08 運び屋の本分とは-1

文字数 1,828文字

「あー、やっとついたー……」

 あの廃屋からしばらく細い路地を彷徨い歩き、やっとの事で見覚えのある広場へと辿り着いた。あの時、猫耳の彼女を引き止め道を尋ねておけば、ここまで長い時間うろつくことはなかっただろう。
 ふらふらとくたびれた足を動かし、近くにあるベンチに座りこむ。子供の体は軽いが体力も子供並みなため、19歳であった時の体に比べるとやはり疲れやすい。
 キョロキョロと広場を見渡し、ジェスラの姿を探すがどこにも見当たらない。公園の中は昼間に比べ人通りも少なく、時折噴水の音に混じって話し声やら笑い声が聞こえてくるだけだ。

「ジェスラどこにいるんだろう。あんな無理矢理じゃなくて、ちゃんと説得してから行動すりゃあよかった」

 辺りは薄暗く、街灯が頭上から降り注ぐ中、手に持ったままの箱を見る。件の彼女からほぼ偶然、運良く手に入れたモノ。……なんというか、依頼品のためとは言え自分まで変態になったようで少々気分が悪い。結果的にジェスラを巻き込むことなく手に入れることは出来たが、自分の中の何かが少し減った気がする。
 これをあのカーブロレに渡さなければならない、というのも変態の手下にでも成り下がったようで塩梅が悪い。よもや、見た目12歳でこんなことをしなければならないとは、少し前の己には想像出来まい。
 あの時、彼女から香った匂いにドギマギしたことも含めて無かったことにしてしまいたい。あのアライグマの仲間にはなりたくない。しかしまあ、これはこれで思い出にはなるだろう。良いか悪いかはさて置き。

「また会えたら名前を教えてくれるって言っていたけど、ま、その機会がないことを願っとこ」

 再び出会って後ろめたい罪悪感に苛まれるなんてことは勘弁願いたい。はー、と息を吐きながらベンチで脱力していると、突然かかった大きな影に光を遮られる。

「何を願うって?」
「え? あ、ジェスラ!」

 突然聞こえた声に顔を上げると、そこにはいつの間にか、腕を組んで何処か不機嫌そうな雰囲気を感じさせるジェスラが立っていた。いつの間にいたのだろうか、全く気配もなく気付かなかった。いや、俺がそういうのに疎いだけなんだろうが。

「アユム、お前なあ、突然いなくなるな。随分と探したんだぞ」
「あ、ははは……」
「笑い事じゃない。人攫いがいないわけじゃないんだ。右も左もわからないお前なんて格好の餌食だ。仕事中は俺から離れるなと何度も言っただろう」
「はい、すみません!」

 笑って誤魔化そうとすると眼光鋭く睨めつけられ、声色からも本気で怒っているのだと教えられる。頭上からの明かりの陰陽はっきりとしたコントラストと虎の顔が合間って余計に恐ろしい。これが肉食獣の恐ろしさ、人攫いではなくジェスラに食われそうだな、と萎縮しながら思うがジェスラの説教を黙って聞く。今回は完全に俺の落ち度だったわけだし、これは仕方が無い。

「まあ、何事も無くて良かったが次はないからな」
「はい、申し訳ありませんでした!」

 ベンチの上で正座をしながら深々と頭を下げると、ふ、と息を吐くような声が聞こえる。呆れられたのかと思い恐る恐る顔を上げると、虎の顔は見事に笑っている。

「なに笑ってんだよ、ジェスラ」
「お前があんまりにも真面目に話を聞くもんだからさ」
「まるで普段の俺が不真面目とでも言いたげな……」
「そこまで言ってないだろう。まあ、目を離すと直ぐどこか行くからな。俺の忠告なんて気にしてないと思ってたさ」

 別に好きで居なくなった訳では無いのだが、これまで訪れた街で目新しいものが目に付くとそちらに行く。というこれまた体に見合った子供のような行動を取ってしまうことがあったため、迷子常習犯とでも思われているのだろう。体の年齢に引っ張られて行動が幼くなっているのだろうか。
 いや、でも気になるじゃないか、異世界と思われるこの世界で目に付く見たことが無いものなんて、好奇心が抑えられるわけない。これは仕方が無い。そう仕方が無いことなんだよ。

「ま、それはさて置き、飯だ飯。飯食いに行くぞ」
「あ」

 ジェスラの言葉に気が付くが、俺は今日昼飯を食べていない。いないというか食べる前にジェスラから逃げ、あんなことがあったので昼飯のことを考える余裕がなかった。

「よくもまあ昼飯も食わずに歩き回ったな。俺もお前を探し回って腹ペコだよ。さあ、行くぞ」
「うん!」
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