだろうか。例えば、ジェスラの子供とか……。
 カリダートさんの話や先ほど盗み聞いた話を聞くに、ガンリはあのアセンシオの縁者であることは間違いないのだろう。
 年の頃を考えるに、おそらくジェスラの奥さんの兄弟で、ジェスラとは義兄弟だったのではないだろうか。なんて憶測だが、あり得ない話でもないだろう。

「どうした? ぼーっとして」
「ああ、なんでもないよ。あとどれくらいで完成しそう?」
「あとちょっと中いじってケースの蓋を閉めるだけだ。だからほぼ完成! と言いたいところだが、設定とか色々せんといけんだろうから、アルマのデータを見るのはまた今度だ。次来るまでに設定終わらしとくから、そん時見てやるよ」

 頭から手が離れて行く。一瞬名残惜しいような感覚に襲われたが、気のせいか。
 
「僕まだデータ見ていいなんて言ってないんだけど!」
「なんだよ。お前AIなんだからたまにはメンテも必要だぞ」
「うぐぐ」
「まあ任せろって、昔は俺もAI作ってた時あったんだぜ?」
「それ何年前の話~? 技術は日々進歩してるんですよ~。昔の技術で僕のデータ弄ることなんてできっこないね~。どうせど底辺の技術でしょ~?」
「やめろよアルマ」
「おーおー煽りよる。いいぜ、次会った時、俺の技量に恐れおののけ」
「はあ~ん? 別の意味で恐れおののくことになりそうだねえ。ま、できればいいねえ」

 なんでこうもアルマはガンリに向かって好戦的なんだ。少々呆れながら二人を傍観する。ガンリはアルマにつねられて痛い痛いと騒いでいる。ブラックコーヒーを飲めば苦味と酸味が口内を占めた。ソファに深く沈む。こういう喧騒も悪くないものだなとふと思った。
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